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16. こういうのはアリですか?


 とりあえず真っ青な顔をして慌てているバカ国王を宥めて椅子に座らせ、紅茶を勧めた。

 遅れて息を切らしながら歩いてきたクラウスも迎え、落ち着いてから話を聞いた。


「……で、知恵を貸せとはどういう意味なの?」

「これを見よ」


 未だに汗を流しながら、バカ国王はくしゃくしゃに握っていた紙を私に差し出した。

 質の良い紙に書かれているのはエスペルガディア帝国の紋章がある。

 そんな大事な親書をこんな扱いにして良いとは思えない。

 嫌な予感がしつつも、小難しい文書に目を通した。


「……輸入品の大幅な関税緩和、鉱石の値下げと輸出増加、貸出中の船舶の返却、過去の補助金の一斉返済、国外のグリオールの民の犯罪行為に関する賠償金の支払い等、全てを一週間後に済ませなかった場合、この国に更に賠償金を要求すると共にエスペルガディア帝国に反逆の意があると見なし、グリオールの自治権の剥奪及び賠償を要求する。あー……つまり今まで貸したもの今すぐ全部返さなかったらフルボッコにしてから国乗っ取って金を搾り取りますよーってことね? 」

「仰る通りです」

「無理に決まってんじゃん!!」

「そうじゃ無理なのじゃ!」


 いきなりのエスペルガディアの無理難題な要求に、こちらが応じる事が出来るわけないじゃないか!


「一体全体、どうしていきなりこんな無茶な要求してくるわけ?」

「恐らく、国が栄え黒虎様が大地に眠りに就いたからでしょう。他国がこの国を攻める時に恐れているのは黒虎様の能力であり、国に対しての評価は低いかと思われます。その黒虎様が眠りに就いた今、正式に交易をするよりも国を支配してしまった方が国にとっての利益となると考えたのではないのでしょうか?」

「また黒虎が目覚めるとは思わないのかしら?」


 ジルの言う通り黒虎の力を恐れているのであれば、当然また目覚める事を考えるはずだ。黒虎の召喚条件は国の危機なのだからこと、国に手を出せないと思うんだけど。

 その答えはクラウスが更に老けた顔をして答えてくれた。


「大変申し上げるのが心苦しいのですが、以前のグリオールの地は穢素が溢れておりました。そして今の魔素の状態は普通です。通常聖獣が召喚されればその祝福を受けて清浄な魔素が増えます。しかし今の我が国の魔素は平均値は変わらないのです。穢素を0に戻すのが黒虎様の限界だったとすれば、国が弱体化している事実を表していると考えられていてもおかしくはありません」

「だけど黒虎はこの国の聖獣よ? もしこの国を乗っ取ったとして、召喚条件が王の直系でなければならないのなら、サイクを王座から落とした場合、黒虎が召喚されなくなるのでは? 聖獣がいなくなるのはこの世界にとっては魔素のバランスが崩れてヤバくなるんでしょ?」

「何も国を支配するのに、王族を殺す必要はありません。黒虎が召喚出来る条件を残せばいいのです」

「というと?」


 首を傾げながらクラウスに尋ねたが、クラウスは苦い顔をして私から顔を逸らして答えようとはしなかった。その様子を見かねてか、代わりにジルが答えてくれた。


「サイク様に御子を作らせ、御子を都合の良いように育ててから玉座に据えれば、国を自由に操れるのではないでしょうか?」

「な、なんじゃと!!」


 私よりもバカ国王のが反応が大きかった。流石に自分の事だけはある。

 今後種だけつけさせてから殺されるのは流石に可哀想だ。


「今回の件はエスペルガディアに賠償金を返済してもしなくても、良い思いをするのはエスペルガディアのみです」

「一体どうすればいいのよ……」

「クローダ! また黒虎に戻れ!」

「力が無いから無理よ!」


 目を血走らせたバカ国王は強い力で私の方を掴み、私を揺すった。

 しかしすぐ様ジルがバカ国王の手を捻って私を引き寄せた。


「いたっ! 貴様、国王に向かって……」

「私にとって大切なのはクローダ様なのでそれ以外はどうでも良いのです」


 真顔で言い切るジルにちょっと引いた。それ、ヤンデレの初期症状じゃない?

