第五章 日常
第五章 日常
翌日の朝。
武雄が学校に行くと、沙代はすでに来ていた。しかも、一番後ろの武雄の席の隣に座っている。
「おはよう。あれ? ここの席にいた吉村は?」
武雄の言葉に、沙代は笑みを浮かべながら、平然と答える。
「おはよう。吉村? ああ、ここにいた男子か。気が利く男でな、席をかわりましょうか? というので替わってもらった」
「ほんとかよ?」
沙代が元いた席をみると、吉村がぶすっとした顔で、こちらを見ている。 どうやら、沙代が無理矢理替えたらしい。
(吉村すまんな。勘弁してくれ)
武雄は、吉村に片手をあげ、頭を下げた。
「さて、武雄。今日の予習は終わっているのか? 授業とは学生にとって、戦いそのものだぞ」
「そんな大層な……」
「お主の成績を見せてもらった。体育以外はまるでダメではないか。
文武両道を目指すのがここの生徒の目標なのだろう?」
「いやまあ、そうだけどさ。俺、スポーツ特待で入ったし」
「ええい! 日本男子が言い訳がましい! よいか! 授業中に一瞬たりとも気を抜くな! 昨日のように居眠りしていたら、張り倒してやるからそう思え!」
「……はい」
武雄は、沙代の勢いに押され、うなずくしかなかった。
1限目の授業が始まった。
教壇に立つ教師が生徒たちに問いかける。
「誰か、この文が訳せるやついるかぁ?」
沙代が武雄を横目で見ながらいった。
「ほれ、教師がああ言っておるぞ? 手を挙げんのか?」
武雄はシャープペンシルをクルクルと回して言う。
「俺にわかるわけないだろ?」
「ふっ。やれやれ。文武両道という言葉を知らんのか? 体ばかり鍛えおって」
沙代はすっと左手を上げる。
「じゃあ、転校生の野口さん、訳してみて」
沙代は立ち上がると、澄み渡るような声で訳した。
「男も書くとか聞いている日記というものを女である私も試してみようと思って書くのである。某年の十二月の二十一日の午後八時頃に、出発する。その事業を少しばかり紙に書き付ける……」
少しも引っかかることなく、すらすらと古文を訳していく沙代に、皆羨望の眼差しを送った。
「すげえ……」
「素敵。あったまいい~」
土佐日記の冒頭部分を訳し終わり、沙代が席に座る。
武雄が驚きの目で見る。
「すごいんだな……」
「これぐらい当たり前だろう? お主は授業中に寝てばかりいるから、わからんのだ」
1時間目の古典のみならず、2時間目の英語、3時間目の日本史と沙代は次々と手を挙げ同じように、正解を答えていく。
沙代の一人舞台といった感じでカリキュラムは進んでいき、4時間目は、武雄がもっとも得意とする体育となった。
男子だけが教室に残り、休憩時間に着替えていると、吉村が話しかけてきた。
「坂田、いつのまに仲良くなったんだよ? 抜け駆けはいかんぜ! 下の名前でよばれやがって」
吉村の言葉に、周りにいた同級生も同意する。
「そうだ! そうだ!」
「いや、仲良くっていうかさ。なんとなく勢いに押されちゃって」
「嘘つけ! 楽しそうにしやがって! おい、みんな今日のサッカーでは、坂田をへこましてやろうぜ!」
「おおぅ!」
「たはは。まいったなこりゃ」
クラスの男子陣は結束を固め、異様な雰囲気となった。
グラウンドにでると、女子はすでに集まっていた。女子は、バレーボールをするらしい。
整列している中にいた沙代は、武雄をみつけると手を振ってきた。それを見て、周りの男子はまずます闘志を燃やす。横にいた吉村が武雄に話しかけたきた。
「くそー。ほんとうまくやりやがって。見ろよ。あのプロポーション、ほんとうらやましいぞ」
吉村の言葉につられ、武雄も沙代をみる。クラスの女子の中にあって、沙代の美しさは際立っていた。
長い髪は、一本にまとめられ艶々と輝き、白くスラリと伸びた手足は、バランスがよい。
また、身体の線がみえる体操服姿だと、プロポーションの良さがはっきりとわかる。ウエストが折れそうな程細く、胸は適度に膨らみ腰つきは艶かしい。
武雄が沙代に見とれていると、吉村が肘で腹をついてきた。
「いつもだったら、いいとこ見せれるんだろうが、今日は全員が敵だからな!」
(沙代にいいとこ見せてやる!)
