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隻腕の少女  作者: ponta
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第四章 再会

 第四章 再会


 私立大掘高校。創立50年を迎える福岡の名門高である。文武両道を合言葉に、運動部の活動は盛んで進学率も高い。数年前から中高一貫教育を掲げ、中等部を設立してから、特に人気が高まり、少子化にも関わらず偏差値をあげていた。

 暴力事件の停学処分がとけ、久しぶりに登校してきた武雄は、陸上部の練習を眺めながら、悔しい気持ちでいっぱいだった。

 本当ならあの場所で、皆と一緒に汗を流していたはずなのに。どこでどう間違って、こんなことになってしまったのか。

 スポーツ特待生として、高校に入学した当初は、本当に素晴らしい日々だった。武雄をよく知る人物は、吉村しかおらず、悪い噂を流されることはなかった。それどころか、マスコミで騒がれるようになると、武雄を羨望の眼差しでみてくれるものさえいた。


(遺伝子異常、つまりは化け物ってことだ……)


 成長期を迎えた武雄の力は、ますます増しているというのに、それを活かす場所はどこにもなかった。


(さて、帰るとするか)


 武雄が帰り支度をはじめると、正面玄関にリムジンが止まったのが見えた。


〝ドキン!〝


 武雄の心拍数は、一気にあがった。後部座席から降りてきた少女に目が釘付けとなった。

 次の瞬間、武雄は駈け出していた。なぜそんな行動に出たのか、自分でもわからない。

 少女は、職員室に行ったかと思ったが、校長室に入っているらしい。武雄は意味もないのに、校長室の前を往復し、その少女が出てくるのを待った。

 廊下の端から端まで、10往復もしたころだろうか。校長室のドアがあき、上等なスーツ姿の男たちに囲まれて、少女がでてきた。

 少女は、大堀高校の制服に身を包み、艶やかな腰まである黒髪をしていた。肌は抜けるようにしろく、大きな瞳をしている。武雄が今までみてきた、誰よりも美しい。

 武雄の目は少女に釘づけとなった。少女は、武雄に気付くと微笑を残して去って行った。

 車が校門からでていくまで深々と頭を下げていた校長に話しかけた。


「校長先生! 今の子は誰なんですか?」


「誰かと思ったら坂田くんか。東京からきた転校生だよ」


〝ドキン!〝


 転校生という言葉をきいて、武雄の心臓はさらに高鳴る。


「なっ、何年生ですか?」


「2年生だよ。坂田君と同学年だね」


 校長はそのあとも何か言っていたが、武雄の耳にはもう入らなかった。


(転校生。また会えるんだ!)


 今までの鬱々とした気持ちはどこかに消え去り、頭の中は黒髪の少女のことでいっぱいになった。どこに住んでいるのか。名前はなんというのか。どんな声をしているのか。どうやって友達になったらいいのか。

 武雄は帰宅してからも、黒髪の少女のことばかり考えていた。

 

 次の日、寝不足の武雄があくびをしていると、隣席の吉村が話しかけてきた。


「坂田! なんか転校生くるらしいぞ!」


「転校生? ふーん」


「なんでも、かわいこちゃんだってよ!」


「え?」


(もしかして、あの娘?)


〝ドキン!〝


 武雄の鼓動は早くなり、ドキドキが治まらない。興奮して、知らないうちに机を押し付けていて、〝バキッ〝と机の板が割れる音で、我に返った。


「あちゃー。やっちゃったよ」


 武雄が机を壊した様子をみて、吉村がこういった。


「おいおい。力が強いのは知ってるから、そう興奮するなって。なんか見たやつの話だと黒塗りのハイヤーで登校したらしいぜ。すごいお嬢様なのかもな。クラスの女子はブスばっかだから、期待したいところだよなあ。おっ、きたぞ!」


