第十章 決着
第十章 決着
武雄は、いつの間にかイスに座ったまま寝ていることに気付いた。
(沙代は?!)
急いで沙代を見るが、何事もなくベッドで寝たままである。
(ふー。俺も疲れているのか?)
その時、武雄は耳に妙な違和感を感じた。手で触れるとぬるっとした感触がある。
(ん? なんだ?)
見ると、血がついている。すぐに部屋の壁についている鏡で確認すると、目、耳、鼻、頭の穴という穴、あらゆる部分から血が流れていた。
「うわっ」
自分の姿に驚いて、椅子から立ち上がろうとした武雄は、眩暈に襲われて、その場に座り込んだ。
(くそっ。これがあの力の代償ってことか)
なんとか立ち上がり、洗面所で血を洗い流す。足元はふらつき、何とも力が入らない。
身体は重く、少しの動作でも重労働に感じてしまう。
(こんなに疲れるなんて。まずいぞ今襲われたら)
ベッドの方へ戻ると、沙代が目を覚ましていた。武雄をみると、手招きをする。
武雄がふらつきながら、ベッドにこしかけると、沙代が後から抱きついてきた。
「沙代?」
武雄の疑問の声に、沙代が応える。
「武雄、ありがとう。いまのお前をみれば、どれだけ無理をしたかわかる。私と一緒にいれば、お主は殺されるだろう。今の内に逃げろ」
「だめだ。沙代を一人おいて逃げるなんて」
「私がこのような事にお主を巻き込んだのだ。私さえいなければ、お主は元の生活に戻れよう。 玉之助の生まれ変わりというのも私の戯言だ。忘れてくれ」
武雄の中に、何ともいえない感情が浮かんでくる。
〝愛する者を守れない〝
〝命令に従って、愛する者を討つ〝
〝なんのための強さなのか〝
ぐるぐると回りながら頭に浮かぶ言葉が、武雄の中で一つになった。武雄は、振り向き、沙代の目を見つめながら言葉に力を込める。
「違う! 違うぞ! 沙代! 生まれ変わる前の記憶は確かに定かじゃない。でもな、俺はお前に惚れている! 一目見たときから、好きなんだ! それは確かだ!」
武雄の言葉に、沙代は目を潤ませる。
「武雄……」
武雄は、沙代の目をまっすぐに見つめたまま言葉をつなげる。
「沙代! 俺はあいつらに負けるかもしれない。でもな、どんなことがあっても、お前だけは逃がすぞ! それが俺の使命なら喜んで死んでやる!」
武雄は気持ちの高ぶりと共に、疲労感が消えていた。武雄は、沙代を背負い、外に飛び出した。武雄に背負われた沙代が、不安気に尋ねる。
「武雄、どこへ行く?」
「素手ではやつらに勝てない。俺の愛刀を取りにいく!」
武雄はそういうと道路を走る車の前に飛び出した。
〝キキ――――ッツ〝
通りかかったFITは急ブレーキと共に止まった。
「危ないじゃないの! 何考えてんの!」
窓を開けて非難する女性に対して、武雄は運転席に近寄ると、ドアをいきなりあけて、女性を車の外に引っ張り出した。続けて沙代を後部座席に座らせ、運転席に座るとこう言った。
「本当にすみません。芦屋の基地に後日きていただければ、このお礼はします」
車を発進させしばらく進んでいると、黒いハリヤーとすれ違った。運転しているサムと武雄の視線があった。
武雄は次の瞬間、アクセルを限界まで踏み込んだ。FITは〝モー!〝というエンジン音をあげ、加速していく。バックミラーには、スピンターンをしているハリヤーが見える。
(くそっ。FITじゃすぐに追いつかれる)
ハリヤーは、武雄の予想通り、ぐんぐんとその差をつめてくる。
(どうする?!)
