表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隻腕の少女  作者: ponta
4/13

第三章 迷走

 第三章 迷走


 夜半過ぎ、2つの少年グループが河川敷に集まり、橋の下で対峙していた。その中央に、二人の少年が立っている。

 少年たちは目を血走らせ、二人の戦いの火ぶたが切られるのを今か今かと待っている。


「矢島は、プロのライセンス持ってんだぜ!」


「プロだあ? 坂田に敵はいねえ! やっちまえ坂田!」


 矢島と呼ばれた少年は、学生服の上着を脱いだ。Tシャツ姿となったその上半身は、鍛え抜かれた筋肉で見事な隆起をみせている。


「お前、敵はいないとか吹いてるらしいな。喧嘩は、かけっこと違うんだぜ? ドーピング野郎が調子にのんなよ」


 そう言って、矢島は坂田を睨む。坂田は、矢島のドーピングという言葉に、声を荒げる。


「俺は、ドーピングなんてしてねえ!」


 坂田の額には、血管が浮き出ていて、顔は真っ赤になっている。矢島は、坂田の反応をみて、優位に立てたと思い、更にたたみかける。


「おいおい、ニュースでバンバンやってたんだから、みんな知ってるぜ? なあ?」


 そういって、矢島は後ろにいる仲間に声をかける。


「そうだ! そうだ! この恥さらしが!」


「今日もドーピングしてんのかよ?」


「ぎゃはははは」


 矢島のあおりに、後ろの仲間は騒ぎ立てる。坂田は、顔を硬直させ、わなわなと肩を震わせる。


「うるせえ……」


 反論できずに、硬くなる坂田をみて、矢島はにやりと笑い、両腕を上げ構えた。小刻みにジャンプし、ジャブを繰り出す。そのシャープな動きに、後の仲間は歓声をあげる。


「すげえの一発たのんます!」


「今日はワンパンKO期待するよー!」


 仲間の声援を受け、矢島は上体を揺すりながら、坂田に近付く。対して坂田はぎりぎりと歯噛みして、今にも跳びかからんばかりである。

矢島は一歩踏み出し、強烈な右ストレートを坂田の顔面にはなった。


〝バチン〝


 肉と肉が当たる音が辺りに響くと、殴った方の矢島が右こぶしを抱え、その場にうずくまった。


「ぐうううう」


 脂汗をかき、右手を抱える矢島に対し、坂田は微動だにしない。


「なんだ? 今殴ったのか? 殴るっていうのはこうやるんだよ!!」


 そう言って、坂田は数歩横に動くと、橋脚を殴った。


〝ゴン!〝


 凄まじい衝撃音が響きわたり、鉄筋コンクリート製の橋脚に、拳大のくぼみと10数センチのひび割れがはしった。あまりの光景に、身動きできずにいる少年たちに、坂田はいった。