 教室のドアが開き、校長に伴われて、黒髪の少女が教室に入ってきた。校長と共に教壇の前に立つ。ただ、そこに立っているだけなのに、誰もが息を飲んだ。

 髪は艶々として、まとまりがあり、少女の腰近くまで伸びている。その髪とは、対照的に肌は真っ白で、透明感があり、大きく潤んだ瞳に、形のよい鼻、スラリと伸びた足。モデルと見間違うほどプロポーションがよかった。

 少女は、全員の視線を一身に受けても、少しも動じることがなく、ただそこに立っている。そのうち、誰かが口を開いた。


「おい、手がないよ」


「ほんとだ」


 少女の美しさに声のでなかった生徒たちは、一斉にざわつきだした。武雄は、その騒ぎを余所に、この美しい少女がどんな言葉を発するのか、ただそれだけを待ちわびていた。

 

 やがて、校長が口を開いた。


「えー、東京から転校してきた野口沙代さんです。では、野口さん自己紹介を」


「うむ。野口という姓になったのだったな」


「いや、それを言っては……」


「良いだろう。彼らは級友というやつだ。秘密という秘密でもない」


 何を言っているのか事態の呑み込めない生徒達に、沙代はこう宣言した。


「よいか。私は国家機密というやつだ。無礼な真似をしたら死ぬことになるから、気をつけよ。以上」


 外見とは似つかわしくない突然の言葉に、生徒たちはみな固まった。


(え? 何を言ってるんだ???)


 武雄同様に、全員が理解できないでいると、沙代の雰囲気が変わった。その目は、まるで人とは思えない冷たい目に変わった。

 沙代は先ほどと変わらず、ただそこに立っているだけなのに、誰もが寒気を覚え、蛇ににらまれたカエルのように動けずにいた。

 一呼吸の後、沙代は、そのまま一番前に空いている席に座り、不意に振り向くと、こう言った。


「冗談だ。仲良くしてくれ」


 吉村は冷や汗をかきながら、武雄に言った。


「じょっ、冗談が過ぎるよなあ」


「そっ、そうだな」


 冗談でないことは、誰もが本能で感じていたが、誰もそのことには触れずに、授業が開始された。


 休み時間になっても、誰も沙代には話しかけなかった。誰もが、美しさに目を奪われてはいたが、今朝の挨拶の時に感じたプレッシャーは、話しかけることを躊躇させた。

 武雄も前日あんなに想像したにも関わらず、話しかけることはできなかった。

 昼休みになり、武雄が弁当を広げていると目の前に誰かが立った。武雄が顔を上げると、そこには沙代が立っていた。


〝ドキン!〝


 沙代に見つめられて、武雄は顔を赤らめた。


「お主、名はなんという?」


 凛とした張りのある声で、沙代は尋ねる。


「俺? さっ、坂田武雄っ!」


 対して、武雄は沙代から話しかけられたことにドギマギし、うまく舌がまわらない。


「ふん。おろおろしおって。とても、わたしの手を落とした相手とは思えんな」


 沙代の告げた言葉を武雄は理解することができなかった。〝わたしの手を落とした相手〝たしかにそう聞こえたが、聞き間違いだろうか。


「聞こえなかったのか? 私の手を落とした相手ともあろうものが、おろおろするなといっておるのだ」


(何言ってんだ?)


 少し、頭がおかしいのだろうか。武雄がそう思っていると、沙代がそれを指摘した。


「頭はおかしくない。お前は私の腕を落とした坂田義時の生まれ変わりだ。お前がこの高校にいるというから、わざわざ見にきてやったのだ」


 そう言うと、沙代は前の席のイスを反対にして、武雄の正面に座った。長い髪がさらりとゆれ、甘いにおいが武雄の鼻孔をくすぐる。


(きっ、綺麗だ……)


