カエルの王子様
ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ
城の中庭の噴水に近頃カエルが住み着いたらしい。
朝に昼に夜に夜中に1日中、鳴き声が聞こえる。
「うるさいったらないわね。まだ駆除できないの?」
姫がカップに紅茶を注ぐ侍女にうんざりした声で問う。
「申し訳ございません。なかなか見つけられず。」
そんなことはわかっている。今も不快なカエルの鳴き声が聞こえているのだから。それでも姫はうんざりとしたこの気持ちを吐き出したくて問うたのだ。
バルコニーから見える噴水を姫はチラリと見た。かつては聖水が湧き出る泉だったとか伝説めいた伝承があったところを改築し、聖女の像の手元から水が湧き出るようにして周囲を円形に囲っている。さらに周囲には小さな木や花を植えて姫の癒やしの場としてよく訪れていた。
そんなお気に入りの場所に一月程前からカエルが住み着いた。姫のお気に入りの場所から聞こえるカエルの大きな鳴き声が大変不快だったため、姫は侍女や護衛の騎士にすぐさま駆除するよう命じた。すぐさまイボガエル一匹が駆除されたがまだ他にもいたようで鳴き声は止まなかった。何匹いるのかわからないが誰も捕まえられなかった。鳴き声は聞こえるのに肝心のカエルが見つけられなかった。
姫はカエルが苦手だ。噴水に近付くことがてきなくなり、噴水の見えるバルコニーでお茶を飲むようになったが鳴き声が気に入らない。
「もうすぐ白百合の花が咲きそうだったのに、見れないじゃない。」
楽しみにしていた花も見られない。
姫はイライラとして侍女にあたる。
「カエルを捕まえるまで帰ってこなくていいわよ。」
城の侍女は身元がしっかりとしてそれなりの家元の娘だ。カエルなど触ったこともない侍女は涙ながらに部屋をあとにした。
ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ
夜中もカエルの鳴き声が姫の部屋にまで聞こえてくる。低く太い濁った鳴き声。
「不快だわ。眠れやしない。」
姫が見たことがあるのは小さくて綺麗な薄緑色でケロロと可愛く鳴くカエルだ。
こんな濁ったような鳴き声なんて一体どんなカエルなのだろう。姫は急に自分を不快にするカエルのことが気になった。
チリリン
侍女を呼ぶためのベルを鳴らす。
「いかがなさいましたか?」
今日の待機番は侍女の中でも1番若い娘だった。
姫はニヤリと侍女に見られないよう笑う。
「ねぇ、少し外を歩きたいのだけど。お前、私と入れ替わらない?」
疑問形だが決定事項だ。侍女の顔色がさっと青褪める。
「お許しください姫様。そのようなこと、私の首が飛んでしまいます。」
「あら、ではあなたは今日この限りで暇を出すわ。実家にお帰りなさいな。」
「そっそんな!」
侍女の顔がさらに青褪めた。手が震えている。
「私が頼めばお父様はすぐ聞いてくれるわ。でも、そうね。あなたが入れ替わってくれるのなら、あなたに良い嫁ぎ先を見繕うことができてよ?」
姫はこの侍女が訳アリだと知っていた。問題のある父親で暇を出さればどこの金持ち年寄りの後妻に充てがわられるかわからない。城の侍女としての年季のうちにまともな結婚相手を探そうと必死なのだ。
侍女には了承する他、逃げる道はなかった。
侍女と服を入れ替えた姫は侍女にベッドで寝ているよう指示を出し、廊下に出る。
部屋の入り口には護衛騎士がいるが暗がりでランプの光しかないため侍女が入れ替わっていることに気付かれなかった。
「姫様が飲み物をと言われておりますので取ってまいります。」
声色を変えて頭を下げ姫は部屋から抜け出すことに成功した。
「ふふふ。案外簡単ね。」
姫はランプの光を頼りに噴水を目指す。
ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ
不快なカエルの鳴き声が響き渡る。
やがて噴水に辿り着いた姫はキョロキョロとカエルを探し始めた。
ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ
カエルの鳴き声は止まないのに響くせいで場所がよくわからない。
「腹立たしいったら。一国の姫である私がなんでこんなこと。」
その時、急にカエルの鳴き声が止んだ。途端に夜の静寂が姫を包みこむ。灯りはランプしかなく、光が届かない場所は漆黒だ。姫は段々と怖くなってしまった。
