8. こういう成長を待ってたんです
今回の私の体調管理不足が発覚したため、今後のスケジュールは全てジルが取り仕切る事になった。お世話係兼秘書にランクアップなのだ。
スケジュールを取り仕切るとは言っても、きちんと私の意見を聞きつつスケジュール管理をしてくれるので、とても仕事がしやすい。
ジルのスケジュール管理能力の高さにより、随分スムーズに仕事をすることが出来るようになったし、勉強の時間を削ったので休みの時間が大幅に増えた。
どうにも穢素の事が気になって仕方ないようだ。働けないほど辛くないから大丈夫だとは思うんだけどね。
ともかく、夜は寝させられる。寝付くまで側を離れない。私は赤ん坊か!!……と思ってしまうが、ジルはデレデレしながらやめようとしないので好きにさせている。筋金入りの珍獣好きである。
それからヒルリッチ伯爵の件は、割りとすぐに進展があった。実際にヒルリッチ伯爵に会ってみたけど、小物臭が半端なかった。
ちょっと質問してみると、緊張してるせいで自ら墓穴を掘るという行為を何度も繰り返すので、こっちが哀れになるくらいだった。
結局尋問されて罪悪感が強くなったのでほぼ自供となり、壺を提供してくれたのはブリカルタ公爵と判明。彼はバカ国王の親族だが、分家のため黒虎召喚は出来ないらしい。だが、バカ国王がちゃらんぽらんなのを良いことに、よく彼を唆して自分の良いように動かしてた事が多々あるらしい。
バカ国王の自業自得と言えばそうなのだが、だからと言ってそれを放って置くことは出来ない。
政治に関わる腐りきった貴族共を取り締まりたいが、まだまだ復興作業に力を入れたいし経済も回したい。それに一気に粛清すれば必ず混乱が起きる。中身が屑でも政治慣れはしているのだ。その隙に他国に付け入られるのも嫌なので、徐々に膿を出すしかない。
ヒルリッチ伯爵はブリカルタ公爵にも小物だと認識されていた様で詳しい話は分からなかった。証言はあっても証拠がなければ摘発は難しい。しかも今後は輸入品に関しても詳しく調査しなければならない。
本当に頭が痛くなるような問題ばかりだよ……。
ただ意外だったのは、予想以上にバカ国王に変化が起きた事だ。
この間の説教が聞いたのか、私が見張りに来るのを拒み、一人で頑張るようになった。
『余は出来る奴じゃ!貴様に褒められたくもない!!』……と、会っていきなり怒鳴られた。やる気が出ているのならいいけどね。わざわざ見張る手間が省けるのは良いことだ。それに宣言通り、時間になったら自然に起きて、言われずともランニングに行き、食事の決まったら量以上食べないし時間を守った行動をする。勉強も剣術訓練も文句を言わずに真面目にやっているようだ。
運動に関しては、多分運動をするのが好きになってきているんだと思う。
その変化は賞賛に値するとは思う。本人が誉めなくてもいいと言っているが、自然に褒め言葉が出ると、『余は出来る奴だから当然の事じゃ!』と、怒りつつも喜ぶというツンデレ行動をとった。
ただ、1日でも会わないと拗ねるので夜にはバカ国王の元へ行って雑談はするようにしている。
今までだったら、こういう反応は可愛い子にやってもらいたいと思うのだが、出来損ないだった生徒が頑張る姿に情が移ったのか、可愛く思えてしまう。
まあ、その後にジルの機嫌が悪くなるのでご機嫌取りをしなければならないんだけどね。だんだん保育士さんの気分なってきたよ……。
* * *
3カ月の日々が流れ、この国はだいぶ国らしくなってきた。被災地では瓦礫等はほぼ片付き、仮設住宅も増え、加護のせいか田畑で作った野菜の成長も見られるし、簡単な衛生管理が行き届いたおかげで病気の感染率も大幅に減ってきている。
浄化のおかげもあるのか、みんな前向きに行動してくれるのは本当に助かった。
都心部での商業は安定してきているし、みんなが自分達でどうにか出来るようなレベルになってきたので、私達は貴族達の膿み出し作業に移った。
脱税は勿論、商品の不正取引や人身売買等の様々な違法行為で今の所1/5は処分したが、まだまだいる。芋づる式に出てくるのだから仕方がない。このまま全部引き抜いたら畑がボコボコになってしまうような状況だと思うので、じわじわと確実にをモットーに頑張っている。
