序章
序章
雷鳴がとどろき、数メートル先の視界も定かでない豪雨の中、野原に髪の長い16、7歳程の少女が立っている。
白い着物は、ぐっしょりと濡れ、丸みを帯びた腰つきをはっきりとさせている。その周りを武器を手にした鎧武者が、十重二十重に囲んでいた。
少女の足元には、原型をとどめない屍が累々と横たわっている。
少女は、髪をかきあげる。
「何度来ても無駄なこと。命を粗末にするな」
武者たちは槍を少女に向け、目を血走らせる。
「言っても無駄か……。右手に力の神、タジカラノオ、左手に火の神、カグヅチの力を宿した私を討てるものなら討ってみよ」
言い終わると、少女の右手は数倍にも膨れ上がり岩のような肌となり、同時に左手は燃え盛る炎となる。
その様子を見て、武者たちはたじろぐ。武者の一人が勇気を振り絞り槍で突く。
「おりゃあああああ!!!」
少女は、武者の方を振り向きもせず右手で穂先を握った。
「逃げればよいものを……」
少女は巨岩のようになった右手首だけ動かすと槍ごと武者の身体を持ち上げた。
「うわあああ」
恐怖におののく武者が槍から手を放し落下を始めると女はその体を右手で払った。武者の体はパンという音を響かせながら、周囲に血と肉となって飛び散る。
「ひいいい」
「ば、化けもんだ」
恐怖に震え、今にも逃げ出しそうな武者たちに、後に控える武将が激を飛ばす。
「何をやっておる! 相手は一人だ! 一気にかかれ! かかれぇ!!」
その様子を見た少女が駆け出した。
右手で武者たちを弾き飛ばし、左手の炎を放射して焼き払う。
「ぎゃああ!!」
「助けてくれー!!」
散り散りに逃げ出す武者たちには目もくれず、少女はあっと言う間に武将の目の前までくると、右手を振り上げた。
少女が巨木のような右手をふり下ろそうとしたその時、後方から駆けてきた赤鎧の若武者が、大声をあげた。
「待て! 俺が相手になろう!」
少女の顔に動揺が走る。
「玉之助……。まさか、お主が来るとは……。私の力は知っていよう。去れ……」
若武者はその背にからう身の丈ほどもある巨大な刀を抜いた。刀は分厚く、菜切り包丁のような形をしている。およそ人が扱えるとは思えないその鉄の塊を若武者は軽々と振る。
ピュンピュンと風切り音を数回させ、若武者は構えた。
「沙代……。これも運命か……。我が名は坂田義時! いざ!」
「玉之助、引いてはくれんのだな……。相手になろう、来い!」
若武者は、少女に向って駆け出した。