あっと言う間にハリヤーはFITの真後ろにつくと、後方から体当たりをしてくる。
〝ガツン!〝
はげしい衝突音と共に、衝撃が車内に走る。
「くそ! 調子に乗りやがって!」
ハリヤーに衝突されながらも、FITはぐんぐんと加速していく。
そのまま、数百メートル進んでいくと、前方50m先は赤信号で走行車線、追い越し車線共に、車が停止している。
「武雄!」
激突を繰り返され、ガラスが散乱する車内で、沙代が叫ぶ。
「大丈夫だ! まだいける」
武雄は赤信号の手前で、フルブレーキングを行い、追い越し車線に止まっていた車にこすりながら、左へハンドルを切る。けたたましいスキール音と後方の車のブレーキ音が合わさりながら、FITは交差点を曲がり切って、加速する。ハリヤーも他の車に激突しながら、左へと曲がってくる。
「くそっ! 広い道じゃだめだ! 狭い道だ!」
武雄は右へハンドルを切り、車一台がやっと走れる幅のわき道を疾走する。ハリヤーも壁にボディをこすりつけながら、FITを追ってくる。左に右にとハンドルを切り、もとの大通りに戻り、武雄はフル加速した。
(振り切ったか?)
しかし、数ヵ所先の交差点をハリヤーが猛スピードで、曲がってくるのが視界に入ってきた。
(くそっ、ダメか!)
武雄が焦っているその時、後方で衝突音がした。見ると、ハリヤーに側面から体当たりをしている車がある。
(伊藤さん!)
伊藤が乗り込んだ車が衝突と銃撃を繰り返している。他の車も加勢しているのを確認し、武雄は更に加速した。
住宅街を抜け、芦屋基地の門を突っ切る。昨日の襲撃で、門は破壊されたままだ。緩やかな坂を上り切り、宿舎横の車庫に止め、武雄と沙代は車を降りた。
「武雄、覚悟はできている。無理をせんでいいんだぞ」
「沙代! 俺も覚悟は決まっている! 俺に力をくれ!」
武雄はそういうと、沙代を抱き寄せた。そのまま数秒間、抱きしめると、沙代を離した。
沙代は下を向いてこう言った。
「お主というやつは、こんなときにもう……」
「悪いか? 俺はお前が好きだ。お前のために死ねるなら、こんなにうれしいことはない」
武雄はそういうと、車庫にとめてあったランドクルーザーのバッグゲートを開けた。
その中には、太刀幅6尺の坂田義時の愛刀がおいてあった。鈍く光る刀身に振れると、刀の鳴き声を武雄は聞いた。
「俺に力を貸してくれ!」
武雄は刀を手に取ると、肩に担いで門の方へ向かった。沙代もその後に続く。
「沙代は、ヘリに乗って、逃げる用意をしとけよ」
「逃げられんさ。あいつらからは。倒さねばこちらがやられる」
そういって、沙代は車から取り出したイングラムを持ってついてくる。
「沙代、約束は覚えているか?」
「なんの約束だ?」
「いや、覚えていないならいい」
武雄と沙代が門まで50Mの距離に来たとき、サム達を載せたハリヤーがやってきた。
武雄と沙代を確認すると、サム、猿翁、リンダが車を降りた。
その瞬間、道の左右に展開していた自衛隊員が一斉に銃撃を浴びせる。しかし、3人は少しも動じるところがなく、ゆうゆうと歩を進める。銃弾は、まるで見えない壁があるかのように、サムたちの1メートル程前で、地面に落ちていく。
それをみて、武雄が叫ぶ。
「逃げてください! こいつらには普通の武器は通じません!!」
しかし、銃撃の音でその声はかき消され、サムが取り出した大口径のガトリングガンが火を噴いた。
〝ガガガガガガガ!〝