国が徐々に復興の兆しが見えてきた頃、何とも面倒な事に他国からのスパイ等の工作員達がちらほら出始めた。
この国が潰れそうだったからその隙に乗っとろうと考えていたが、寸での所で私が召喚されて踏み止まった国が多かったようだ。
少しでも不備があったら暴動を起こそうと思っていたのに、順調に復興が進んでいるから焦っているようで、急に友好的に外交を始めたりする国が現れたり、もしくは愚かな事に私に向かって攻撃を仕掛けてきた。
初めての攻撃にはかなりビックリしたが、自動で私の周りに魔法のバリアが張られて無事事なきを得た。
攻撃魔法に至っては、バリアが魔法を魔素に分解して私に吸収されたので、こちらからしたら魔素を分けてくれてありがとう、だ。
そしてジル最強説が私の中で浮上した。可憐な拳一つで敵を沈めた時は間抜けみたいに口を開いてしまった。そして速やかに騎士に引き渡して何事も無かったかのように私の側に戻った。
すごいね、とシンプルな褒め言葉が出ると、ジルは照れながら笑うから不覚にも頬が緩んだ。
我が嫁は最強萌えメイドなのである。
敵からは情報を引き出せるだけ引き出し、後は我が国の田舎の肉体労働源として絶賛活動中だ。
一生懸命真面目に働く民と、沢山の自然に囲まれて生活するせいか、結構性格が丸くなる者が多くて助かった。
そんな危険な事も多々あるが、チート能力のおかげで割と好転する事が多いと思う。
民の頑張りと私の存在、そしてスパイ達の報告により、なんと!この世界の一番の大国であるエスペルガディア帝国から外交の打診の親書がきたのだ!!
ちょっと離れてるし今までは全く交流がなかったんだけど、グリオールの急激な復興速度に興味を抱いたらしい。それが黒虎の影響だというのならどんなものなのか会ってみたいんだそうな。
どうやらこれはグリオールからすれば黒船襲来くらい凄い事らしい。おかげで家臣達はてんやわんやだった。
* * *
バカ国王もその内の一人だった。以前のバカ国王なら、その重大さに気付いてなかっただろう。なんとも成長したものだ。
まあ、気づいても何も出来なかったら意味がないんだけど。
外交官との謁見の前日、バカ国王は寝る前に定番化したストレッチをしながらも、全然リラックスは出来てなさそうだった。
【明日の事で緊張してるの?】
「ち、違う! どんな奴が来るのか気になるじゃっ!!」
【あ、そう。じゃあ念の為に聞いておくけど、エルペルガディア帝国はどんな国だったかしら?】
「まだ比較的新しくできた多民族国家じゃろ? 」
【そうねー、それだけじゃなくて聖獣・蒼雀の加護がある国よ。今はもういないけれど、先代皇帝は蒼雀に力を借りて近隣諸国を併呑して帝国を作り上げた。歴史だけあるこの国とは国力が全く違うわ】
「そ、それもそうじゃが…」
いまいちな解答と態度には、こちらとしても不安に感じるものがある。もう少し考えてないのか?
それを確認するために、私はバカ国王に問題を出した。
【さて、問題です。金も人も力もある世界一の大国の不興を買ってしまった場合、貧しくて田舎にある小さいバカ国王の治める独立国であるグリオールはどうなるでしょうか?】
「それは……もしや潰される?!」
【最悪の場合、そうなるかもね】
「ど、どどどどうしよう!! どうすればいいのだ!?」
バカ国王は顔を真っ青にしてベッドから飛び降り、私にしがみ付いた。今更気付いたか。鬱陶しい。
【自分で考えなさいよ】
「し、下手にでれば良いか?!」
【それは駄目。今後足元を見られて理不尽な要求をされる事になる可能性がある】
「ではどうすればいいというのだ!」
【だから自分で考えなさいって】
答えを教えるのは簡単だが、それではバカ国王のためにならないので考えさせるが、彼は焦りもあってすぐに答えが出てこない。
結局贈り物を贈るとか何故か賄賂の様な答えばかりが出たので早々に打ち切った。
【対等に話せばいいのよ。向こうはわざわざ手紙でお知らせて外交官に親書をもたせているのだから、一応対等として扱ってくれているわ。だけど簡単に相手の提案には乗らない事。うまい話には裏があるものだから。国の援助を提案された場合は、自国の問題は自国で解決すると丁重に断りなさい】
「し、しかし、折角申し出てくれるのであれば、断るなど失礼じゃないのか? 実際、我が国は金が無いのだし…」
