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隻腕の少女  作者: ponta
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第八章 開戦

 第八章 開戦


 ニューヨークの中心部にあるカフェに、風変わりな客がいた。60代後半から70代と見えるその客は、頭は禿げ上がり、白毛の顎鬚をはやしている。目は開けているのかわからないほど細く、先ほどからじっとしていて、寝ているのか起きているのかわからない。深緑のチャイナ服を着ており、小柄である。

 向かいのビルから、屈強な男達に囲まれた恰幅のいい50代ほどの男性が出てくると、老人は、席を立ち、そのまま真っ直ぐに、男達に近付く。老人が近付くのに気付いた男たちは、顔色を変えた。

恰幅のいい男は、急いで車に乗り込み、周りの護衛たちは、一斉に銃をぬいた。老人は、進むスピードを緩めず、ただ口角をあげにやりと笑った。恰幅のいい男は、車に乗り込むと叫んだ。


「出せ! 早く出せ!」


 車が急発進すると、老人はポケットからパチンコ玉を取り出し、親指で弾いた。

 弾かれたパチンコ玉は、恐るべき速度でタイヤを撃ち抜いた。車はハンドルをとられ路肩にぶつかって、止まった。

 銃を構えた4人の男達が、老人を一斉に銃撃する。老人は、地面を縦横無尽に転げまわり、易々と銃撃を躱しながら、親指でパチンコ玉を弾き、次々と男達を倒した。

 車の中で、その様子を目撃し、驚愕する男は車のドアをロックする。老人は、車に近付きながら、親指でパチンコ玉を弾き、運転手の頭を打ち抜いた。老人は、悠々と後部座席の横に立つと、中で震える男に向かっていった。


「ドアを開けてくれんかの。これでは話ができんじゃろうが?」


 男は老人に言われるがままに、ドアのロックをはずす。ドアを開け、老人は車へと乗り込んだ。後部座席に汗をかき震える男と並んで座ると、老人は腰に下げていたポーチからビデオカメラを取り出した。


「たっ、助けてくれ、猿翁。かっ、金なら倍払う。いや、ごっ、5倍払おう!」


 猿翁と呼ばれた老人は、細い目を更に細め、にやりと笑う。


「太っ腹じゃのう。 まあ、なんにせよこれを見てからじゃな」


 猿翁が再生ボタンを押すと、3インチモニターに、椅子に座った老人の姿が映った。


「サンドラス。俺からくすねた金で良い目は見れたか? 俺は腹立たしくて、寝つきが悪いぞ。まあ、手前の死にざまを考えると、今日からぐっすり眠れそうだがな。ハッハッハ」


 再生が終わると、男はごくりと息を飲み、懐からナイフを取り出し、猿翁を刺そうとした。猿翁はわずかに、上体をずらし、人差し指と中指でナイフの刃を挟んだ。


「馬鹿じゃのう。ホントにお主は、大馬鹿者じゃ。さて」


 猿翁はナイフを放すと、人差し指をサンドラスの眉間に突き刺し、絶命させた。猿翁が、車からおり歩きだそうとすると、前から大型のジープが走ってきた。

 運転しているのは、軍服をきた大柄な男だ。ジープを猿翁の前に停め、男は言う。


「猿翁! 仕事だ! 今からすぐ日本に向かう!」


「ほ? 誰かと思ったら、ジェイクじゃないか。お主が直接くるということは、でかい仕事じゃな?」


「ああ、大佐が我々を招集した。今度の相手は、歯ごたえがあるらしい」


 猿翁は細い目を更に細めて、にやりと笑う。


「フホホホ。楽しめそうじゃわい」


 猿翁が車に乗り込むと、ジェイクはすぐさま車を発進させた。


 ビルの屋上で、銃を構えた男達が女を追い詰めていた。女は革製のボディスーツに身を包みんでいる。女はブロンドの髪を掻き揚げながら言った。


「こんないい女に、こんな仕打ちとは無粋な野郎たちだねえ。まったく」


 男の一人が口を開いた。


「手癖の悪い女には、お仕置きしないとな。さあ、ボスから盗んだダイヤを出せ!」


 女は銃を突きつけられているというのに、まったく動じる風もなくお手上げのポーズをとる。


「ダイヤ? さあ、何のことだか、わからないねえ。なんなら調べてみるかい?」


 そう言うと、女は胸の前のジッパーを全開にし、ボディスーツを脱ぎ始めた。女は全裸となり、堂々と男達の前に立つ。女の豊満な肉体を見せつけられて、男たちは生唾を飲込んだ。

 男の一人が、カチャカチャとベルトを外すのを見て、女は言った。


「あんたらみたいなのを相手にすると思ってんの? わかってないねえ」


「お前こそ、この状況が分かってんのか! 命が惜しけりゃ、やらせろや!」


 男が掴みかかろうする瞬間、女はその手をするりと避けると、ビルから飛び降りた。


「くそっ!」


 男達が、端までいき下を確認しようとしたとき、下から何かが飛び上がった。


(???)