装甲車や土嚢をものともせず、ガトリングガンの銃弾は、自衛隊員を次々と蜂の巣にしていく。上空からは攻撃ヘリがミサイルを撃つが、爆風はサムたちを避けるように周囲に広がる。
サムが左手を突き出すと、ヘリの後部ローターが吹き飛び、ヘリは墜落した。一瞬の内に、火の海となった光景を見て、武雄が叫ぶ
「止めろ!!」
武雄は駈け出した。続いて沙代も走り出す。武雄の行動をみて、リンダが変化する。両手が翼に変わり、服がさけていく。同時に足が鷹のように変わる。衣服が裂け、全裸となったリンダは、両手が翼、両足がかぎ爪、頭、胴体は人間のままという異様な姿となった。
猿翁は、懐から錠剤を取り出すと、口に含んだ。猿翁の額に、血管が浮き上がり、目が怪しく輝く。
サムはなおも、自衛隊員への銃撃を続ける。
武雄が剣の間合いに入ろうかというとき、リンダは上空へ飛び立ち、猿翁は、地面を這う姿勢を取った。武雄は、二人には目もくれず、銃撃を続けているサムに、渾身の一撃を見舞った。
サムは、武雄の斬撃にも少しも動じる様子がなく、ガトリングガンで、その一撃を受けた。
〝ガイーン!〝
武雄の太刀は、ガトリングガンの銃身1つを切り落とし、2つめに半ば食い込んで、止まった。
「うくくくっっ」
武雄の手がぶるぶると震える。
対してサムは、きょとんとした顔をして武雄を見る。
「なんだ? これぐらいしか力がないのか? おお、そうだった。あの女をやらないといけないんだったな。猿翁!」
「まかせろい!」
猿翁は、蜘蛛のような態勢のまま、沙代の銃弾をなんなくかわし、沙代の前までくると、伸び上って掌底を沙代の腹に見舞った。
〝ドム!〝
鈍い音が響くと同時に、沙代は数メートル後方にとばされ、体をくの字に曲げて、苦しんでいる。
「ぐうう……」
対して、猿翁はゆっくりと沙代に歩を進める。
「ひょほほほ。若い女の苦しむ顔はいいのお」
それをみた武雄は、怒りの声をあげる。
「てめえ!!」
武雄が猿翁に駆け出そうとするのを見て、サムが右拳で横殴りの一撃をみまった。武雄は、頭を中心にきりきりと数回回り、地面に突っ伏した。上半身を起こそうとするが、地面がぐるぐると回り、力が入らない。
「ふははは。効くだろう? サイキックエネルギーをこめた一撃だ」
サムはガトリングガンを放り投げると、右拳を再び握った。その拳を中心に蜃気楼のように空気がゆがむ。
「さあ、まだくたばるんじゃないぞ! もっと楽しませてくれ!」
サムが武雄の背中に打撃をみまおうとした時、武雄は横に転がって、打撃を避けた。地面のアスファルトが吹き飛び、直径50センチ程の穴がぽっかりと開いた。
「おお! まだ動けるか! そうじゃないとつまらんぞ!」
サムは嬉々として、左右の拳を連打する。
〝ドガ! ドガ! ドガ!〝
武雄は横に数回転がり、後方に飛び上がって、なんとかその攻撃を避けた。
「ぬおおお!」
間合いをとった武雄は、怒りに身をまかせる。途端に鼓動は早くなり、凄まじい血圧で、大量の血液がかけめぐる。体から水蒸気があがり、体の筋肉という筋肉が隆起した。
「それだ! ジェイクを倒したそれを待っていた! リンダ! 猿翁!」
「うおおおお!!」
武雄は雄叫びを上げ、サムに突進する。跳び込みながら、右ストレートを放つが、サムはそれをスウェーバックでかわす。
「なかなかいい攻撃だ。もっと打ってみろ!」
「うおおおおお」
武雄は、左右のストレートを続けざまに打ち、ラッシュをかける。しかし、サムはそれらをなんなく左右の手で払う。
