21. こういう事をしていた
「で、こいつは何なんだよ」
隆臣が苛立ちをジルにぶつけると、ジルも冷たい視線を返した。
「彼はジル。ご存知の通り霊獣・輝燐で、元私の世話係兼秘書。今は友達」
「世話係兼秘書?」
「うん。世話係兼秘書」
「何で?」
「私が黒虎だったから」
「お前が黒虎? ……聖獣だったのか?!」
「うん。弱りきった黒虎の代わりに、黒虎になってこの国の復興のお手伝いをしたのよ」
隆臣とミツキさんは大袈裟なくらい驚愕の表情を浮かべるが、わたしはのんびりとお茶を口に含み、ジルはそれを見つめてる。
「何で聖獣なんかに……。」
「いやー、仕事帰りにごみ捨て場にいる瀕死の黒猫を助けたら、思いっきり頭突きされて意識を失って……気が付いたらこの城の召喚場にいたのよ。黒い虎の姿でね」
「もしかしてその瀕死の黒猫が黒虎だったっていうのか?」
「うん。黒虎自身、自分の領土を守る為に魔力をかなり消耗していて弱ってたの。初代国王との約束でグリオールを守りたいけど今の人間に対して愛想が尽きかけているし、政治面などで知識が乏しかったから、ある程度知識があって思考の柔軟性があり、面倒見の良さそうな人間を自分の代わりに黒虎として召喚させる事によって、グリオールの復興を目指した訳よ」
「で、運悪く居合わせたのがお前って訳か……」
「そういう事。それでこの国を救わなきゃ元の世界に戻れないって聞かされて、社畜の如く汗水垂らして頑張った結果、この国は復興したの」
「通りでこの国が日本じみてると思った。干物とか漬物、現代的なファッションやゆるキャラ、会えるアイドルもいるしな」
「ふふ、乾物は栄養分が高いし日持ちもする。それにグリオールの女の子は綺麗所が多いからね。元手が掛からなくて金になるものがあればいいのよ。某先生のファン泣かせのエゲツないアイディアには頭が上がらないわ」
「全くだな」
某アイドルグループの人気と金周りの良さを思い出したのか、隆臣も苦笑した。
CD買った分だけアイドルと会える時間が長くなるなんて、CDの価値はなくなるけど金は儲かるシステムを考えてくれたよね。今じゃアイドルグループで定番化してるのが恐ろしいわ。
「グリオールって貴族が腐ってたんだろ? 民主主義にはしなかったんだな」
「本当は民主主義の方が良いと思ったんだけど、知識のない人に政治をやらせる訳にもいかないし、王族は残さなければならない。そこまで改革するのに気長に待てる程の時間もなかったから、大化の改新をしようと思ったの」
「また懐かしいものを……」
「あれは貴族が腐らなければ実に良い制度だからね。宗教の腐敗も酷いから宗教改革もしたし、国中の穢素を浄化したりと大変だったよ」
ちょっと前の出来事なのに、すごく昔の事の様に感じるのは、それ程までに多忙を極めていたからだろう。だけど昨日の事のように思い出せる。
サイクの教育にこの国の状況の整理に改革、腐った貴族共の検挙の為の証拠探し、徹夜しながら休む間もなく各地を浄化して巡礼の旅に、黒の使徒達との作戦会議……。
大変だが充実してた日々だったな。
「……そんな大変な時期を、一緒に戦って、支えてくれたうちの1人がジルなの」
「こいつが?」
「うん。最初はこんな可愛い子がメイドでラッキー! くらいにしか思ってなかったけど、ジルが私の普段の世話やスケジュール管理を完璧にこなしたくれたから、こんなに早くこの国は復興出来たんだと思うよ。本当に感謝してる。ありがとう」
過去の苦労を思い出しつつジルにお礼を言えば、ジルはほんのり頬を染めてはにかんだ。
隆臣は顔を歪め、かなり疑って掛かっていた。
おい、さっきから霊獣様への敬意が行方不明になってるぞ!