武雄も他の男子と同様に、闘志に火がついた。
試合開始のホイッスルと共に、武雄は相手陣へ飛び出した。いつもなら、パスが回ってくるはずなのに、今日は一向にこない。
「くそっ、そうだった」
武雄はその俊足を飛ばし、ボールを奪おうとボールを持っている者に近付くが、武雄が近づくと、遠くにパスを出されてしまう。
「よーし、そっちがその気なら本気でいくぞ!」
武雄はすさまじい勢いで、自チームのプレイヤーに近付くと、高く上げたボールに飛びついた。2M近くジャンプした武雄に、誰もが感嘆の声をあげる。
「げぇ!」
「うそだろ!」
「反則だよそれ!」
ボールをうばった武雄は、あっというまに相手陣のゴールへと近づく。
「止めろ!」
吉村の声もむなしく、武雄は素晴らしいシュートを決めた。その動きに男子は落胆し、女子は自分たちの試合そっちのけで、黄色い声援をあげる。
「すげえ。やっぱ坂田にはかなわねえよ……」
「きゃー! 坂田くん素敵ー!」
声援をうけ鼻高々に胸を張る武雄は、横目で沙代の様子を覗う。その模様を見ていた沙代が、サッカーグラウンドの方に進んできて、こういった。
「メンバーチェンジだ! 吉村くん!!」
突然の言葉に、誰もが驚いた。武雄が沙代に駆け寄る。
「ちょっと! 女子はバレーだろう?」
「ふん。天狗になっているお主を見ておれんでな。私が相手をしてやろう」
「おいおい。サッカーやったことあるのかよ?」
結局、沙代はゴールキーパーと交代し、試合は再開された。再開されてすぐに、武雄はボールを奪い、ゴールへと突き進む。
「みんな止めろ! 坂田の好きにさせるな!」
男子たちは、身体を張って武雄を止めようとするが、そのスピードに誰もついていけず、あっと言う間にPKエリア近くまで、やってきた。
「野口! 怖けりゃよけろよ!」
そう言うと、武雄は強烈なシュートを放った。
「馬鹿! 坂田! 強すぎだ!」
そのシュートの速さに、思わず吉村が声を上げた次の瞬間、誰もが自分の目を疑った。沙代は特に構えを取ることもなく、こともなげにボールを取ったのだ。
「武雄、それが全力か? 手加減はしなくていいぞ」
沙代はそう言って、武雄に向かってボールを転がした。
「すげえ!」
「野口さんすごい!」
見ていた全員が賞賛する。一方、まさか自分のシュートが止められるとは思っていなかった武雄は、転がってくるボールに反応できないでいた。
「おや? やる気がないのなら、今度はこっちからいくぞ!」
そういうと、沙代はボールに向かって走った。沙代のその姿をみて、ハッとして武雄も走り出す。一足先に、ボールにたどり着いた武雄はすぐさまシュートを放った。
〝ドォーン!〝
先程とは打つ音が明らかに変わり、武雄が本気でシュートを打っていることは、誰の目にも明らかだった。
すさまじいスピードで迫るボールに対して、沙代は左にステップを踏むと、そのまま回し蹴りの要領で、ボールを蹴り返した。
〝バシーン!〝
ボールは、武雄の蹴った勢いそのままに、大きくサイドラインを越えていった。
「ふふ。甘いな。あんなボールで私を抜けると思ったのか?」
一瞬の間をおいて、クラス中が大歓声をあげる。
「すごい! 沙代ちゃん! 惚れたぜ!」
「野口さんすごすぎ!!」
歓声を受け、誇らしげに立つ沙代に対して、武雄はがっくりとうなだれた。
「そんな馬鹿な。俺の渾身のシュートが……。誰にも取られたことなかったのに」
「それは悪いことをしたな坂田くん。だが、本番はこれからだぞ」
それからの沙代はすごかった。ゴールキーパーだというのに、相手のゴール前にいっては、シュートを決め、誰もついていけない武雄のスピードにも軽々とついていき、ボールを奪った。
散々、沙代にしてやられ重い足取りで教室へ戻る武雄に、沙代が話しかけてきた。
「お主は、自分の力の使い方をしらんな。筋力は大したものだが、それだけではだめだ」