 その目で見つめられると、武雄はますます顔を赤らめた。


「ふん。私のことを抱きたいのか」


「ちっ、違う。そんなこと思ってない!」


 武雄は顔面を紅潮させ、否定した。その狼狽ぶりが、逆に肯定しているように見える。沙代は、武雄を間近でじろじろと見る。


「前と同じ顔だな。生まれ変わると顔も似るものなのか?」


 沙代の視線に顔を赤らめつつ、武雄は反論する。


「何を急にわけわからないこと言ってるんだよ。意味がわからねえよ」


 武雄の言葉に、沙代はあきれ顔でこう言った。


「突然で、意味がわからん? ふん。相変わらず頭の回転は鈍そうだな」


 辛辣な沙代の言葉に、武雄は目を白黒させる。


「くっ。初対面なのに、なんでそんなこと言われないといけないんだよ! まあ、確かに頭は悪いかもしれないけど……」


 沙代は手にもっていた紙袋を武雄の机におきながら、こう言った。


「別に、お前を非難するために来たのではない。これこの通り、手を落とされたせいで、わたしは不自由でな。学校にいる間は、お前は従者となれ。よいな」


 沙代は、そういうと紙袋からハンバーガーの包みと、コーラのペットボトルを出し、武雄に差し出した。沙代に促されて武雄はペットボトルのコーラを受け取った。


「ほれ、開けないか」


「え? あ、うん」


〝ブシュ!〝


 武雄は、沙代に言われるがまま、コーラのペットボトルを開けた。途端にコーラが噴き出て、武雄の顔を濡らした。

 その様子をみて、沙代は腹を抱えて笑っている。


「あははは! 振っておいたのだ! びっくりしたか?」


〝ドキン!〝


 武雄の鼓動は、早くなり途端に頭に血が上る。


(いけない頭に血が上っている)


 昔から、頭に血が上ると周りのものを壊し、だれかれ構わず傷つけた。何年も前から注意して、怒らないように気をつけていたというのに、この少女はいったいい何のつもりで、怒らす様な真似をするのか。


「てめえ! なんのつもりだ!」


〝バキン〝


 武雄が手で机を叩くと、机は音をたててあっけなくばらばらになった。教室にいたクラスメート達は、その音に驚き、皆こちらを向いた。


(やっちまった……)


 机を壊し、後悔している武雄に対し、さらに沙代は追い打ちをかける。


「あはは。ほれみろ、無理に正体を隠すからこうなる」


 沙代は、机をばらばらにする武雄の怪力をみても、まったく動じることなく腹を抱えて笑っている。


「こっ、こいつ! ちょっとかわいい、いや、かなりかわいいからっていい気になるなよ!!」


(よし、こらしめてやる)


 武雄は、少し驚かすつもりで、椅子の足を蹴ろうとした。


「え?」


「うそ!」


 教室にいた誰もが目を疑った。沙代は椅子に座ったまま、椅子ごとバック宙返りを行い、一つ後ろの机に椅子ごとのったのだ。そのアクロバティックな動きに、武雄が驚きの声をあげる。


「何なんだ? お前?」


「お前と同じ化け物さ。まあ、仲良くしてくれ」


 そう言って、沙代は足を組んだ。艶めかしい太ももを目にして、武雄は顔を赤らめた。


「まったく。そんな力を持っているというのになぜ隠す。それに煩悩を抑える修業がたらんな」


 そう言うと、沙代は武雄に向かって、スカートを少しめくった。


「うぐっ」


 武雄は、鼻を押さえた。その指の間からは、血がしたたり落ちる。


「あははは。興奮しすぎだ。からかって悪かった。食事の続きに食堂へ行くとしよう」


 そう言って、沙代は床へ降り立った。


 沙代が廊下を歩くと、注目の的だった。ただでさえ、武雄は校内では目立った存在で、注目されるのが嫌で、最近は隠れるようにして行動しているというのに、沙代はどこにいっても人目を引く。

 美しい容姿に加え、その動作一つ一つが優雅であるのだ。廊下を歩きながら、武雄は沙代に聞いてみた。


「なあ、よくわかんないけど、手をそんな風にしたのは、俺なのか?」


「まあ、気にするな。遠い昔のことだ」


「そうか……」


 武雄は沙代に対して、すまないという気持ちになった。


「手を落とされるとな、刺すような痛みが走るんだよ。いやはや、あれほど痛かったことは後にも先にもあれだけだ」


 沙代は、世間話でもするように事もなげに話す。

 どこかぶっとんでいるが、本当の話かも。武雄は次第にそう思うようになった。そう思っていると、ふと沙代が武雄の顔を覗き込むようにしてこういった。


「その通り。本当の話だ」


(え? 心が読めるのか?)