「これがメイド? 男だろうが」
「いや、初めて会った時は女の子だったのよ。黒虎に会いたくてわざわざ弱体化してまでお世話係になったんだってさ。私も最初は女の子だと思ってたから安心してお世話をしてもらってたんだけどさ、最近ジルが男って……」
「だけど普通骨格的に男って分かるだろ!」
「だから女の子になれるんだってば! ジル! ちょっと女の子になって!」
「……これの前で弱体化しろと仰るのですか?」
ジルは不満そうに冷たい視線を隆臣に投げた。
「隆臣は大丈夫だよ。それに久しぶりに超美少女ジルに会いたいな!」
「しかし……」
「美少女になったら一回ハグ、えーと抱き付いてあげるよ!」
「分かりました」
「おい!!」
女の子だったらそんなに抵抗がないのでハグを許可したら、ジルはあっさり釣れた。
両掌を開いて指を交互に重ねると、ジルの体が淡い光に包まれ体に変化が訪れた。
男性の体には徐々に縮み、段々丸み帯びてきて、美少女に変化した。
体に合わないダボついた服にも関わらず、凛とした姿のクールな美少女のジルがいた。
あ〜久しぶりの美少女ジル、超可愛い!!!
やっぱり長年女の子として一緒に過ごしてたから、ジルには申し訳ないけどこっちの方がしっくりくる。
安定の美少女ぶりにニヤつきながら隆臣にドヤ顔をすると、隆臣は間抜け面をしながらジルを見ていた。
隣に座っているミツキさんも、驚きのあまり耳をピンと立て目を見開き固まっていた。
「どう? 超美少女でしょ?」
「あ、うん、まあ……」
「そう言えば隆臣ってクール系な女の子好きだったよね。ま、まさか……!」
「違う!! ちょっと綺麗過ぎて見惚れてただけだ!!」
ただの冗談で言っただけだけど、隆臣は誤解されたくなくて素直に答えた。こいつの素直は美徳だと思ってる。
そんな隆臣の事をジルは興味がない様で、私の腰に手を伸ばしてぎゅっと黙って私に抱き付いてきた。
やっぱり可愛いんだよなぁ。何ていうか、なかなか懐かない動物が自分にだけ甘えてきてくれるみたいで、男だとは知りつつも、ついつい甘やかしてしまう。
ずっと女の子でいてくれないかなぁー。
そんな事を思いつつも、一度抱き返してから隆臣の機嫌を損ねないために離れてもらおうとしたがらジルがしがみつくのでそのまま放置した。
「まあ、そんなこんなで超美少女ジルちゃんがお世話してくれてたの。そして国の復興が終了した時に、夢の中で黒虎に呼び出されて私が元の世界へ帰れない事を告げられた。そのとき既に私がいなくなってから一年近く経ってたから、もう死んだと思われていても不思議じゃないと思ったから、遺言代わりに夢の中で私を心配してくれている人に別れのメッセージを送ってもらったの」
「なるほどな……」
「その時に黒虎の魔力をほぼ全部を使い切り、私に残っていた黒虎の力も大地へ還元してしまったから私の魔力が空っぽになって死に掛けたけど、ジルが魔力を分けてくれて事なきを得た……って感じかな。お互い城に留まって政治を行う気は無いから、世界中を旅して暮らしやすい所に移住しようって事になり、明日出発予定だったんだけど、そこで勇者が来たとか言われたから何事かと思ったよ」
「じゃあ本当に会えなくなるギリギリの時だったんだな」
隆臣は項垂れて深い安堵の溜息を吐いた。
「けど、どうして私の居場所がこの城って分かったの? 極秘事項だからほとんどの人が私達がここに居ることを知らないのに……」
