誰が為に愛を歌う
僕の歌
愛の歌
誰かに伝えたい、この想い…
誰が為に愛を歌う
僕の歌が、日本中に響き渡る。
音楽番組では、僕の曲が流れる。
「初登場、オリコン1位!!鹿嶋颯くん!」
鹿嶋 颯<かしま はやて>
そう。僕は、最近売れ出した歌手。
“誰かの為に歌いたい”
それが僕の、本当の想い。
誰かの為に歌う曲。それが、
「ONE FOR YOU」
僕の、セカンドシングル。
もちろん作詞作曲は自分でやった。
僕の気持ちを伝える為に…。
「颯の新曲聴いた?」
街中を歩く女子校生達。
この世の何処かに、僕だけの女性はいないのか。
「やっぱ良いよね!」
「…そんなの聞きたいんじゃないのに……」
いつか、僕だけの女性が現れる事。
いつでも願ってる…。
* * * * * * * * * * * *
「未紅ー、明日からのバイト代わってくれない?」
「えー。又お姉ちゃん彼氏と旅行?」
私の姉は、ライブスタッフのバイトをしている。
「まぁね。でね、明日から3日間、鹿嶋颯のライブが有るのよ」
「…別に興味ないんだけど」
「でも未紅、一つだけ好きなの有ったじゃない?何だっけ、あれ」
そう。私は彼の曲で一つだけ好きなのが有る。
初めて聴いた時から、胸に響いてた曲。
「ONE FOR YOU」
まるで、誰かに伝えたがっている様な、切ない曲だった。
この曲の時だけは、何だか彼の声も波長が良く聞こえて。
「じゃ、よろしくね」
こうして私は今、バイトをしている。
「バイトの皆さん、ご苦労様です!
そろそろ昼食なのでお弁当どうぞ!」
「はーい!有難う御座いまぁす!」
急いで残りを片付ける。
すると、聞き覚えのある曲が流れて来た。
「『ONE FOR YOU』だ……」
こんな近くで聴けるなんて。そう喜んでいた。
「あれ…?何か違わない…?」
今日のこの曲、胸に響かない。
どうして?どうしちゃったの…?
ライブも終わり、颯が出て来た。
私はツカツカと歩み寄る。
「あの!何なんですか、今日の曲。
『ONE FOR YOU』」
「何か変だったか?」
彼はとぼける。
「がっかりです。何かこう、胸に響かなかったんです」
「ほぅ、お前に俺の曲が分かるのか?
面白ぇ奴。後でちょっと来いよ」
それだけ言うと、颯はホールから出て行った。
「お先に失礼しまぁす!」
会場を出て、家へと向かう。
…!?
誰かに腕を掴まれた。
振り向くと、そこにいたのは、ボロボロの服を着た男。
「待ちな。サッサと帰るんじゃねぇ」
彼が被っていた帽子を脱ぐ。
その男は、颯だった。
「あんた、待ち伏せしてたの!?」
「そうだよ。さっき言っただろ?ま、いいや。来い」
<…何なの、こいつ…>
「こんな街中でよく芸能人が歩いていられるわね!」
「大丈夫だろ。一応変装してるし」
クスクス… クスクス…
周りを見ると、たくさんの人々が鼻で笑う。
そんな人たちのことも気にしない颯。
少し歩くと、ギターを持って座っている人がいた。
足元にある楽譜は、颯の曲だった。
「なぁなぁ君、鹿嶋颯好きなのか?」
颯は一人駆け寄って聞き込む。
「あぁ、良いと思わないか?彼の曲」
「思う、思う。良いよな、ほんと」
うわ、自画自賛だよ。
「未紅、踊ろうぜ」
私の手を引き、無理やり躍らせる。
もう何がなんだか分からなくなっていた。
颯が笑う。
そんな事も、嬉しく感じてしまう。
そのうち、彼は自分の曲を歌い出してしまった。
ザワザワ…
私達を見ていた通りすがりの人々がざわめき出す。
「ねぇ、あれ颯じゃない!?」
「うそ!?」
「ヤバっ…」
「バカ!!どうすんのよ」
演奏していた男も驚く。
「まさか、本物なのか!?」
「もう駄目だ。未紅、逃げるぞ!」
私達は走り出した。
危険なのに、なぜだか笑みがこぼれる。
「あははははっ」
「ふふふっ」
近くのホールに逃げ込んだ私達は笑い出してしまった。
観客席を見て、ふと思い出したように颯が口を開く。
「未紅、さっき俺の曲が変だったって言ったよな」
「うん…」
「実は、図星指されて一瞬戸惑った」
「どういうこと…?」
彼は自分の事を語り始めた。
「あの曲、誰かの為に歌いたかったんだ。
だけど、最近歌い過ぎて気持ちが込められなくなって来た。
伝える相手がいれば良いんだけどな」
ははっと苦笑いする彼が、とても悲しそうに見える。
「私ね、あの曲を初めて聴いた時、泣いちゃったんだ。
感動したの。自分の気持ちと似てたから。
ねぇ、あなたの言う『伝える相手』、私どう?」
笑いながら私は言う。
ふざけた様だったが、本気だった。
「でもお前、俺のこと嫌ってそうだったじゃん」
「なんか自分でもよく分かんないんだけど、今日一緒にいて楽しかったの。
あなた自身のこととか分かったし」
颯が観客席に目を向ける。
沈黙が訪れる。
「うん…。そうしようかな」
少しの沈黙の後、振り向きながら彼は言う。
「お前、結構良い奴だし。俺も一緒にいて楽しかったし」
「“結構”は余計でしょ!」
「ははっ。分かった。明日は俺、お前の為にあの曲歌うよ」
「うん。楽しみにしてる」
* * * * * * * * * * * *
「君はもう良い。帰ってくれ」
警備員が私を追い出そうとする。
「どうしてですか!?私バイトなんですけど」
何を言っても、中には入れてくれない。
「何故かはあなた自身がよく分かってるはずよ」
振り向くと、颯のマネージャーが立っていた。
「昨日ホールであなた達を見かけた警備員がいたのよ。
バイト代はちゃんと払わせるからあなたはもう来なくて良いわ」
「そんな……」
彼女はホールへ入っていった。
私はその場に座り込み、泣き続けた。
<……!?>
中のざわめきが聞こえて来た。
それと共に、彼の曲。
「ONE FOR YOU」
思い出す。あの胸に響く彼の曲。彼の声。
ちゃんと、届いてるよ。
私は立ち上がり、勢い良く扉を開けた。
中にいた警備員を跳ね除け、会場へと急ぐ。
ステージに立って歌う、颯の横顔が見えた。
「颯!!」
私に気付き、笑顔を向けて来る。
私は彼の元に駆け寄る。
彼は私を力一杯抱き締めてくれた。
その日のライブは、最高のものになった―――――。
――END――
なんかこの場で書き始めたら普通のより長くなってしまいしました;
でも楽しんで読んで下さると嬉しいです(*^o^*)