表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/21

2. こういうことだったらしい



 城内へ移動してからは、バカ国王を抜きにしてまともな家臣達と話し合いを進めた。

 話が進まないからね。


 それで今までの経緯を聞いた内容を要約するとこの国王、バカの一言に尽きない。


 大した事もせずに贅の限りを尽くし遊びたい放題。人望も思いやりもなく、とっくに愛想を尽かしてもいい程だけど、過去の王に忠誠の誓約をしている以上この国を離れる訳にはいかないらしい。

 こんな召喚術もあるくらいだから呪われるのが怖いし。


 この世界は魔法で成り立っているけど、召喚術は特殊らしくこの国以外だとあと3つあるらしい。それだけあれば十分だ。あと3人は被害者になる可能性があるのだから。


 閑話休題。

 何百年も前の初代国王は賢王として活躍してたみたいで、その後の王もぱっとはしないながらも特に問題もなく国を支えてくれていたらしい。

 バカ国王の父である先代国王は、駆け引きがあまり得意ではなかったが、性格は温厚で優しかったらしい。良い人だけど、そのせいでバカ国王を甘やかされてしまった。

 しかも王家はあまり子宝に恵まれないらしく、年老いてから子供が生まれちゃったから余計に子供に甘くなっちゃってこのバカ国王が出来上がってしまったとさ。


 終わり。




 …て終わらせることが出来ないから困ってるんだけれど。


 以前は先代の人柄の良さで他国との関係を良好に保っていたけど、現在ではバカ国王のちゃらんぽらん加減にそろそろ愛想を尽かされそうになっているようだ。

 そして今年は大雨と地震による自然災害のせいで作物の収穫が大幅に減り、多くの人が家を無くしたことで治安も悪化しく、実はすでに反乱軍は出来ているようだ。

 バカ国王のおかげで他国に援助を頼むのもけっこう厳しいようだ。

 そしてすでに国王に対する不満がかなり膨らみ、甘〜い蜜を吸っていた家臣や貴族は藁にもすがる思いで胡散臭い聖獣召喚をしたらしい。

 そしたら文献通り私がガチで出てきちゃったっつー訳で、これで国が救われるぜキャッホーイ!って喜んでるらしい。


 はい、ふざけんな。


 完璧巻き込まれた。

 自国の問題を異世界人に押し付けんな!!!しかも何で巨大な虎になってるんだよ!せめて人間にしてくれ!!!

 大声でいってやりたいが、叫んだ所で私が帰ることは出来る訳ではないので大人しく話し合いを進める。


 その後話し合いの末、私は相談役に落ち着く事になった。

 提案はするけど、決めるのはグリオールの重鎮達。

 にわかが政治に介入すると余計にこんがらがって余計に時間が掛かるはずだし、今度は貴族達の不満も増えるはずだ。だから大体の取捨選択は彼等に任せる。…あまりにも酷かったら口出しするかもしれないけど。


 そして私の主な仕事は国王の教育。

 この国は絶対王政なので、国王をまともに叱る事が出来る人が少ないらしい。

 だから聖獣という特別な立場にあり、まともな思考をしている私に国王を少しでもまともにして欲しいらしい。

 いっそのこと新しい王にするとか考えないのかと思ったが、黒虎の加護は王家のみで、跡継ぎはバカ国王しかいないようだ。黒虎の存在は大きく、他国を牽制する材料にもなる。

 だから今回、出てきてくれて本当に嬉しいらしい。かなりギリギリだったぽいね。

 めんどくさ。


 とにかく、私はバカ国王にまともな判断だけでも出来るようにする事にしよう。


 それにここにはモンペはいない。

 正義は我にあり!遠慮なく教育をしてやる!!



 * * *


 今日はもう疲れたので休ませてもらう事になり、私専用の広く豪華な部屋へ通されると、そこにはメイド服を着た女神がいたのだ。

 女性にしては背が高めで、目を縁取る長く綺麗にカールした涼しげな目元は正にクールビューティ。シルクのように光沢のある金の髪は、顔の横を流れるように伸びていて、後ろはトップに詰めている。

 そして何より、自然体なのに気品が溢れ出ている。日本にいるメイドに見せてやりたい。


 彼女は上品にスカートの端を軽く摘むと、綺麗なお辞儀をした。


「ようこそお越し下さいました、黒虎様。私はジル・ベルナールと申します。クラウス様より黒虎様の身の回りのお世話を仰せつかりました。至らぬこともございましょうが、どうぞよろしくお願いいたします」


 その様はまるで物語に出てくるお姫様の様で思わず見惚れてしまった。

 まさかお姫様の様な方が私の面倒をみてくれるなんて!

 なんのご褒美ですか?!

 ただ美人もいいけど、出来ればイケメン侍らせたかった!!