 それは、先ほどの女だった。ブロンドの髪をひるがえしながら、手を翼と変え、足はするどい爪を持った鷹の足となっている。半身半鳥となった異形の姿に、男たちは恐怖を覚え、一斉に銃撃した。女はその銃弾を急旋回してかわすと、急降下しその爪で男の頭を掴んだ。


「うわああああ」


 女は男を掴んだまま、上空へと舞い上がり、男をビルの屋上めがけて落下させた。


〝ドン〝


 鈍い音が、当たりに響き、男たちはわれさきにと階下に続く階段へと殺到した。


〝バシーン!〝


 階段に殺到した男達が、階段から屋上へとはじき出される。その様子をみて、女は怪訝な顔をして、屋上へと降り立った。階段からサングラスをかけた軍服姿の大男が現れ、女に向かって、手を挙げた。


「リンダ! 久しいな」


「サム、あんたがくるなんて、いったいどうしたんだい?」


「それはこっちの台詞だ。この寒空に、なんで裸なんだ?」


 サムは、肉食獣の唸り声のようなくぐもった声で言う。


「ふん。あんたが冗談言うとはね」


 倒れていた男の一人が立ち上がり、サムめがけて、銃を撃った。


〝ガン! ガン! ガン!〝


 しかし、サムは平然と立ったままで、ゆっくりとサングラスを外す。銃弾は、サムの1M程手前で空中に制止し、数秒後に床にぽとりと落ちた。するどい眼光で男を睨むと、サムは男の頭を掴んだ。


「たっ、助けてくれ」


「ああ? 命乞いしている暇があったら、全力で手を引きはがせ。ほら、ぐずぐずしていると、頭がつぶれるぞ」


〝メキメキメキ〝


 サムに頭を掴まれた男の頭蓋骨が音をたて、やがてはじけとんだ。男の血と脳漿を顔にあび、サムは満足そうに笑う。


「相変わらず趣味が悪いね。あんたが来たってことは仕事だろ?」


 リンダは、翼と足を元に戻し、脱ぎ捨てていたボディスーツを着る。サムは倒れている残りの男たちの頭を踏み潰しながら、答えた。


「日本にむかう。今度の敵は、俺やお前と同じ異能者だ。手ごたえがあるぞ。くくくくく」


「日本ねえ。あんな小さな島なんて行きたかないんだけど」


「そういうな。今回は報酬額も桁ちがいだ」


 サムは階段そばにおいていたアタッシュケースをリンダに見えるように開けた。中にはぎっしりと金塊が入っている。


「ヒューッ! ファンタスティック! どこへなりとも行こうじゃないか!」


「ふっ、現金な奴だ」


 二人は空港へと向かった。


 航空自衛隊の宿舎内で目覚めた武雄は、興奮していた。普段は入ることもできない基地のなかで寝泊まりしているのだ。沙代とあってから一月と経っていないのに、いままでの自分の生活とは全く異質な世界に足を踏み入れている。

 下手をしたら殺されるかもしれない。普通なら恐怖を感じるそんな状況だというのに、少しも動じない自分が不思議であった。

 

 顔を洗い食堂に向かうと沙代がすでに来ていた。パンにサラダとフルーツが数切れ乗っている。武雄は牛丼と卵に味噌汁をトレーに載せ沙代の向かいの席に座った。


「おはよう」


 武雄の挨拶に、沙代も返事を返す。


「おはよう。お主、朝から牛丼か? すごい食欲だな」


 そう言って、沙代はパンを一口サイズに千切り、口へと運ぶ。


「成長期だし、食べないとさ」


「まあ、今から力を蓄えておかんといかんしな。食べれるだけ食べておけ」


 窓からは朝日が差し込み、沙代を照らす。沙代の黒髪はきらきらと輝き、武雄は思わず見とれた。


(美しい……。沙代のためなら命も惜しくない)


「なんだ? 私の顔に何かついているか?」


 沙代の問いに武雄が答える。


「えっ、いや、そのさ。なんか一月前からは想像もできない生活してるなあと思ってさ。SPに自衛隊だろ? この先、どのぐらいエスカレートしていくのかな」


「さあな。わたしもまだ目が覚めてから2~3ヵ月しか経っていない。この先どうなるのかは、わからん」


「そうか。沙代でも先のことはわからないか」


「他人の考えは読めても、自分の先のことはわからんもんさ」


 そう言って、沙代はサラダを口に運んだ。武雄もそれをみて、箸を進める。


「そうそう。今日は外に出かけるぞ。街に行って、買い物でもしよう」


 沙代の言葉に、武雄は意外という顔をした。


「え? でも、敵がきてるんだろう?」


 武雄の問いに沙代が答える。


「ああ。敵が迫っているのは確かだ。ただならぬ気配を感じるからな。ただ、やつらはまだ襲ってはこん。私の力が弱まる時を待っている」


 沙代の言葉に、武雄は顔を緩めた。


(やった! 沙代とデートできる!)


「デート? その言葉はまだ知らんな」


「ちょっと。勝手に人の考えを読むなよ!」


「ふん。読まれたくなければ、修行すればよかろう。もっともお主の場合は、読まずとも顔に出ておる。どうせ不埒なことを考えているのだろう?」


 武雄は顔を赤くしながら、強く否定する。


「ちっ、違うよ。たださ、沙代と出かけられるのがうれしくてさ」


 武雄の言葉に、沙代は咳払いをひとつしてから、こう言った。


「こほん。とっ、とにかく出かけるからな。10時には用意を終えておけ」


 沙代は少し顔を赤らめながら、部屋へと戻っていった。


(あれ? 少しは意識してくれてるのかな?)