もうカエルは諦めて帰ろうと体の向きを変えたところ、何かに躓いてバランスを崩した。慌てて何かを掴もうとしたところ首に掛けていたネックレスが木の枝に引っ掛かりチェーンが切れてしまった。
ポチャン
水音がした。慌てて首元に手を当てるがネックレスがない。大切な母の形見の指輪をサイズが合わないためチェーンに通したものだった。
「そんな!」
噴水の水盆を見るがランプの灯りでは小さな指輪は見つからない。
(お母様の指輪が。どうしたらいいの。)
途方に暮れているとガサガサと草が擦れ合う音が聞こえた。何かいるのだろうか。暗くて何も見えない。
「もし、お嬢さん。どうかなさいましたか?」
低く太い男の声がした。今日は城内でパーティをしている。姫も参加していたが父王にもう寝ていなさいと開始早々退出させられた。その招待客だろうか、それとも不審者だろうか。
姫は答えるべきか悩んだ。だが、不審者ならば、さっさと襲うなり攫うなりするはずだ。見回りの騎士だろうか。
「あっ、あの。水の中に指輪を落としてしまいまして。」
姫はどうしても指輪を見つけたくて、恐る恐る事情を話した。男の姿はまだ見えない。
「それは大変だ。私は夜目がきくのでお探ししましょう。きっと見つけてみせます。」
そのかわり、、、と男は続ける。
「私のお願いを一つ聞いていただけませんか?いやなに、簡単なことです。」
「それは今、教えていただくことはできませんの?」
「先程はきっと見つけると大口をたたきましたが、本当に見つかるかどうかはわかりませんので今は言わないでおきます。見つかった暁に改めてお願いすることにいたしましょう。」
「えっえぇ。見つけて頂けるのなら。」
なんだか口の軽い男だ。適当に言って逃げてしまえばいい。ダメならお父様には怒られるだろうが騎士を呼ぼうと決め、姫は了承をした。
「ありがとうございます。では少々お待ちください。
」
チャポンと水音がする。男が探しているのだろうか?相変わらず姿が見えない。
姫は待つしかなく、男が戻ってくるのを待った。静かだ。何の音も鳴き声も聞こえない。
いくらかしてまたチャポンと水音がなった。
「お嬢さんの探している指輪は金色の百合の花の形が彫られたものでしょうか?」
「そうでございます!私の指輪です!」
(あぁ、良かった。)
「ありがとうございます。何とお礼を言ったらいいか。」
姫は男の声がした方向に両手を差し出す。早く指輪を受け取りたかった。
「申し訳ありません。手はもう少し下に出していただけませんか。」
男の奇妙なお願いに疑問を持ちながら姫は手を下げる。
途端にずしっと指輪だけではない重みが手のひらにかかった。ぐにゃりとした感触。ぬちゃりとした冷たい何かが手首を伝う。驚いて後ろ手に尻餅をついた姫の膝の上にピョンと何かが乗ったのが見えた。暗闇の中ランプの灯りに照らされたソレは見たこともない巨大な茶色のイボガエルだった。
「ひっ・・・・!!」
姫が恐怖に声を出せずに固まっているとカエルはペタリペタリと姫の足を伝って腹部まで近付いてきた。カエルの這った跡にはテラテラと粘液が絡みついている。
姫を見上げる醜いカエルの胴体には形見の指輪のネックレスが巻き付いていた。
「約束通り、私のお願いを聞いていただけますか?」
あり得ないが確かに目の前のカエルがニタリと笑った。
『あなたに花を贈らせていただけますか』
イボを伝って粘液がポタリポタリと指輪を濡らす。
「キャァァァァァ!!」
「誰だ!?何事だ!?」
悲鳴に反応した騎士が駆けつけたとき、侍女に扮した姫は気を失っていたそうだ。運ばれた先で顔を確認すればすぐに姫だとバレてしまった。
怒った父王に数日の謹慎を言い渡された。
入れ替わった侍女と護衛騎士は辞めさせられはしなかったが降格処分になり移動させられたと聞いた。
「つまらないわ。」
謹慎中部屋から出られず、することもなく飽いてしまっていた。自然とあの夜の出来事を考えてしまう。
夢かとも思ったが、あの噴水で気を失っていたのを見つけられているため確かにあの場に自分は居たのだ。では、あの声は?カエルは?手の平に乗った重みやあのカエルの感触、姿を覚えている。
悪寒を感じ、姫は自分の体を抱きしめる。
気を失い、自室で目が覚めた時にカエルはいなかった。そしてカエルが巻き付けていた母の形見の指輪もなくなっていた。侍女に問えばカエルも指輪も見ていないとのことだったが、
