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隻腕の少女  作者: ponta
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第二章 過去

 第二章 過去


「父上! 止めてください!!」


「やるしかないのだ! この国を救うにはこれしかないのだ!」


 手足を縛られ、泣き叫ぶ娘に対して、飯森神社の神主、八神佐助は、容赦ない言葉を投げかける。


「沙代! 八神家に生まれたからには、日本を救う使命があるのだ!」


 元の軍勢は、もうそこまで迫っている。一刻の猶予もない。護摩焚きを続け、呪文を唱え続ける佐助の耳に、いままでの娘とは違う異質な声が聞こえた。


「グググッ。ゲゲゲェ」


 その声は、齢9になる娘沙代の声ではない。野太く地の底から聞こえるような声である。


「もう少しだ! もってくれよ」


 あろうことか、佐助は娘の身を案じるではなく、儀式の完遂にのみ注意を払っている。


「アアアッ」


 野太い声が、少女のそれと同時に放たれた時、沙代の手足を縛っていた縄は、はじけ飛んだ。


「おお!」


 佐助が沙代に駆け寄ろうとすると、目の前の護摩の火が出す熱の数倍の温度の熱風が、いきなり襲ってきた。途端に佐助の皮膚はただれ、肉が焼ける匂いがあたりを包む。

 喉の奥が焼ける直前に、佐助は最後の声をひねりだした。


「術はなった。沙代この国を救うのだ……」


 佐助がこと切れると、その衣服は、煙をだし燃え出した。

 沙代を中心に、すさまじい熱があたりを包み、周りのものは例外なく、燃え落ちていく。

 左腕は燃えさかる炎となり、右腕は少女にまったく似つかわしくない筋肉の隆起をみせていた。沙代は、自分の体に起こった変化に戸惑いつつ、佐助の最後の言葉に従うことにした。


「父上…。それが父上の願いなら、沙代はそれに従いましょう」


 沙代は、物心ついてから父にやさしくしてもらった記憶がない。修行といっては、真冬に滝に打たされ、険しい山道を登らされた。痛く苦しい思い出しかない。母は沙代を産んだ時になくなったと聞かされた。

 親からの愛をしらずに育った沙代だったか、唯一の肉親であるという理由で父のことを好いていた。その父の最後の願いなら、是が非でもかなえねばならない。

 

 沙代は、凄まじい熱を放出しながら、元軍の陣取る赤坂へ向かった。沙代が近づくだけで、そばにあった建物はみな焼け落ち、田の水は干上がり、草木は燃え上がった。

 左手からは、父を失った悲しみにくれる沙代の気持ちを象徴するように、激しく炎が噴き出し、右手からは無限の力が湧き上がる。沙代は右手で地面を叩き、自分の体を空に飛ばして、先へと進んだ。


 その頃、元軍と対峙する大友不治はゆうゆうと炊事の煙をあげる元の軍勢を眺めながら、忸怩たる思いを抱いていた。

 元軍が襲来するまでは、元軍なにするものぞと侮っていた。しかし、実際に相対してその合理的な集団戦法を見せられた時、背筋がぞっとした。

一騎打ちなど最初からする気はなく、集団で毒矢を浴びせ、時折爆薬を投げ込んでくる。

 そこには、武士の誉れなどは存在せず、ただただ相手を殺戮することだけが行われた。


(このままでは危うい。太宰府も落とされるぞ)


 この事態を打開すべく幾度となく、軍議が開かれたが、意見はまとまらなかった。

 大友不治は、決死隊を募り夜襲を敢行する決意を固めていた。

確率は低いだろうが、この上は、闇に乗じて大将首を狙うしかない。いつもは、綺麗な夕日もこの時ばかりは、血の色に見える。

 大友不治は、ため息をつくと鎧を脱ぎ捨て、夜襲用の黒装束に着替え始めた。

 その時、大友不治は不思議な光景を目にした。落ちていく夕日が二つあるのだ。


「これは面妖な……」


 大友不治のもらした一言に、決死隊の面々も皆その方向をみた。


「陽が二つ?」


「不吉な……」


 皆がざわついていると、夕日に見えたものは火柱であることがわかった。しかも、だんだんと大きくなってくる。


「元め。火まで放ったのか」


 大友不治は、歯噛みして悔しがったが、何かがおかしい。一同が、その様子をみていると、火柱は元軍の方へと向かっている。銅鑼が鳴らされ、にわかに元軍の動きがあわただしくなっているが、陽が落ちてきたせいで、火柱が動き回っている様子しかわからない。


(何が起こっているのだ?)


