3. まずこうしてもらおう
叱った効果か、かなり嫌がっていたバカ国王は文句を言わずに食べきった。
食後、私達は今後の課題について話し合った。
【今後、あなたには規則正しい生活をしてもらい、 日中はこの国の現状を勉強してもらうわ】
「何故余が……」
【あんたの血はこの国では特別なもの。跡継ぎがいないのに死なれると、聖獣で守られていると信じられているこの国は崩壊するわ。だからあんたがどんなにバカでも死なれると困るの。分かる?】
「……どうせ家臣どもは余はこの血しか興味無いんだ」
【その通り】
「おまえ! そこは少しは優しくする所じゃろう!」
半泣きでバカ国王は喚くが、そんな事知らん。
こちらはこの馬鹿に巻き込まれたのだ。落ち込んでるのを励ます義理はない。
【隠しても仕方ないじゃない。人望ないんだから。この国の家臣は、過去の王には忠誠を誓ってるかもしれないけど、あんたに完全に忠誠を誓っている家臣なんてほとんどいないと思うわ】
「そんな事……分かっておる。どうせ余は過去の王に比べて出来損ないなのじゃ。昔からそうじゃ。みんな影で余の事を笑っている」
【出来損ないって言われていじけて何もしないからこんな風になったのよ。どんな劣悪な環境でも出来る人は出来るわ】
「余は、出来ない奴なのだ!」
【だから私がここにいるのよ】
私は立ち上がるとバカ国王の側に寄った。落ち込んでいようと、まともになってもらわなければ困るのだ。
【あんたが国を傾けたから古文書の伝承通り、私がここに来た。つまりアンタの血統を証明したのよ。聖獣がいることによって国民の士気は上がるし、他国には抑止力になる。そしてここでちゃらんぽらんなバカ国王が立派な王に成長する=信頼度回復どころかうなぎ登り! もっと国が纏まるはず!】
「ひっ!!」
つい熱が入ってバカ国王に顔を寄せたのでバカ国王は怖がって後ろに転けた。
それを近衛兵に起こされている辺りが情けない。まあ、いい。これから教育するのだ。
【サイク、あんたには私がここにいる間に立派な国王になってもらうわ! それが全国民の願いであって国王としての責任よ!】
「よ、余に……出来るだろうか?」
少し震える声で、バカ国王は俯きながら答えた。やはり、今までの生活から抜ける事に不安を感じているらしい。
【出来るわ。良くも悪くもあなたは素直だし、好きな事には貪欲になる。あなたがこの国を愛しすればきっと建て直せるはず】
「しかし……」
【責任感が強くて賢く、仕事が出来て紳士で愛情深くてカッコいいとモテるよ】
「ほ、ほんとか?!」
【ええ。しかも国を発展させて強国になれば、Win-Winの関係を求めて他国の美姫も娶り放題。良いこと尽くめね】
「黒虎! 余は必ずこの国を立て直してみせる!!」
【ええ、そうしてちょうだい】
単純なバカ国王は、先程の落ち込み加減は何処へやら、かなりやる気を出していた。
叩いて褒めて利益を示す。これが一番やりたかった私の教育だが、バカ国王には餌をチラつかせた方がいいようだ。
この素直で単純なこの国王にはだいぶ有効そうだから今後はこれでいこう。
うん、と頷き、私も早く元の世界に帰るためにやる気を出した。
* * *
さて、今後の方針を決めたのはいいが、その前にやる事があった。
それは民衆に私のお披露目をすること。
そんな大勢の国民の前に出るなんてかなり嫌だったが、暴動一歩手前の相当ヤバイ状況らしいので、家臣達は涙を流しながら訴えてきた。
おっさんの涙を見せられても、鬱陶しいとしか言えない。
仕方ないので引き受けるが、今度はバカ国王がごね始めた。
「今は冬じゃ。寒い中外に出るのは嫌じゃ」
【…………】
とりあえずのし掛かり首元に爪を突きつけておいた。
今度はこっちが泣き始めたので食事抜きにする罰をチラつかせると、渋々ながら了承した。
家臣達の行動は早く、まさか話の出たその日にやるとは思っていなかった。
昨日、私が召喚された直後に早馬を出してを町中、国中に知らせたらしい。
なぜこの行動力をもっと前に活かせなかったんだ!!