「どうした? 頑張らないと、あの女がどうなるのか、わかっているのか?」
武雄は左ストレート、右ストレート、左ミドルキックと連続して、攻撃するが、そのいずれもサムには簡単にブロックされる。
(何だこいつは? 当たる直前で、勢いが殺されてしまう)
「ふははは。攻撃があたらんのが不思議か? 俺はサイキックバリヤーを張ることができる。並みの攻撃では、俺にダメージを与えることはできん。俺を倒したければ、バリヤーを打ち破る力で、打ち込んでこい!」
武雄は、数歩距離を取り、跳び込んで右ストレートを打ち込んできた。サムは、ダッキングでよけながら、右アッパーを打ち込んできた。
〝ドム!〝
武雄のボディに打ち込まれたサムの拳は、深く食い込み武雄は胃液をもらした。
「ぐぐぐっ」
腹を押さえて、苦しがる武雄にサムは、余裕の笑みを浮かべる。
「俺も格闘技の訓練は、嫌というほど積んでいる。打撃勝負だと、俺に分がありそうだな。
どうする小僧? 諦めて殺されるか?」
「ふざけんな!」
武雄はヒップホルスターから、ベレッタM92Fを抜き、サムを撃った。
〝ガン! ガン! ガン!〝
銃弾は、サムの目の前で止まり、地面に落ちる。
「やれやれ、学習能力がないのか? 銃弾は俺には効かん。意志のない攻撃は、サイコバリヤーを破ることはできん」
サムは、踏み込むと前蹴りを武雄に見舞った。武雄は両手をクロスさせて、防御するが2M後方へ飛ばされた。受けた腕には、鈍い痛みが走る。
「お前、軽いなあ。飯食ってんのか?」
サムの言葉に、武雄は歯噛みする。
前にステップを踏むと、胴回転蹴りをサムに見舞った。顔面へ伸びた武雄の足をサムは無造作に掴む。逆さに吊り上げられ、武雄はどうすることもできない。
「さてさて、行儀の悪いガキは、しつけないとな」
サムは、大きくふりかぶると、武雄を投げ捨てた。
武雄は、地面に頭から激突する寸前に、手をついて回転し、着地した。
「おー。見事じゃないか。体のキレは悪くない」
サムと武雄の戦いを、猿翁とリンダは楽しそうに見物する。
「やるじゃないか、坊や。サム相手にここまで粘った奴をみたことはないよ」
リンダの言葉に、猿翁はにやけながら同意する。
「ほんとじゃな。あと5年、いや3年あったらサムと同等のレベルまできたかもしれん。運が悪かったのお。ひひひひっ」
リンダと猿翁を睨みつけ、武雄が吠える。
「このデカブツをやったら、次はお前らだ! 覚悟しとけ!」
武雄の言葉をリンダが鼻で笑う。
「ふん。何言ってんだい。殴られ過ぎて頭がおかしくなったのかい? お前はここで死んで、女は連れて行かれる。それはもう決まったことだよ」
「うるせーよ。露出狂女が! どんなことがあっても、沙代は守り抜く。俺の命に代えても今度こそ、守るんだ!」
武雄の言葉に、リンダが反論する。
「何言ってんだい。あたしの胸をじっと見てた癖に。ほれ、そんなこと言ってると痛いのくらうよ」
武雄がリンダと話している内に、猿翁が背後から近づいていた。
「ほい!」
猿翁は、掌底を武雄の背中に打ち込んだ。武雄の背中に、激痛が走る。武雄は、前につんのめり、膝をつく。しかし、痛みに耐えて立ち上がりながら、反転して右フックをはなった。
「おー、おー、まだまだ元気だのう」
「はぁはぁ」
武雄は息を切らせながらも、左右のフックを連続して打つ。猿翁はそれを鼻先でかわす。
「くそ、当たれ!」
「お主、本当にタフじゃのう。どうじゃ、儂の弟子にならんか?」