 私の視線に気が付いたジルは、優しく微笑んでからいつものクールビューティーな顔でバカ国王に提案した。


「エスペルガディアの要求から逃れ、且つ黒虎様がいないグリオールを守る事が出来る手段が一つだけあります」


「え?!」

「本当か!?」

「はい」

「べ、ベルナール殿! それは一体なんなのですか?! 是非お教え下さい!!!」


 思い掛け無い提案に、みんながジルに詰め寄っている様は異様だった。しかしジルは全く動じる事はなく、いつもの冷静な態度で提案をした。


「教える前に、条件があります」

「何だ? 叶えられる範囲なら叶えてやろう」

「ありがとうございます」


 今まで特に物を欲しがった事のなかった……いや、お風呂とかブラッシングとかしたがってたか。抜け毛でもうっとりしてたし、人間に戻ってからも風呂に入れようとしたのは流石に焦った。髪の毛のブラッシングも断ろうと思ってたのに、風呂から出てきた時にはしっかりブラシを持って待機してたので断りきれなかった。ここ最近のジルの変態度は増してきている気がして、お姉さんは心配です。

 閑話休題。ジルの願いがどんな物なのか気になった。


「クローダ様と私に今後一切干渉しない事。命令なども一切応じるつもりはありません。そしてクローダ様の意思を尊重すること。彼女はもう黒虎ではない一人の人間です。いつまでも黒虎として貴方に縛られる理由はありません」

「ジル……」


 私の事を一人の人間して見てくれた事に、不覚にも胸にじーんと熱くなった。

 そうなんだよ、私は常に黒虎として振り回されてきたんだ。それが終わったのにこうやって留められていること自体、理不尽なのだ。


「それだけでいいのか?」

「はい」

「それなら別に……」

「お待ち下さい、陛下」

「何だクラウス?」

「安易に返事をしてはしてはいけません」

「それは同意」

「う、うむ」


 クラウスと私の教育に、バカ国王は気まずく返事をした。そしていつも疲れ切っているクラウスが、珍しく目を光らせていた。


「ベルナール殿、一体何を企んでいるのですか?」

「私はただ、誰にも邪魔されずにクローダ様と一緒に居たいだけですわ」


 ジルに蕩けるような笑みを向けられ、背中がぞわりとした。あれ、これ本当にヤンデレ化?

 何だか怖くなってきたので、ジルからこっそり離れようとしたが、肩を痛くならない程度に強く握られていたので逃げられなかった。

 じ、ジルさーん?


「しかしクローダ様は今後我が国のご意見番として知恵を貸して頂きたいと考えております。我らの願いを聞き届けて頂けないのは、正直我等としても厳しいです。せめてベルナール殿の提案を提示してからではいけませんか?」

