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14. だからこういう趣味はないんだってば!!


 『ふざけんなよこのバカ猫!!!!』 ……と叫ぼうと思ったのに、はっと目覚めた。

 視界に入るのは見慣れた天蓋。

 背中には慣れ親しんだ、程よく沈む触り心地のいい布団。

 どうやら私は夢の中でバカ猫と会話していたようだ。あの様子じゃ寝直した所で出てきそうにないし、むしろ怒りで寝付けそうにない。


「ちくしょー……」


 少しでも怒りを逃がすためにベッドを殴り付けようと思ったのに、ほとんど身体に力が入らず、腕を少し上げるのにも全力を使う。

 気持ち悪い。完徹をして朝まで飲み明かし二日酔いになって、胃の中の物を全て吐き出したような気持ち悪さとガンガンとした頭痛がする。

 これが魔素不足か……。確かに死にはしないけどかなりキツイわ……。しかも酒飲んだ後同様、喉も乾く。

 重度の二日酔いの症状と予め死に掛けると聞いていたせいか、この自体を冷静に受け止められた。

 気持ち悪すぎて怒る気も動く気も起きない。誰かポ○リ、胃薬、ウコン、しじみを下さい……。



 誰と言うわけでもないがとりあえず誰かに助けを求めてみる。当然返事なんかない。

 仕方ないので自分に気持ち悪くないと暗示を掛けつつひたすら苦しみに堪えていると、コンコン、と落ち着いたドアのノック音が聞こえた。

 これは天の助けか! 返事をしようにも死に掛けの蚊の様な声しか出ない。


「*******」


 扉の外から聞こえてくるのは、意味不明な言語の透き通るような美しい声。よく聞きなれているジルのものだった。

 これで助けてもらえる!……と、思ったのだが、ふと思い出した。

 私、人間だ。


「…………」


 え? ヤバくない?

 知らない人から見たら不法侵入者じゃね?

 しかも黒虎大好きなケモナーのジルですよ? その部屋の中にイエローモンキーがいたら……。


 一気に血の気が失せた。

 どうしようどうしようどうしよう!!! 人間に戻れて喜んでてすっかり忘れてたよ!!!


 大好きなジルに嫌われるのが怖い。会いたくない。だけど逃げたくても逃げられない私は、その場でただ黙って部屋に入らない事を祈るしかない。

 まあ、そんな願い叶うわけないんだけど。ジルはいつも通り部屋に入ってきた。


「********……****?」


 ジルは少し不審げな声で何を言うと、ゆっくりとこちらに近付いてきた。うう……来ないでくれ!

 自然と力の入らない手でギュッとシーツを握った。ジルが少しずつ近寄る度に、心臓の音が大きくなり、呼吸も荒くなる。

 これまた無駄な努力なのだが、少しでも顔を見られまいとジルのいる方向とは逆の方向に顔を逸らした。

 足音はベッドのすぐ側まできた。


「******? ********?」


 少し強張った声で何やら言われているが、やっぱり何を言っているのか分からない。

 その事に絶望的に泣きたくなった。歯を食いしばって悲しみを堪えていると、白魚の様な手で私の頬を包み自分の方に顔を向かせた。


 終わった。


 涼やかな目を見開き息を飲むジルを見てそう思った。


 私はもうジルの特別じゃないんだ。ここに来て私の面倒を見てくれたジル。実際はお世話係だったけど私としては、親友、そして戦友の様に感じていた。

 だけどもう、そんな対象じゃなくなったんだ。

 心がナイフでゆっくりと切り裂かれたよう様に感じる。鋭い刃の残した後から、私の心の中がどんどん減っていってるようだ。


 元から身体に動ける程の力なんかないが、今はもう完全に力を抜いた。

 するとジルは意識が戻ってきた様で、心配そうに私の目元を拭った。どうやら気付かない間に涙が出ていた様だ。

 今日は色々あってストレス溜まったんからかなぁ、なんて少し客観的に思ったが……何泣いてんだよ!!!

 急に恥ずかしくなって顔面が一気に熱くなった。

 な、泣いて同情させたかったんじゃない!!