「俺は、ドーピングなんてしてねえ!! はめられたんだ! 何が遺伝子異常だ! 何が永久追放だよ!!」


 恐怖におののき、動けずにいる矢島に坂田は近付くと、拳を握った。


「いや、あの、やっ、やめっ」


 顔を背け避けようとする矢島を、かまわず殴ろうとする坂田に、後方から声がかかった。


「止めろ! 坂田! 殺しちまうぞ!」


 その人物は、そういって坂田の前まで走ってくると、後方の連中に言った。


「もう、坂田をこういうのに巻き込むの止めてくれよな。今回は同じ中学だったよしみで来ただけさ。さっ、もう帰ろうぜ」


「う、うん」


 その人物に声をかけられ、坂田は冷静さを取り戻し、伴われてその場を去った。

 川沿いにある歩道を歩きながら、坂田は問うた。


「なあ、吉村。俺って化け物か?」


「ああ? 何言ってんだよ」


「いや、だってさ……。あいつらの顔、まるで化け物をみるような目だった

よ。近所の人達みたいにさ……」


「まあ、コンクリートを素手で破壊するなんて、普通じゃねえよなあ」


 吉村の言葉に、坂田はがっくりと肩を落とす。


「俺ってなんでこんななんだろうな。馬鹿みたいに力だけ強くてさ。昔からいいことなんて一つもないよ。オリンピックも出れなくなったし、はぁ。どうすりゃいいんだよ」


 吉村は、坂田の肩をポンポンと叩きこう言った。


「何を悩んでるんだよ? お前はうじうじさあ。力強いんだから、建築現場とか、引っ越し屋とかで稼げるだろ?」


「なあ、お前は怖くないのか? 俺のことさ」


「ああ? 怖いんだったら、ガキの頃から一緒にいないっての。じじいみたいなこといってないで、なんか楽しいこと見つけろよ」


 吉村はそう言って、にかっと笑う。坂田もつられて、半笑いとなる。


「吉村、ありがとうな」


「感謝するんだったら、またオリンピックに出れるように頑張って、そいでもってがっぽり金稼いで、なんかおごってくれよな。あははは」


「そうだな。頑張るよ」


「それからな、今日みたいなことで、あいつらみたいなのに手を貸すなよ。俺はお前を犯罪者にしたくないからな。だいたい、なんていわれて頼まれたんだよ?」


「困ってるから、どうしても来てくれって言われてさ。友達だろ? って言われたらなんか断れなかったんだよ」


 坂田の言葉を受け、吉村は呆れ顔で言う。


「あのなー。あいつらは、お前の力を利用したいだけ。虎の威を借る何とやらだ。あいつらが、なんて言ってるか知ってるのか? 俺らに手を出すと、あの坂田がだまってないって触れ回ってるんだ。今日は心配でついてきてよかったよ」


「そうだな。ありがとな」


「いいって、いいって。気にすんなら今度なんかおごれよ」

吉村の言葉に、坂田はくすりと笑った。


 それから数日後。吉村がバイトを終え、スクーターに乗ろうとしていると正面に性質の悪そうな学生が数名たむろしている。


(嫌な感じだな。早く出よう)


 吉村が急ぎ出発すると、吉村が帰る道を別の数名の不良学生が塞いでいる。道を迂回し、違う道に入っても同様に道を塞がれている。


「ちょっと付き合ってくれっかな?」


 吉村は数名の不良達に囲まれ、路地裏へと連れ込まれた。


〝プルルルルル〝


 不意に携帯が鳴り、坂田武雄は携帯を取った。時刻は23時を回っている。


「はい。え? 吉村が? すぐいきます!」


「ちょっと! こんな時間にどこいくの?!」


 止める母の言葉に耳を貸さず、武雄はすぐさま玄関から飛び出した。

 全力疾走し、病室へ駆け込むと、そこには呼吸器をはめられ、変わり果てた姿となった吉村がいた。顔のあちこちがあざだらけで、ベッドに寝かされ点滴を受けている。

 そばにいた吉村の母が言った。


「坂田君、急に電話してごめんなさい。この子がうわ言のように、あなたの名前を呼ぶものだから。もうだいぶ落ち着いたから、大丈夫よ」


「おばさん、どうしてこんなことに」


「集団から暴行を受けたって。警察の話では、誰かと間違われたんじゃないかって。なんで、家の子がこんな目に……。うっうううう」


 武雄は、居たたまれなくなって病室を出た。

 