「まあ、だいたいの者はな。時々読めないものもいる」


 武雄が呆気に取られていると、沙代はさっさと先に進み、5~6M先にいってから振り返って、武雄を急かした。


「ほら、早くしないか。休み時間がおわってしまうぞ」


 食堂に行くと、昼休みも終盤で空いていた。沙代は、とんかつ定食、武雄は親子丼を持って、席についた。向かい合わせに座って、沙代の目を見るとやはり武雄は照れてしまう。

 沙代は、武雄に今までのあらましを話した。


「とまあ、あらましはこんなところだ。いきなりこちらの世界にきて、誰も知り合いがいない。そして、なぜか寝ている内に、前にできなかったことができるようになっていてな。

 私の手を落としたお主が生まれ変わっているのがわかったので、何となく来てみたというわけだ。お主と私は、同類さ。普通の人間ではない。仲良くしてくれ」


「うっ、うん。仲良くしよう」


 武雄が顔を赤らめて答えると、沙代は片眉を吊り上げて答えた。


「仲良くといっても、お主が望んでいるような不埒な真似はせんぞ」


「そっ、そんなこと思ってないって!」


 照れながら、武雄は聞いてみた。


「あのさ、その神おろしというのは、遺伝子異常みたいなもんか?」


 自分と同じ病気なのか。武雄はどうしてもそのことが気になった。


「いや、言葉のとおり神下しだ。最初は手に神の力が宿っていたが、封印されている間に、全身におよんだらしい。まあ、話だけでは納得できんか。ほれ」


 そう言って、沙代は武雄に手をみせた。瞬時に手首が炎に変わり、炎に変わった手を武雄に振ってから、沙代は手を元に戻した。


「じゃあ、俺のはなんだろうな……」


「ふむ。前世のお前もすごい力を持っていたぞ。よくわからんが、魂が強いのだろう」


 そう言いながら、沙代はカツを一口含んで、満面の笑みを浮かべた。


「ん? 私の顔に何かついているか?」


「いや、おいしそうに食べるなあと思って。ここの学食まずいだろ?」


「この時代にきて、一番うれしいのは食べ物がおいしいことだな。うん。間違いない!」


「ふーん」


「まあ、そんなに落ち込まんことだ」


「え?」


「オリンピックとやらに出れんので、落ち込んでいるのだろう?」


「ほんとに頭の中が見えるんだな」


「前はこんな能力なかったのだがな。

 それに自分で言うのも何だが、性格が変わったような気がする」


 そう言いながら、沙代は髪をかきあげる。

 武雄は、どぎまぎするのを悟られまいとしたが、隠しても無駄だと思って、どきどきしながらも、凝視することにした。


「むっ。開き直ってはいかんぞ。見たいのはわかるが、ちら見するぐらいにしてくれ」


「注文が多いなあ……」


「ふふ。やっと緊張がほぐれてきたようだな。私の力が、日本を守るためにもたらされたように、お主の力も、何か意味があるのかもしれん」


「そうなのか?」


「さあ、どうかな。ほれ、食べんと冷めるぞ」


 沙代にすすめられて、親子丼を食べた武雄は、やはり不味いと思った。


 授業が終わり、武雄が帰り支度をしていると沙代に声をかけられた。町を案内して欲しいという。


「どんなところに行きたいんだ?」


「華やかなところに連れて行ってくれ」


「華やかなところねえ。まあ、天神にするか」


 武雄は地下鉄で数駅先の天神へ連れて行くことにした。


 地下鉄に乗り込み、揺られていると、武雄は周囲に、やたらと体格のいいスーツ姿の人間が、いることに気付いた。


「おい、野口これって?」


「やっと気付いたのか。私の護衛という名目でついてきている監視さ」


「ふえー。すごいんだな」