 恥ずかしがる私とは違い、ジルはだんだんキラキラと目を輝かせ始めた。これは嫌われてはないんだろうけど……。何か嫌な予感がする。

 ジルは頬を紅潮させながら何か言っただが、やっぱり分からない。


「ジル、ごめん。言葉が、分かんないの……」


 消えるような掠れた声で伝えると、ジルは目をぱちくりさせて何か思案し始めた。そして指の代わりに手のひらを私へ向けた。


「クローダ・キィオーコー?」


「そう、そうだよ……。黒田恭子…キョーだよ……」


 今出来る限りの力を振り絞って肯定すると、ジルの笑顔も柔らかくなった。

 どうやらジルは、人間の私の事を怖がらないでくれた。その事が嬉しくてまた涙が溢れてきた。

 とろける様な笑みを浮かべたジルが近付いてきたので、ハグしてくれるのかなぁと期待していたら、顔を寄せられキスされた。しかも大人のキス。

 一気に頭の中が真っ白になった。そしてびっくりしすぎて涙も引っ込んだ。

 あれ? これ友達の和解の感動シーンじゃなかったっけ?!

 ジルさん! これは愛する男性にしてあげて下さい!!

 現状生々しいですが、説明すると年齢制限が掛かるので、一生懸命他の事を考えて何とか厭らしくない様に努めた。

 そろそろ頭が沸騰しそうな頃に、ようやくジルは私の唇から離れてくれた。

 私は息が荒いのに対し、ジルは全然余裕で、肉食獣の様な目を隠しているのは何となく分かった。というか、ジルさん色気が隠しきれてないっす……!

 ついつい顔を背けると、ジルは子供をなだめるような口調で私に尋ねた。


「無理強いをしてしまい申し訳ありませんでした。御身体の方は如何ですか?」

「え? さっきよりは楽になったけど……て、言葉が分かる!!!」


 びっくりしてベッドから起き上がると、ジルはにこにこと笑っていた。


「キョー様の魔素が極度に枯渇しておりましたので、僭越ながら私の魔素で補わさせて頂きました。ご迷惑……でしたか?」


 ジルは不安そうに目をうるうるとさせながら、あざと可愛い謝罪をした。


「そ、そんな事ないよ!! さっきまで体調悪くて仕方なかったから本当に助かったよ! ありがとね!!」


 く……! 美少女にこんな謝られ方されたら許さない訳がない!!

 今回のは事故っていうか、ジルは私のためにわざわざやりたくない事をやってくれたんだ。うん。ていうか、もうパンク寸前だから考えたくない。




 * * *


 まだ全快とまではいかないが、動ける様になった身体をうんと伸ばした。

 実際に両手を上げて身体を伸ばすなんて約1年ぶりだ。ついつい腕や足を意味もなく動かして、人間だという事を確認してしまう。

 因みに服は夢の中と同様でグレーのパンツスーツだ。

 しかし、手を伸ばした時に自分の肌がかなり白い事にぎょっとした。


「何でこんなに色が白いの?!」


 まるで白粉を塗りたくった様な白さは、アルビノを彷彿とさせた。


「どうかなされたのですか?」

「私の元の肌の色と違うの!」

「違うというと?」

「元の肌の色はオークル色でもっと黄色味がかってた色なんだけど、今は脱色したかの如く肌が白くて……」

「そうなのですか。しかし今は肌も髪も雪のように白くて、ルビーの様に紅く輝く瞳がとても映えていて大変美しいです」

「え?髪も白くて目が紅い!?」

「はい!」


 急いで自分の髪を前に流して確認しようとするが、ショートボブなためあんまり見えない。しかし微かに見える毛先は、ダークブラウンではなく確かに白髪だ。

 流石に目は確認出来ないけど、まるで自分は変わってしまったようだ。


「黒の次は白か……」


 目覚めてから1番の深い溜息が出た。溜息を吐くと幸せが逃げるというが、不幸だから吐いてんだよと切実に言いたい。


「キョー様! ご心配は無用です! 以前の漆の様に艶めいた黒髪も素敵でしたが、抜ける様に美しい雪の様な肌と、絹の様に美しい今の髪も素敵です!」

「そう、ありがとう……」

「はい!」


 ジルのキラキラした笑顔に毒気が抜かれた。心からそう言っているのが伝わってくるからだ。

 だけどジルって珍獣好きなんだよね。どうやら私は珍獣枠に入った様だ。嫌われるよりかマシだろう。


 気持ちも落ち着き、一通り身体を動かして満足したところでジルに事の顛末を話した。

 何故ここに私が来る事になったのか、この姿に戻ったのか、黒虎はどうなったとか。

 ジルは真剣に聞いてくれて、話し合いをした結果、黒虎がこちらに戻ってくる気はないというという事は伏せておくという事になった。

 黒虎が大地で眠りに就いているのならともかく、存在自体がないのならば民が不安を抱いてしまう、国としてのバランスが崩れてしまうかもしれない。だから黒虎は大地に眠りについてみんなを見守っている事にして、私の存在は公表しない事にした。