猿翁の言葉に、武雄は苦しそうに答える。
「だっ、誰がお前なんかの」
武雄の背後から、サムの声がした。
「そりゃ、残念だ」
武雄がハッとして、後ろを振り返ろうとすると、その顔面にサムの拳が飛んできた。
〝バシン!〝
武雄は、横なぎに倒れる。頭がくらくらし、手足がしびれる。
(くっ、こいつの攻撃だけ質が違う。なんだこれは)
それでも立ち上がろうとする武雄に猿翁が言う。
「ふほほ。サムの攻撃は効くじゃろう? しかし、儂も同じようなのが打てるのじゃぞ。儂のハッケイ受けてみるか?」
猿翁は、武雄が立ち上がるのを待ち、低く腰を落し体を限界までひねる。 武雄に背中まで見せるような姿勢をとった。
「やめてくれ! 私が目当てなのだろう! 武雄は殺さんでくれ!」
地面に倒れながら悲痛な叫びをあげる沙代の方へリンダが歩み寄る。
「なんだい。この子も結構タフだね。猿翁の掌底をくらったら普通なら10分は動けないよ」
リンダは、手をもとに戻し、沙代の髪の毛を掴んで顔をあげさせた。
「ふーん。よく見るとかわいいじゃないか? 色も白いね」
リンダは、沙代の頬を舌で舐める。その様子をみた武雄の鼓動が一段と高まる。
「きたねえ手で、沙代にさわるんじゃねえ!!」
武雄がその言葉を言った瞬間、猿翁が動いた。
〝ズシン!〝
辺りに響くほどの音をさせて、左足を踏み込み、捻っていた体を元に戻す。右足は地面をけり、足、腰、肩、肘の回転エネルギーすべてを拳の回転エネルギーへと変化させる。拳には猿翁のすべての気が集まり、その拳を武雄に打ち込んできた。
武雄は両手を胸の前でクロスさせ、少し地面を蹴って体を浮かせた。次の瞬間、強烈な衝撃が武雄を襲った。武雄は猿翁に打たれた部分を中心に180度回転し、頭を地面に激突させながら、後方へ5Mほど吹き飛んだ。その様は、まるで子供から投げ捨てられた人形のようである。
それを見て、サムが言った。
「おー。良く飛んだな。猿翁のハッケイは、いつ見てもすごい。しぶといこいつも、さすがにくたばっただろう」
サムが倒れた武雄のところに行き、首を掴んで持ち上げる。
「うっ、うううう」
武雄の息があるのを確認し、サムは感嘆の声をあげる。
「こいつまだ息があるぞ! うはははは。こいつは最高の獲物だ! ほれ、小僧みえるか?お前のいとしい女があんな目にあっているぞ」
サムは沙代の方向へ武雄の首を向けた。
動けない沙代は、リンダに体をいいように扱われている。
「ふふふ。この子、いいよ。私のペットにしたいぐらいだ」
リンダの手が服の下に入り、沙代の胸を掴む。その様子をみた武雄が激昂した。
「うおおおおおお!!」
武雄の大音量の雄たけびに、サムはたまらず手を放し、耳を押さえた。自由になった武雄は、リンダに突進する。
「あははは。お前みたいなガキを私が相手にすると思うかい?」
リンダは、武雄がくる前に沙代を放し、上空へと飛んだ。武雄の顔は、怒りに震え全身からおびただしい水蒸気があがる。
「ほほほ。これが全力みたいじゃぞい。サム行けるか?」
猿翁は楽しげに、サムに話しかけた。
「おう。、全力をだした相手を潰さないとおもしろくない。さあ、小僧一対一だ! 全力でかかってこい!」
武雄は、サムの方を睨むと、駈け出した。右の拳を振りかぶろうとしたとき、不意に上空からリンダが襲いかかった。リンダの足の爪を頭に掠らせながら、武雄は左にステップを踏んだ。武雄の重心が左足に乗った瞬間、タイミングを図っていた、猿翁が足払いをしてくる。武雄はバランスを崩し、膝をついた。