 だけど残念ながら、今まで会った人の中に超絶イケメンは一人もいなかった!無念!!


「黒虎様?」


【あ、よ、よろしくお願いします】


 ここまで連れてきてくれた宰相のクラウスに声をかけられて我に帰った。

 クラウスも若ければなー…もうそろそろで定年ですってくらいの年齢だからちょっと無理だな。

 ものすごく失礼な事を考えていたが、そんなの事を露ほども知らないクラウスは、私の事をジルに頼むと部屋を出て行った。


 傾国の姫君レベルの美人メイドさんと2人きりで妙な緊張感が私の中で漲ったが、向こうはそうではなかったようだった。


「お食事はいかがなさいますか?」


【え、あー、あんまり空いてないからいいや】


「承知いたしました。湯浴みはいかがされますか?」


【湯浴みって言っても、自分で身体洗えないしなぁ…】


 かゆいところに手が届かないとは正にこの事。背中とか無理だ。動物園で動物が寝転がって背中を擦ってる姿は可愛いけど、自分ではあまりやりたくない。


「差し支えないのであれば、私に手伝わさせていただけないでしょうか?!」


 ジルは急に目をキラキラと輝かせて私を見つめた。う!何故か後光が見える!眩しい!!


【いや、けど悪いし…】


「いいえ全く!世話係として本望でございます!!」


【そ、そういうものなの?】


「はい!!!」


 ジルは頬を紅潮させて興奮気味に大きく頷いた。

 クールビューティーどこいった。これはもしかしたら大型の猫をかぶっていたのかもしれない。

 しかしここまで情熱的…積極的に求められたら、断りにくい。

 実は私は押しに弱い。断った時の罪悪感と押しに負け、渋々了承した。


【じゃあよろしく…】


「はい!喜んで!」


 その後のジルは本当に幸せそうだった。艶めく漆黒の毛やしなやかな肉体が美しいとか嬉々として私を絶賛しながら身体を洗い、ブラッシングやマッサージまでしてくれた。

 特に念入りにマッサージされたのは肉球だった。

 うん、肉球は気持ち良いよね。私も揉まれて気持ち良かったので好き勝手させていた。


 ジルが満足するころには身体の疲れはだいぶ解され、自分史上最高の毛並みになった。キューティクルがはんぱない。美容師になれるレベルだ。容姿的にはモデルさんだけど。


 用意された寝所も、今までに寝た事がない程に肌さわりの良い生地と柔らかさで、初めての場所なのに速攻眠ることが出来たのであった。




 * * *


 次の日から、早速私はバカ国王の教育を始めた。

 まず第一に、寝坊をさせない。

 朝にクラウスと打ち合わせをした後、起床時刻をとっくに過ぎているのに寝ているバカ国王を起こした。


【起きなさい、サイク】


「………余はまだ眠い」


 バカ国王ことサイクは、もぞもぞと布団から出ない。

 メイドがおろおろしているが、私は甘やかす気なんぞ毛頭ない。


【早く起きないと掛け布団を剥ぐよ】


「嫌じゃ」


【力加減間違えて布団ごとサイクを引き裂いてしまうかも】


「嫌じゃああ!」


 バカ国王は勢いよく布団から抜け出して壁際に逃げた。全力で逃げたようだが、寝起きと体重が重いせいでそんなに俊敏とは言えない。ドスドスという効果音がそれを物語っていた。

 人間でこの足音を聞くことになるとは…。


【おはよう】


「おはようではない!その様に余を脅すとは何事だ!クラウスを呼べ!」


 怒りで息を切らしてこの国の三大苦労人の1人、宰相のクラウスを呼んだが誰も反応しない。

 バカ国王はその反応に戸惑っていた。


「なぜ反応しない!」


【今後私があなたに対する命令は絶対だから】


「なんだと?!」


【昨日色々話し合った結果、私はあなたの教育係になったの。だから今後あなたは師である私に対して命令、及び指導を無視する事はできませーん】


「な!そんなのうそだ!」


 馬鹿にするように語尾を伸ばしていうと、バカ国王は顔を真っ赤にして怒った。いい気味だ。


【嘘じゃないわ。だから私が目の黒いうちは、あなたの傲慢で我儘な態度は許さないから】


「ひっ!」


 これでこれから堂々と指導出来る。にっこり笑ったつもりだが、周りもバカ国王の他にもビビっている人がいたので、恐らく歯をむき出しにして威嚇していると誤解されたようだ。まあ、言う事聞くならいいさ。