 武雄が、とぼとぼと夜道を歩いていると、原チャリが3台やってきて横に並んだ。


「よー、坂田! 何しけた面してんだよ? 俺らと遊びに行かねえ?」


 話しかけてきたのは、河川敷での揉め事の時にいた連中だった。

 武雄が無視して、再び歩きだすと、その一人が吠えた。


「おいおい! 俺らがやさしくしているうちに、従っとけや! 大口叩いたお友達みたいになりたいのかよ?」


 その言葉を聞いて、武雄は足を止めた。振り返って、その三人の顔をみる。にやにやと笑っている顔は、武雄の目には、ひどく醜悪なものに見えた。


〝ドクン!〝


 武雄の鼓動が早まる。血液は武雄の体をかけめぐり、頭に血が上っていく。


「まさか……。お前ら、吉村を?」


 武雄の言葉に、リーダー格と見える少年が答える。


「はあ? 交通事故だろ? 俺らは何もしてねえよなあ?」


「そうそう。変な言いがかりは止めて頂戴っての。まあ、夜道は色々落ちてくるからあぶねえよなあ。金属バットとか、鉄パイプとかさあ」


〝ガツン!〝


 その言葉が終わった瞬間、武雄は後頭部に衝撃を感じた。振り向くと、金属バットを握りしめた少年が、驚きの顔で武雄をみている。

 武雄は、後ろにいた少年の胸ぐらをつかむと、後方にいたスクーターめがけて投げつけた。投げられた少年は、スクーターの一台に激突すると、その場に倒れ気を失った。


「やっ、やべ!」


 2台のスクーターは方向を変え、逃走を試みる。武雄は駈け出すとスクーターを追い越し正面に立ち、1台のスクーターを運転手の少年ごと蹴り倒した。


〝ガシャーン!〝


 激しい衝突音と共に、スクーターと少年は横に吹き飛ぶ。更にもう1台のスクーターの横に並ぶと、キーを抜いて停車させた。リーダー格の少年は、驚愕の眼差しで武雄を見る。


「お前か? 吉村をやったのは?」


「ちっ、違う。俺じゃねえ。俺は止めたんだ。井上の奴が勝手にさ。なあ、知ってんだろ? 井上は手に負えねえ奴さ」


「案内しろ。井上のところに」


 武雄の言葉に、少年は顔色を変えた。


「じょ、冗談じゃねえ。そんなことしたら井上に殺されちまう」


 武雄は少年の手を握りこう言った。


「じゃあ、いま死ぬか?」


〝バキ、ボキ、バキ〝


「ぎゃああ、やめっ、やめてくれ!」


 武雄が手を放すと、少年の手は握りつぶされ、正常な形をしていなかった。


「手が、手が……」


 武雄は少年を睨みつけ、こういった。


「早く、案内しろ。さもないと、もう片方も潰すぞ」


 少年に案内され、井上の家に武雄は向かった。

 

 団地の無機質な階段を上り、玄関前に立つと武雄は、少年に井上を呼ばせた。

 インターホンからは、不機嫌な井上の声がする。


「あ? こんな時間になんだ?」


「ごっ、ごめん、急用があってさ」


 しばらく待つと、玄関のドアが開かれ井上が顔を出した。


「何だよ?」


 そう言って、扉を開けた井上は、目の前の武雄に驚き、玄関をすぐ閉めた。武雄は、ドア越しに、井上に話しかける。


「吉村をあんな目に合わせたのはお前か?」


「うるせえ! テメエは関係ねえだろうが!」


「なぜ俺じゃなく、吉村を狙ったんだ?」


「うるせえ! 帰れ!」


「文句があるなら、俺に直接言いにこい!!!」


 武雄は額に血管を浮き上がらせながら叫び、玄関前に置いてあったバールで力任せに玄関を殴る。


"ガン! ガン! ガン!"