 武雄は先ほどの沙代の恥ずかしがり方を思い出しながら、牛丼を勢いよくかき込んだ。

 武雄が身支度を終え、車庫に向かうと既に沙代が待っていた。沙代は、武雄に気付くと目を吊り上げながら、不満げに言う。


「遅いぞ。女を待たすものではない」


「ごめん。ごめん。まだ来てないと思ってさ」


「それに、お主愛刀を車に置いたままにしているだろう?」


「あのでかい刀? だって、邪魔だしさ。車においてるんだから、すぐ取りにくればいいじゃん」


「まったく、平和ボケしておるな。敵は連絡してから来てはくれんぞ。いつも敵襲に備えておけ。いいな?」


「はいはい。わかったよ」


 武雄は、車のドアを開け、運転席に乗り込んだ。沙代もこれ以上の注意は無駄とおもったのか、だまって助手席に乗り込んだ。


「さて、どこに行く?」


「今日は、リバーウォークに行くとしよう」


「了解」


 武雄は車を発進させた。

 リバーウォークは、北九州市北区にある大型複合商業施設である。劇場や映画館があり施設の周辺には、小倉城、紫川、勝山公園といったものもあり、買い物、食事、散策と様々な楽しみ方ができ、北九州市民の憩いの場となっている。


 リバーウォーク近くの駐車場に止め、沙代と武雄はリバーウォークへ向かった。歩道を並んであるきながら、武雄がこう言った。


「なんかさ、こうやって歩いていると、俺たち恋人同士に見えないかな?」


 沙代は武雄の方を横目で見て、こう言った。


「それはなかろう。お主と私では釣合が取れておらん。どう見ても令嬢とそのお供だな」


「手厳しいなあ」


 武雄は沙代の言葉に、がっかりしながら道を歩いた。


 リバーウォークにつくと、沙代は、当然店を見て回ると思っていた武雄だが、沙代は武雄の予想に反して、こんなことを言い出した。


「今日は、お主の好きなところを見てまわろうか?」


 武雄は意外といった顔をして、こういった。


「え? どうしたんだ? また、この前みたいに買いまくるかと思っていたのに」


「いまは、自衛隊基地にやっかいになっているからな。そんなに荷物を増やせない」


「そか。じゃあ、どこ行こうかな」


 武雄はフロアガイドを見ながら、考える。


「うーん。特に欲しいのはないなあ」


 その言葉を受けて、沙代がこういった。


「前から言おうと思っていたのだが、お主は服装に無頓着すぎるぞ。私服はジャージか、ジーパンではないか」


「だって、動きやすいしさ」


「だいたい今日も私のような美女と一緒だというのに、ジャージ姿に半袖Tシャツとは失礼だぞ。少しは服装に気を使え。私の格好を少しは見習わんか」


 武雄は、改めて沙代の服装をみた。


 長い髪は一本にまとめられ、白いブラウスの上にカーディガン、その上に薄い茶色のコートをきている。コートのボタンは開けられ、下は同系色のキュロットスカート、ショートブーツを履いている。

 沙代は、武雄の前でくるりと回った。


「どうだ?」


 武雄は少し顔をあからめ、こう言った。


「似合ってるよ」


「よいか。年頃の男女が二人で会うときは、それなりに服装に気をつけるのが普通だぞ。今日は、私がお主の服を選んでやろう。ありがたく思え」


「うん。わかった。服なんてよくわかんないからお願いするよ」


「素材は悪くないんだからな。それ相応のものを着ればそれなりになるはずだ」


「そうかな?」


「まあ、着てみればわかるだろう。さっ、探しにいくぞ」


 沙代と武雄は、まずはシャツを探した。沙代は武雄に様々なシャツをあてては、元に戻したり、武雄に渡したりする。プリントTシャツを選んでいるとき、武雄がこう言った。


「うへ。これTシャツなのに3000円もするよ。信じられねえ」


 その言葉に沙代は呆れ顔をする。


「まったく。お主は安物買いばかりしているから、そんな服装になるのだ。これを触ってみろ。布地や縫製がまったく違うだろう。良いものはそれなりの値段がして当たり前だ」


「うーん。そういうもんかな。でも、これ派手じゃないか?」


「そんなことないぞ。似合っておる。さっ、次の店にいくぞ」


 次の店では、ジャケットやブルゾンを探した。ここでも沙代は次々と選んでは、武雄に渡していく。


「こういうの着ないとダメかな? なんか窮屈でさ」


 その言葉を受けて沙代はこう言った。


「武雄。いまは何月かわかっておるか? 2月だ。2月! この寒い時期に半袖シャツ姿の人間はお主ぐらいだ。周りをみておかしいと思わないのか?」


「いや、なんか暑いし」


「まったくこの筋肉馬鹿め。いいから着るようにしろ。いいな」


 そういってから、沙代がまた選んでいると、武雄がライダースの革ジャンを手にとりこう言った。


「こういうのなら、ちょっとは欲しいと思うんだけどな」


「そうか。ならそれも買おう」


「え? これ5万もすんだぜ。高すぎだよ」


「武雄、忘れたのか? これは必要経費だ」


「いや、沙代はわかるけど、俺は国家機密じゃないしさ。なんか悪いよ」


「良いのだ。お主と私はいまや一蓮托生。それに、いつ死ぬとも限らんのだ。買いたいものは買っておけ」


「うん……」


 沙代に促されて、武雄はライダースジャケットを買うことにした。


 一通り買い物を終え、沙代は荷物をもってついてきていたSPを呼ぶと、その中からプリントTシャツ、ジャケット、綿パンなどを受け取り、武雄に渡した。


「ほれ、これに着替えろ」


「着替えろって言われても」


「いいから、早く着替えて来い!」


「もう、強引だなあ」


 武雄が着替えてくると、沙代は武雄の頭から足先までみてから、周りをぐるりと回った。


「ふんふん。よいではないか」


 沙代に褒められて、武雄もまんざらではなかった。


「そっ、そうか?」


 照れる武雄に沙代がこういった。


「これで、やっと釣合が取れたな。では、デートとやらをすることにしよう」


「え? じゃあ、最初は映画行こう、映画!」


 武雄と沙代は、映画館のある階に向かった。

 

