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13. こうなって欲しくなかった


【そうは言うが、貴様も彼の国を離れる事を少なからず望んでいた。そうでなければ、我の存在には気が付かなかったはずだ】


「はあ? どういう意味よ?」


 バカ猫のまるですべてを分かっているような言い方に余計に腹が立った。ガン飛ばしてみるが、このバカ猫は視線を逸らして懸想しているようだった。


【仕事が多忙で疲れているが、1人で暮らしているから慰めてくれる家族や恋人、友と会う時間が取れず、日々忙殺される日々を過ごし、『何処か遠い所に行きたい』……そう願っていたであろう】


 以前の私の考えていた事を全て言い当てられ、思わず動揺した。こいつは本当に全部分かっているんじゃないんだろうか?

 そう思うと自分のしてきた恥ずかしい事とか秘密にしたい事までばれているんじゃないかと思うと嫌な汗が出てきた。

 いや、けど占い師とか結構定番の台詞があるだけで、きっとバカ猫も同じ理屈なんではないかと……。

 動揺がばれない様に出来るだけ平然を装った。


「そんなのただの現実逃避なだけで、本当に何処かに行ける訳じゃ……」


【それでも願った事には変わりない。我は探していたのだ。人生に疲れ、人生を謳歌する者を妬みながらも、苦痛を耐え忍び頑張る事の出来る知恵と知識のある者を】


「それが私、だっていうの?」


 【ああ】


「だからってそんな……私を巻き込むなんて、間違ってるわよ。それに、私なんかより適任な人はもっといっぱいいるじゃない!」


 【貴様で良かったのだ。様々な事に関して適度な知識と柔軟な発想を持ち、忍耐力、優しさ、厳しさを持つが野心のない存在。それが()のグリオールに相応しい存在】


「貴方では無理なの?」


 【ああ】


「何故?」


 【……】


 純粋な疑問をぶつけると、バカ猫は言い淀んでいた。先程までスラスラと淡々と語っていただけに余計疑問が強くなってくる。

 暫く逡巡してから、先程の理知的な瞳で私を見つめて説明を始めた。



 * * *


 バカ猫曰く、初めて召喚された頃のグリオールは善良な民が多かったらしい。

 魔素も清らかで、黒虎に対する信仰心も強く、そのおかげでバカ猫は強力な力を維持出来ていた。

 魔素の清潔度と信仰による認知度と祈りは、聖獣にとって大きな力になるようだ。

 バカ猫から言わせたら、聖獣という大層な名前でも所詮意思を持った濃密な魔素の集合体でしかないので、契約を実行しない限り実体を持たない。

 通常は大地と一体化してその土地を守っているらしい。

 ただ、初代国王が亡くなってからは緩やかにグリオールの民は変わっていった。聖獣への感謝を忘れ、私利私欲に走り出す。

 それは毒のように徐々に黒虎の力を蝕みながら、何百年という時を過ごした。

 そして今……というか、私が来るちょっと前までのグリオールの民は欲にまみれ、信仰どころか自分の不幸を我の加護不足と呪う輩まで出てくるほど荒んでいた。民が荒めば魔素も穢れていき、バカ猫の力は限界を迎えていた。


 【初代国王が気に入ったから男と契約を交わしたのだが、今では呪いの様に我を苦しめる……】


 猫なので表情が分からないのだが、重い溜息と哀愁漂う姿は哀れとしか言いようがない。

 何だかサービス残業をやらされても残業代も有給、休暇も貰えない社畜のようなサラリーマンの姿と重なった。

 だからと言って私が理不尽な事をしていい理由ではないのだが、ついつい同情してしまう。


「えーと……御愁傷様。あー、その契約内容ってどんなものなの?」


 【『グリオールの民を守ってほしい』という単純なものだ】


「文献には、国に災いが訪れ危機に瀕した際、国王の願いを聞き届け黒虎が国を救うという、随分御大層な事が書かれてたけど?」


 【あれは初代国王が我に気を利かせてそう書かせたのであろう。大地に眠りにつく者を、そう頻繁に呼び出しては悪いとでも思ったのであろう。それに我にばかり働かせていては自分や民が怠ける事は良くないと、きちんと認識していたしな】


 どうやら初代国王は常識のあるまともな人だったようだ。聖獣に気に入られるなんてよっぽどの人だと思う。


 「ちなみに、初代国王ってどんな人だったの?」


 【自分の事より他人が喜ばせる事に幸せを感じ、子供の様に無邪気に笑う男だった。優し過ぎるきらいがあるが、国を建てたのも戦争による難民を受け入れ、守る為に作ったに過ぎない。そんな男の周りには自然と人が集まり、足りない分は周りが上手く支えていた】