 大友不治は、馬に飛び乗り駈け出した。

 駈け出してしばらくして、何ともいえない焦げ臭さが鼻をついた。草木が燃える臭い、そして人が燃える臭い。何かとてつもないことが起こっている。そのことは直観的に理解できたが、それがなんなのか大友不治には見当もつかなかった。

 元軍の陣に近付くにつれ、だんだんと熱を感じるようになり、数十メートル手前で、あまりの熱に大友不治は馬を止めた。

見ると、炎の塊に対して元軍が矢を射ている。しかし、矢は炎の塊に届く前に焼け落ち、

 元の兵たちは、その炎に次々と焼かれ、時折、炎の中心から飛び出てくる岩に押しつぶされていた。


(なんだこれは……)


 大友不治は呆然として、馬から降りた。炎が元軍の隊列を引き裂き、岩が兵を押しつぶす。そして、炎の中心には、少女の姿があった。


(たった一人の少女がこんなことを……)


 その時、大友不治の頭に、飯森神社の神主、八神佐助の顔が浮かんだ。


「これが神下しの術か。しかし、何という光景だ。まさに地獄……」


 元軍はあっというまに総崩れとなり、散り散りに敗走をはじめていた。

 沙代は元軍を追い散らし、ついには博多湾まで追い詰めた。

 船に逃げ惑う元軍を見据えながら、沙代が岩を探していると、遠くから声がした。


「もうよい! もうよいのだ!」


 声をかけたのは、沙代の後をついてきていた大友不治である。


「これが八神佐助が申していた神下しの術か。いやはや何ともすさまじい。

元はすでに敗走している。熱くてかなわぬ。その火を止めてはくれぬか?」


「止め方がわかりません」


「ふーむ。そうか」


 大友不治は、沙代に、海につかるように言った。


「海につかれば、その火も消えよう。その手では褒美も受け取れぬしな」


 沙代が海水に浸かると、すさまじい水蒸気が沸き起こった。


〝ジュワ―ーーーー〝


 しかし、火の勢いは止まらず、途端に周りが見えなくなるほどの濃霧となった。


「どうだ火は消えたか?」


「いえ、消えません」


「ふーむダメか。上がってまいれ」


 濃霧の中、火がゆらゆらとこちらへ来るのが見える。

 大友不治がどうしたものかと思案していると、部下の二宮太郎が馬でやってきた。


「八神佐助の従者というものを連れてきました。神下しを和らげる術があるそうです」


「何! 真か! その者はどこか?」


「あの馬に乗っています」


 二宮太郎が後方を指差すと、50Mほど後方を馬で駆けてくるものがいた。

 大友不治の前まできて、男は馬から飛び降りると、平伏した。


「八神佐助の従者とはそちのことか? あの術が解けるのか?」


「はい。佐助様の従者、ヨゼミと申します。残念ながら沙代様から神を離すことはできませんが、一時的に鎮めることは可能です。」


「むっ。そうか。では、早速やってくれ」


「はっ」


 ヨゼミは、袋から粉のようなものを掴みだすと、それをわが身にふりかけた。それから、沙代に近づくと、再び袋から粉を取り出し、沙代にめがけて投げた。

 ヨゼミが投げる粉は、沙代に到達する前に、最初の内は蒸発していたが、ヨゼミが投げかける回数が増える内に、だんだんと沙代に直接かかるようになり、沙代の燃えていた左手は、普通の手に戻った。


「何とか火は治まりましたか。では、沙代様この勾玉を身につけてください。これは霊峰、飯森山で採れた水晶から作ったものです」


 沙代が、勾玉を首から吊るすと、沙代から放たれていた熱は、完全に治まった。


「これで、一安心ですな。しかし、沙代様。あなた様はすでに神の力を宿しています。気持ちが乱れると、神の力は解放されてしまいます。常に冷静でいてください」


 その言葉に、大友不治は眉をひそめる。


「このような少女に、そのような注文はちと……」


「いえ、大友様。沙代様は、物心ついてからそのための修業を積んでいます。きっと大丈夫です。それに沙代様の左手には火の神カグツチ、右手には力の神アメノタヂカラオが宿っています。力が暴走すれば、大変なことになります」