ごく当たり前に気になることを聞いただけなのに、隆臣は言葉を濁した。
「あー……まあ、何となく?」
「何で疑問系? そんな風に言葉を濁すなんて、何かやましい事でもあるの?」
「いやー、別にそう言う訳ではないけど……」
「じゃあ話して。こっちは洗いざらい話してるんだから、そっちも腹割って話しなさいよ」
視線を逸らし、そわそわと気まずそうにしている彼の姿を見て、隠し事をしていないと断言出来る人などいないだろう。
カップを置いて睨みつけると、隆臣は苦い顔をしながらも教えてくれた。
「あー……国王の部屋に壺あるだろ?」
「壺って?」
「ヒノマル国産のやつ」
「あの縄文土器みたいな壺の事?」
「ああ」
「それがどうしたの?」
「あれな、実は盗聴効果のある壺なんだ」
「盗聴って……まさか今までの私達の計画とか全部筒抜けだったわけ?!」
「ぜっ全部ではない! ここ最近の国王の独り言ばっかり聞いてるだけだ!」
「サイクの独り言? ……あ、そっか。あの壺は最近になってから宝物庫から部屋に戻していいって事になったんだった」
「そうなんだ?」
「うん。無駄遣いの戒めとしてね。で? サイクが何て呟いてたの?」
「今日もクラウスに扱かれたとか他愛ないものが多かったが、『クローダがいなくなる』とか、『黒虎が異世界の女というのは不思議だ』とか言ってたのが気になったんだ。名前もクローダだし、もしかして恭子も召喚されてるんじゃないかって気がして、それに『この国から立ち去るのはやはり寂しい』とか呟いてたから、急がないと会えなくなる可能性があると思って無理矢理面会を申し出たって訳だよ」
「成る程ね……。まさかあの壺が盗聴器になってるとは思わなかったよ。悪いけどあれは処分させてもらうわよ」
「ああ」
隆臣は残念そうにしていたが、ここは譲る気はない。サイクの独り言のせいで国家機密がダダ漏れというのは頂けない。
あとで注意しておこう。それと他のヒノマル国産の物も選別しなければ。
「まあ、これが復興の作戦中じゃなくて良かったよ」
「不幸中の幸いだな」
「お前が言うな!」
良い笑顔を返されたが嬉しくない。過ぎた事をいつまでも話し合うのは不毛だし、さっさと切り上げた。
「隆臣の方はどうなの? しばらく連絡がないから別れたと思ったら、こんな所まで……」
「は? 別れた? 何が?」
「何がっていうか、そういう時は『誰が』でしょう?」
「誰が?」
「私達」
「はぁ?! 別れてねぇよ!!」
「だって1年くらい前にメールしたのに全く返信しなかったじゃない」
「それはもうその時にはこの世界に度々勝手に召喚されてたからだよ!! それなのに別れるだと?! ふざけんな!!!」
ダンッ! と拳を叩きつけられ、思わず怯んだが、一方的な怒りにこちらも怒りが湧いてきた。
「そんなの聞いていてないから分かる訳ないじゃない! 」
「言ったって信じないだろ?!」
「ちゃんと話してくれたら理解しようとは思うわよ!! それに久しぶりに会えたと思ったら、デートにも行かずに大体部屋でだらだら過ごして三大欲求を満たすだけじゃない!! 都合の良い女だって勘違いさせるには十分よ!!!」
「禁欲生活送ってるから仕方ないだろ!! お前の作った飯が食いたい、安心出来る所で寝たい、お前とヤりたいって思って何が悪いんだよ!!!」
「なっ!!?」
面と向かって真剣な表情で叫ばれると流石に恥ずかしい。こういう真っ直ぐな愛情表現には弱いんだよこの野郎!!