「素敵な人だったのね」


 【ああ。我も惹きつけられたから男の願いに応じ、災いや戦火から初代国王を……グリオールを守った】


 バカ猫の理知的な目が少し穏やかになり、自慢げに初代国王の事を語るので、その人の人柄の良さがよく伝わった。


「けどその人のためだったらさ、常に国に居ようとは思わなかったの? そうしたら国が荒れずに済んだかもしれないじゃない?」


 聖獣の加護がずっと続けば、国は乱れなかったかもしれないと思うのは当然だと思うのだが、返事は何とも素っ気ないものだった。


 【人が眠りを取らないと気が狂う様に、我等も大地に眠りに付くことが必要だ】


「なるほど……」


 【ただ、眠っている間も土地の事は常に監視はしている。だから契約通り我は土地を……民を守ろうと身を削って魔素を放出してきたのだが、限界がきた。このままでは大地の魔素自体もなくなってしまう。だが実体を取れぬ以上、民に直接働きかける事もままならぬ。だから我は最後の賭けに出たのだ】


「賭け?」


 【ああ。もし現国王が我を呼び出した時は、我の全ての力を使ってでも他の相応しい者に全てを託そうとな】


「それが私だったのか……」


 【ああ。我も異世界に行くとは思わなかったがな】


「私だって異世界に行くだなんて思わなかったわよ!!!」


 バカ猫は意外そうにしていたが、全く反省しない態度にまた腹が立った。

 しかしそこまで追い詰められていたのかと思うと、なかなか強く責められない。我ながらちょろい性格だと思うが、こういうのはなかなか治らないのだ。

 怒りを呆れに昇華させ、重い溜息を吐いた。一体何回こんな溜息を吐いたのか分からない程だった。

 あー、頭が痛い……。

 それでも最後の説得を試みた。


「……グリオールではバカ国王もようやくバカが抜けてきたし、民も一生懸命働いている。今回黒虎が召喚されて国が復興できた事で黒虎信者は増えてるし、黒虎のために働いている人も沢山いる。大国との外交も始めたからもう国として立派に成り立っているわ。だからもう良いでしょ? 私を国へ帰し、貴方もグリオールに戻って眠りにつきなさい」


 【無理だ】


「何で?」


 【力が足りぬ】


「はあ?」


 【我と貴様の異世界間移動に、殆ど全ての力を使い果たした】


「え、じゃあ……」


 【帰したくとも返す事は出来ぬ】


「はぁああああ?!」


 これ以上ないくらいに目を見開いて叫んでしまった。

 これは……完璧に帰れないの……?


「嘘でしょ?」


 【真実だ】


 それを信じたくなくて、最後の悪足掻きとばかりに震えそうになる声を必死に抑えて尋ねた。


「他に方法は?」


 【無い】


「じゃあ力が回復するのはいつ?」


 【今の状態だと、約500年後だな】


「5世紀も待てるか!!! 死んでるわよ!!!」


 盛大にツッコミを入れたがそれをきっかけに気力を使い果たしてしまい、深い溜息を吐きながらずるずると力無く地面に座り込んだ。


 詰んだ。完璧に詰んだ。

 折角頑張ってきたのに……。

 今までのわたしの努力は一体何だったんだろう……。

 約500年って事は、私だって死んでるし、ていうか、家族や友達、職場になんて伝えればいいのよ……。

 落ち込みに落ち込み、気持ちを整理しながらも情けない声でバカ猫に尋ねた。


「……私がこっちに来て1年になるけど、向こうではどうなってるの?」


 【行方不明】


「職場は?」


 【解雇】


「そっか……」


 聞きたかったけど、聞きたくなかった。


「今でも……家族や友達は私の事、心配してくれてるの?」


 答えを聞くのが怖い。心臓が今までにない程ドクドクと鼓動を打っている。

 それがとても気持ち悪くて、心臓が飛び出そうとはこういう事を言うんだなぁと、他の事を考えて気持ちを落ち着かせるように努めた。

 しかし、帰ってきたのは無情な言葉であった。

 