「じゃあ、どうすればいいんだよ?」
武雄の質問に沙代は、自分のこめかみを突くポーズを取りこう言った。
「ここだ。ここ。頭を使え」
「頭か。こうかな?」
そう言って、武雄は植えてある木に頭突きをした。
〝ゴン!〝
という音と共に、樹木がゆさゆさと揺れる。
「……そういう使い方ではないぞ」
「ふーん」
二人は、グラウンドを後にした。
昼休みになると、沙代はクラスメイトから質問攻めにあった。突然転校してきた少女が、あんな芸当を見せたのだから仕方なかった。
「野口さんは、何かスポーツやってたの?」
「いや、何もしてはおらんな」
「好きな食べ物は?」
「何でも好きだぞ。この時代の食べ物はおいしいからな」
「ドラマは何が好き?」
「テレビはあまり観ないのだ」
わいわいと質問していく中に、吉村が割って入った。
「ねね、なんで坂田と仲がいいの?」
それまでにこやかに答えていた沙代が、突然悲しい顔をした。そして、切断された右腕の肘周辺をなでながら、こう言った。
「玉之助、いや武雄とは幼馴染でな。私の手をこんなにしたのも武雄だ」
沙代の言葉に、皆が一斉に武雄を見る。離れたところで弁当を食べていた武雄は、その視線に気付き固まった。
「なっ、なんだよ?」
武雄を見ている皆に向かって、沙代が再び口を開いた。
「まあ、遠い昔のことだ。あの頃から武雄は力が強くてな。猪とあだ名されておった。
いまも相変わらずで、成長しておらんようだがな。ふふふ」
その言葉に、吉村が口を挟む。
「俺って、坂田と小学校の時からの知り合いだけど、野口さんのことは、見たことも聞いたこともない。こんな綺麗な人なら話ぐらい聞きそうだけどな」
「それに〝片腕〝だからな」
沙代の言葉に、吉村が言葉をにごす。
「いや、その……」
「隠さずともよい。皆も少しは感じていようが、私は普通の人間ではない。頭の中が見えるのだ」
(そんな馬鹿な)
「いや、嘘ではないぞ」
(からかってんのか?)
「からかってはいない」
(なんか本当みたい)
「そう。本当のことだ」
沙代に考えていることを言い当てられた連中は、一様に驚いた。そして、沙代はそこにいる全員に直接頭にメッセージを伝えた。
〝まあ、仲良くしてくれ〝
「ええ? テレパシーってやつ?」
「すごい! 本物だ!」
どよめくクラスメート達に、沙代は微笑ながらこう言った。
「そうそう、私のことを襲ってくるやつらがたまにいるから、あまり近付かない方がいいぞ。死にたくなければな」
吉村が武雄のところにやってきて言った。
「わっ、笑えない冗談だよなあ?」
武雄は箸を止め、こう言った。
「あれほんと。昨日、殺されかけた」
武雄の言葉に、クラスメートたちは沈黙し、すごすごと自分の席へ戻って行った。
放課後のこと。とぼとぼと帰る武雄に、沙代が話しかけてきた。
「しょぼくれおって。お主は思っていることがすぐ顔にでるな」
沙代の言葉に、武雄は下を向いたまま答える。
「俺、サッカーには自信あったんだ。それなのにサッカーやったことない初心者にいいようにやられるなんてさ。なんだかかっこ悪いよ」
「ふふふ。まあ、そう思うなら精進することだ。しかし、お主の本業は陸上だったのだろう?」
「うんまあね。でもまあ、なんというか陸上をずっとやってきたわけじゃないしさ。
たまたま陸上で注目されただけで、体を動かすことなら何でも好きなんだよ」
沙代は歩きながら、頭を下げてくる生徒に軽く左手を上げて応える。転校して、間もないというのに、沙代はあこがれの対象であるようだ。
「ふえー。すごいんだな。今の女子なんか顔真っ赤にして、頭下げてたよ」
武雄の言葉に、沙代は平然と答える。
「見てわからんのか? 私は美しいだろう? 自分より優れていると認めたものには誰でも敬意を払うものさ」
「いやまあ、そりゃ綺麗だけどさ。にしてもなあ」
