第十一章 後始末
第十一章 後始末
沙代が10分も泣き続けたころ、沙代に声をかけようとした自衛隊員が、驚きの声をあげた。
「あれ?」
他の隊員も一様に驚きの声をあげる。一人の隊員が、沙代に話しかけた。
「沙代様、手! 手が動いています!」
隊員に声をかけられ、沙代が頭をあげると、武雄の手が沙代の胸を触っていた。
しかも、顔を胸に押し付けるような仕草をしている。
「え? これはいったい?」
沙代が疑問の声をあげると、それまで動いていた。武雄がとまり、むくりと起き上った。
「やあ、沙代!」
「お主、死んでいたのではないのか?!」
「なんか、よくわからないんだけど、沙代の涙が口に入ったら、何ともなくなってさ。気持ちよかったから、そのままにしてた。えへっ」
「こやつわ~~!」
肩をふるわせていた沙代は、今度は正面から抱きつき、武雄としっかりと抱き合った。
「死んだかと思ったんだぞ!」
「ごめんな沙代。でもさ、沙代の涙で俺が治ったなら、今この場にいる人達も助かるんじゃないか?」
「そうかもしれんな。やってみよう」
沙代は、涙にぬれた手で、周りに倒れていた自衛隊員達の口に触れてみたが、武雄のようにはならなかった。
後始末を自衛隊員達に頼み、宿舎へ戻りながら武雄が不意にいった。
「沙代、ところで約束覚えているか?」
「約束? そういえば、前にもそんなこと言ってたな。なんだそれは?」
「うーん。忘れてるならいいや。時間はあるしな」
「気になるな」
「いや、いいんだよ。そのうち言うからさ。さっ、今日は家に帰ろうぜ」
「そうだな。帰るとしよう」
沙代と武雄の最初の激闘は、こうして終わった。
「というわけで、無事敵を退けたようです」
報告を聞き終わると、野口首相は満足そうに頷いた。秘書官の鳥居は、野口首相に問いかけた。
「首相、よろしいのですか? あのように自由にふるまわせて」
「ん? 何か問題があるのか?」
「各国が彼女の力を狙っています。今回もあのような超人達を送り込んできたのです。もっと警備が厳重なところに移された方がいいのではないですか?」
「いいんだ。彼女にはまだまだ力が眠っている。戦うことで、その能力は開花していくはずだ。分析の結果は聞いたろう? 戦闘能力は、多少の波があるが、不死の能力は、消えないんだよ。あの能力が人工的に作り出せるとしたら……。今、開発を急がせている新薬も完成まで後一歩だ。くくくっ。考えただけでも楽しくなるな」
野口首相の傍らにおいてある薩摩切子のグラスの中で、溶けていく氷が、〝カラン〝と音を立てた。
〝そんなに楽しいか?〝
「なに?」
野口首相が驚いて椅子から立ち上がると同時に、ドアが開き沙代と武雄が入ってきた。
「どっ、どうしてここに?」
沙代はすたすたと部屋の中心に入ってくると、野口首相の前にあるテーブルに腰掛けた。
野口首相が飲んでいた薩摩切子のグラスの縁を指で撫でながら、こう言った。
「どうして? さてさて、困ったものだな。なあ、武雄?」
武雄は、肩にからっていた鬼哭刀を床においた。
〝ズン〝
という鈍い音がして、豪華な絨毯を押しつぶした。武雄は、立ったまま野口首相を見据える。秘書の鳥居が重たい空気に耐えられず、口を開いた。
「さっ、沙代様。何か飲み物でもお持ちいたしましょうか?」
そういって、部屋から出ようとするのを、武雄が鬼哭刀を持ち上げて静止した。
「ひっ!」
鳥居は、鬼哭刀の血糊をみて、小さな悲鳴をあげた。
「野口首相、このとおり武雄は頭にきておる。今日も私が止めるのもきかず、一人で乗り込むと言って聞かなくてな。そのまま行かせると大惨事になりそうなので、静止するために私が同行したというわけだ。」
野口首相は、額の汗をハンカチで拭きながら、こう言った。