 2月ということもあり、映画館で上映されているものは、そこまで話題に上がったものではなかったが、武雄はその中でもアクションものを選んだ。

 チケットを買い、武雄がなかに入ろうとしていると、沙代は売店前にいて、ポップコーンをじっと見ている。武雄は沙代のそばまでいって、話しかけた。


「買いたいの?」


 武雄の言葉に、沙代はこくりとうなづく。武雄は、塩味とキャラメル味のポップコーンのハーフ&ハーフとコーラを2つ買った。

 上映室に入り、椅子に座ると沙代は、早速ポップコーンを頬張る。


「武雄! これは美味だぞ! こーらには、ハンバーガーと思っていたが、これは認識を改めねばなるまい。おおっ、こっちのは甘い! なんということだ。一度に二つの味が味わえるぞ!」


 はしゃぐ沙代に、武雄は苦笑しつつ、こう言った。


「沙代、映画が始まったら静かにするんだよ。他の人の迷惑になるから」


 沙代は、ポップコーンをほおばりつつ、返答した。


「ふむ。承知しているぞ。映画は静かに楽しむものだからな」


 10分程して、映画が始まった。近未来ものの映画で、記憶がなくなった主人公が、自分探しの冒険をするという内容だった。

 沙代は主人公が敵に襲われるシーンになると、体をビクッとさせて驚き、戦うシーンでは、主人公の動きに合わせて、体を左右に動かしたりしている。沙代が映画を楽しんでいることがわかって、武雄も嬉しかった。

 やがて、映画はラストシーンに近づいた。主人公が敵にさらわれていたヒロインを助け出し、口づけを交わす。映画が終わりエンドロールが始まると、どこからともなくすすり泣く声が聞こえる。武雄が横を見ると、沙代が泣いている。武雄は驚いて声をかけた。


「さっ、沙代?」


 沙代は、武雄に声をかけられると、武雄に抱きついて、なおも泣き続けた。


「よかったなあ。助かってほんとによかった!」


 沙代はさらに泣き続ける。映画が終わって、席をたつ人々は、そんな沙代の様子をくすくすと笑いながら出て行った。

 エンドロールも終わり、あかりがついてから、武雄は沙代を促して、映画館の外にでた。


「そんなに泣ける内容だった?」


 武雄がそう聞くと、沙代は目を見開いて、反論した。


「何を言っておるか! お主は映画を観ておったのか? あんなせつない物語など観たこともないぞ!」


「いや、アクションものだよ……」


「ふん。だからお主はダメなのだ。感受性というものがない」


 そういって、沙代はエスカレーターに乗る。武雄は苦笑しながら、そのあとに続いた。

 特に目的の店など決めずぶらぶらしている内に、アイスクリーム店の前を通りかかった。

 沙代は、目をきらきらさせ、武雄の方を見る。


「食べる?」


 武雄の問いに、沙代は大きく頷いた。

 沙代はミントチョコ、武雄はバニラを注文した。沙代はおいしそうにアイスをかじる。


「美味い! このアイスというやつは、なんと甘いのだ。これを考えたやつは天才に違いない!」


「沙代は本当に食べることが好きなのな」


 武雄が、沙代が食べるのを見ていると、沙代は武雄のアイスをしげしげと見る。


「少しくれんか?」


「え? いいけど」


 武雄が了承すると、沙代は武雄の持っているアイスにかぶりついた。


「うむ。そっちもなかなかの味であるな」


(間接キスだよな)


 武雄は沙代が口をつけた部分にどきどきしながら、かぶりついた。


「ん? なぜ顔が赤いのだ? まさか暑いのか?」


「いや、そうでもないけどさ。まあ、ちょっと暑いかな」


「うむ。たしかに暖房が効き過ぎている感じがするな。では、少し外を散策するか? 買い物も一通り終わったしな」


「うん。そうしようか」


 武雄と沙代は、アイスを食べ終わり、建物の外へでた。


 リバーウォークの南側には、小倉城がある。小倉城を右手に見ながら、二人はゆっくりと道を進んだ。歩きながら、沙代が目を細めながら言う。


「懐かしいな。こうして二人でのんびりと歩くのは。覚えておるか? 昔はよく陽が落ちるまで遊んで、その帰り道に、こうして二人でのんびりと歩いたものだ」


「うーん。よくわからないんだよ。前世の記憶なんてほとんどないしさ」


 武雄の言葉に沙代は少しさびしそうな顔をする。


「そうか。それならば仕方ないな」


 武雄はそんな沙代を見て、こう言った。


「でも、沙代を見た瞬間、何かわからないけど感じたんだよ。俺ってさ、恋愛とかそういうのに疎くてさ。周りのやつらが、女の子の話とかしてても、ピンとこなかったんだよ。でもさ、沙代を見たときこの人だって思った。何か運命を感じたんだ。それは本当だ」


「本当か? この前の体育の時間といい、お主は結構女子に人気があるようではないか?」


 武雄は、少し驚いた顔をしてから否定した。


「いっ、いやあれは違うよ。運動できると目立つから、きゃーきゃー言われるだけだよ」


「ふん。そうか? 声援を受けていたとき、満更でもない風に見えたがな」


(あれ? 妬いてるのかな?)