「仕方ありませんね……」


 ジルは小さく溜息を吐いたが、そんなに残念そうには見受けられなかった。


「今、この場で起きる事は他言無用です。それが守れぬのならこの提案はなかった事にします。それでいいですね?」

「あ、ああ」

「畏まりました」

「では、失礼します」


 そういうと私から手を離し、ジルは胸元に留められているボタンを外し始めた。

 そしてジル以外、一斉に息を飲んだ。


「ちょ! ジル! 駄目だよそんなの破廉恥だ……よ?」


 止めようとしたのに何故かジルの胸元の位置が上に上がっていた。

 目の前にある肌蹴た服の間からきめ細かく美しい肌が覗いてるが、女とは思えないような厚い胸板に変わっており、メイド服が引っ張られて窮屈そうに体を張り付いていた。

 真っ直ぐに伸びた髪の毛は、光の加減によりパール掛かっていて不思議な色合いだ。

 目線を上げればスッキリとした首のラインに喉仏が主張し始め、更に顔を上げれば神々しい程に美しい顔の美青年が私を見下ろしていた。

 涼しげな目元と長い睫毛、すっと整った鼻筋をした顔はジルにそっくりだが、頭には優美な曲線を持ち合わせた角が天に向かって真っ直ぐに伸びていた。


「ジル……なの?」

「はい」

「けど……男?」

「男です」


 突然の出来事に呆然とする私達に、メイド服を着た男性がいるとい実にシュールな状況だった。

 ジルはボタンを外し終えると、やはり服がキツかったらしく上半身を剥き出しにした。

 芸術品の様な美しく均整のとれた肉体を惜しげもなく晒せるのは、自分の美しさに自信があるか無頓着かのどちらかだと思うが、ジルは間違いなく後者だろう。

 驚きのあまり反応が遅れてしまったが、上半身裸の美形がすぐ側にいる事に対して急に恥ずかしくなって少し距離をとった。


「な、な何でジルは性別偽ってたの? それも魔法なの? けどそしたら何で……」


 いっぱい疑問はあふのに上手く視線を合わせられなかったのが余計に恥ずかしくなった。

 こんなペースを乱すのは私らしくない。

 一人で慌てて空回りするのは嫌なので、急いで大きく息を吸って深呼吸をすると気持ちを落ち着けた。

 そして、今度はちゃんとジルを見ることが出来た。


「……ジルの事、今後の予定を詳しく教えて」

「はい!」


 ジルは爽やかな笑顔で了承した。そして一旦女の子に戻ってもらってからの質問タイムが始まった。


「ジルは何者なの?」

「私は霊獣の輝燐(きりん)です」

「輝燐って確か、蒼雀がエスペルガディア初代皇帝との間に産んだ子どもじゃ……」

「はい。その通りです」

「嘘でしょ?!」

「余もただの逸話かと思っておったが……」

「ええ。存在も確認されていませんでしたし……」


 私が帰るために色んな書物を読み漁った中に輝燐の記述は確かにあった。

 約100年程前にエスペルガディア帝国初代皇帝との間に産まれた霊獣。

 産まれた時からかなりの魔力を保有しており、聖獣と違って肉体を持ち合わせているため召喚する必要条件もなく、いつでもこの世界に留まっていられる。

 聖獣の子どもという事もあって、聖獣を持たない国は輝燐を欲しがった。

 しかし輝燐は産まれて間も無く、蒼雀に連れられて行方を眩ませた。

 それから20年後、緋龍によって一つの国が無くなった。しかし何処からか破壊された地に輝燐が現れ、死んだ土地を生き返らせたと言われている。

 そしてその豊かな地を開拓しようとした人間は、二度と帰って来なかったとも言われている。

 

「母が人間の窮屈な暮らしを私にさせたくなかった、基自分の生活が面倒臭くならない様に、蒼星樹海という人間が踏み込めぬほど強力な魔物がいる深い森の中へ連れて行かれたのです。母は森の精霊達に私を任せしばらく地上で過ごしたのち、大地へと帰って行きました」

「じゃあ、お母さんの事はそんなに覚えてないんだね……」

「はい。しかし森の精霊達や幻獣、ドラゴン達との暮らしは楽しかったのでそんなに苦ではありませんでした。寧ろ母に育てて貰わなくて良かったのではないかと思います」

「え? 何で?」


 曇りがないどころか、とてもいい笑顔のジルに疑問を抱かざる終えなかった。


「みんなから話を聞く限り、母は好奇心旺盛で破天荒あり、しかも移り気な性格なので子育てに向いていないそうです」

「そ、そうなんだ……」

「はい。私を産んだのも一回子どもを産んでみたかったようです。結局国際問題や世継ぎ問題が面倒臭くなったので森に置いていきました」

「それはちょっと親としてどういかと思うが……」

「そう思っても仕方ありません。しかも親は産まれた子どもを崖から落として育てると思っていたようで、森に着いた早々みんなの前で私を崖から落とそうとしていたので精霊達が必死に止めてくれたそうです」