それを待っていたサムが、武雄の顔面に、右フックを放つ。
〝バシン!〝
鈍い音と共に、武雄は横に吹き飛ばされ、うつぶせに倒れた。武雄の手足はしびれ、地面がぐるぐると回る。それでも、武雄はなんとか、立ち上がった。そこに待ち構えていたサムが、ボディブローを撃つ。
〝ドン〝
武雄は鳩尾から全身に衝撃が走るのを感じ、手足がしびれ、目の前が真っ白になり、その場に倒れた。頭の穴という穴から血がだらだらと流れ、それと同時に力が抜けていく。
「武雄っーーーー!」
猿翁に一撃をくらい、まだ立ち上がれない沙代が悲痛な叫びをあげる。
「ひゅーー! 今度こそ決まったね」
「ひょほほほ。いや、こやつは立つぞい! 見所がある若者じゃからな」
「む?! これで終わりか? もっと楽しめると思ったのにな」
武雄は動こうともがく内に、地面に落ちていた愛刀に触った。
〝オーン、オーン、オーン〝
(俺に……、力をくれるのか……。そうだこいつの名は鬼哭刀)
「うっ……」
武雄は、顔面を血だらけにしながらも、愛刀を支えになんとか立ち上がった。
地面に降り立っていたリンダは、再び上空へと飛翔する。
「ちっ! しつこいよ」
猿翁は目を細めつつ喜ぶ。
「わしが見込んだことはあるぞい!」
サムも喜びの声を上げる。
「おお! できるか?! その刀でもう一度、俺にきりかかってみせろ!!」
何とか立ち上がった武雄は、焦点の定まらない目で、虚空を見つめながら、つぶやいた。
「そうだ……。こいつの名は鬼哭刀。鬼の力を得ることができる……」
武雄の頭に、前世での記憶がよみがえる。武雄は、自らの顔をさすり、だらだらと流れている血を手につけた。
「誓いでもなんでも立ててやる……。それでも不満なら、俺の命をくれてやる……。あいつらを倒す力をくれ……。沙代を守る力を俺にくれ!!」
そういって、武雄は刀身にたっぷりと血をなすりつけた。鬼哭刀の泣き方が甲高いものとなり、鈴の音のようになった。
武雄の全身には力がみなぎり、血がたぎる。爛々と目を光らせ、背筋を伸ばして悠々と立ち、その巨大な刀身を軽々と肩に担ぎ、沙代の方をふりむくと、にこりと笑った。
「待ってろよ! すぐにあいつら片付けてやる!」
そういうと、武雄は稲妻のような速さで、猿翁との間合いを詰めた。
「ひっ!」
予想外のできごとに、猿翁が後方に跳ぼうと地面を蹴った瞬間、武雄の斬撃が胴体を真っ二つにした。すさまじい斬撃に、サムの顔つきが変わる。サムはすぐさま武雄との間をつめ、右のこぶしを叩き込む。先程は、反応もできなかったサムの打撃を紙一重で下に屈んでかわすと、左のこぶしを打ち込んだ。
サムの顔面へと伸びる拳は、サムの見えない障壁をものともせず、直接顔面へ運動エネルギーを伝える。
〝バシン〝
乾いた音と共に、サムの顔がひしゃげ、歯が数本口から飛び出す。サムは口から血を吐きだすと、信じられないという顔をした。それから、武雄を見て、顔色を変えた。
「ジャップ!!」
サムは怒りの言葉を口にして、左右のラッシュを叩き込むが、武雄は左手一本で、それをさばき、逆に距離を取って、鬼哭刀を上段から、振り下ろした。
寸でのところでサムはよけたが、その背筋には寒いものが走った。強化人間として、脳改造を受けてから数年、感じたことの無い感覚に、サムはとまどった。
最大の肉食獣、北極熊でさえ手玉に取れる能力を身に付けた自分に、こんな感覚を味あわせる人間が存在することに驚いた。