 【まだ探しているが、半ば諦め始めている】


「まあ、一年も経ってるしね……」


 震えそうな声を必死で抑えて、溜息で誤魔化した。嬉しい様な、悲しい様な。

 心配してくれて嬉しいけど、いつまでも心配はさせたくはない。帰るのを諦めたいのに諦めさせないような言葉が辛い。せめて、もう探さないでくらい伝えれたらいいのに……。


「駄目元で聞くけど、向こうに手紙が何かって送れないよね?」


 【夢の中でならメッセージを送る事は出来る】


「ほんと?!」


 【ああ。だがこれもかなり魔素を消費するので、次はいつ出来るか分からないがな】


「今回が最初で最後でいいわ。遺書だと思って送らせて」


 もう500年も帰れないなら、一生会えないのと一緒だ。だったら一層の事、私を死人扱いにしてほしい。

 その方が遠くにいて心配されるよりか私としては気が楽だ。


 【誰に送るのだ?】


「うーん……何人まで遅れるの?」


 【人数は問わない】


「じゃあ未だに私の事を心配してくれている人に送ってくれる?」


 【分かった。内容はどうする?】


「『いきなり居なくなって心配掛けてごめんね。だけどもう、2度とみんなと会えないから……探すのはやめて。遠いところからみんなの幸せを祈ってる』……そう送って」


 今生の別れの言葉が、こんなに辛いものだとは思わなかった。声が震えて、目頭が熱くなる。だけどバカ猫の前で泣きたくないし、最後は笑顔でいたいから無理やり笑った。


 【分かった。伝えておこう】


「ありがとう」


 これで心残りは大分少なくなった。担当していた生徒達は気になるが、きっと向こうは私の事なんかすぐに忘れてくれるはず。

 ふと、バカ猫の生活はどんなものなのか気になった。


「あんたは向こうでどんな生活してるの? 自由気ままは野良猫生活?」


 【いや。お前を送ってすぐに、たまたま通りがかった男女の番が我を拾い傷の手当を施してくれた。今はその番と共に暮らしている】


「へぇ~、そうですか……」


 路頭を迷っていればいいと思っていたのに、タイミングよくリア充に拾われていたか。

 くそ! 爆発しろ!!

 私の恨めし思いなど露知らず、バカ猫は自分の生活水準の良さを語った。


 【貴様の世界は素晴らしいな。女がシャンプーやトリートメントなるもので我を洗うので常に清潔であり、サロンなる所で我の手入れをするので毛が常に肌触りがよい。高級な猫缶なるものを食べた時は感動に打ち震えた。冬は暖かく、夏は涼しく快適に過ごせるし、寝室では程よく沈むマットと柔らかでふわふわとした布で包まるのは実に至福の時を過ごせる。しかも我が退屈をせぬように家を改築して……】


「もういい。黙って」


 【まだまだあるのだが……】


「腸が煮えくりかえりそうだから何も言うな」


 【……】


 未だにバカ猫はよく分かってなさそうだったが、私の怒気を悟り黙った。

 こっちが寝る間も惜しんで働いてる時に、自分は快適な空間でのんびりなセレブ生活を過ごしていたとは非常に遺憾である。今日一番の怒りかもしれない。頭の中では書くのもおぞましい程の言葉が飛び交っている。

 悔しさで歯をギリギリと食いしばっていたが、いつまでもこのままでは話が進まないので、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けた。そして冷静になってから、ようやくまともな思考に戻った。

 色々と衝撃的な出来事ばかりで忘れていたけど……


「私はこれから、一生虎かぁ……」


 長年私と共にあり、恋い焦がれていたこの体も今日で見納めかと思うと肩が重い。

 第二の人生……いや虎生? どっちでもいいや。欲の少ないストイックな人生になりそうだ。

 今日何度目か分からない溜息吐いた。

 ハッピーライフを諦めかけていたのだが、思わぬ一言が私の元へ舞い降りた。


 【貴様は此の地に残るが、人型で過ごせるぞ】


「ほんと?!!」


 先程の重さはどこへやら。私は物凄い勢いで身体を起こしバカ猫との距離を詰めた。バカ猫はびっくりして身体を硬直させて尻尾をぴんと真っ直ぐ伸ばしている。


 【あ、ああ。召喚により聖獣として実体を持っていたが、契約が達成された今、再び魔素として大地に還り眠り続ける。そして貴様には肉体が残る筈だ】


「じゃあ、私はこの身体のまま生活出来るのね?!」


 【ああ】


 やったーーーー!!!

 これでようやく人らしい営みが出来る!!!

 美味しいもの食べておしゃれするぞー!!!

 俄然テンションが上がってきたが、やはりバカ猫は冷静だった。


 【ただ我の力が貴様の肉体から離れる事により言葉が通じなくなる可能性がある】


「は?!」


 【それから魔素を大地に還元する際、貴様の魔素もかなりなくなるだろうが、差して問題なかろう】


「いや!! 色々と大有りだよ!!! 魔素なかったら死ぬよね?!」


 【うむ。我の力もそろそろ尽きそうだ。もう戻らなければ】


 爆弾を落とすだけ落として、そそくさと退散しようとするバカ猫の首根っこを掴んだ。


 【何をする】


「それはこっちの台詞よ!! 人を殺す気?!」


 【死にかけるかもしれぬが、死にはしない】


「その根拠は!!」


 【霊獣が貴様を助けるであろう】


「れ、霊獣? もし目覚めた時に霊獣がいなかったならどうするのよ!! 帰れないだけじゃなく命まで保証しないなんて本当に勝手過ぎるわよ!!!」


 【悪いがそろそろ限界だ。このままでは貴様の言伝も伝えることが出来なくなる】


「くっ!! 卑怯者!!!」


 そう言っている間にも、バカ猫の身体はどんどん透けていき存在がなくなっていく。これじゃあ引き止めるにも引き止めない。


 【案ずるな、貴様は一人ではない。互いの道を歩もう】


 バカ猫は今日見た中で一番良い顔をして、良い言葉を残して私の目の前から消えていった。


 ていうか……


「あんたが勝手に奪ってったんだろうがぁああ!!!!!」






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