 武雄は素直に聞いてみた。


「なっ、なあ、沙代。それって妬いてくれているのかな?」


「ちっ、違うぞ。そんなわけあるか!」


 そう言って、沙代は照れるのを隠しながら、歩く速度を早め、さっさと先に進みだした。武雄より1~2M先に進み、振り返るとこう言った。


「ほら、何している? ぼやぼやしているとおいていくぞ?」


「はいはい。わかったよ」


 沙代の早足につきあって、武雄も歩幅を広げた。


 紫川に沿って道を歩き少し南下して、二人は勝山公園へ入った。天気ではあるものの寒いためか、公園には人の姿がほとんど見えない。広大な芝生の丘のところに来たとき、沙代がこう言った。


「座らないか?」


 沙代が腰を下ろすと、武雄も腰を下ろした。眼下には紫川と街並みが見える。陽の光が紫川にきらきらと反射する。


「不思議だな。風景はあの頃からまったく変わってしまったというのに、一番美しいのは、やはり自然の作り出すものだ」


「そうだな」


 武雄がそう答えると、沙代は武雄を見て、こういった。


「武雄、実を言うとな、私はお主に会うまで、怖かったんだ。お主が玉之助の生まれ変わりだということは、わかっていたんだが、会っても何も覚えてなくて、私を拒まれたらどうしようかと思ったんだ。私は、この世界には誰一人として信じられるものがいない。そんな中、お主がいてくれて本当によかった」


 武雄は沙代の言葉に微笑む。


「沙代、それは俺もだよ。俺はさ、小さい頃から力が強くて、白い目で見られてたよ。自分ではそんなに力入れてないはずなのに、一緒に遊んでいる子に怪我させたりしてさ。お袋は俺のことでしょっちゅう頭を下げてたし、しまいにはやってないようなことまで俺のせいにされてた。

 なんで自分だけ人と違うんだろうって随分悩んだよ。陸上で注目されたときはうれしかったけど、大会に出れなくなってからは、また元のようにみんなに白い目で見られるんじゃないかって。そればかり考えていたよ。

 そんな俺に沙代は生きる目標をくれたんだ」


「武雄……」


 武雄の言葉に沙代は目をうるませる。


「俺、沙代が好きだよ。本当に好きだ。俺は筋肉馬鹿で、デリカシーがないかもしれないけど、沙代が好きだ。だから、お前のそばにずっといたい」


 沙代は、武雄の手をとってこう言った。


「武雄……。ありがとう。なあ、昔のように膝枕をしてやろうか?」


 そう言うと、立てていた膝を伸ばし、太ももを叩いた。

 武雄は目を丸くする。


「いいのか?」


「昔は遊んでいると、お主によくせがまれたものだ。膝枕してやると、そのまま昼寝したりしてな。さっ、遠慮することはないぞ」


 武雄は少し照れながら、寝転がり膝枕してもらった。沙代の太もものやわらかさと、体温を直に感じ、武雄は赤面した。それをみて、沙代はすぐに指摘する。


「また、不埒なことを考えておるのか?」


「いや、違うよ。膝枕なんて、初めてだからさ。でも、なんか落ち着くよ」


「本当か? ふふ。まあ、よいか」


 沙代はそう言って、武雄の頭をなでる。武雄はその感触が心地よく、自然と目をつぶる。


「なあ、武雄。お前の気持ちはうれしい。だが、私はこのような体だ。普通の幸せなど望むべくもないのだよ。わかってくれ」


 武雄は沙代の言葉を聞いて、目を開く。


「沙代、そんなことは関係ない。沙代は、俺のこと嫌いか?」


「武雄……。嫌いなわけないだろう」


「だったら」


 沙代は武雄の言葉を遮る。


「わたしは、怖いのだ。私の独りよがりな考えで、ここまでお主を巻き込んでしまった。これから、どんなことが待ち受けているかもわからない。お主を失うことが私は、怖いのだ。もし、お主の命が危ないと感じたときは、私にかまわずに逃げてほしい」