「そう言えば、姫様がお召しになっていた侍女服ですが一部濡れておりました。」
その・・・と侍女が言葉を濁す。
「濡れていた部分ですが、何と申しましょうか粘液のようなものがついておりました。・・べったりと。」
ゾッとした。夢ではない。ではカエルはどこに行ったのだ?気付けばあの夜からピタリと鳴き声は聞こえなくなっていた。
姫は自分の左の手の平を広げてみる。
そこには小さな雫型の黒い痣があった。
ホクロのような小さな黒い痣は左側の手にのみできていた。誰も気付かない小さな痣。
最初は尻餅をついた時にできたものだろうと思っていたが日に日に丸みを帯びている。手首に向かって雫が反対向きになったような痣は上部が丸みをおび下部が細く長く伸びているような気がする。
「怖いわ。」
誰もいないのに口に出さずにはいられなかった。
だが、もちろん誰も答えない。しんとした広い部屋が怖かった。
謹慎を終え、また日常を過ごすことを許されてすぐのこと。父王に呼ばれた姫は謁見室に向かった。
「お父様、参りました。」
カーテシーをして父王を見ると、側に知らない男性が立っていた。
一目見て高貴な方だとわかった。
品のある佇まい、服も身につけている装飾品も高級品だ。金髪に碧眼、整った顔で柔和に微笑んでいる。
「お前に婚姻の申し込みだ。」
驚く姫に父王が機嫌の良さそうな声で話す。声音からこれは父王も乗り気であることがわかった。
高貴な人物の正体は隣国の王子だった。先日の姫が早々に退出させられたパーティにお忍びで参加していたのだ。そこで姫に一目惚れして、婚姻の申し込みに王子が直接来たとのことだった。
(こんな素敵な方が私に・・・?)
とても素敵な王子様に姫の顔は真っ赤になった。
「姫」
透き通るような声で王子が姫の目の前にゆっくりと歩いてきて片膝をつく。
姫の左手をそっと掬い上げ、そっと口付けた。
「どうか私の元に来ていただけませんか?」
熱の籠もった碧眼に見つめられ、姫は舞い上がった。
「謹んでお受け致します。」
こうして隣国の王子との婚姻が決定した。
結婚までの日々は夢のような日々だった。
毎日送られてくる白百合の花、宝石、ドレス。手紙も必ず添えられており、そこには王子からの愛の言葉が惜しみなく綴られていた。
「幸せだわ。」
隣国のため婚姻までは会うことは叶わない。ただ、頻繁にやり取りする手紙でお互いの仲を深めていた。王子には妹君がいるとのことで妹も姉ができることを嬉しく思っているとのことだった。
姫には兄はいるが妹はいなかったため、義理とはいえ妹ができることが嬉しかった。きっと兄に似て美しいのだろう。どんなドレスが似合うだろうか。一緒にお茶会をしたいと想像は膨らむばかりだ。
そんな幸せな日々の中にシミのように広がる不安があった。
ひとつはあの雫型の黒痣だ。王子と初めて会った日から数日経って気付いたが黒痣が発芽していた。
上下逆の雫は種だったようだ。下に伸びる先端が割れ、小さな葉が手首まで伸びていた。黒痣が日々成長している。侍女に見せたが侍女には痣など見えていなかった。擦っても消えない黒痣は痛みも痒みもない。
『あなたに花を贈らせていただけますか』
あのカエルの言葉が頭をよぎる。ただただ不気味だった。
ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ
「あぁ、またなの。」
またあのカエルの鳴き声が聞こえるようになった。
それも姫だけにだ。
遠くに聞こえた鳴き声は黒痣が成長するのに合わせるように近付いてきている。
ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ
侍女や騎士に駆除を命令したが他の者には聞こえないため駆除しようがなかった。姫がカエルのことを言うたびに皆が訝しい顔をする。侍女の一人に医師を呼ばれそうになったため結婚前におかしな噂をたてられたくない姫は誰にも言えなくなった。
それでも王子との婚姻に心を躍らせていたある日、とうとう黒痣が蕾へと成長した。黒い茎が伸び肘を越えて葉が出た。茎は伸び続け肩のカーブに沿って緩く曲がり鎖骨からは蕾ができた。一つ、二つと蕾が増え、左胸にまで届いた。その蕾が日々膨らんでいく。花が咲くのだろうか。まるで姫の心臓を覆うように蕾は大きく膨らんでいく。
ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ
カエルの鳴き声はもう姫の部屋の中から聞こえるようになった。昼夜問わずカエルは鳴き続ける。
ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ
どこにいても鳴き声は止まなかった。
「私が何をしたというの」
頭がおかしくなりそうだ。もうすぐ輿入れなのに最近ろくに眠れない。誰にも言えず、自分にしか聞こえない幻聴に怯えるようになった。目の下には隈ができ、食も細り、髪にも艶が消えパサパサとしていた。
精神にも身体にも異常をきたした姫に周りの者が気付き始め医師にも見せたが姫はうわ言のようにカエルがと繰り返し話にならなかった。
父王は頭を抱えた。せっかくの婚姻ができなくなってしまう。
そんな時、隣国の王子から姫に会いたいと面会の申し入れがあった。父王はこんな状態の姫に会わせる訳にはいかないと適当な理由をつけて断っていたが、王子は脅すようにして面会を直接申し込んできた。
もう断れないと諦めた父王は事情を話した。もう婚姻は破綻だと思ったが王子はそれでも構わないと引かなかった。父王はこんなにも娘を愛してくれている王子にいたく感動し姫の部屋に王子を通した。この頃には姫は自力で歩けないまでになっており、謁見室まで連れてくることは叶わなかった。
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あぁ、もうやめて。聞きたくないの。お願いよ。私が何をしたというの。
「・・・姫・・・・姫。」
あの方の声?これも幻聴なのかしら。聞きたかった声。私、死ぬのかしら。最期にあの方にもう一度会いたかった。
「姫。起きて姫。」
突然、左胸がズキリとしてまどろみの中にあった姫の意識がはっきりと覚醒した。
「・・・っ!」
ズキズキと左胸が疼く。目を開けると覗き込むように王子が枕元の椅子に腰掛けていた。
心配そうな顔をして姫の手を握っている。
「大丈夫ですか?病を患っていると国王より伺いました。何か私にできることはございませんか?」
優しい王子の声にみるみる涙が溢れ出す。
「いっいぇ・・・このような姿で申し訳ございません。こんな所にまでいらしていただけるなんて・・・。」
涙で滲んだ瞳で王子を見つめれば、王子も泣きそうな顔になり首を横に振る。
「そんな事を言わないでください。大切なあなたのためならばどこへでも参りましょう。・・・とても会いたかった。」
「・・・!私もあなたに会いたかった。」
こんな姿の自分を見ても会いたかったと訪れてくれた王子に姫は涙が止まらなかった。
王子が姫の手を握ったままベッドに顔を伏せて大きく安堵の息を吐いた。
「・・・間に合って良かった」
ぼそりと呟く。
しばらくして、ふふふと笑い始めた。何がおかしいのか、ひとしきり笑った王子は満面の笑みで姫に問いかけた。
「ところで姫、花は咲きましたか?」
ひゅっと息を吸い込む音がした。姫の目が驚きに見開かれる。
「ふふふ。驚かれるのも当然ですよね。何故私がそれを知っているのか驚かれたでしょう?」
ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ
「私には見えています。あなたの胸に咲こうとする黒百合の花が。」
体がガクガクと恐怖で震える。声が出ない。
「ねぇ、知っていますか?黒百合の花言葉を。」
王子が近付き耳元に優しく、甘く囁く。
「恋」「呪い」「復讐」
ふふふと王子が笑う。
「全部叶いました。」
ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ
王子の声に混じってカエルの鳴き声が響く。あれは誰だ、私の恋した王子ではない。
「あなたが毛嫌いしていたカエルが住み着いていた噴水なんですが・・・」
なぜ王子がカエルと噴水のことを知っているんだろう。
「あのカエル、私なんです。」
「なっ・・・!」
あの醜いイボガエルが王子?そんなバカな話がある訳ない。
「まぁ、信じられないですよね。私も夢だと思いたかった。でも現実でした。ねぇ、侍女の服を着たお嬢さん?」
どういうこと?何故その事を知っているの?本当にあのイボガエルが王子だったと?ではあの時、私に声をかけてきたのはこの王子ということ?