「うーむ。それはそうだが。そういえば、八神佐助は、死んだのだったな。沙代、儂のもとで暮らさぬか?」


「おお。そうしていただければ、沙代様のためには一番です」


 ヨゼミは目を細めて喜んだ。


「父は亡くなり、家も焼けてしまいました。そうしてもらえれば、助かります」


「そうか。では、過去は忘れなさい。それがお前のためだ」


「仰せのままに」


 こうして、沙代は大友不治の屋敷で暮らすことになった。


 大友不治は、沙代を実の娘のように大切に扱い、文字を習わせ教養を身につけさせた。

 沙代は、美しく成長し16になるころには、大友不治の屋敷に、大変美人な姫がいると評判になった。

 大友不治は、沙代に求婚してくる男性達に自ら合い、沙代が幸せになれる男性を選別した。しかし、大友不治の目にかなった若者であっても、沙代は首を縦には振らなかった。


「父上。私は呪われた運命なのです。人と同じ幸せなど望めません」


 沙代はそう言って、求婚を断った。

 沙代に実の娘のような感情を抱いていた大友不治は、そう言われると無理強いはできず、


「うーむ。そうか」


 と言って引き下がることが常であった。


 大友不治は、そんな沙代が不憫でならず、ある日、子猫を与えた。

 沙代は、その猫をたいそうかわいがり、どこに行くにも連れて行き、やがて、周辺の住民からは、猫姫様という愛称で呼ばれるようになった。

 しかし、穏やかなときは、続かなかった。元が再び襲来するとの情報がもたらされたのだ。ある日、軍議に出かける大友不治が、馬に乗って出かけようとすると、沙代がそこにやってきた。


「父上。いえ、大友不治様。いままで実の娘のように大切に育てていただき、ありがとうございます。このご恩は生涯忘れることはありません。どうか、私をお使いください」


 沙代の言葉を聞いて、大友不治は顔色を変えた。


「ならん! ならんぞ! そのようなこと二度と口にするな! お前には、普通の生活を送って欲しいのだ!」


 そう言い捨てると、大友不治は出かけて行った。


 それから数カ月後。

 元の大船団が、博多湾に現れた。前回の元寇の後、日本軍は防塁を築いており、上陸を許さなかったが、元軍は、博多湾を無理とみて、海の中道から上陸を開始、鹿ノ島を占領し陣を敷いた。対して日本側は、雁ノ巣に陣を置き、海ノ中道で両軍は激突した。


 日本軍には、前回同様、大友不治の姿があった。


「名乗りは無用ぞ! 弓を射かけたら戻れ!」


 射程の短い毒矢に注意を払っていた大友不治であったが、元軍は、新兵器の弩を持参しており、毒矢の射程外と考えていた距離の日本軍に一斉に矢を浴びせた。

 次々と日本の武者は倒れ、大友不治も愛馬が射抜かれ、その場に馬と地面に足が挟まれ倒れてしまった。


「足が折れたか。無念。ここまでだ」


 大友不治が、自害しようとしていると、日本側から歓声があがった。


「奇跡だ!」


「おお! これはあの時の再来!」


(まさか、沙代!)


 大友不治が、半身をひねり雁ノ巣側を見ると、炎の塊が空を飛んできていた。


「馬鹿な! このようなことをして! 沙代やめろ!」


 大友不治の声は届いていないのか。沙代は炎をまとったまま、元軍に突っ込んだ。たちまち元軍は蜘蛛の子をちらすように、敗走を始めた。

沙代は、逃げ惑う元軍に対して、左手を振り炎と熱風を浴びせ、右手で地面を叩く勢いで、空を飛び、岩を投げつけ、散々に元軍を引き裂いた。

 元軍が船に乗り、沖へ逃走するのを確認してから、沙代は、大友不治の元へやってきた。


「父上、大丈夫ですか?」


「足が折れただけだ。それにしても、何ということを……」


「良いのです。もとから普通の生活が送れるとは思っていません」


「何にしても、お前の能力が世間にばれてしまった。何もなければいいのだが……」


 大友不治の不安は的中した。町では沙代のことが噂となり、やがてその噂は、時の執権 北条時宗の耳に入った。

 北条時宗は、大友氏の力が増大することを恐れ、大友不治に沙代を差し出すように命じた。大友不治は、その答えを先送りにし、なんとか策がないか手を尽くしていたが、流行病におかされて、呆気なくこの世を去った。