「沙代……」


 武雄が言葉につまっていると、静寂を引き裂く銃声が響いてきた。


〝パーン! パンパン!〝


 沙代と武雄がハッとして、立ち上がると、眼下にいた護衛のSPたちが、倒れていくのが見えた。そして、黒い戦闘服をきた集団が、こちらに走ってくる。


「くそ! こんな街中で銃を使いやがって!」


「武雄、場所を変えるぞ! ここでは、関係ないものにも被害がでる」


 沙代と武雄は、急いで公園の南へと走る。


「沙代! どこいくんだ!」


「来る前に周辺地図を頭に入れておいた。だまってついてこい!」


 後ろからは、発砲しながら黒い戦闘服の男たちが追ってくる。走りながら、沙代が言う。


「武雄! 逃げながら相手の人数を確認しておけ!」


「了解!」


 沙代と武雄は、そのまま走り続け下に降りる階段があるところまできて、沙代が立ち止まった。


「武雄、ここで迎え討つぞ」


 沙代の言葉を受けて、武雄はヒップホルスターから、ベレッタM92Fを抜いた。

 沙代はコートを脱ぎ、カーテガンの左袖をもぞもぞと扱っている。


「沙代? 何してんだ?」


 武雄の問いに沙代が答える。


「このままでは、服が焼けてしまうでな。少しでも被害を少なくするため、袖をまくろうとしているのだ」


「また買えばいいだろう!」


「いや、これは現品限りのものを買ったのでな。スペアもないのだ」


 沙代と武雄がそんなやり取りしていると、黒い戦闘服姿の男たちが追いついてきた。


〝パパパパパパパパッ!!〝


 自動小銃の乱射を受け、沙代は左に、武雄は右に跳んだ。武雄は、着地する前に、反撃の銃弾を先頭の男に浴びせる。


「ウグッ」


 武雄の銃弾を受け、男がその場に倒れる。他の男たちは、左右に展開し沙代と武雄を包囲しようとするつもりらしい。地面に伏せている沙代が顔色を変える。


「うぬっ。あんなもので撃たれたら、お気に入りの服が穴だらけになるではないか。武雄なんとかしろ!」


 沙代が武雄の方を見ると武雄は青い顔をして、震えている。


「撃っちゃったよ。人殺しちゃったよ……」


「武雄! そんなことは後で考えろ! こやつらの好きにさせるわけにはいかん!」


 その時、左から突撃してきた一団は、武雄に銃弾を浴びせた。


〝パパパパパパパパッ!!〝


 蜂の巣にされ、そのまま絶命するかに思われた武雄は、怒りの声を上げた。


「痛てえだろうが!!」


 武雄は、地面に伏せている姿勢から飛び起きると。男3人に次々と銃弾を浴びせる。


「ぐわっ」

「あひっ」


 男たちは次々とその場に倒れた。武雄はそのまま右へ駆け出すと、援護射撃をしていた6名からの集中射撃を受けつつ、6名に銃弾を浴びせた。2名を倒したところで、武雄は弾切れとなった。

 なおも銃撃を続けながら近づいてくる男達に対して、武雄は倒れている男のもっていた自動小銃に飛びつき、残りの男たちを倒した。その様子を見ていた沙代が、起き上がり近付いてきた。


「武雄、よくやったぞ。特訓は無駄ではなかったな。傷は大丈夫か?」


「うん。なんか大丈夫みたい。えらく痛かったけどさ」


 武雄が服をめくると、数発の弾丸が数ミリ、めり込んでいて血が少しでていた。沙代はその弾を指でつまみ、引っこ抜いた。


「イってえ! もっとやさしくしてくれよ」


「文句いうな。ほれ、弾を抜いたら傷もすぐ塞がった。やはりお主も特殊な体をもっているようだな」


「ふえー。俺ってこんな体だったんだな。力が強いだけかと思ってたよ」


〝ウー! ウー!〝


 遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。


「さっ、武雄。あとはまかせて、我らは退散するとしよう」


「うん。そうだな」


 沙代と武雄は、駐車場へと戻った。


 帰りの車中、武雄が言った。


「あんな街中でおそってくるなんて。うかつに外にでれないな」


 沙代は、何か思案している様子で、こう言った。


「そうだな。しかし、妙だ。途中から護衛の数が減っていた。なにかおかしい」


「ふーん。そうか?」


「お主は能天気だな。まあ、考えてどうなるものでもないが」


「さっきの話の続きだけどさ。俺の体見ただろ? 撃たれてもなんともなかった。俺の心配なんかするなよ。俺はずっと沙代のそばにいるよ」


「そうだな。いらん心配だったのかもしれん」


「でさ、返事を聞いてないんだけど。返事は?」


 沙代は、顔色を変えずに、武雄を横目でみながらこう言った。


「はて? なんの話かわからんな。なんにしても、ガッツク男は嫌われるぞ」


「ちえっ」


 武雄は不満を顔に現しつつ、車を走らせた。


 その夜、武雄は不思議な夢を見た。

 行ったこともないような古い日本家屋に自分は住んでいる。周りの人たちは皆着物を着ていて、時代が違うようだ。朝になると、武雄は駆け出す。しばらく走ると村はずれに、少女が一人待っている。武雄が駆け寄ると、うれしそうな顔をする。少女は目鼻立ちが整っており、10歳ぐらいの年だろうか。どこか気品がある。

 いや、俺はこの顔を見たことがあるはずだ。そうだ。沙代に似ている。


「玉之助! 今日は何して遊ぶ?」


 どうやら、俺の名前は玉之助というらしい。玉之助と呼ばれるとなんだか嬉しくなる。この少女のことが俺は、好きなのだろう。二人して駆け出す。

途中、十五、六ぐらいの男たちが、道を塞ぎ通らせないように意地悪をしてくる。


「玉之助! 男のくせに、まだ沙代と遊んでいるのか?」


「そうだ! そうだ! 男のくせにおかしいぞ!」


 男たちは、一斉にはやし立て、その中のひときわ体が大きな男がこういった。


「通りたけりゃ、俺の股をくぐっていけよ」


 沙代は、男たちが怖いのか俺の背中に隠れて、小さな体をさらにすぼめる。


「おりゃー!」


 俺は気合の声と共に、その男めがけて、突進する。力いっぱいぶつかると、男は簡単にはじけとんで、口から泡を吹いて、白目を向いた。


「うわー! 化けもんだ!」


 男たちは、そういって逃げ出した。振り向くと、沙代は笑っていた。


「えへへ。玉之助は強いんだね!」


 沙代に褒められて、俺は胸を張る。


「そうさ! 俺はもっともっと強くなる。この国一番の侍になってやるんだ!」


「すごいなあ! 玉之助ならなれるよ!」


「おう! 絶対なるぞ! さあ、山にわらびを取りにいこう!」


「うん。行こう!」


 そう言って、二人は駆け出した。


 少し大きくなった沙代が泣いている。沙代の右手は似つかわしくないほど太く丸太のようだ。左手は炎に包まれている。どうやら、犬に吠えられてびっくりしたらしい。


「玉之助、私どうしよう。またやってしまったよ」


 沙代はそう言って泣く。


「気にするな。いまに俺がもっと強くなって、沙代がそんな風にならないように、守ってやる」


「本当?」


「本当だ! 俺のあだ名をしっているだろ? 猪だ。俺の力には大人だってかなわない」


「うん。ありがとう!」


 沙代が泣き止むと、手は元の少女の手に戻っていた。

 