【どんなに欲しくても、借りを作るのはあまり良くない。それが本物の親切からか、それとも今後こちらから利子を貪るのか分からないわ】
「貴様はなかなか性格が悪いの……」
【政治の難しさはこの半年で学んだでしょ? その最悪の結果が過去のグリオールよ 】
「そ、それもそうだが……これで大丈夫だろうか?」
【今まで交流がなかったんだから、そこまで強引に話は進めないと思うわ】
「他は何かないのか?!」
【分からない問題は不自然にならない程度に私かクラウスに投げなさい】
「わかった!」
元気良く返事をしているが、本当に分かっているかは疑問だ。
【それから、ビビったりせずに冷静で堂々としていること。上から目線で話さないこと。相手は外交官とはいえ、エスペルガディア帝国の代表としてきているのだから、グリオール王国の代表である貴方がちゃんと対応しなければならないの。貴方の対応が、この国の運命を決めるものだということを自覚して謁見に望みなさい。以上】
「う、うむ……」
【そんな不安にならなくてもいいのに】
「き、貴様が脅すようなことを言ったからであろう!!」
【一応自覚しておいてほしいから大事な事を言ったまでよ】
「だが……」
言い淀む国王は、暗い表情で私の横腹に背を預けてしゃがみ込んだ。
「余は……今まで国の代表としての事を何一つまともに出来ていなかったのだ。いきなりちゃんと出来る訳ない……」
【まぁっ! 自覚してたのね……!】
「本当に失礼な奴じゃな!!」
大げさなくらい本気で驚く私に対して、バカ国王は顔を真っ赤にして怒鳴り返そうとしたが、やはり思う事があるのかそれをぐっと堪え、一息吐いた。
「貴様の言う通りだ……。余は、そんなに出来る奴じゃない。余が持っているのは、全て与えられたものなのじゃ。地位も、権力も生まれながらのものだし、皆の信用をなくした今でも、黒虎……貴様がいるから皆は頑張ってくれている。それは余のためじゃない……」
弱々しく膝を抱え、バカ国王は弱音を吐いた。バカ国王はすぐに怒ったりするが、素直に弱音は吐かないくらい気位が高い。
それを私に打ち明けてくれる位は私に気を許してくれてるのかと思うと、少し感慨深く思う。
【……民は私のために働いてるんじゃないわ。皆、自分の生活が楽になる様に頑張ってるの。皆が私を慕ってくれているのは私が希望の象徴で、尚且つ私の行動で着実に生活水準が上がっているから。貴方はそんな私を召喚出来る特別な存在で、今後真面な政治を行う事が出来ればまさに美談となりえる。私を召喚出来た、それが皆が貴方に対する最後の希望だったのよ。それが証明されたのなら、与えられたものが証明されたのなら、貴方はそれをどうしたい?】
落ち込むバカ国王に出来るだけ優しく諭し、問いかけると、バカ国王は少し俯き考えたが、顔を上げて私を見るその目には火が灯っていた。
「余は、それに応えなければならない。余は与えられた存在だけではなく、余は余である事を証明したい。そして、余がいる事で皆が幸せになれる国を作りたい」
【良い心構えね。だけど、貴方に出来るかしら? 今まで遊び呆けて民に負担を強いていたもの。信頼を取り返すのは大変よ?】
「それでも余はやる! やるのがこの王としての義務で、余の望みだ! それに余には……黒虎、貴様がいる」
【私?】
「ああ。余を、正しき道へと向かわせてくれるのだろう? 民に宣誓したのだ。きちんと守らねばならぬぞ」
にっ、と不敵な笑みを浮かべるバカ国王とは対照的に、私は苦虫を噛み潰したような気分だった。
あの恥ずかしい演説を覚えていやがった……。
あれはね、黒歴史とは言わないけど触れられたくない出来事なのだよ!! あの宣誓は半分ヤケクソで気分が高ぶってたから出来たことであって、普段の私のキャラじゃないんだ!! ああ、思い出したくない……。
げんなりしながら項垂れると、バカ国王はそれを肯定と受け取ったようだった。
満足に笑いながら、私の横腹を撫ぜた。
「宜しく頼むぞ、黒虎よ」
【頑張るのは貴方だけどね。私も、やれるところまでやってみるわ】
「ああ!」
その日のバカ国王の笑顔は、今まで見た中で一番綺麗で頼もしいものだった。
もしかしたらもうそろそろ、バカ国王のバカを返上出来る日が近いのかもしれない。