「ふふ。私は事実を言ったまでだ。それに人の価値観などそれぞれさ。私のことを何も知らなくても、外見が綺麗というだけで、尊敬してくれるものもいる」
沙代の言葉に、武雄は頭をかきながら、言う。
「うらやましいなあ。外見で得したことなんて、いっぺんもないよ」
沙代は、上体を少し倒して、下から覗きこむようにして、こう言った。
「そういうお主も尊敬されているのではないか?」
「え? 俺? うーん。いまはどうかなあ。もうオリンピックとかでれそうにないし」
「やれやれ。オリンピックに出るとか出ないとか、外見がいいとか悪いとか、そういうことは大した問題ではない。そういったことで、人から尊敬の念を集めたつもりになっていると、自然と周りから人はいなくなる。もっとも大事なのは、どう生きるかということだ。その者の生き様に、崇高な精神に、人は尊敬の念を覚えるのだ」
沙代の言葉に、武雄は首をかしげる。
「生き様ねえ……。なんかよくわかんないよ。そういう難しいこと考えたことないしさ」
「ふふ、武雄。お主は気が付いておらんかもしれんが、お主には人には真似できないいいところがあるのだぞ」
「え? そう?」
「オリンピックとやらに出れなくなったことで、お主の周りの友人達は態度を変えたか?
態度を変えたのは、有名になる前は知りもしなかった連中だけではないのか?友人たちは知っているのだ。お主が実直で、信頼にたる人物であるということを」
そう言って、沙代は武雄を見つめた。武雄は頭を掻きながら、照れる。
「信頼されてんのか。えへへ。照れるな」
「まっ、そういうことだ。お主は今のままでいればいい。さて、今日は何かおいしいものが食べてみたい。お勧めの店に連れて行ってくれ」
「じゃあ、西新にでも行くか」
地下鉄に行くために、二人は大堀公園に入った。1周2KM程ある池の周りを歩いていると、沙代が言った。
「ここの風景は、綺麗だな。周りをみていると、この公園が如何に親しまれているかわかる。時代は変わっても、人は自然が好きらしい」
「なんとなく、落ち着くしね。週末なんかは、ウォーキングとかジョギングしている人で、いっぱいになるよ。俺も、時々この公園にきて走ることがあるよ」
そう話している間にも、外側の道幅10M程あるジョギングコースを走っている人達が抜いていく。
「私が住んでいた屋敷にも綺麗な庭があってな。時々眺めては、ぼーっとしていたものだ。そういえば、昔お主が、父上が大事にしていた植木の枝を折ってしまってな。父上は、目を白黒させているし、お主は平気でその枝を使って、池の鯉を釣ろうとするしで、傑作だったぞ」
「覚えてはいないけど、なんか俺えらいことしてたんだな」
沙代は、微笑みながらこういった。
「そうだな。いたずらばかりしていたなお主は。私もそれを一緒になってやってたから、二人してよく怒られたものだ。そうそう、父上の愛馬にいたずらした時は、危険な真似をするな! ってひどく叱られて、ムチで尻を叩かれそうになったんだが、お主は、一人でやったと言い張ってくれてな。罰も一人で受けていたぞ」
「なんか、いいとこあるじゃん。俺」
「まあ、父上は私に女の子らしいことをさせたかったみたいだがな。ただ、お主のことは買っていたようだ。最初の内は、あの悪ガキと付き合うな。と言ってあったが、13でお主が養子にやられてからは、時折、あの悪ガキは元気にしているかなと呟くことがあったからな」
「ふーん。そのお父さんは、本当のお父さんじゃないんだろ? やさしかったんだな」
「血は繋がっていなかったが、本当の親と思っていたよ。大友家は長く続いたようだが、いまもお墓はあるんだろうか」
「大友って姓の人は、いまもいるからあるんじゃないかな?」
武雄がそう言って、沙代の方をみると沙代は、自動販売機を見て足を止めた。
「野口?」
沙代は、目を輝かせながら、自動販売機に近付く。
「武雄! この自販機には、ゴールデンアップル味があるぞ! これは飲まねばならん!」