 沙代はまた少し大きくなっていて、体つきが女っぽくなっている。俺はなぜか沙代に突進する。沙代の右手は、丸太のような太さになっていて、俺がどんなに押しても、びくともしない。それどころか、沙代が軽く手を振るだけで、俺は簡単に転がされてしまう。何度も何度も転がされ、俺は汗と泥にまみれながらも、沙代に挑む。


「玉之助、もう止めておこうよ」


 沙代はそう言うが、俺はあきらめない。沙代は手に宿る神の力で苦しめられている。俺が強くなって、神の力を抑えこめるようにならなければいけないのだ。何度挑んでも、結局勝てない。悔しがる俺に、沙代は心配そうな顔をする。


「沙代! いまは勝てないけど、必ず勝てるようになってやる。俺が勝ったら俺の嫁になれ!」


 沙代は顔を赤らめ、こくりと頷く。そうだ。必ずこの約束は守らねばならない。

 強くなって、沙代を負かさないといけない。そして、俺が幸せにするんだ。そう強く、俺は思った。


 沙代が俺を悲しそうな目で見ている。そうだ。今日は別れの日だ。俺は、関東の武家に養子にやられることになったんだ。でも、これは侍になるということだ。侍になって、俺はもっと強くなって沙代を幸せにするんだ。だから、沙代泣かないで。


「玉之助……。また、会えるよね?」


 沙代は今にも泣きそうな顔で、そう言う。

 俺は泣き出しそうになるのを歯を食いしばって我慢する。


「沙代! 必ず強くなってお前に会いにくる! 約束を忘れるな! きっとお前を俺の嫁にする!」


 沙代はぽろぽろと涙を流し、何度も頷く。


「待ってるよ! 待ってるからね! 玉之助!」


 俺は、泣き出しそうになるのを最後までこらえ、故郷をあとにした。


 坂田家の養子となった俺は、名を義時と改めた。連日の鍛錬で、俺のちからは増していき、関東一の武力と噂されるようになった。ある日、義父の貞親に呼ばれた。

 部屋に入ると、貞親の前には、鉄の板が置いてある。


「父上、お話とはなんでしょうか?」


「うむ。義時。いよいよ坂田家に伝わる宝刀を授ける時がきたと思ってな。お主、金時様の鬼を討った話はしっておるな」


「はい。存じております」


「真の話と思うか?」


 俺は、義父の真意を図りかね、押し黙る。


「あの話、真なのだ。そして、この刀には鬼の力が封印されておる」


「鬼の力?」


「そうじゃ。この刀を持ってみよ」


 それは、刀というより、鉄の板に見えた。持ち手はついてはいるが、反りはない。切っ先もあるにはあるが、鋭いわけではない。菜切り包丁を巨大にしたようなその形は、刀というには異形である。第一、人が振れるとは到底思えない。義時は、言われるがままに、刀を持ってみた。しかし、持ち上げようにもあまりに重く、浮かせるだけでも、一苦労である。


「うくくっ」


「お主程の力でも無理かな? では、儂に貸してみよ」


 そういうと、貞親はまるで重さを感じないように、軽々と刀を持ち上げ、座ったまま振った。


〝ブン!〝

 

 風きり音が部屋に響き渡る。俺は驚き、自分の目を疑った。


「なぜこの老いぼれが、こんな風に振れるか不思議でならないか? この刀は鬼哭刀という。所有者と認められれば、鬼の力を得られるという代物よ。義時、この刀に誓いを立てよ。その誓いが鬼に認められれば、この刀はお主のものじゃ」


 俺は刀に触れ、強く思う。俺は誰よりも強くならねばならない。沙代の神の力を抑えこめるぐらいに強く! そして、沙代を守り、幸せにするのだ! その時、刀はリーンという鈴のような音を出した。


「見事! 義時、いまからその刀はお前のもの!」


 俺は鬼哭刀を持ってみる。先ほどとは全く違い、まるで重さを感じない。そして、刀を持った瞬間に、体に力がみなぎってくる。


「どうじゃ? 力が湧いてくるじゃろう。その刀を持っていれば、お主に敵はおらん」


「すごい……」


「ふふふ。すごかろう。儂も初めて、鬼哭刀に認められた時は、なんともいえない高揚感を感じたもんじゃ。しかし、肝に命じねばならないことが二つある。一つは、誓いを守ること。誓いを破れば、鬼哭刀はお主の命を奪うぞ。そして、もう一つは鬼哭刀が与える力は無限ではないということじゃ。鬼哭刀を振るっている間、体力は奪われていく。その体力が尽きた時、鬼哭刀はただの鉄の塊に成り下がる。儂の経験から言えば、それは、全力で駆けている感覚に似ている。この二つ、夢々わすれるでないぞ」


「はっ!」


 こうして、俺は鬼哭刀の所有者となった。


 鬼哭刀の所有者となって、半年程経ったとき、義父の貞親に呼ばれた。


「お前の力を役立てる時がきた。鬼女が京に迫ろうとしているのだ。やってくれるな?」


「父上、その鬼女とはもしや、沙代のことでは……」


「その通りだ。あの女は、神の力を手に宿している。並みの者では歯が立たん。お主と鬼哭刀の力が是非ともいるのだ。やってくれ!」


「しかし、沙代とは幼馴染、そのようなことは……」


「できないと申すか! 九州の片田舎から、拾ってやった恩を忘れたか! 侍の力は己のためにあらず! 御恩にむくいるのが侍! それを忘れたか!」


「……」


「のお、義時。この頼みを断らば、坂田の家は滅ぼされる。儂やお前だけでなく、この家に仕える者皆が、首をはねられることなろう。なあ、義時、老いぼれの最後の願いだと思って聞いてくれ! 頼む!」


