―3― あなたは入れ、妹は入るな
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「そ、それは……――」
「うんうん!」
「わたしの」
「わたしの?」
「…………わたしの……何でしたっけ?」
「…………」
俺と彼女の間を春のにおいがした風が通り抜けた。
そんな風を感じれるぐらい俺は頭が真っ白になっていた。
小首を傾げる彼女は本当に分からないという顔をしていた。
「ん? どういうこと?」
俺も傾げた。
「うーんと……わたしのもの、であったことは何となく、わかるんです」
「うん」
「でもそれが何だったかのか、が分かりません……」
「……」
彼女は俺の手から数珠を受け取ると、それを不思議そうに眺めた。
繊細そうなその白い手でそれを左手首に通す。
「つまり自分のものであることは何となく思い出せたけどこの数珠が何なのかは分からない、と。 そういうことかな?」
「はい……」
……。
それでも進歩ではないだろうか。
このオカルト臭がプンプンする数珠が彼女のものだと分かれば、こいつをヒントに探っていけば彼女の謎すぎる全てが分かるかもしれない。例えば、この人は誰なのかー、とか。何で記憶喪失なのー、とか。
「じゃあさ、それ持っておきなよ。何か思い出すかも知れないだろ?」
「あ、はい……」
俺はこの数珠を彼女に託した。というか投げ出した。
それではこれからどうしよう? 出掛ける? 病院案内? あ、自己紹介してねーわそういや。
では自己紹介でもしようか。
「うーんと、そういえば自己紹介がまだだったね。俺は紺野怜。今高校1年。梨園学園ってとこに通ってる(まだあんまり登校してないけど)。歳はまだ誕生日迎えてないから15歳? かな。とりあえずよろしく」
まあこんな感じだろ。高校で結構言ってたからな。もうテンプレ化してる。
そんなことを考えながら彼女を見てみると、
「紺野……れ、い……?」
なぜか不思議そうな顔をしていた。
眉毛をハの字にして、首を傾げるお馴染みの光景。ちなみにこの困り顔超かわいい。
というか、
「え? 何かおかしなところあったかな……?」
確かに、『怜』っつー名前は女らしい名前だと思うよ?
でもそんな違和感丸出しにしなくてもいいんでない? ちょっと傷つくんだけどマイハート。
そんな傷心中の俺に彼女は、
「なかなか珍しき字ですね♪」
――字?
…………ああ名前のことか。今時そんな言葉使わねーよ。死語ですらねーよ。いつの時代だよ。
「……そう、かな」
「はい!」
「ハハハ……」
とりあえず笑っとく。笑顔はみんな幸せにする。こんな得体の知らない謎美少女も例外ではないはず。
と、その時。
「兄貴―? 入るよー?」
コンコン、というノック音。と共に聞こえる妹の声。
そして瞬間的に俺の顔から脂汗が噴き出た。
「(ヤ……ヤベエェェェェ!)」
何たって病室には俺以外にも人間が。
それが看護師さんとかだったら全く問題ないが、今回の場合、謎美少女である。見つかったら危険なことになるのは俺でも分かるさ。
と、とりあえず止めないと!
「ま、待て奈夏! 今は入っちゃダメだ! 今はダメだ!」
「えー? なんで?」
「え? えっとそれは……」
ヒラメケー、ヒラメケ―、名案ヒラメケー。
――はっ、そうだ!
「今、ゲームしてんだ! 邪魔されたくない! 集中したいから入らないでくれ!」
「あ、そうなの。分かった」
「う、うん……」
お前はホントによくできた妹だ! こんなに苦しい言い訳で納得とかある意味バカだけど今は感謝。それに比べてあんのクソ姉貴ときたら……、って今はどうでもいい!!
――緊急対策本部に連絡! 一時的ではあるが侵入者の動きの妨害に成功! これよりイレギュラー因子――謎の美少女の隠蔽を開始する!(脳内)
そう意気込んだ俺は彼女のほうに目を移すと、
「わぁぁぁぁぁ……きれい……」
先ほど俺が渡した数珠を天井の明かりに透かしていた。そして和んでいた。なんかそんな君をみてたら俺どうでもよく――ならねーよ!
なんつーマイペース……! 俺はこんなにもテンパっているのに!
