6年生の名簿
ちゃ子へのいじめは、相変わらず続いていた。
そんなある日の昼休み、普段は目立たた無いように、自分の机に座ったまま俯いているちゃ子だったが、
校舎の2階から足早に降りてくる音、それはちゃ子だった。
また、いじめに遭ったのかな?……。
かわいそうだなと思ったが、突然私に、
「フー子が大変なの、いじめの標的にされそうなの、どうしよう?」
以前、ちゃ子が言っていた事が当たってしまった。
(ちゃ子自身もいじめを受けているのに……)
フー子へのいじめの芽である。
「お前、影で、『クシャクシャ』と話てるだろう、お前も一緒だ」
「こいつも、汚ったねぇぞ」……。
別に陰で、ちゃ子と話している子は他にもいる、女子の中にも男子の中にも、そして私もである。
強いて言えば、まだ、フー子は転校して一年も経っていなかった事ぐらいである。
フー子自身も、まだ慣れていない新しい生活、新しい友達……等、一杯抱え込んでいるだろうし、
転校生というだけで、孤立、いじめの対象になりつつあった。
そんな小さな綻び? を見つけ、それが、いじめに繋がってしまう。
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これはあくまで例え話であるが、
ある日、都会暮らしの女の子が田舎の学校へ転校して来た。
その子は、普通に振舞うが、当然どんな子なのか? 皆の注目を浴びる。
転校してきた原因は、父親の会社の業績不振によるリストラで、新しい生活を求めての家族の英断である。
ただ、世間はどう見るのだろうか?
そんな英断などは、誰も知らない。
むしろ、引越し先のご近所での夫婦の会話中では、
「今日、息子と同じクラスに転校生が入ったんだって。なんで、都会からわざわざ田舎に来たんだろうね?」
「ご主人の会社が業績不振で、自ら志願したらしいよ。俺には、そんな度胸はないけどなぁ。」
「じゃぁ、当分無職?、失業保険で生活するのかね? もう、新しいところ決まっているのかね?、そうそうこの前、洗濯物も干してたわよ」
そんな些細な会話。
………。
偶然、そんな会話の中の無職という言葉だけが同級生に残れば、転校生のお父さんは、無職という事実だけになる。
もしその転校生が、何かの弾みでいじめの種を蒔いてしまう様な事が起これば、全く関係の無かった大人達の会話の一片を、記憶の中から掘り起こし、
「おまえの父ちゃん、毎日遊んでんだって?、すげぇな、さすが都会で住んでた人は、……」等と、
転校生が蒔いてしまった本当にちっちゃな種も、全く関係の無い噂、根も葉もない言葉に誇張され、やがて、そのいじめの種は、芽吹いてしまうかもしれない?
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話を戻そう。
ちゃ子の件は、いずれ収まるだろうと思っていたが、
「フー子が大変なの、いじめの標的にされそうなの、どうしよう?」の言葉に、
私も、幼心にも大変な事になったら「どうしよう?」と思ったのか、担任の先生を頼るしかなかった。
直ぐに職員室の担任の先生の所に行き、ちゃ子からの話をした。
午後の授業が始まろうかとした時、担任の先生から、
「今日は、臨時の学級会を行いますから、午後の授業が終わっても帰らないで下さい」と、
半分、叱り付ける様な口調だった。
午後の授業も終えたが、特別の『臨時学級会』の時間が始まった。
今回のテーマも「いじめ」についてである。
依然ちゃ子へのいじめは払拭されないまま。そして、これから始まりそうな「フー子へのいじめ」についてでもあった。
先生にとっては、ちゃ子へのいじめ(完全無視、罵声)が、まだ、続いている状態は解っていた。
しかし、フー子へも波及しそうな『いじめの芽』を食い止めなけらばならない。
ただ、ちゃ子と会話をしていたと言う事だけで、転校生であるっていう事だけで。……?。
幸運にも次第に、フー子へのいじめの芽は、摘み取ることが出来た。
ただ、今日もちゃ子は、独り校庭の隅を気付かれないように、家路へと向かう。そして、私は、その姿を見送る事しかできなかった。
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時は流れ、そして6年生を迎えた。
「今度は1組かな2組かな?、担任の先生は誰? なのかな、5年生の時の先生だろうな……」、ちょっと嫌いな先生。
「あの子と一緒のクラスになれば嬉しいな」
「隣の席だったらいいな~」
各々が夫々の思いで4月8日を向かえた。
ただ、新しい名簿にちゃ子の名前は、どこにもなかった。