―2― 初めての召還はこんなでした
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――――「紺野さーん? ではまた夕方来ますのでー」
――――「あ、はい。了解です」
八畳ほどの広さの部屋はほとんどが白で統一されており、患者に清潔な印象を与える。
薄いグリーンのカーテンから透けて入ってくる日光はその白をさらに明るく照らした。
「…………暇だ……」
視線をなんとなく天井に向ける。
真白な天井は俺の心の虚無感を表しているようだった。
それでもこの今の感情は抑えることができない。
「ひぃぃぃまぁぁぁだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
俺はたまらず叫んだ。
ついさっき出ってった看護師さんに怒られるかもしれない。なんたって病院だし。この声量は他の患者さんの迷惑以外なにもならないだろう。
前述の通り、ここは病院。
市内にある最も大きな病院で、施設名は『刀利市総合医療センター』。
その病室に俺――紺野怜は匿われていた。うん、語弊はない。匿われているのだ。ここ大事ですよテストでますよ。
時刻は午前9時。
通常なら高校1年である俺なら、もちろん所属している高校に通って今もせっせと授業を受けているはずだが、そうはいかない。
事件の発端は1週間前の事だった。
その経緯を一言で表すとしたら『被雷』だろう。
そう、俺は雷に打たれたのだ。
その時の記憶は全くないのだが、看護師さんの話では生きているのが奇跡レベル、の事故だったらしい。
それからというもの、俺はこの病院に送り込まれ入院を余儀なくされた。
高圧電流による火傷は、全身のほとんどが雨水で濡れていたことのおかげか、意外にも少なく、手術は難なく終わったらしい。
しかし、四日間ほど意識を取り戻さなかったらしく、かなり家族を心配させたとか。
それで意識を取り戻した後は検査をしたりしたのだが、特に障害もないという奇跡により俺は事故前とほとんど変わらない姿で復帰した。
だが医者は念のためといって俺をそう簡単に退院はさせてくれなかった。
月は五月。高校デビューを果たした我々高校一年生は、やっと高校にも慣れ、友達もできて学園生活が楽しくなってくるような頃だろう。
そんな大切な時期を入学早々から不登校とは、いやはや俺としてはなるべく避けたいわけで。
と、いうわけで。
「えいっ」
俺はナースコールを押した。
ベッドの横にぶら下がったピンク色のボタンは弱い力でも反応した。
「ピピッ」という音がでたということは、このあと看護師さんがものすごい勢いでこの部屋に走ってくるだろう。
それから30秒も経たないうちに、
「れ、怜くん!? 何かありましたか!?」
血相を変えたナースのお姉さんが駆けつけてきた。
「いや、大したことないんだけどさ、先生呼んでくれないかな?」
「……はぁ……、またですか……?」
溜め息とともに緊張から解脱したナースさんは俺をジト目で見つめた。
「や……、もう耐えらんないんですよ。直談判です」
「……たぶん無駄だとおもいますよ?」
「い、いいからよんでくださいっ!」
「はいはい……」
そういったナースさんは渋々といった感じでポケットから無線機を取り出し「306号室に志賀先生を呼んでもらえますか? ……あ、はい、またいつものです。……お願いします」といいながら誰もいない空間にむけて軽く会釈をするとその無線機を再度ポケットにつっこんだ。
それを見届けた俺はベッドから這い出ると、床にあったスリッパに足を入れた。
「そんなことしても無駄だと思いますよ~?」
「いいんです! ちょっとでも元気ってことをアピールしとかないと」
そう俺は返して、体操でもしていたらお目当ての人が病室に入ってきた。
その人は、
「まだ退院はダメ」
開口一番にそう言った。
「ええ!? いや俺まだなにも言ってないのに!」
「きみがどうせ僕を呼ぶときなんてどうせ「はやく退院させろー」っていうに決まってるからね」
要するに見透かされてるわけか。
「でも先生俺こんなに元気なんですよ!? それなのに何でまだ学校行っちゃいけないんですか!? この時期は大事なんです、友達作る時期なんです、ここで成功するか否かで高校生活は決まるといっても過言ではありません!!」
「まぁまぁ落ち着きなされ怜殿」
「なんか腹立つ言い方だなそれ」
「君は雷に打たれたんだ。そんな大事故の患者を1週間で退院させるわけにはいかないんだよ」
「いやでも俺こんなに元気――」
「大体さ、雷直撃しておいて1週間で復活できると思うことの方が異常なんだよ。きみの場合はなぜか運よく軽傷で済んだけど、本当なら命にも関わる事故なんだからね?」
「つまり今は……」
「そう、経過観察」