【働く者にとって時間厳守は基本中の基本。寝坊なんて以ての外。信用を無くします。それが出来なければまともな仕事が出来ず、家臣や民に示しがつかないわ】


「うう…余は働きたくない!」


【この駄目人間が!王という仕事に責任を持ちなさい。それが出来ないというのなら、大地の肥やしになりなさい】


「お前なかなか酷いぞ!」


【貴方を甘やかす要素なんてひとっつも無いわ。それから、今後は人に対して敬意を払ってね。その方が人間関係が円滑になるわ】


「余は王ぞ!その様な必要はない!」


【あるわよ。敬意を払わないし礼儀も尽くさない。あげく我儘し放題だからあなたの側からどんどん人がいなくなったのよ】


「余に逆らう者など殺せ!」


【殺しません。大体自分で起きることも着替えることも食事を作ることも出来ない人が偉そうな事言わないでよ】


「嫌じゃ!余は特別なのだ!」


【人間なんてね、一皮向けば血と臓物と骨しかないの。駄々捏ねてないで早く歯を磨いて顔洗って着替えたら食事を済ませなさい】


 メイド達にさっさとサイクに服を着させると、食堂へと向かった。


 そこで出ている食事を見て動きを止めた。


「何じゃ…これは…」


【朝食よ】


「違う!!なぜ余の嫌いな野菜ばかりが並んでおるのだ!!!」



 バカ国王が大きな長机に置いてある豪華な食事を指差した。

 野菜ばかりといっても生ばかりではなく、一流料理人が調理してくれた美味しそうな料理だ。


【全て栄養バランスを考えた健康的な食事よ。これでも平均男性の食事量より多い程度だけど、貴方に合わせて少し多めにしておいてあげたわ。少しずつ平均男性の量に合わせて調節しましょう】


「余はこのようなものは食わぬ!肉と甘味を出せ!!」


 サイクはテーブルの上にある食事を床にぶちまけた。

 折角綺麗な器に盛り付けられた美味しそうな食事は、誰にも食べられることなく全て駄目になってしまった。

 これには流石に腹が立った。

 私はジルに絶賛されたぷにぷにの肉球で、サイクを床に転がした。


「うわぁ!!!」


 無様に転んだサイクは、面白いくらいころころと壁際まで転がった。


【食べ物を粗末にするんじゃないの!】


「余はあの様な物は食べぬ!」


 バカ国王は起き上がって私を睨みつけた。


【何故食べ物を変えなくてはいけないのか分かる?】


「貴様の嫌がらせだろう!」


【違うわよ。貴方の健康のためよ】


「健康?」


【甘い物や脂っこいものばかり食べて栄養が偏ってしまうと、病気になってしまうのよ。特にあなたは運動もあまりしないようだし、このままじゃ心臓や脳の血管が詰まったり、足を切らなきゃいけなくなるし、最悪の場合死ぬわ】


「そ、そんなの脅した!」


【脅しじゃない。私のいた世界ではあなたみたいな食生活をしていた人が沢山いたわ。それで生活習慣病に苦しむ人は沢山いた】


「余は死なぬ!」


【だから死なないためにも今から少しでも普通の食生活や運動などをして健康になるの】


「嫌じゃ!余は好きなものを食べる!!」


【駄目】


「食べると言ったら食べる!!!」


 御年24歳の大の大人が、好きなものを食べたくて地面に転がってじたばたとしている。

 何ら可愛くもないし鬱陶しい。つい舌打ちが漏れた。


【じゃあ何も食べるな】


「嫌じゃあ!」


【甘ったれんな!】


 プニプニの肉球を肥え太ったバカ王の腹に落とした。柔らかいとはいえ、腕の重さもあるから多少は痛いはずだ。


【世の中には食べたくても食べられない人が沢山いるのよ。この国はあんたの無駄遣いで財政は圧迫されてるから貧困で食べ物に困ってる人がどんどん増え続けてる。それなのにあんたが今まで食べていた食事の一食分は、市民の一月の平均収入相当の物。今駄目にした料理も十分ご馳走よ。それにその料理を作るのにどれだけの手間が掛かってるか分かる?料理人が朝早くから起きて、野菜の苦手なあなたが食べやすいように手間暇を掛けて作ったもの。さらに食材だって生産者が苦労して作ったもの。それをあなたは『食べたくない』で無駄にしたのよ】


 反論させないように一気に言い切ると、腹に乗せた右前足から爪を出してバカ国王の首に突き付けた。

 バカ王は顔を真っ青にしてブルブルと震えた。


【次に食べ物を粗末にするような事があれば二度と食事させない。分かった?】


 バカ王は涙を流しながら返事の代わりにコクコクと、おもちゃのように首を縦に動かした。


『よし』


 爪を仕舞ってバカ王から前足を退けると、周りの空気はほっとしていた。

 その様子を見ていたジルは私を褒めるような温かい笑顔を送ってくれた。

 はあ…怒るのって疲れる。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