そんな訳で、バカ国王には民衆に見えないようにカンペを持たせてそれを堂々と読ませる事にし、私はカンペ無しで宰相の考えた、『黒虎です☆古の誓約により国を救いに来ました!国王と協力して頑張るのでよろしくお願いしまーす!』的な台詞を偉そうに言って、雄叫びをあげるらしい。
雄叫びはしょろうかな……。
とは言っても、城から見下ろす広場に集まった溢れかえる人を見たときは圧巻だった。
多くの民が来ていたが、私が見慣れていないせいもあって貧しく痩せた人が多々いるのが目に入った。
その人達に向けられる期待と希望に満ち溢れていて、縋るような思いが伝わってきた。それが今の生活の悲惨さを物語っているのだった。
なんだが、本当に大変な事に巻き込まれてしまったんだな……。
改めて事の重大さを知り、適当にやろうとしていた事に対する罪悪感と期待に応える重責感、国をこんな風にしたバカ国王に怒りが湧き上がった。
面倒臭そうにしながらカンペを読むバカ国王の挨拶が終わると、とりあえず唸り声をあげた。
宰相に言われてはしょろうと思っていた雄叫びも、心からの雄叫びとなったのだった。
そして、宰相の用意した台詞はすっかりどこかへ飛んでいった。
【聞け! 民よ! 我はこの国を救いにきたのではない!!】
その発言に広間に集まった国民は一気に騒ついた。そして隣のバカ国王も喚いた。
「何を言ってるんだ貴様!」
【黙れ! この屑!!!】
「ひぃっ!!!」
爪にバカ国王の引っ掛けると宙に浮かせると、バカ国王は悲鳴を上げながらも怖いから動かなくなった。
広場の市民も反応は様々だが、国王の心配より、私の反応がどうなるのか気にしている人が多かった。
やはり、この国王の信頼はだいぶなくなってるんだろうな。
叫んで周りを周りを見渡したら気持ちが落ち着いてきて、宰相の言葉も思い出してきた。私もやることはやらなきゃね。
深く息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出して、落ち着いて堂々と民に語りかけた。
【愚かな国王と災害などの不幸が重なり、我はここへ来た。だが、我は救いに来たのではない。助けにきたのだ】
【国には王、民、土地があって成り立つもの。そ国は我のものではなく、グリオールに住む全ての者のものだ。貴様らがこの国を救うしかない。
この国の王はこの屑だが、古の誓約によりこれが王でなければならない。よって我はこれを正しき道へと向かわせる。
容赦などするつもりは毛頭ないので、この愚か者にとっては険しき道となろう。民もこの国の為に、耐え忍び自らの力で努力せよ。さすれば我は貴様らの力とならん!】
最後に吠えると、民衆は湧いた。
……これ、虎の姿で特別な存在だと認められていなければ絶対に出来なかっただろうな。ていうか、じわじわきた。あー恥ずかしい!
絶対顔赤い! 毛に覆われてなかったらバレるわ!
まあ、毛むくじゃらで表情も分かりにくいからバレてないだろうけど。宰相の考えた内容も言えたし、民衆も湧いてるからいっか。
私とは反対に真っ青な顔をしているバカ国王を床に下ろすと、踵を返してとっとと城の中に引っ込んだ。
中では涙ぐむ家臣達と、無表情ながらも微笑ましいオーラを放つジルが迎えてくれた。
なんだろう……普段は地味な子が学芸会で主役をやりきった直後みたいにみたいになってる。
は、はずい!
この場には長居したくないので、無事に演説をやりきった事だし後はクラウスに丸投げして部屋に帰った。
部屋でいっぱいジルに褒められ愛でられ、その日を終えたのだった。
* * *
その後、演説効果で暴動の数は減ったが、まだ小さな暴動はたまにあるようだ。
どうやら、自分達も頑張るぞ!というのが大半だが、黒虎が来たら魔法でちゃちゃっと救ってくれると思い込んで期待し過ぎていた輩に分かれたようだ。
んなこと出来るわけないじゃん。夢見すぎだろ。出来てたらもう私は国に帰ってるよ!!
だけど、暴動をやめてくれた人達は自分達で努力しようと頑張り始めてくれたんだ。私も負けずに頑張らなきゃ。
そんな感じで私にも気合が入り、バカ国王の教育にとりかかった。
まずは運動。この弛みきった醜い身体を健康のために何とかしなければならない。
だけど初っ端からランニングだの筋トレをやらしてもどうせ続かないので、まずジョギングから始めた。
食事制限もしてるし、まだそこまで運動をしてなくても簡単に痩せるはずだ。こいつの食生活は、ほぼ肉・油・糖分・炭水化物で成り立っていた。恐ろしい……。
授業は国民の暮らしから始めた。食事を粗末にしている時点で、この国の現状を全く分かってない。とにかく国がどれだけ大変な事になっているかを教えて、どうするべきかを自分で考えさせる。
それから歴史もね。バカ国王は王としての自覚が足らなさ過ぎる。自分がどれ位の立場にいるのか分からせなければならない。
これらの授業は私のためにもなった。私もアドバイスをするならこの国、世界の事を知らなければならない。
だから夜、バカ国王が寝てから私はこの世界の一般常識を勉強した。この世界には魔法が存在し、私の世界の暮らしや文化とは全然違うのだ。中世ヨーロッパの暮らしの中で、魔法を使って生活しているような感じだ。
そんな訳で、暮らすために学ぶ事はいっぱいだ。
だけど仮にも教育係なので中途半端な事はしたくない。
この身体は不思議なもので、何も食べなくても平気だ。ジル曰く、聖獣は浄化された空間を好むらしい。だから空気と、この世界にある魔法の素である清浄な魔素があれば元気でいられるようだ。正に霞を食べているようだ。そのため私の部屋には浄化用のクリスタルが大量に置いてある。
ちなみに私の身体を洗う水も聖水らしい。
それから、この身体は本来なら睡眠を必要としない。
だから連日の徹夜にも耐えられる。初日に寝てしまったのはただの気疲れのようだった。
今の私の精神的な癒しは女神メイドのジルだ。マッサージとか、私の手入れをしてくれるので気持ちが安らぐ。
デフォルトだと無表情のジルに微笑まれたり、心配されると疲れが吹っ飛ぶ。
彼女は本当にテクニシャンだ。顎の下とか耳を触るのも上手くて超気持ちいいの。もう彼女なしでは生きられないほど骨抜きにされてしまう……。
そうそう、実はジルは神殿から派遣されているらしい。流石に無知なメイドを黒虎の世話係にさせられないからね。
自分で言うのもなんだけど、ジルは本当に私の事が好きなんだよね。というか、黒虎が。
どうやら珍しい動物が好きらしい。メイドの仕事をやめたら、世界各国を旅したいって言ってた。平たく言うと珍獣ハンターだよね。
私の世界にいたら、某テレビ番組で高視聴率間違いないよ。私なら録画する。
だけど、私が黒虎じゃなくなったら、彼女は私に振り向いてはくれないのかと思うと、少し寂しくなった事は胸の内に秘めておく。