7. こういうことにした
今回黒の使徒に集まってもらったのは、バカ国王を誑かす存在を特定してもらう事だ。
まさかこんなにも早く黒の使徒の存在がバレているとは……。存在を公にすると暗殺の可能性が高くなるし、警戒されると思ったから隠してたんだけどバレてしまってがない。
今後の対策を練らなければ。
【サイクから聞いた情報だと、壺を勧めてきたのはヒルリッチ伯爵。お菓子に関しては複数いるし、直接会ってないから覚えてないようよ……】
「へぇ〜、やっぱりデブサイクはバカだね〜」
「デブでブサイクでバカとか救いようがねぇな」
「リュ、リュリュ様!アンドレイさんも国王陛下の事をその様に言うのはちょっと……」
「だってほんとのことだも〜ん」
「否定出来ねぇだろ。高給でなきゃこんなの下で働かねえっつーの」
フェルナンドがリュリュとアンドレイを嗜めるが、2人に反省の色はなかった。
アンドレイは高給と言っていたが、それは国内の話であって、他の国と比較するとかなり低い。知らぬが仏だな。
まあ、私も敢えてバカ国王のフォローはしないよ。
【デブでブサイクでバカでも、これからちゃんと働いてくれたらそれでいいのよ。サイクがリバウンドするのは予想してたしね】
「リバウンドとは何ですか?」
【体重が戻ることよ。今まで怠けてた人が、スムーズに痩せる訳ないわ】
「確かに……」
【その事に関しては私が対応するとして、ヒルリッチ伯爵について何か知ってる?】
みんなに尋ねると、マクシミリアンが挙手してくれた。
「ヒルリッチ伯爵はコールンソー領の領主です。田舎地方のため今までは農作物をメインにしていたようですが、最近は細々とですが海外からの輸入品を販売する事業を始めたようです」
【なるほどね、じゃあサイクの部屋にあったのは海外の壺か】
「どの様な壺ですか?」
【えーと、土粘土で出来ていて不思議な文様のある壺なんだけど分かる?】
見た目は出来損ないの縄文土器みたいな形の壺だ。円柱型で口に向かって少し開いている。
この国は土で作られた陶器ではなく、石物の磁器の物が多い。そしてデザインもヨーロッパ風の洗練されたデザインなので、少なくともこの国に来てからはそんな壺は見たことがないのだ。
「それなら恐らくヒノマル国の物です」
【ヒノマル国?】
ヒノマル国……名前から何か近しい物を感じるな。変な予感めいた物を感じる。
【……それってどんな国なの?】
「いつの間にか無人島に人が住み着き、魔の者と人が共存している不思議な国です」
【魔の者って、汚れた魔素でも生きられる人在らざる者や、知性ある魔物や魔物の血族よね? 人間から迫害されたりしてたんじゃなかったっけ?】
「だからこそ不思議な国なのです。どうやらヒノマル国の王には特殊な能力があるようですが未だ謎に包まれた国です」
【ふむ……】
この国と国際交流がなかったからヒノマル国なんて知らなかった。
もしかして、ヒノマル国の王は召喚者なんじゃなかろうか?
だとしたら不思議な力があってもおかしくないし、何か有益な情報を知ることが出来るかもしれない。その国の事調べたいな。だけど緊急会議で話す事でもなさそうだ。
とりあえず保留。
【うちの国はヒノマル国と目立った交流や貿易はしてないはずだけど、何か関係ありそう?】
「いえ、ヒノマル国の位置はほぼ我が国の反対側にありますし、我が国を侵攻する可能性はないと思います。ただ気になるのが、ヒルリッチ伯爵にそんな遠距離の国との貿易商品を取り扱えるか疑問に思います」
【何で?】
「ヒルリッチ伯爵は領地はあっても人がいないというあまり裕福な土地ではありません。よってそこまで財力があるとは思えません」
【……そうだとすると、他にも協力者がいるって事?】
「恐らくそうではないかと……」
「なにそれおもしろ〜い!」
「面白かねぇよ!」
シリアスで重要な事が発覚したのに、リュリュが嬉しそうにするのをアンドレイが突っ込んで空気を壊した。なんだかんだで仲がいいよね。
その事に怒ってるのはマクシミリアンだけであって、慌てているフェルナンド以外はあまり気にしていないようだ。黒の使徒はこんな感じでわりとゆるい。