 実際、この大地に含まれる魔素は私に含まれていたほぼ搾り取られて大地に還元されているので、今の私はほぼ残りカスみたい存在だ。

 残りカスがこの国で何か出来る訳でもない。

 実際ジルが助けてくれなかったら私は死んでいた。

 ちなみに魔素の譲渡は難しいらしく、自分の体液を飲ませるのが一番手っ取り早いそうな。ちなみにジルは神殿から派遣されたお世話係で、力はトップクラスなので魔素の譲渡が出来た様だ。

 それを聞いて納得したし、ホッとした。ジルも仕方なくやったんだ。仕方なくね!


 ちなみに先程自分を珍獣に例えたが、この世界に真っ白で目が紅い人間は存在しない。

 アルビノは極稀にいるけど、目は淡い青が多いみたい。ただその容姿と魔素の量の少なさから悪魔付きと忌み嫌われているため、短命の方が多いそうな。

 しかも危険な場合、オークションで売り払われたり、妙薬の材料にされたり、生贄にされたりと散々な人生を送る人もいるそうな……。

 特にこの国は黒虎という黒を至上とする国なので、特に歓迎されないらしい。


「キョー様は私がずっと側にいて、必ず守ります!」

「ジル……」


 強い意志を持ったジルの言葉は、じーんと私の心に染み渡った。何処までも私の世話を見てくれるなんていい人過ぎる。だけど……。


「けどジルだって結婚とかしたりしたいでしょ? 私が側にいたら、ジルは結婚なんか……」

「キョー様が側にいる事が私にとっての幸せです!」

「そ、そっか……」

「はい!」


 あまりにも真っ直ぐなラブコールが恥ずかしくて俯いてしまった。そしてこれ以上続けてもラブコールの嵐だと思ったので、私は早めに口を噤んだ。


「元からキョー様がここから居なくなってしまったら旅に出ようと思っていたのです。キョー様も一緒に旅をしましょう!」

「ついていっていいの?」

「もちろんです!」

「じゃあ一緒に行かせてもらうね」

「はい! 嬉しいです!」


 ジルは喜びのあまり、ギューっと抱き付いてきた。外人さんはスキンシップが激しいなぁ。

 そんな事を考えつつ、外人なら仕方がないと私も軽く抱き返した。

 ジルが満足した所で体を離した。


「キョー様は何処か行きたい所はありますか?」

「うーん、差別が少なくて生活しやすい国かな」

「ではエスペルガディア帝国に行きましょう。あそこは多民族国家なので、地域によっては普通に暮らせるかと思います」

「じゃあエスペルガディアにしよっか」

「承知いたしました」

「うん。あ! あと霊獣に会いたいかも」

「霊獣……ですか?」

「うん。黒虎が消える間際に『霊獣が助けてくれるだろう』って言ってたから、一度会ってみようかなぁって思って。目的のない旅より、何かあった方が面白いでしょ? まあ何処にいるから分からないから長い旅になるとは思うけど」

「……」


 ハハハと笑うも、ジルは神妙な面持ちで何も言わなかった。こんな反応珍しいな。


「ジル、どうしたの? もしかして霊獣探すの嫌だった? 嫌だったら別に行かなくてもいいよ」

「……あの、キョー様はその霊獣に会ったら、ずっと共に暮らすのですか?」

「え? それは分かんないけど。暮らしやすい所なら何処でもいいよ。ただ黒虎がそんな事を言ってたからどんなのなんだろうって気になっただけだし」

「では霊獣の側で暮らしやすかったらそこで暮らすのですね?」

「う、うん。多分……」


 人生最大の決断を訪ねるかの如く真剣な表情のジルに、気軽に申し出た自分に罪悪感を感じてしまう。

 更につっかえていた何が外れたような安堵の表情をするので、余計に訳が分からなかった。


「……では、早く霊獣の元へ行けるよう、此処を出て行きましょう」

「う、うん」


 ジルに促されベッドから降りると、バカ国王を呼びに行ってくると言ってジルは速やかに部屋を出て行った。



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