 大友不治がいなくなったことで、沙代を守る者は誰もいなくなり、沙代は北条時宗の元へ送られることになった。


「ヨゼミ。この子をお願いします」


 飼っていた猫をヨゼミに託すと、沙代は籠に乗り込んだ。

 籠に揺られながら、沙代は感傷に浸れずにはいられなかった。穏やかで平和だった日々。

 大友不治は、人ではなくなった自分にも、普通に接してくれた。落ち込んだ時は、暖かい言葉をかけてくれ、自分が間違ったことをすると、きびしくしかってくれた。沙代の幸せを願い、いつも見守ってくれていた。血は繋がっていなくとも、本当の父親のようであった。その大友不治もいまはこの世にいない。


(ここに戻ってくることもないのでしょう……)


 沙代の頬に、一筋の涙が流れた。


 それから、一刻も経った頃だろうか、川下りをする予定であったのに、一向に船着き場に着かない。


(道が違う? 何か嫌な予感がする)


 不安を覚えた沙代は、随行している役人に尋ねた。


「道が違うようですが、どうしたのですか?」


「ふむ。大友領は抜けたことですし、ここらでいいでしょう」


 役人のその言葉を合図に、籠は乱暴に投げ出された。


「いたっ。何をなさいます」


 沙代がそう問いかけると、役人達は刀を抜いた。


「悪いがお命をいただく」


 沙代は籠から転げ出て、駈け出そうとしたが、周りをすでに囲まれていた。


「卑怯な。これが北条家のやり方ですか?」


「切るにはおしいが、これで俺も一端の御家人になれる!」


 男は刀を構えてにじり寄る。


「褒美は大友領ということですか。ならば切られるわけにはいきません!」


「御免!」


 男は、沙代めがけて切りつけた。力をこめた必殺の斬撃は、乙女の肌を切り裂くかに思えたが、刀はその途中で停止した。


「うぉ!?」


 突然の手ごたえに、男が刀の先をみると、その刃先を沙代は無造作に右手で掴んでいた。

 その光景をみて、男たちは皆、驚愕の眼差しを沙代に向けた。


「なるほど。何も聞かされていないのですね。ならば、ひとおもいに楽にしてあげます」


 沙代は掴んだ刀を離すと、急に刀を離されてバランスを崩した男にめがけ、拳を打ち込んだ。


〝ボチュッ〝


 という鈍い音を残して、男はその場に崩れ落ちた。同時に血が吹き出し、沙代の着物を赤く染めた。


「ばっ、化け物め!」


 もう一人の男が切りかかってきたのを見て、沙代は男の方へ踏み込み、その手を右手で持ち、子供が虫の足をとるように、無造作に引きちぎった。


「うわああーーー!」


 男は、無くなった左手を押さえ、血を吹きだしながら絶叫した。


「にっ、逃げろ!」


 逃げ出した男たちに向け、沙代は言い放った。


「鎌倉へ参ると北条殿に伝えよ!」


 そういうと沙代は、手をなくし、もがき苦しむ男の頭を手刀で落とした。


(赦せ。私もすぐそちらに行くことになろう)


 それから沙代は、ゆっくりと確実に鎌倉へ歩を進めた。途中、幾度となく兵が押し寄せたが、そのたびに火で焼き、岩を投げ退けた。

 太宰府をたってから2週間余りが経ち、山口県を抜けようかというとき、激しい豪雨となった。

 いつのまにか、遠巻きに沙代の様子を監視していた一団も見えなくなったため、途中の寺で雨宿りをすることにした。

 荒れ果てた廃寺で、濡れた体を拭き、横になっているうちに、疲れからついうとうと寝入ってしまった。


「おーい! 沙代! こっちこっち!」


 呼んでいるのは、幼馴染の玉之助だ。今日は、川遊びをする約束をしていた。


「まってー!」


 待ってというのに、玉之助は笑いながらどんどんかけていってしまう。


「あははは。早く早く!」


「待ってってばー」


 息を切らせながら、追いかけるが背中はどんどん遠くなる。


(そうだ。跳べばいいんだ!)