【面白い・面白くないは別として、黒幕を探す必要があるわね。リュリュたん、ヒルリッチ伯爵の会話の盗聴をしてくれる?】
「いいよ〜!」
【ありがとう。マクシミリアンはヒルリッチ伯爵の最近の取引情報とか調べられるかしら?】
「少しお時間を頂くことになりますがよろしいですか?」
【ええ、構わないわ。それからミランダは貿易関係の仕事をしてるお客さんがいたら、それとなくコールンソー領の事やヒルリッチ伯爵の事も聞いてみてほしい】
「承知いたしました」
【アンドレイはキールに頼んでおくから、今度船舶の警備に回って何か目ぼしい物がないか探ってみて】
「了解」
【ルシアーノもいつも通り自由に色々調べてみてね】
「御意」
【黒幕あぶり出し作戦は今のところこんな感じかな。他に何かある? 緊急でないなら、もう夜も遅いしまた明日にしようかと思うんだけど】
誰も何も言わないので、緊急会議はこれで終わりにします。
【おつかれさまでした】
そう言い終わった瞬間、ピンクの弾丸が私に向かって突っ込んできた。
【うっ!!!】
「や〜ん!キョーにゃんの毛さらさら〜!!」
言わずもがな、先程私を触りたがっていたリュリュだった。不意打ちに反応出来なかったのは私だけではなく、ジルは隙を突かれたのが余程悔しかったらしく、珍しく感情的になっていた。
「リュリュ様!!キョー様からお離れ下さい!」
「や〜だ〜よ〜」
リュリュは引き剥がそうとするジルに捕まるまいと、まるでゴキブリの様に這い蹲って私の背に乗っかったり降りたりを繰り返している。
その事がマクシミリアンの逆鱗にも触れたらしい。
「リュリュ!! 貴様キョー様に何たる無礼を!!!」
「だって〜、ジルるんの警備が厳しくて滅多に触ること出来ないから堪能したいんだも〜ん……ん?」
私の体に這い蹲るリュリュが、急に動きを止めた。
それをチャンスと言わんばかりにマクシミリアンががリュリュを引きずり落とそうとしたが、神妙な顔をしたリュリュの一言によってそれはなされなかった。
「キョーにゃん、少し穢れてる?」
みんな一瞬反応出来なかったが、すぐさま顔を真っ赤にマクシミリアンがリュリュに怒鳴り込んだ。
「貴様!! キョー様になんと言う無礼な発言を!!!」
「だって本当の事だもん」
「キョー様は私が毎日洗わさせて頂いていますが、穢れなど……」
【まあまあ、2人とも落ち着いて。今日はまだお風呂に入ってないから穢れてる】
2人を宥めたのだが、まだ怒りは解けないようだ。その原因であるリュリュは2人の怒りなど全く気にしてはい。
「違うの。キョーにゃんは神獣だから体は汚れないの。だから体から綺麗な魔素が出てるんだけど、キョーにゃんの中に少し黒くてもやもやと穢れた魔素が残ってるっていうのかな?」
リュリュは私の背からするりと降りると、可愛らしく首を傾げて私の顔を覗き込んだ。あざと可愛いな。
しかしリュリュの意見には心当たりがあるんだよね……。
【多分今日吸った穢素が残ってるんだと思う】
私の言葉にリュリュとルシアーノ以外はかなり驚いていた。
「そんな!!」
「聖獣って汚れるのか!?」
「だ、だだ大丈夫なのですが?!」
【うん、そんなに辛くないから仕事は出来るよ】
「そんな呑気な!」
「キョー様、ちょっと俺も触っていいか?」
「駄目です」
「あはは、ジルちゃんこわーい」
【ジル、睨まないの】
「しかし……」
「これでも聖職者だぜ?少し解析させてほしい」
【ええ、お願いするわ】
私の返事にジルは恨みがましそうにルシアーノを睨んだ。
ルシアーノはまるで気にしてないようで、私に近づくとそっと私の横腹に触れた。
「ふむ、確かに穢れはあるな。……体調の方は如何ですか?」
【今は軽く胸焼けする程度だよ】
「今までにもこの症状は出たことはありますか?」
【大体穢素を吸収すると身体がだるくなったり、二日酔いみたいな症状になるかな】
「なるほど…….」
「ルシアーノ、説明を」
「どうやら穢素感染を起こしてるみたいだ」
「そんな?!」
みんながやたら驚いているが、私には初めて聞く言葉だ。
【何それ?】
「穢れた魔素が体内の魔素を吸収して正常な魔素を食いつぶす病気です」
「え〜?じゃあキョーにゃん死んじゃうの?」
【え?!死ぬ病気なの?!】