武雄は、沙代に歩みより、小銭を渡す。
「はい、お金。それにしても、炭酸が本当に好きなんだな。そういえば、今日はSPの人はいないの?」
自販機に小銭を入れながら、沙代が答えた。
「うむ。今日は買い物はせん予定だからな。帰ってもらった」
沙代の言葉に武雄は首をかしげる。
「うーん。そんな適当でいいのかな? よくわからないけど」
〝ガコン〝
自販機からペットボトルを取り出して、蓋をあけごくごくと飲んだ後に、沙代はこう言った。
「うーむ、なかなかいい味をしている。こーらには敵わんが。武雄、実際問題いまの私に護衛が必要と思うか?」
「え? そりゃいらないと思うけどさ」
「そうだろう? だったら、あやつらにも休みを与えてやるのが人情というものだ。東京から福岡まで、単身赴任できているからな。たまには、のんびりさせてやりたい」
「ふーん。まあ、そりゃそうかな」
ジュースをまた一口飲み、沙代は首をかしげる。
「うーん。ちょっと炭酸が足りない感じだな。味はいいのだが、ファンタはやはりグレープが一番か……。さて、行くとしようか。それはそうと、お主いくらか持っているのだろうな?」
「え? 俺? そんなに持ってたかな?」
武雄が財布を開くと、1000円札が2枚入っていた。
「ふむ。それだけあれば、二人分には十分だな」
「え? 野口はもしかして今日はお金もってないのか?」
武雄の問いに、沙代はきょとんとして、答える。
「見てわからんのか? 鞄は持って帰ってもらった。いま、わたしが持っているのは携帯だけだぞ」
「まったく、野口にはかなわないな」
二人は、地下鉄へと向かい西新で降りた。
西新に着くと、リヤカー部隊をもの珍しそうに見ていた沙代であったが、天神にいった時のような反応はなく、黙って武雄の後をついてきた。
「あれ? 今日は店を覗かなくていいのか?」
武雄の言葉に、沙代は平然と答えた。
「お主、私のことを勘違いしておらんか? いつでも洋服を買いあさるような真似はせんぞ。昨日は、こっちに引っ越してきて、洋服が無いので買っていただけだ。それに、従者がお主のような貧乏人では、買い物もできまい?」
沙代の言葉に、武雄は口をへの字に曲げる。
「そりゃ、いまは金はないけどさ。そのうち、がっぽり稼げるようになるよ。ああ、でもスポーツじゃ稼げそうにないからなあ。うーん」
「ふふふ。以前もお主は同じようなことを言っておった。立派な侍になる! といつも言っていた。そして、立派な侍になったら……」
「ふーん。その続きは? なったら、なんて言ってたんだ?」
沙代は、微笑ながら武雄をみた。その笑顔に武雄は、どきりとさせられる。
「まあ、良いではないか。私の手を切り落とした時、お主は立派な若武者となっていたぞ。おそらく、私を討ち取った手柄で、出世したはずだ」
「ふーん。幼馴染の腕を落として、出世か。なんか、前の俺は嫌な奴だなあ。いまのおれなら、そんなこと絶対しないよ」
「よくわからんが、それ相応の事情があったはずだ。それにあの時の私は、向かってくる敵はその都度倒していたからな。何百、何千と返り討ちにしたはずだ。殺されても文句は言えんさ」
「そんなものかな。でも、もし今なら、そんな選択はしないと思うよ」
「そうかもしれないな」
沙代の言葉を受けて、武雄は力をこめて答えた。
「いや、絶対だ。なぜかわからないけど、絶対にそんなことしない」
西新の商店街を抜け、側道に入ると目的の店が見えてきた。
「あそこだよ。あそこのお好みは焼きはものすごく美味いんだ!」
「ほほう。どんな味か今から楽しみだ」
ガラス張りの引き戸を開くと、店の大将が声をかけてきた。
「いらっしゃい! おっ、なんだい今日はかわいい子連れて。彼女かい?」
大将の言葉に、武雄はまんざらでもない顔をする。
「いやだなあ。大将。まだ彼女ってわけじゃないよ。クラスメートだよ。クラスメート」