「やるな小僧。正直驚いたぞ。ジェイクに続き、猿翁も倒すとは」
サムは武雄を見据え、全身のサイキックエネルギーを高めた。
武雄が奮闘し、サムとリンダの注意を引いている間に、沙代に駆け寄った一人の男がいた。
「沙代様、大丈夫ですか? 例の薬ができました。これです!」
そういって、沙代の口に錠剤を含ませた。沙代は、びくんびくんと体を痙攣させる。
その様子に気付いたリンダが、男を襲撃した。上空からのリンダの一撃をうけ、男はその場に倒れた。
「何してんだい?! サム、女に妙なもの与えたみたいだよ!」
リンダの問いかけに、サムが返答する。
「その状態でも女は死ぬことはない。頭をとばして動けないようにしとけ!」
サムの指示に従いリンダがその爪で沙代の頭を掴もうとした時、突如として火柱が起こり、リンダの全身を包んだ。
「ぎゃあああああ!」
断末魔をあげ、リンダはその場で絶命した。
「好き勝手してくれたな! もう好きにはさせんぞ!」
その声と共に、左手を炎に変えた沙代が立ち上がる。
「貴様、なぜ能力が使えるんだ?」
サムの問いに、沙代は笑いながら答える。
「ふふふふ。現代医学の粋を集めた〝ぴる〝というやつを飲んだのだ。私の体が特殊なので、開発に多少時間がかかったがな!」
沙代はそういうと、左手を振り炎をサムに浴びせた。サムの1m手前で、炎はサイコバリアにあたり上空へと伸びていく。
それを見ていた武雄は、サムの後ろに回り込み、横払いの斬撃を見舞った。
サムは、身をかがめ、武雄の斬撃に髪の毛をもっていかれながら、横に逃れ、真っ二つとなっている猿翁の胸ポケットからケースを取り出すと、中から錠剤を数粒取り出した。
「形勢が悪いな。こっちも奥の手を使わせてもらう!」
そう言うと錠剤を飲み込んだ。
「ぐははは! 効くぜこいつは!」
サムの両拳に集まるエネルギー量は瞬く間に強大になり、沙代と武雄に向かって、衝撃波を放った。
「うおっ!」
武雄は鬼哭刀を持ったまま10数メートル飛ばされた。一方、沙代は衝撃波を横に跳びかわした。
「最高の気分だ! いくぞ! いくぞ! いくぞ!」
サムは、左右の拳を連続して突出し、次々と衝撃波を打つ。沙代は左右にその衝撃波をかわし、武雄は鬼哭刀で受けるも、二人ともサムへ近付くことができない。沙代は離れたところから炎を放つが、サムの見えない障壁に阻まれ、炎は届かない。武雄も鬼哭刀でアスファルトのかけらをとばすが、動揺に見えない障壁を打ち破ることができない。
サムの攻撃は、とまることなく、攻防は数分間続いた。そのさなか、沙代が不意に口を開いた。
「武雄! こうなったらお主に託すしかない!」
「え? なんだって?」
武雄が沙代に問いかけようとしたとき、沙代の薬の効果が切れ、沙代の左手は元に戻った。途端に衝撃波が次々と沙代を襲い、沙代は衣服をボロボロに破かれながら、後方に吹き飛んだ。
「沙代―!」
武雄が駆け寄り、沙代を抱きかかえると、沙代はにこりと笑った。
「まだ試験の段階でな。効果が短い。この上は、お主一人であいつを討ち取らねばならんぞ」
「わかった」
そう言うと、武雄は沙代に口づけした。
「???!!!」
驚いた沙代は、目を見開く。目の前には、血だらけで目をつぶる武雄の顔があった。数秒の後、武雄が離れる。
「こっ、こら! 何をする!」
真っ赤になって、非難する沙代に武雄は微笑む。
「実はさ、俺も時間切れっぽい。約束は守れそうにないから、せめて手付だけでも、もらっとく」