 鉄製の扉はあっと言う間に変形し、数分してドアは開いた。あまりの光景に、驚いた井上がその場に尻餅をつく。おそれおののく井上の姿が、更に武雄を興奮させた。


「こそこそ、こそこそしやがって!!」


 武雄の激高する様子をみて、井上は這うようにして、室内へと逃げ込む。武雄は、そのあとをゆっくりと追う。


「くっ、くるな!」


 井上は、テーブルに載っているありとあらゆるものを武雄に投げつけ、流しにあった包丁を握った。


「刺すぞ! 脅しじゃねえぞ!」


 武雄は、顔を真っ赤に充血させ、憤怒の表情で、井上をにらむ。その迫力に圧倒され、井上は生命の危機を感じ取り、カチカチと歯を鳴らす。


「やれよ。刺してみろ。その瞬間にお前の首を叩きおってやる!!」


「俺は悪くないんだ。あいつが余計なことするから。なあ、許してくれよ。なあ……」


 震えながら許しを請う井上に、武雄は近付く。

 その時、後方から声がした。


「何やってるお前たち!」


 武雄が振り向くと、玄関前に警官が二人身構えていた。


「うわあああ!!」


 武雄が目をそらした隙に、井上が包丁を構えて武雄に突進する。それを見て警官が制止しようとするより早く、井上は武雄の腹に包丁を刺した。


「やったぞ! へへへ、ざまあみろ!」


 驚いた警官が、室内に入ってこようとするより早く、武雄が井上を張り倒した。


〝バシーン!〝


 井上は、地面を数回転がり、壁に激突して止まった。下顎が砕け、口から血を流し失神している。倒れた井上に、更に掴みかかろうとする武雄を、警官たちが止めた。


「止めろ! もうのびてる!」


〝フウッ、フウッ、フウッ〝


 警官に制止され、武雄は落ち着くために、大きく息をする。


「君、オリンピック候補だった陸上の坂田くんだろう? どうして、君がこんなことを……」


 もう一人の警官が、武雄の腹に刺さっている包丁をみていった。


「救急車をすぐよぶから、包丁はぬかずにそのままでいるんだ。抜いたら失血死の恐れがある」


 警官に武雄はこたえる。


「いえ、僕には必要ありません。筋肉で止まってますから」


 そういうと、武雄は包丁をぬいた。


「ちょっと!! 傷みせて!」


 警官が武雄の服をめくると、武雄の腹は少し血が出ていた後があるだけだった。


「こんなバカな……」


 警官は、武雄に何か得体のしれないものを感じぞっとした。

 警官が現場を目撃し、井上が人を刺して少年院に入っていた前科があったこともあり、武雄は正当防衛となり、刑事罰に問われなかった。しかし、この一件が原因で、武雄の評判は、地に落ちる結果となった。

 

 武雄は、生まれてすぐに2本脚で歩行し、歯が生えていた。

 幼少期より、力が異常に強く武雄は遊んでいるつもりなのに、一緒に遊んでいる子を骨折させたり、幼稚園の先生を怪我させるといったことが頻繁に起こった。そのため、周りからは疎んじられた。呪われた子と噂された。

 武雄を施設に入れるか入れないかで、両親の仲はおかしくなり、武雄が小学校に上がったころ離婚した。

 武雄を引き取った母親は、武雄のしでかしたことのために、いつも頭を下げて回り、肩身が狭い思いをしていた。

 武雄は分別が付くようになると、力を加減することをだいぶ覚えたが、感情がたかぶると制御がきかなくなり、ものを壊した。


 ある時、武雄は母に聞いた。


「母さん。僕はなんでこんなに力が強いんだろう。普通に産んでくれたらよかったのに。こんなんじゃ、友達なんてできないよ」


 炊事をしていた手を止め、母はまっすぐに武雄の目を見て返答した。


「武雄。人は誰しも生まれてきた意味がある。お前がそんな力を持って生まれてきたことにも必ず意味がある。その意味は自分で見つけなさい。それが見つかった時、お前にも本当の友達が見つかるはず」


 小さいながらも、武雄は母の言葉をかみしめ、以後自分の生まれてきた意味を探すようになった。

 友達が誰もおらず、さびしい武雄であったが、ある時転機が訪れた。

 小学校4年生になった時に、吉村が転校してきたのだ。吉村は、周りの評判を気にせず、普通に武雄に接してくれた。初めて友人が出来た武雄は、だんだんと明るくなっていった。

 そして、中学になった時、吉村に誘われて、陸上部に入った。そこから更に状況が好転した。

 武雄の身体能力は抜きんでており、中学記録を次々と塗り替え、あっという間に全国区の有名人となり、高校に入ってからは、非公式で世界記録も出すようになった。陸上で、将来の金メダル候補と騒がれるようになると、周りの目があきらかに変わった。

 武雄を見ると、化け物を見るような目で見ていた人たちが、にこやかに話しかけてくるようになったのだ。

 母はにこやかに笑い、頭をさげることはなくなった。

 

 道が開けた。武雄はそう思った。これこそが生まれてきた意味だと思った。しかし、いい時は長くは続かなかった。

 初めて出場した世界陸上で、100M7秒台、砲丸投げ40Mと圧倒的な世界記録を連発した武雄に、ドーピングの疑いがかけられたのだ。

 詳細に検査された結果、くだされた判定は、遺伝子異常。武雄は筋肉量が常人の数倍あるとの結果が出た。遺伝子操作の疑いをかけられ、反論むなしく一切の大会に出ることはできなくなった。

 陸上の大会に出れなくなってからというもの、武雄は再び周囲から悪い評価を受けるようになった。

 そこにきて、この暴力事件は周囲の評価を決定ずけるものとなったのだった。坂田のとこの息子は、やはり化け物だ。近付くとロクな目にあわない。それが、武雄への周囲の評価であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