「お前だってちゃんと寂しいとか遊びに行きたいとか言えばよかっただろうが!!」
「そ、そんなの言える訳ないじゃない!」
「何でだよ!?」
「だって……隆臣言ってたじゃない 『仕事と私、どっちが大事なのとか言う女ってウザいよな』って!」
「え!? そんな事言ったっけ?」
「言ったわよ! だから会えないのも仕事が忙しいのかなって思って我慢してたのに……。何よその言い草! 電話しても出ないし、メールの返信が無いけど誕生日のお祝いメールも、クリスマスも連絡した。それなのに返ってくるのはかなり遅れての『ごめん』とか『仕事が忙しい』って返信ばかり。
ウザいって思われるかもしれない、もしかしたら浮気されてるかもしれないって不安になりながらも隆臣の家に行っても誰もいない。失踪かもしれないって思って隆臣の友達にも連絡したけど、出張中だけど元気にはしてるって言うから生きてるとは思ったよ。だけどね、いくら生きてても電話もメールも会うことも出来ないのに、待ち続けられるほど、私は強くない」
久しぶり過ぎて忘れていた過去の我慢していた寂しさを思い出し、悲しさで少し声が震えた。悟られたくない悔しさで拳を握りしめて食いしばると、隆臣から顔を逸らした。
「恭子……」
切なく名前を呼ばれ手を伸ばされたが、その手を叩いて拒絶した。
「だから私の中であんたとは終わったの。もう無理。今さらそんな風に求められても迷惑よ」
これだけはハッキリ伝えなくちゃいけないと思い、きちんと隆臣を真っ直ぐ見据えて、ハッキリと言い切った。
隆臣の傷付いた表情が私の良心を揺さぶるが、心を鬼にして隆臣を突き放す。
しかし隆臣は机を並べ回り込んで私に手を伸ばした。しかしそれは男性へと戻ったジルに阻まれた。
そこでまた一触即発になりそうだったので、ジルを元に位置に戻した。
隆臣は一度勢いは削がれたものの、未だに残った剣幕な様子で私の肩を強く掴んだ。
「俺だって好きで異世界の勇者になった訳じゃ無い! 勝手にヒノマル国に召喚されて、いきなり中ボスモンスターみたいな奴と戦わされて、命辛々助かったと思ったら伝説の勇者だから国を救えとか訳わかんなかったよ!! 更にモンスター退治やらされるし、俺の意思じゃ帰れないし、完璧に巻き込まれただけだ! それなのにそんな風に言われてお前を諦められる訳無いだろ?!」
「あー……」
普段なら顔を顰めるような肩の痛みも、同情の方が大きかったのでそんなに気にならなかった。
私も巻き込まれた口だから、その気持ちは痛い程分かる。
「俺は……お前に気違いに見られるのが怖かったんだ。それで見捨てられるのが嫌で、何も言わなかった。俺が異世界で勇者になったって言ったら、お前は信じたか?」
「……多分最初は信じられないと思う」
「だろ?」
「だけどちゃんとした証拠や説得をしてくれたら、きっと信じてたと思う」
「それでも言いづらいだろ。ちょうど異世界召喚もののアニメ観てたし」
「うーん……確かに中二病でもぶり返したのかと思っちゃうかも」
なるほどなぁ〜。そういう訳で会えなかったとなると、何だか寂しい思いを我慢してたよりも納得の方に気持ちが偏ってしまう。
すぐに流されたり絆されてしまうのは私の悪いところかもしれない。同じ被害者として慰めあいたいほどだ。
「……事情は分かった。とりあえず座って?」
「別れないなら座る」
「いや、まあその事について重大な問題があるんだよね」
「なに?」
「えーと、会えなかった事はもう許すよ。自分も同じ立場だったからよく分かる」
「だったら!」
「だけどね、申し訳ない事にえーと、その……」
「何だよ?」
「隆臣から気持ちが離れちゃったんだよね」
「はぁっ!? どういう意味だよ!?」
「明け透けもなく言うと、恋愛対象外になりました。ごめん!」
「ごめんじゃねえ!! 考え直せ!!!」
「無理なもんは無理だよ! だって完璧別れたと思ってたし、だからあんなに落ち着いた再会が出来たっていうか……」
「考え直せ!! 俺の方が別れるとか無理だ!!
「ほら、女の子ってあれじゃん。別れると切り替えが早いっていうか何ていうか……」
「そんなの関係ねえ!!」
アハハと渇いた笑いで誤魔化そうとしたがらうまくはいかなかった。
うーん、どうしたものか。