「〝神の力〝をわたしは持っているわけだしな。それにまだまだ体をいろいろと調べたいらしいから、逃げられると困るんだろう」


 こともなげに言う沙代に、武雄はどこかさびしさを感じとった。


 天神につくと、沙代は一時もじっとしていなかった。


「おおっ。地下の町か!」


 沙代は感嘆の声をあげ、せかせかと歩きだす。武雄が後を追いかけると、突然立ち止まり、洋服の店に入った。


「いらっしゃいませ」


 沙代は、声をかける店員には目もくれず、洋服を手にとり品定めをする。


「このデザインはなかなかよいな。こっちのもなかなか……」


 ブラウスや、スカート、ワンピースを体にあてては鏡を見て、もとに戻したり、武雄に渡したりする。数分もしないうちに、武雄は10数着の服を持たされた。


「ふむ。ここではこんなものか」


 そう言って、沙代は店外に出ていく。その様子を見て、武雄があわてて呼び止めた。


「おっ、おい! この服どうするんだよ?」


 沙代は立ち止まると、こう言った。


「どうする? 服を買いにきたのだから、買うに決まっておるだろう。支払いは、監視役達がしてくれる。あれを見てみろ」


 武雄がレジの方を見るとSPの一人がカードを出して、手招きしている。


「おいおい。まじかよ……」


「ほれ。早くしないか。次の店にいくぞ」


 沙代にせかされて、武雄は持たされていた洋服をレジに置くと、沙代の後を追った。

 沙代は、しばらく歩いていたかと思うと今度は、靴の店に入る。またあれこれと手に取っては、履いてみて、気にいったものを武雄に渡していく。


「おいおい、まだ買うのかよ? さっきの服といい結構な額いってるぞ」


 武雄の問いに、沙代はすまし顔で答える。


「わたしは、〝国家機密〝なのだぞ? これは必要経費というやつだ」


「必要経費?、欲望の赴くまま買ってるようにしか見えないけど……」


「何を言っておるか。私はこの時代に早くなじむため、嫌々買っておるのだ。さっ、次の店にいくぞ」


 沙代はそういうと、店の外へと歩いていく。武雄は前の店と同じように渡された靴をレジにおいて、沙代を追った。


「ふーむ。地下の街だというのに、ここは明るいな」


「そりゃ、電灯があるからね」


 武雄がそう答えると、沙代は武雄の方を見て行った。


「ふむ。それに活気がある。こういった市が至るところに立つようになったとは、いい時代になったものだ」


「ふーん。昔がどんなだったかなんて、想像もつかないなあ」


「昔は、二人で市を覗きにいったものだったがな……。もっともお主は、食べ物ばかりに気を取られておったが」


「前の俺は、食い意地はってたんだなあ」


 沙代はその調子で、あらゆる服を試着し、カフェを覗き込み、靴やバッグを見て回った。


 1時間もすると、武雄が音を上げた。


「まだ、見るのかよ……」


「何をいっておるか! 日本男子がだらしない! 古今東西、年頃の女は、買い物好きなのだぞ!」


「はい……」


 武雄は、沙代の言葉に従うしかなかった。


 更に1時間ひっぱりまわされ、ファストフード店に入り、椅子に座った時、沙代の顔つきが変わっているのに武雄は気付いた。


「どうしたんだ?」


「敵だ。あそこを見よ」


「敵?」


 武雄がそちらをみると、コート姿の男が柱の陰に立っている。周りの人達から頭一つでたその体格は、プロレスラーを連想させた。


「あれ、外人じゃん。なんで敵なんだよ?」


「野口首相がいうにはな、外国の勢力が私の秘密を狙っているらしい」


 そういいながら、沙代はシェイクを飲み、満面の笑みを浮かべる。


「いや、笑ってる場合じゃないって。それなら逃げないと」