 頭に、坂田家に来てからの様々なことが浮かんでくる。一人さびしく泣いていた時に、やさしくしてくれた義母。俺のために、好物の筍を毎年とってきてくれる使用人の与作。みんなやさしくしてくれた。そんな人たちを不幸にすることはできない。


「……。わかりました。私が沙代を討ちましょう」


 そう言って、俺は京へ向かった。


 寝汗をびっしょりとかいて、武雄は目を覚ました。喉の渇きを覚えた武雄は、水を一口飲んだ。内容はあまり覚えていないが、何かひどく嫌な夢だったような気がする。


「ふー」 


 時計を見ると、夜中の1時である。目が覚めてしまった武雄は、外へでることにした。

 建物の外へでて、車庫の方へと歩く。守衛役の兵士が2人ひと組で、歩く姿が見える。

 近くまで来ると、そのひとりが話しかけてきた。


「寝れないのかい?」


「はい。なんか目が覚めてしまって」


 兵士はタバコの箱を取り出すと、武雄に差し出した。


「いや、俺まだ高校生ですから」


 武雄がそう言うと、兵士は笑いながらこう言った。


「そうだったね。君はまだ高校生だった。なのに君は重圧に耐えているんだね。この基地にいるあいだは、我々が命に変えても、君らを守るよ安心してくれ」


 兵士たちはそういうと、また見回りに戻っていった。


 武雄は日本刀を携えて、武道場へむかった。鏡に向かい、刀を抜く。70CM程の刀身は見事な輝きを見せる。武雄は上段に構え、刀を振ってみた。


〝ヒュン!〝


 風きり音が当たりに響く。


(今の俺で沙代を守りぬくことができるのだろうか)


「武雄、眠れないのか?」


 道場に入ってきた沙代に、武雄はにこりと笑みを返す。


「ちょっと、汗を掻きたくなってさ」


「そうか。ほどほどにしておけよ」


「あのさ、沙代。沙代を守るのが俺の使命なら、それをやり遂げるよ」


 武雄の言葉に、沙代は心配そうに言った。


「武雄、無理はするなよ。前にも言ったが、危なくなったら私を見捨てて、逃げてもらってかまわない」


 武雄は振り向き、沙代をみてこう言った。


「沙代、俺も前に言ったよな? 俺は必ずお前を守る」


 しばしの沈黙のあと、沙代は手を振って部屋へと戻っていった。


 北九州空港に異様な集団が到着していた。その中の、身長140CM程度の小さな老人は、ため息をついた。


「せっかく日本に来たというのに、寿司も喰えないとは」


 その老人の台詞に、身長180CMほどで角刈りの金髪男が答える。


「うまくいったら、がっぽりもらえるんだ。寿司はそれからにしろよ」


 その会話にブロンドの妖しい雰囲気をもった女が答える。


「そうさ。女一人を拉致するだけだろ? ちょろい仕事じゃないか」


 一同の後方から、白い手袋をつけ、サングラスをかけた大男が声を発した。


「お前ら。舐めてかかるなよ。その女はすでに数十人を返り討ちにしている。

 また、女が生理の際に、能力が落ちるという情報を命がけで掴んだ、我が国のエージェント達の労力を忘れるな。その情報のために、日本側のエージェントに、5人が命を奪われているんだ。」


 男の声は低くするどく響き、まるで肉食獣が発するうなり声を連想させた。


「イエッサー!」


 金髪の男は先程のリラックスした態度とは打って変わって、直立不動の姿勢を取った。


「ふん。ジェイクはあんたの部下だろうけど、私はフリーで雇われてるだけだからね。

 金さえいただければ、文句ないよ」


 ブロンドの女は、そっぽを向いてそう答える。


「まったく、最近の若い者は金のことばかり言う。いくら大金があっても墓場までは持って行けんぞい」


 老人はため息交じりに言いながら、禿げ上がった頭を掻いた。


「じじい。うるさいよ」


 ブロンドの女は、そういって顔を背ける。そのやり取りを見て、大男が再び口を開いた。


「猿翁に、リンダ、止めないか。何度も言わせるな」


 その時、大男の持つ携帯が鳴った。


「うむ。そうか。わかった」


 電話を切り、大男が言った。


「予定変更だ。襲撃は明日になった」


 リンダはお手上げのポーズをとった、組んでいた腕を離すと、たわわに実った胸が自然とゆれる。


「なんだい。こんなしけた街に泊まりかい?」


「ほ? 寿司が喰えるぞい」


 猿翁は、喜々としている。


「ふー。まったくお前たちときたら。

 いいか、俺たち4人の力を結集しなければならない相手だということを忘れるな」


 大男は、暗い眼光を二人に向け強く言い切った。


「サムがそういうなら、間違いなかろう。わしもとっておきの作品を持ってきたぞ」


 サムの言葉に、猿翁は不敵な笑いを浮かべる。


「わたしもあんたに逆らう気はないよ。殺されちゃかなわない」


 リンダは、そう言ってショートカットの髪を掻き揚げる。


「よし、では明日の朝までは自由行動だ。街にでてもいいがほどほどにな。我々はすでに日本側のエージェントに監視されていることを忘れるな」


 サムの言葉を受けて、猿翁がこういった。


「先に攻撃したやつらもいるんじゃろう? そいつらに手柄をもっていかれるということはないじゃろうな?」


「心配するな。そんな簡単な相手なら我々が呼ばれたりしない。さあ、英気を養うぞ」


「イエッサー!」


「よし!寿司が喰えるぞい!」


「はいはい。私はバーにでも繰り出しますか」


 4人は車に乗り込み、街に消えた。


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