武雄の言葉に、沙代が反応する。武雄のわき腹を肘で突き、こう耳打ちした。
「まだ? お主は2000円しか持たない貧乏人の癖に、私を彼女にするつもりか?」
「いやほら、どうなるか先のことなんてわからないだろ? さっ、席につこうよ」
沙代は納得がいかない顔をしながらも、奥のテーブル席へ座った。
「大将、肉玉二つね!」
「あいよ」
大将は、小麦粉を水でといた生地に、あらかじめ切ってあったキャベツをまぜてこねる。
「ん? キャベツはその都度切ったほうが新鮮ではないのか?」
沙代の言葉に、大将が笑いながら答える。
「ははは。御嬢さんは、坂田君と同じようなことを言うね。最初にきたとき、坂田君も同じこと聞いてきたよ。関西風のお好み焼きはね、キャベツはあらかじめ切っておいて、少し水分を飛ばしていたほうがいいんだよ」
大将の言葉に、沙代はふんふんと頷く。
「なるほど。この御仁は分かっておられる。今のお好み焼きを作りだすために、長年努力してきたのだな」
沙代の言葉に、大将は驚いた顔をして、こう言った。
「え? お嬢さん、うちにくるの初めてだよね?」
「ああ、私は頭の中が……」
沙代の言葉を武雄が遮る。
「大将、この子勘がするどいんだよ。占いとかすごく当たるんだ!」
「ははは。まあ、言われたことは、当たってるけどね」
大将は、生地を鉄板に広げ、続いて豚肉を乗せ、その上にかつおぶしを粉末にしたものを振りかけていく。
「武雄、これは美味しいものがでてくるな。動作に全く迷いがない。素晴らしい手際だ」
「うん。ここのは美味いんだぜ。小学校の時から通ってるんだ。前は、ゲーセンの中にあったんだけど、この前この場所に移ってきたんだよ」
しばらく待っていると、お好み焼きが二つ、席に運ばれてきた。
「はい、お待ちどうさま」
出されたのは、直径30CMほどの大皿から、はみ出す程の大きさのお好み焼きである。
「うむ。おいしそうではあるが、この量はちと私には多いな」
「まあ、食べてみなって!」
武雄はマヨネーズをお好み焼きの表面にかけると、次々と口にほおりこむ。
「うめー! やっぱ、大将のお好み焼きは最高だ!」
「うーむ。この筒に入った白い液体をかけたほうがよいのか?」
沙代は、見よう見まねで、マヨネーズを少量、お好み焼きにかけた。その一切れを口に含むと、目を見開いた。
「ぬお! なんだこれは?! 小麦粉とキャベツ、豚肉でどうしてこのような味になるのだ! 表面はカリッとしていて、なかはふわっとしている。そして、この黒い液体と、白い液体の味がなんともいえないぞ!」
沙代は、そういって次々と口に運び、あっという間に完食した。
「美味かった。武雄、お主を少し見くびっていたな。食堂のものを不味いというから、味音痴であると思っていたぞ」
「……。そりゃこっちの台詞だって」
お好み焼きを食べ終わり、二人は店を後にした。ぶらぶらと商店街を歩く。
「ふむ。この街は、昨日の地下街とはまた違った趣があるな」
「天神は、ちょっとおしゃれだからね。正直いうと、俺はこっちの方が性にあってるよ」
「そうか。わたしは、どちらもいいところだと思うがな」
ゲームセンターの横を通りがかり、武雄がいった。
「ちょっと、寄っていかない? 腹ごなしに」
「何やらにぎやかな所だな。私はかまわんぞ」
「よし、決まり!」
武雄がドアを開け、沙代を招きいれる。振り返って沙代をみたとき、武雄は不思議な感覚に襲われた。沙代の外見が、数歳若くなり、小学校高学年程度に見える。着物をきていて、にこやかに自分を見ている。
(あれ? この光景、どこかで見た気がする)
目をこする武雄をみて、沙代が不思議そうに言う。
「どうした? 入らないのか?」
沙代の言葉に、武雄はハッとした。改めてみると、沙代は元のまま、制服姿である。
「あれ? いやなんか変だな。まあいいか。エアホッケーやろう!」
武雄と沙代は、心ゆくまでゲームを楽しんだ。