「うん!普通は穢素感染になったら隔離されて死ぬのを待つんだよ〜」
【何それ怖い!じゃあ感染=死じゃん!!】
「ルシアーノ、何とか出来ますわよね?」
ルシアーノに対するジルの問いかけは、有無を言わさないような声音だった。その事にはルシアーノは苦笑を禁じ得なかったようだ。
「出来るも何も、強力な自浄能力のおかげで大事には至らないと思うよ」
【ほ、ほんと?!】
「ええ、キョー様のお力には本当に驚かされますよ。今、キョー様の中に蓄積されている程の穢れは、一般の人なら発狂して即死ものですよ」
【えぇ?!】
「だけどキョー様の中で高速度で穢素を燃焼・分解・浄化しているんです。この分なら明日には全て浄化されていると思います」
【そっか、よかった……】
ホッと安堵すると、ルシアーノは微笑み私から手を離した。
「ただ、あんまり穢素を吸収し過ぎるのはおすすめしません。恐らく、キョー様の浄化された魔素は全てキョー様に吸収されずに体外へ放出されるのだと考えられます。まあ簡単に言えば、ただ疲れるだけの働き損って感じですかね」
【なるほどね……どうりで疲れるわけだ】
出張を始めた頃から感じていた疲労感はこのせいだったのね。
「今後の対策としては何かありませんか?」
「そうだな……あまり働き過ぎない事と穢素の吸い過ぎに注意しておけばいいと思う。そこはジルちゃんの判断に任せるよ」
「分かりました」
【あれ? 私の判断は?】
ルシアーノは何故か私よりも気合の入ってるジルに任せてしまった。そして私は初めてジルに睨まれた。
「だってキョー様、体調悪くても仰らないではないですか」
【だって休むほどのキツさじゃないし……】
「それでも駄目です。今回はたまたまリュリュ様が発見したから良いものの、最悪の場合、キョー様は死んでたかもしれないのですよ? それに気付けなかった私はお世話係としての意味がないではないですか」
【そんな事ないよ! ジルがいなきゃこんなに大量のお仕事こなせないし!!】
「それでもキョー様が体調を壊しています。私がどれだけ悔しいかお分かりになりますか?」
初めてのジルの無表情+怒りのオーラを浴びて、私はすっかり恐縮してしまった。
【ご、ごめん!次からはちゃんと気をつけるよ!!】
「そうして下さると有難いです」
「ジルるんこわ〜い!」
「嫁に隠れて金を使い過ぎた夫の夫婦喧嘩みたいだな」
ジルはリュリュの発言でさらにムカッとしたようだが、アンドレイの発言に機嫌を少し良くしたようだ。
愛されてるようで有難いけどそこまで喜ばなくても……。
あ、そうだ忘れる所だった。
【フェルナンド】
「は、はい!何でしょう?!」
【私の一ヶ月分の生活経費の内訳を調べてくれない?】
「承知しました。何かあったんですか?」
【私の経費を減らして、それを税金に当てられないかなぁと思って】
「そうは言っても、キョー様の生活費で削れる所はそんなにないと思うのですが……」
【けど……】
「キョー様、もしかして聖水の量を減らそうとしてるのではないのでしょうか?」
ジルが唐突に話に入ってきたが、まさにジルの言う通りだった。
【うん。聖水高いみたいだし、私の自浄効果があるなら休む時間を増やせば何とかなるかなぁと思って】
名案だと思ったのだが、どうやらみんなはそうは思わなかったらしい。
空気が冷たい!特にジルの氷の眼差しは辛い!
誰かこの子を止めてくれないかと助けを求めるも、誰もそれに応じてくれなかった。
「ジルちゃん、キョー様とよーく話し合いをしてね」
「よろしく頼むぞ」
「程々にな」
「キョー様、がんばってね」
「さ〜て、わたしもか〜えろっと!」
「ぼ、僕も失礼します!」
薄情にもみんな私を置いて自分の家に帰っていった。
最後のフェルナンドが出ていき、パタンとドアの閉じる音が、シンと静まり返る部屋の冷たさを引き立たせた。
【わ、私もそろそろ休もっかなあ〜……】
「そうですね。湯浴みをしたら、その後に色々と今後の事についてじっくり話し合いましょう」
【きょ、拒否権は……】
「ありません」
ジルが清々しい笑顔できっぱりと言い切ると、その後ジルの宣言通り、私は長々と泣きたくなるような説教を聞くことになるのであった……。