 沙代が右手に力をいれると、腕は少女とまるで似つかわしくない、丸太のような腕になった。


「それ!」


 地面を手で叩くと、沙代の体は勢いよく宙に舞う。あれほど追いつけなかった玉之助にもすぐに追いついた。


「追いついた!」


 沙代が声をかけると、玉之助は力比べを挑んでくる。玉之助は、猪と異名を取るぐらい力が強い。大人と相撲をしても、簡単に投げ飛ばしてしまう玉之助だが、沙代の右手にはかなわない。左右に何度も転ばされ、汗と土にまみれながら、玉之助は何度も何度も挑んでくる。


「いまは勝てないけど、大人になったら負かしてやるぞ!」


「ふふふ。玉之助いつでもいいよ」


「よーし、忘れるなよ。そして、俺が勝ったら俺の嫁になれ!」


 玉之助の言葉に、沙代は顔を赤らめながらコクリと頷く。


「じゃ、川にいこう!」


「うん!」


 二人はまたかけだし、陽が沈むまで遊んだ。


(夢か……)


 目を開けると沙代は、廃寺の本殿で寝ているままだった。寝ころんだまま、自分の両手を見る。神の力を手に宿してから、8年あまり。沙代は思いのままに能力を引き出せるようになっていた。

 幼い頃は、感情が高ぶると神の力は突然解放され、右手はあらゆるものを破壊し、左手はすべてのものを燃やした。その様子を偶然見た屋敷の者たちは、恐れおののくのが常だったが、玉之助は違った。


(会いたい……)


 その力の強さを見込まれて、13の時に養子にやられたが、いまはどこでどうしているのか。

 沙代は、力を開放した。瞬時に左手は炎となり、右手は乙女に似つかわしくない、筋骨隆々の丸太のようになった。


(まさに化け物だな。私は生きていてはいけないのかもしれない。恩を受けた大友の人達に害が及ばぬぐらい鎌倉の兵を倒したら、討たれよう)


 大友氏は、九州地方に一大勢力を築いている。真正面から戦っては、中央の勢力とは戦えないが、沙代が鎌倉の兵力を削り取れば、滅ぼされることはないはずだ。


(大友不治様の恩に報いよう。それが私の生きている意味だ)


 沙代は、そう決心すると体を起こし伸びをした。ここ数日、兵は昼夜関係なく押し寄せてきて、こんなにしっかりと眠れたのは久しぶりだ。いつのまにか、雨も止んでいる。沙代は、新たな気持ちで出発した。

 

 それからというもの兵は襲ってこなくなった。遠巻きにみているだけで、一定の距離を保ったままだ。時折、早馬がやってくるが、何事か告げるとまた去ってしまう。何か罠をしかけようとしていることはわかったが、沙代はどうすることもせず、そのまま先へと進んだ。


 それから数日が経った。いよいよ京へ足を踏み入れようかというとき、豪雨の中、野原で兵に包囲された。いつものように、蹴散らせば兵は引くものと考えていたがなぜかこの日は、しつこく包囲をとかない。


(指揮官を倒すしかない)


 沙代が付近の様子を伺っていると、兵たちに激を飛ばしている武将の姿が目に映った。


「何をやっておる! 相手は一人だ! 一気にかかれ! かかれぇ!!」


 その様子を見て、沙代は駆け出した。

 右手で武者たちを弾き飛ばし、左手の炎を放射して焼き払う。


「ぎゃああ!!」


「助けてくれー!!」


 散り散りに逃げ出す武者たちには目もくれず女はあっと言う間に武将の目の前までくると、右手を振り上げた。

 その手をふり下ろそうとするまさにその時、後方より聞き覚えのある声がした。


「待て! 俺が相手になろう!」


(この声はもしかして)


 沙代が振り向くと、そこには成長し、雄々しく成長した玉之助の姿があった。


「玉之助……。まさか、お主が来るとは……。私の力は知っていよう。去れ……」


 玉之助とは戦いたくない。沙代のその思いも虚しく玉之助は引く素振りをみせない。

 沙代をじっと見据えたまま、その背にからう身の丈ほどもある巨大な刀を抜いた。

 刀は分厚く、菜切り包丁のような形をしている。およそ人が扱えるとは思えないその鉄の塊を玉之助は軽々と振る。

 ピュンピュンと風切り音を数回させ、玉之助は構えた。


「沙代……。これも運命か……。我が名は坂田義時! いざ!」


「玉之助、引いてはくれんのだな……。相手になろう、来い!」


 坂田義時は、そのセリフを言い終わるや否や、雷光のごとき俊敏さで踏み込み、太刀を打ちおろしてきた。すんでのところで、横に飛びのき太刀を躱した沙代は、左手を払い炎を浴びせた。坂田義時は、身の丈の倍以上飛び上がり、落ちてくる勢いのまま、沙代に太刀を浴びせた。