「さ、沙代様。話が見えませんが……」
沙代は、野口首相の言葉に、首をひねる。
「はて? 話が見えないとな。ああ、そうか言ってなかったんだったな。私はどんなに距離が離れていても、人の頭の中身が覗けるのだよ」
沙代は、野口首相の目を見据えた。沙代の言葉に、野口首相は動揺を隠せない。
「いや、私はそんな……。車や金も用意したでしょ? そっ、それにあなたの能力を利用しようと思ったのも、我が国を他国の驚異から守ろうと思ったればこそです!」
沙代は顔色一つ変えずに、こう返答した。
「ふん。権力者はいつの時代も変わらんな。自分の身を危うくするものがあれば滅ぼそうとするし、力があれば侵略しようとする。武雄、言いたいことがあるのだろう? なんとか言ってやれ」
沙代に促されて武雄が口を開いた。
「あんたのくだらない考えで、多くの人が犠牲になった。皆、日本のために沙代を守るんだと死んでいったんだぞ! それなのになんだ! お前はなんなんだ! 日本の首相だろう! 国民を守るのがお前の仕事じゃないのか!!」
武雄は怒りに震え、いまにも鬼哭刀を野口首相に振り下ろしそうな勢いだ。野口首相は、ますます汗だくになり、呼吸があらくなる。少しの間のあと、沙代が口を開く。
「野口首相、よく聞け。これは最後通告だ。この忠告を聞かねば、武雄が次こそお前を殺しにくるぞ。こやつの能力は、もう知っていよう。どんな護衛をつけたとて、無駄だぞ」
野口首相は、緊張に体を震わせながら、大きく頷いた。それを見て、沙代は微笑む。
「聞き分けがいいな。では、今作ろうとしている薬の開発はやめることだ。妙な考えを起こさぬ限り、私は協力を惜しまぬ。わかったか?」
野口首相は、大きく首を何度も振った。
「ふん。わかったならもう用はない。我々は学業が忙しい身でな。では帰るとしようか」
沙代は、そう言うと机から降り、ドアの方へ歩きだした。武雄は、野口首相を見据えて、語気を強めて言う。
「犠牲になった人の家族には、それなりの保証をしろよ! わかったな!」
しばし睨んだあと、武雄も沙代に続いた。ドアを出る寸前、沙代は立ち止まり、振り向いてこう言った。
「そうそう、こーらを送るのを忘れるなよ。新味が出たら、それもな」
沙代と武雄が出て行き、ドアを閉めると野口首相は、大きく息を吐いた。
「くそー。化物どもめ」
悔し声をあげる野口首相に、秘書の鳥居がこういった。
「野口首相、そのようなことを考えられますと……」
「くっ。これではどっちが上の立場かわからんではないか!」
野口首相は、怒りにまかせ気にいっている薩摩切子を床に叩きつけるのだった。
帰りの車の中で、沙代が武雄に言った。
「どうだ? 気は済んだか?」
武雄は憮然と答える。
「いや、だってさ。あんなのが首相じゃ死んだ人たちは浮かばれないよ」
「一部の権力者の欲望を満たすのが政治というものだ。あいつらは、自分以外の命など何とも思っていない」
「沙代は強いんだな。俺はそんなに割り切れないよ」
「ふふふ。そこが武雄のいいところかもな。さっ、早く羽田に行かないと、福岡の最終便に乗り遅れるぞ」
「だな。明日からは中間テストだし。あ~あ。勉強ぜんぜんしてないよ」
「武雄は大変だな。私はもうクラスで頭のいいものの目星はつけているぞ」
「え? 頭をのぞくつもりか? それずるいよ!!」
「ははは。では、武雄にも答えを教えてやろうか?」
「まじで? やった! 初めていい点取れそう!」
「むっ。武士がそのような不正をしてはいかんぞ」
「いや、沙代だってずるいじゃないか!」
「私は、女だからな。古今東西、女はずるいものだ」
沙代の答えに苦笑しつつ、武雄は車のスピードを上げ、空港へと急いだ。武雄は沙代と一緒ならどんなことでも乗り越えていけそうな、そんな気がした。