「ぐぁはっ!!」
真顔でサラリと言い放つ主治医。
ベッドにダイブする俺。
苦笑いを浮かべるナース。
今頃授業に勤しんでいるであろう同級生諸君、紺野怜は不登校ではありません、理不尽な権力により軟禁させられています。
*
「クソったれがっ!!」
白い天井。白い壁。白いベッド。はあ? 俺の心は真っ黒だよ。
宙に飛んだゴミ箱。それは俺の蹴りという運動エネルギーを受け、位置エネルギーを上げていく。いいんだ、特に何も入ってないから。
ガシャン、と音をたてて落ちたゴミ箱に少しの罪悪感に苛まれた俺はゴミ箱をもとの位置に戻した。
「……それにしても…………暇、だなぁ……」
何度言ったか分からない台詞に自分でもうんざりする。
入院生活が始まって早一週間。最初の4日間は意識不明だったり治療だったりして退屈はしなかった。しかし、この3日間というものは暇でしょうがない。
大体、高校入って間もない頃だったから、宿題もろくに出されていなかった。そこの羨ましいと言ったやつ、あのな考えてもみろ。
最初の1日目は家から持ってきてもらった漫画などを読んだり、中学の友達やらがお見舞いに来たせいもあってか退屈はしなかったさ。
でも次の日からは特にイベントも発生するわけでなく暇な日々。経過観察中ということで運動もさせてもらえない。まぁやったことといえばご近所の入院患者のお見舞いとか。
それで今日である。さすがに3日目にもなると暇でしょうがなくなる。大体、特に疲れていないせいで朝は六時に目が覚める。2度寝もできない。
だからと言うもの主治医に直談判を何度も繰り返していたのだが、答えはすべてノー。
「…………はぁぁぁ……誰でもいいからお見舞い来てくんないかな」
そう何気なく呟いたその時。
――ブチ。
腕に刺さっていた点滴の先を動かしてしまった。
もちろん刺さっているのは俺の右腕の中なわけで、
「いったあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
激痛を伴う。
――――後になって思う、あのミスさえなければこんなことにはなっていなかったのではないかと。
その時、俺の体中を嫌な悪寒が駆け巡った。
背筋にミミズが何匹を張り付いているような感覚。
どうして? と考える前に俺の意識が揺らいだ。
目の前の白の布団がぐらぐらと揺れる。
「なんだ……これ……っ」
その時、チクリとした頭痛がしたのを最後に俺の意識は途絶えた……。
「――こは?」
「…………」
「――っ、あなたは、どなたですか?」
「…………」
「あれ? …………きゃっ! ど、どうしてわたしは……裸で……?」
「…………」
最初は夢かと思った。
なんたって、俺のベッドの上に全裸の女性が所謂、女の子座りで存在していたのだから。
歳は、おそらく俺と同じくらい。華奢な体。黒髪。結構長い。色の白い肌に大きな二つの双眸は俺を見つめており、その瞳は俺を惹きつかせて離さない。形のいいピンク色の唇は想像ではあるが柔らかそうで。腕は胸の前で固く組まれ、その奥を見ることを許さない。それでも大きさはかなりのものだというのが察せれた。
つまり、絶世の美少女が、そこにいた。
「……」
「……っ」
……おいおい俺は暇すぎるからって夢の中で全裸の美少女を出現させちまうほどに狂っちまったのか!? さすがに残念すぎるぞそれは。俺ァ妄想癖なんざねえぞ?
俺は早く夢から離脱しようと思い、頬っぺたを引っ張ってみた。
「…………痛い」
結果、痛かったよ。ああ、すごくな。涙が出そうになるくらい痛かったよ。
あれ? 痛い? 夢じゃないのか? 夢の中で痛みがあるのはおかしいだろう。
そんな疑問に首を傾げていると、
「あ、あの、とりあえず何か衣服を貸してくださいませんか……?」
などとこの美少女は言う。
「……は?」
「えっと……この……姿では……少々恥ずかしいというか……。はっ、それとも……あのっ……まさか、夜這いでございますか……?」
「…………」
お前は何を言っているんだ。(ミルコ・ク○コップ風に)
しかし、現実というものは俺を残酷にも現実逃避から引っ張り出した。
(この子……裸じゃね……!?)
「は、はい、服!? あ、ああああありますよ服! えっとこの辺に……っ」
「はい…………お願いします……」
俺はベッドから飛び起き、スリッパすらも履かないで来客用のテーブルに向かった。
そして洗濯物の中から病院から渡された白衣を探す。
探すその間に俺は情報の整理をすることにした。
まず分かったことは、ここが現実だということだ。夢の割にはリアリティーすぎる。ほっぺた引っ張っても痛いなんて夢じゃないし? やけに現実味のある病室だし?
それでも、だ。なぜ意識を失って起きたら全裸の美少女がいるんだ!? こんなカオスな状況ある!?