「何とも豪快な母君ですね……」

「ええ。それでも聖獣としての仕事はきっちり果たしています。そして今回はその事を利用しようと思います」

「え?」

「エスペルガディアとの外交問題に関してです」

「あ、あぁ! そうだったね!」


 ちょっと蒼雀のインパクトが強過ぎてついさっきの事なのにすっかり忘れてた。

 ジルは姿勢をピンと伸ばして私を見据えた。


「まず、エスペルガディアを建国した父と母の実子である私に対し、エスペルガディアには手を出す事は恐らく出来ません。輝燐を殺したという情報がエスペルガディア国内で広まったとなれば、国内での反発は必須で国が分裂するでしょう」

「確かに……。多国籍国家が成り立っているのも、蒼雀への信仰の強さ故と聞いております」

「そうなのか?」

「アンタはもう少し他国についても勉強しておきなさい」

「うむ……」

「しかし輝燐が初代帝王と蒼雀の子とはいえ、エスペルガディアに所属している訳ではありません。よって私がグリオールの事を守護しても何ら問題はないのです」

「ジルはそれでもいいの?」

「はい。エスペルガディアに興味はありませんので。輝燐が黒虎に溺愛している事を周りに認識させれば、他国……特にエスペルガディアはグリオールを蔑ろにする事は出来ない筈です。幸いな事に、私がいる場所には幸福が訪れるとも言われています。

それに自分で言うのも何ですが、魔力は他の聖獣の方々にも引けを取りませんよ。だからキョー様」


 頬をほんのり染めたジルは私の両手を取って告白した。


「私のものになってください」

「…………」


 突然の愛の告白に、私は咄嗟に反応出来なかった。

 ジル……。あなたが私の事を好きなのは分かった……。だけどせめて男の時に言って欲しかった!!!

 いや男の時に言われたら言われたら恥ずかしくて悶絶死しそうになると思うけど……。

 何も言えずに口をパクパクと繰り返していると、目に入ったのはバカ国王とクラウスで、彼等も彼女の可愛らしさに悶絶していた。

 そりゃクールビューティーで傾国の美女みたいな子のこんな可愛らしく告白みたら、こうなりますよね。2人のおかげで少し冷静になれた。


「あのね、ジル……」

「愛してるのです」

「いや、それなんだけど……」

「ずっとお側に居させて下さい」

「気持ちは嬉しいんだけど……」

「クローダ、輝燐よ」

「な、何よ!」


 詰め寄るジルにタジタジになっていると、素面に戻ってきたバカ国王が真剣な表情で頷いた。


「幸せにな!」

「何でアンタが決めてんだ!」

「輝燐! クローダの事はよろしく頼んだぞ! だからグリオールをこれからも頼む!」

「分かりました。キョー様、これからはずっと一緒ですよ。 嬉しいです!」

「だから私は!」

「クローダ様! 折角今まで尽力して復興を遂げたこの国をどうぞお救い下さい!!」

「うぅ〜……」


 そう。今までのみんなの頑張りを見ていたらこんな好条件の話を簡単に蹴れる訳がない。

 だけど、ジルの事を恋愛関係として見られない

 今まで友達としか見てなかったし、男にしろここまで美しい人に詰め寄られても現実感がない上に恥ずかしくなってなかなか直視出来ない。


「善は急げじゃ! さぁ輝燐よ! エスペルガディア対策を始めるぞ!」

「はい!」


 私が返事を返さぬ間に、みんなは勝手に準備を始めた。

 何だかまた巻き込まれてるよ!! この流され体質をどうにかしたい!!!


 色々腑に落ちない事は多々あるが時間が無いのは確かなので、私も返事は置いておいてエスペルガディア対策の手伝いを始めた。





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