それより早くこの人を退去または隠蔽しないと。
「えっと、…………あのっ………!」
…………。
「(そういやこの人の名前知らねェ!)」
えっとじゃあ……、
「あのすみませんがそこの人ッ! えっと、じゃあ……ああああああもうどこでもいいので身を隠してください!」
ものすごい他人行儀な言い方になってしまったがいっか。他人だし。
すると和みモードだった彼女は、
「ふぇっ!? いきなりどうしたんです!?」
「理由なんてどうでもいいんです! どこでもいいので隠れてください可及的速やかにっ!」
「は、はいっ!!」
俺の切羽詰まった声を聞いたからか、目を見開いた彼女は慌てて立ち上がり、キョロキョロと周りを見渡して良い隠れ家を探し始めた。
その間に俺はぐちゃぐちゃだった布団を速やかにベッドメイキングし寝転がって、俺今までちゃんと布団に入ってましたけど? という体勢をとる。
俺のベッドは、というか病院のベッドはリクライニング機能がついているので、真平らにすることも腰かけのようにすることも可能である。
なので、180°になっていたベッドを135°ぐらいまでにし、そこに俺は寝っ転がり布団を掛け、ベッド用の机をセットし(勉強するときや読書をするときなどに使っていた。ベッドにいながら机が使えるので家にも欲しいぐらいだ)、今までゲームをやっていた風にする。
――ジジ…………本部へ連絡! 大佐! 侵入者の受け入れ体勢が整いました! 今すぐにでも迎撃可能です!
俺の脳内がそんな事を言っている時、ふと近くを見ると……。
「えっと……ど、どうしよう……!」
まだ準備できていない人がいた。
隠れるところなんてどこにでもあるでしょうが……。
――大佐聞こえますか! もう1人の対象の避難が済んでいない模様! 繰り返す! もう1人の対象の避難が完了していない模様!! ただちに我々は対象にむけ避難を促すものとする!(脳内)
「は、はやくしてください!」
「え、あっ、あう……えっと……っ」
それでも彼女はどこにしようか迷っている様子。
そろそろ妹もやばいんじゃないか、と思い始めた時。
「兄貴ぃー!? まだー?」
妹が痺れを切らした。
「あ、あともうちょい待ってっ」
「というか兄貴なにで遊んでんのー?」
「え? えっと……」
そうして俺が妹の質問の返答に持っている携帯ゲーム機のカセットの名前を連想し始めた時、やっと隠れる場所が決まったのかキョロキョロしていた例の人が動きだした。
隠れようとしたのはまさかのテーブル。
4つの足に支えられたテーブル。
高さが人の腰ぐらいある薄茶色のテーブル。
隠れたら速攻見つかりそうなテーブル。
「ちょっとォ……! そんな場所じゃダメですよ……! 見つかっちゃうでしょうがァ……!」
俺は声量を抑えて指摘した。妹に聞こえないような声量で。
「えっ!? だって怜さんがどこでもいいって……」
「いいけどなぜそこを選んだ!? あんなに悩んどいてなぜそこセレクト!? よりによってどうしてそんなスッケスケのとこ選んだのええ!?」
「いや……隠れやすさから……」
「隠れやすさ=見晴らしの良さ=見つかりやすさだ! ああああっ、じゃあベッドの下に潜って下さい早く!」
「兄貴―? 聞いてんのー? さっきからなに大声で叫んでんのー?」
やべえ声出しすぎた!
「えっとそこは……」
「早く……!」
「は、はいっ……!」
「な、奈夏……げほっげほっ…………え、えっと、なんだっけ? ………………ホラ早く入って下さい……!」
「だーかーらー、なんのゲームしてんのってこと! というかさっきから兄貴どうしたの? もう入る――」
「いや大丈夫だ! 入る必要はない全くなァ!!」
「え……入らなくていいんですか!?」
「あんたに言ってるんじゃないんですよさっさと入ってくださいよ!」
「はぁ? どっちなの入れとか入るなとか。兄貴やっぱおかしくない?」
「お前は入らなくていいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ………………って、あなたは早く入ってくださぁぁぁぁぁぁぁぁい……」
「あっ……そう」
「いやでもわたし暗くて狭いところが苦手で……」
「そうなんですかそれは大変ですねでも入ってくださいお願いしまーーす……!」
かわいい女の子をベッドの下に押し込もうとする俺は傍からみたらどう映るんだろう。
「や、やっぱりいやです! わたしあの下がいいです……!」
「だからテーブルの下は周りから丸見えだからいけないんです……!」
「怖いのはいやです……テェェ↑ブルが……」
「変な発音でテーブルって言ってもだめですテーブル禁止テーブル反対……!」
「ねえ兄貴なんのゲームやってんのー? あたしもやりたいー」
「ああ!? テーブルだよ!!(?)」
「……へ? テーブル? あっ、テーブルゲームか! いいじゃんどんなのやってんの!?」
馬鹿か俺はぁぁぁぁぁああ…………!!