……確かにさ、お見舞い誰でもいいから来てー、とは言ったさ。でもさ? こんな全裸美少女ってのはどーなのジョーシキとして。
そんなことを考えているとお目当ての白衣は見つかり、俺はそれを謎の女性の元に持っていく。……視線を床に固定しながら。
でも平均的に育った男子高校生をナメてはいけない。ダメだ、と分かっていても己の欲望には簡単には逆らえない。よって俺はちょっと彼女をチラ見した。
彼女は布団を体に巻き付けていた。その姿も逆に艶やかだった。なんか色っぽい。
「……あの、これぐらいしかないですけど……」
「あ、ありがとうございます……」
「じ、じゃあ俺部屋から出てるんで着替え終わったらまた呼んでください」
「はいっ、わかりました……」
薄いブルーの白衣を受け取った彼女は小さく会釈した。
その顔はリンゴのように赤く紅潮している。脳内エフェクトのせいでかすかに蒸気も見える。
俺はすぐさま病室から退散することにした。
後ろ手でスライド式の扉を閉める。病人ように作られているせいか、ものすごく軽く動いた。
それにしても……、
「どーゆーことよコレ……?」
理解できなさすぎるだろコレは。
世の中いろんな不条理ありますよ確かに。でもね? これはさすがに受け止めきれないヨ?
まずあれ……誰だ? 俺の知り合いじゃありませんよ? 誰の知り合いだ、誰の刺客だ? 見たことねーもんあんな美人!
そしてどっから入ってきた!? 全裸で病院内歩き回ったら補導されるよな、普通に考えたら。じゃあ窓? 窓から侵入したのかあのコ? ……いや、外を全裸で歩き回る方が不可能だろう。
「…………」
結局謎を氷解できなかった。
それからもうんうん唸っていると室内から、
「あっ、あの……着替え終わりました……」
そんな小さな声が。
俺は「はーい!」と適当に返事を返した。
それから念のためノックをし、部屋に入る。
彼女は衣服を纏っていた。当たり前だけど。
とりあえず何か話してみようか。
つーか、この謎の美少女相手に何を話せば……?
「えっと……とりあえず……」
「はい……」
「どなたですか……?」
「…………すみません、思い出せません……」
「じゃあご家族は……?」
「ごめんなさい分かりません……」
「どこに住んでるかとかは?」
「分かんないですごめんなさい……」
「……お仕事はー――」
「知らないです……」
「……」
「……」
「……じゃあ性別は……?」
「女、です……たぶん」
いや女だろ確実に。
部屋に入った俺は、白衣を着たこの女性に質問があるといって面会者用の椅子に座らせた。
しかし、逆に質問したいことが多すぎて何から質問していいか分からなかった。
いくつか質問をしてみれど、分かったことは彼女が女であること(当たり前)、そして記憶喪失であること(これのせいで他のことが何も分からない)、の以上の2点である。
白衣に身を包んだ彼女は、さっきから頬を赤らめて俯いているし。よほど裸を見られたのが恥ずかしかったらしい。俺だって見たくて見たんじゃない、つーか誰か説明してこの状況を。この理不尽を。
あ、そういえば。
「あの、どうやって俺の病室に入ってきたんですか? そんな格好で」
「ええっと、気付いたらここにいました」
なにそれ不思議。SFかよ転生かよ異世界ファンタジーかよ。
それより相手から得られる情報量が圧倒的に少なすぎる。こんなんあのコ○ンくんも手を投げ出すわ。
それでは訊き方を変えて。
「……じゃあ逆に、今分かることってなんですか?」
「……えっと……」
「あの何でもいいんで……」
とりあえず情報収集だ。刑事さんだって「どんな些細なことでもいいので……」って訊くじゃないか。
「…………えぇっと…………」
「……」
「…………んん……」
「なんでもいいんで」
「…………むむっ…………」
「……」
「すいません思い出せません……」
「詰んだぁー!」
はい詰みましたー。
大体さぁ、名前も思いだせないっていう時点で何も覚えてないこと確定だよね。
「あの……っ、すみまぜん……うっぐ……」
「――っ!!」
うわヤメテ! 泣きそうな顔ヤメテ! つーか泣いてんじゃん! 美人の涙に弱い男性は俺だけじゃないはず!
俺は条件反射で顔を逸らしてしまった。慰めろよなこのチキン野郎、とか思ったやつ。お前らはいざ美人の涙を目にしたとき果たして本当に慰めることができるかな? あ?
そこで俺はベッドの上にあるものを見つけた。
「……数珠……?」
それはたくさんの赤色の石を繋げた数珠だった。一つ一つは完全な球ではないが水晶のように綺麗である。また数珠の石は俺にパワーストーンを連想させた。
それでもこんなものは俺の持ち物じゃないし、この部屋になかったものだと思う。
そして奇怪な点がもう1つ。
「乙、=、Ç,Ⅶ、I、H、G、1、a、N、k、零……?」
漢字と記号と……ってなにこれ?
とりあえず謎の暗号が一文字につき一つの数珠玉に黒字で印刻されていた。
数珠繋ぎになっているのでどこが最初の文字か判断しかねるので、この暗号が単語なのか、それとも文なのかも分からない。
それでもこの数珠は俺が気絶する前にはなかった。
ということはこれはこの謎美少女と何か関係があるのかも。
「あのさ、コレに見覚えはあるかな?」
とりあえず俺は尋ねてみた。
すると彼女は大きい瞳をさらに見開き、
「そ、それは……――」