〝ガキーン〝


 沙代は、右手で太刀を防いだが、すさまじい重みを感じ片膝をついた。坂田義時は、太刀をうけられたとみるや後方へ飛び、距離を取った。


(つっ、強い。人間の力とは思えない……)


 沙代は相手が強敵とみて、左手の炎を一層強めた。途端にあたりの温度が急上昇し、付近から水蒸気が立ち上る。


「ほんとは、違う形で再会したかった。沙代、お前を負かしたら俺の嫁になる約束は覚えているか? 俺はその日を夢みて、お前が神の力なぞ使わずとも俺が守ってやろうと思ってここまで強くなったんだ」


 坂田義時の言葉に、沙代の唇が震える。激しく降る雨と共に、涙が流れていく。


「わ、私だってお前が来てくれるのを待っていた! ずっと待っていたんだよ! でも、もう遅い! こうなってはもう遅いんだ!」


 沙代は右手で地面をすくい土の塊を投げつける。坂田義時は刀でそれを平然と受けた。


「沙代、そろそろ奥の手を使わせてもらう」


 そう言うと、坂田義時は腰に手を回し、袋から何かを取り出し沙代めがけて、投げた。

 投げられたのは、子猫であった。沙代は反射的に、投げられた猫を右手で受け止めようとしたが、自分の手をみて、ハッとした。


(いけない。このままでは、握りつぶしてしまう)


 途端に右手は、もとの細い乙女の手となった。猫を受け止めた瞬間、


「御免!」


 という声と共に、沙代の右手は肘から切り離され宙を舞った。


「あうっ」


 沙代は、バランスを崩しその場に倒れた。右手からは、大量の血が吹き出し、雨と共に地面を濡らした。

 坂田義時は、神妙な表情となり、沙代に一言謝った。


「すまん……」


 それから、後ろに合図を送ると手に大量の紙をもった僧侶達が、走ってきた。

 沙代は、残る左手で、まだ戦うこともできたが、それはしなかった。幼馴染の玉之助に切られるならば、仕方ない。そう覚悟を決めた。

 玉之助の手柄になるならば、それも悪く無いように思えた。

 こうして、沙代はその場で封印され、藤崎の地に埋められた。


「とまあ、こんなところだ」


 沙代は、そう言いながら、目の前に出されたコーラをしげしげと見つめた。


「そうですか。元を退けたのがあなただったとは。そうなれば、あなたは救国の士ということになる」


 沙代は、野口首相の言葉には答えず、ストローに口をつけ、一口吸っては、不思議そうにグラスを眺める。


「こーらと言ったか? なんとも不思議な味がする。こんなものが飲めるとは、よい時代になったものだ」


「え? こんなものでよければお好きなだけどうぞ」


「うむ。ならば、もう一杯もらおう」


 沙代がそう言うと、すぐに替りのコーラが届けられた。


「それでは、沙代さん。こちらのお願いを聞いてもらえますか?」


「ふむ。何なりと言うがよかろう。私にできることなら、何でもするぞ」


「まず、あなたの体を調べさせてもらいたい。ご承諾いただけますか?」


「調べるとな。まさか、最初にあった男たちのようにするわけではあるまいな?」


 そう言いながら、沙代はコーラを一口含んだ。顔からは、笑みがこぼれる。


「報告書にあった作業員達ですね? いえ、あのような失礼なことはしません。我が国一番の医療スタッフが、検査に従事します」


「ふむ。それならばよかろう。では、こちらからの願いを聞いてもらえるか?」


「はい。なんなりと」


「よくわからんが、寝ているうちに妙な力がついたようでな。人の頭の中が覗けるのだ。

 それで、最初にあった時に、お主が考えていた高校というところに行ってみたい」


「え? 高校に?」


 沙代の突然の言葉に、そこに居合わせた誰もが驚きの表情を浮かべた。


「いやなに、どうやらここで生きていくしかないようだし、

 同年代が行っているという高校にいってみたくなったのだ」


「そうですか。高校に……」


 コーラをおいしそうに飲む沙代を見ながら、野口首相は一末の不安を覚えた。

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