武雄はふらふらと立ち上がると、鬼哭刀を手放した。
〝ガチャン〝
音を立てて、鬼哭刀はその巨大な刀身を横たえた。サムは首を傾げる。
「小僧? どういうつもりだ。それなしで俺に勝つつもりか?」
再び頭の穴という穴から出血しだした武雄が、血で喉をつまらせながら、答える。
「ごふっ、おっさん、お前程度にこんな大層な、ごぼっ、武器はいらねえよ……」
「ふん。立つのがやっとのその姿で、大口を」
勝ちを確信したサムは、ゆっくりと武雄に歩みよる。
「ごふっ、ごふ、ごふ……、なめんなよ、おっさん。腰の日本刀が見えないのか?」
武雄は、腰に刺している日本刀を手で触って見せる。
「ふはははは。その刀からは何のエネルギーも感じない。それでは、俺のサイコバリヤは破れんぞ!」
サムは、武雄の2M前まで歩みよると、左足を力強く踏み込み、右のボディブローを武雄に打ち込んだ。武雄の体は前のめりになり、口から血を流す。
「ふははは! 痛かろう。怖かろう。さあ、ショータイムだ!」
サムは、武雄ををサンドバックのように殴り続ける。左フックをテンプルへ、倒れそうになる武雄の体に右のジョルト2発、左アッパーに、右ストレート。武雄はなすすべもなく、殴られ続ける。
「武雄――!!」
沙代が悲痛な叫びをあげる。
「ふははは。待っていろ。こいつが死んだら次はお前をぼろぼろにしてやる! もっともお前は死ねんのだろうがな。ふはははは」
全身ぼろぼろになった武雄が口を開いた。
「おっさん、ぶほっ……、性格悪いなー。いい日本の諺おしえてやろうか?」
「あん? まだ口が聞けるのか?」
サムは再び武雄を殴りだす。武雄の血が辺りに飛び散る。常人なら一撃で死に至る打撃を、武雄はその身に受け続けた。
「ごほっ……、おっさん、こういう言葉を知っているか? はじめちょろちょろ、ぶはっ、ごほっ、ごほっ、なかぱっぱ」
「ここにきて、へらず口を叩けるとは。小僧! 大した根性だ! その根性に免じて、楽にしてやる!」
サムは数歩さがると、右手にすべてのサイコエネルギーを集中させた。そして、左足を勢いよく踏み込み、最大の力で、ボディブローを放った。
〝ゴキゴキベキ〝
武雄の体は九の字に曲がり、口から血がぼたぼたと落ちる。背骨がくだける音を聞いたサムは、勝利を確信し、武雄を見る。すると、武雄が口をパクパクと動かしている。
「ん? なんだ小僧? 遺言か?」
サムが顔を近づけた瞬間、武雄は左手の指でサムの右目をえぐった。突然の反撃と、痛みにサムは右目を押さえて、悲鳴をあげる。
「ぐぎゃああ!!!」
武雄はサムの支えを失い、横に倒れつつも最後の力を振り絞り、腰の日本刀を抜き、サムに太刀を浴びせた。
「こんなことが……」
鎖骨からみぞおちまで刀身を食い込ませたサムは、その場に倒れ絶命した。
サムの銃撃から辛くも生き残った自衛隊員達が、二人に駆け寄ってきた。
助け起こされた沙代は、息も絶え絶えの武雄に近寄って、武雄の頭を膝枕の状態でおいた。
「武雄! 武雄!」
目を瞑っていた武雄が、沙代のよびかけに目をあける。
「沙代……。なんとか守れたな。でもこれまでのようだ。身体の感覚がもうない……。前世ではお前が先に眠り、現世では、俺が先に眠る……。お前のために死ねるなら、本望だ」
「武雄っ! 武雄ーー! 死ぬなー!!」
沙代はボロボロと涙と流し、武雄の頭を抱きかかえて、絶叫する。あたりは悲しみに包まれ、周りにいた隊員達も、若き戦士に黙とうを捧げた。