間違ってテーブルって答えちまった! テーブルテーブル言ってたらテーブル言ってもーたあああああ!!
つーか1人でテーブルゲームって何すんだよ。ジェンガですか? オセロですか? どっちも1人用じゃねーよバカァ!
俺が全力で自分にツッコんでいるときも例の彼女はベッドから逃走しようとする。それを俺は腕を掴んで阻止する。鬼か俺は。
「嫌です嫌です暗いところはともかくこんな狭いところなんて……!」
「なんでなんだあんた記憶ないくせに閉所恐怖症か……!? はっ……まさか記憶を失った原因が閉所と関係が……って今はどうでもいい……!」
「ねえテーブルゲームってなにやってんのー!? あたしもやりたい!」
「ええ!? えっと…………――人生、ゲームだよ……」
「――は? 人生ゲーム!?」
「……はっ……!」
なぜ人生ゲームなんだ俺はぁあああああぁあああああぁぁぁぁあ!!
人生ゲームを1人プレイ!? どんなゲームだよ寂しすぎんだろーがッ!
あのゲームはみんなでやるから楽しいんであってー、1人でやっても楽しくないって言うか本来のルールではプレイは不可能だろうな。
よくよく考えてみればジェンガとかなら可能だったんじゃ……。1人で何本まで抜けるかゲームとかにすれば1人プレイもできるよな……。
そしてそんな俺の珍解答に対して妹は!?
「えっ……暇つぶしがクリエイティブすぎない!? どんだけ暇だったの!? 1人で人生ゲームやれちゃうほど暇だったの!? ……ごめんね兄貴、あたし兄貴がそこまで追い詰められてたなんて知らなかったよ……。
心配されましたハイ。
惨めな気分になりましたよ俺は。
「こーんーなくーらーいとーこーろーいーやーでーすぅーー!」
「あんたはまだ駄々こねてたのか! 早くしてください!」
「うぅ~~~~…………」
「猫の威嚇みたいな声出してもだめ!」
……俺は会って数十分の人になんていう口の利き方を……。
「ごめんね兄貴。あたしが一緒に人生ゲーム、やってあげるね!」
やばい入られる! つーか慰めの精神やめろ! なんか惨めだ!! 兄としての尊厳が崩れそうだ!
もう……早く隠れてくれぇえええええ!
「早く隠れてください今すぐ!!!!!」
「ひゃっ!? は、はいっっっ!!」
――――ドサドサドサ。
そして、
――――ガタ、スゥゥゥゥゥ。
この音の差、ものの1秒。
最初の音は例の美少女が隠れる音。
後の音は奈夏が病室の扉を開けた音である。
謎美ちゃん(もう表記がコロコロ変わるとめんどくさいので仮名をつけます。謎の美少女なので謎美ちゃんで。そこのセンスないって言ったやつ、自覚はしてるよ)は確かにちゃんと隠れてくれたさ。ああ、忍びの者と言われても過言ではないかな。
でもさ? 隠れた場所ってのがさ…………、
「(なぜ……俺の布団の中に入ったあああああああああああああああ!!)」
「(……はぁ……はぁ……ちゃんと隠れることができたかしら……って暗い!!)」
――――俺の布団の中だった。
――――俺の足と足の間の所。
――――頭は俺の方向向いてたよ、入るとき見たから。
――大佐! とりあえず避難は完了した! しかし謎美氏の潜伏先というのが布団の中であり、頭は上を向いていることが判明した! ベッドのサイズや個体の体格、股間の謎の違和感から状況を整理すると、謎美氏の頭が股間に乗っているものと思われます!!(脳内)
「…………ど、どうしよ……」
「……く、暗いよぉ……怖いよぉぉ……ううっ……」
「(ぎゃあ! こいつ……ちょっ……どこ触ってんだ! ちょ、待て、おい、だめそこは……さ、さ、触るなああああああああああああああ!!)」
そんなことは知らずに妹は俺の病室に入ってくる。
暇すぎて1人で人生ゲームをするようになった残念すぎる兄の元に。
なにより、股間の上に美少女を乗せた兄の部屋に。