「このシェイクなるものが美味くてな。それにもう既に囲まれておる」


「SPは? さっきあんなにいただろ?」


「さあな。逃げたか、消されたのだろう」


「消されたって……」


「さっ、行くぞ」


 沙代が席を立ち、武雄はそれに続いた。


 地下街を出て、公園に入っていくと先ほどのコート姿の男が立ちはだかった。男は片言の日本語でこう言った。


「スイマセンネー。オジョウサーン。ゴドウコウネガエマスカ?」


「うっ、野口、後」


 沙代と武雄は、いつの間にか男達に取り囲まれていた。後にいる3人の男の手には、拳銃のような物が握られている。


(やばい。まじかよ?)


〝落ち着け。あんなもの私たちには効かない〝


(え? これって? 野口?)


〝そうだ。直接お主の頭に語りかけておる。

 後のやつらはまかせた。私はこのでか物をやる〝


(まかせたって言われても)


〝つべこべいうな。手は貸してやる〝


 急に沙代の雰囲気が変わった。何ともいえない甘いにおいが沙代から漂い、囲んでいる男たちの脳をゆさぶった。男たちは、すさまじい欲望で頭がいっぱいになり、股間を熱くたぎらせた。

 正面にいる男が、口を開いた。


「クククっ。報告ニハ聞イテイタガ、スゴイ能力ダナ。ゼヒトモ、我ガ国ニキテイタダキタイ!!」


「ふん。実験動物としてか? 丁重にお断りしよう」


 男はコートを脱ぎ捨てた。その下には、鍛え抜かれた体と両腕には鉄の輪のようなものがはめてあった。


「寒くないのか?」


 平然と聞く、沙代に男は激高した。


「FUCK!」


 男が両手を重ねると、腕にはめている鉄の輪から電撃が走った。青白い閃光と、凄まじい音が辺りに響き渡る。


〝バチバチバチ!!〝


 沙代はすんでのところで、電撃をかわした。


「ドウダ! 我ガ国ガ誇ル、最新兵器ハ!」


 男は、連続して、電撃を見舞う。沙代は、風でたなびく柳のように、その攻撃を次々とかわす。

 沙代は、攻撃をかわしながら鼻血を出している武雄に言った。


「お主まで興奮してどうする! さっさとそいつらを倒せ!」


 沙代の言葉に、正気を取り戻した武雄は、左後方の男に後ろ蹴りをみまい、後方の男、右後方の相手を次々と殴り倒した。流れるようなその動きに、沙代は賛辞を送る。


「やればできるではないか。さて」


 沙代は、左手を炎と変え男をあっと言う間に火だるまにした。


「ぐわああああ!」


 断末魔の声をあげ、男は倒れた。炭と化した死体をみて、武雄は驚きの声をあげた。


「ふえー。すごいな」


「うむ。こやつの頭の中は覗けなかったのがおしいがな」


「それにしても、こんな風にいつも狙われるのか?」


「私は、〝国家機密〝だからな。どこの国も狙っているそうだ。東京にいたときは、月に1~2回、こういうことがあった」


「そんなに……」


 驚きながら、武雄は地面に倒れている男が握っていた拳銃をみる。


「こんな物騒なものを持ってるなんて、こいつら、どっかの国の諜報機関ってことか?」


「さあな。この類の連中は、訓練されてるのか頭の中が覗きにくくてな。どういった素性のものなのかは、わからん」


 武雄は周りをきょろきょろ見回しながら、こう言った。


「それにしても、この黒焦げの死体どうするんだ? このままじゃ、えらい騒ぎになるよ」


「それなら、わたしの監視達が処理するさ。どこかで見ているだろうからな。さっ、買い物の続きをするとしよう」


「まだ買うのか……」


 沙代の後を追いつつ、武雄は死体を見ても動じない自分に違和感を感じていた。

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