全く意味がわからない姫を置き去りにして王子は思い出話をするように話し続ける。
「実は故郷で悪い魔女に好かれましてね。結婚しろなどと言うので丁重に断ったところ、一緒にいた妹を恋人だと勘違いされて逆情した魔女に二人揃ってイボガエルにされてしまいまして。」
ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ
「しかも、こちらまで飛ばされてしまいました。妹と途方に暮れていましたが、妹が伝承を思い出しました。まぁ、おとぎ話みたいなものでしたが私達は可能性にかけるしかなく、この城まで辿り着いたのです。」
「この城には、聖水が湧き出る泉があったはずでした。」
姫はぎょっとした。ただの伝説、おとぎ話だと思っていたあの泉が本物だったのか。
「ですがその泉はあなたによって手が加えられたせいで聖水としての力は消えていました。」
王子が冷たく姫を見下ろす。姫の手を握ったままで王子が力を込めたため、ズキズキと痛かった。
「私達は途方にくれた。どうしたらいいのか良い案も浮かばずあの噴水に住み着きました。」
ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ
あぁ、嫌だ。もう話さないで。その続きを聞きたくないの。
「そんなある日、やってきた騎士が私の妹を殺しました。」
今度こそ、握られた手にはっきりとした痛みが伝わる。王子の爪が食い込み血が滲んでいた。
「騎士が言っていました。『姫様の我儘にはうんざりだ』と。」
ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ
「私はあなたが憎かった。カエルの言葉しか出ませんでしたが、ひたすらあなたを呪う言葉を吐いていました。そんなある日、私達に呪いをかけた魔女が目の前に現れました。」
「なんて美味しそうな呪いの言葉。」
魔女は恍惚な表情でカエルの姿の王子に言った。
「良いことを教えてやろう。姫が大切に持っている百合の花の指輪には聖水と同じ力がある。もしかしたら元の姿に戻れるかもしれないよ。まぁ、妹のようにお前も殺されるかもしれないが。あははははは。」
そう言って魔女は消えた。
「どうやってあなたが持つ指輪を手に入れようかと考えていましたが、まさかあなたの方から来てくれてるとは思いませんでした。神は私を見放さなかったらしい。」
無事に指輪を手に入れたカエルは王子の姿に戻ることができた。だが、魔女も姫も憎かった。
「魔女が去り際にもう一つ教えてくれたことがあるんです。」
王子が姫の左の手の平の黒痣を愛おしそうになぞる。
嫌な予感がする。これ以上聞いてはいけない。
だが、どんなに願っても王子の言葉は止まらなかった。
「あなたの胸に咲く黒百合の花が私の妹を生き返らせてくれる。」
はっはっはっ、と、姫の呼吸が浅く短くなる。
王子の手が姫の手の平から肘、肘から肩へと這うようにゆっくりとなぞり上げる。
「あっ、謝るわ。謝るからどうか、、、」
涙と息苦しさで言葉が出ない。美しい王子があのときに見た醜いイボガエルに見えた。
ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ ゲロゲ・・・
鳴き声が止まらない。でも、もう何も聞こえない。
すぅっと姫の息が止まった。恐怖に染まった開かれたままの瞳を閉じさせる。涙が頬を伝い王子の指にも付着した。
それを拭うこともせず王子は黒百合の茎が這う肩から鎖骨をなぞり、その先にある花を確認するため躊躇うことなく姫のドレスの胸部分をずり下げた。
「なんと美しい黒百合だ。」
感嘆のため息をこぼし、大きく花開く黒百合を愛おしそうに撫でる。
するりと撫でた黒百合が浮き上がり、王子の手の中におさまった。
「これで生き返らせてあげられる。」
王子が愛するのはただ一人、自分の妹だけだった。
元の姿に戻り、国に戻ろうとも妹と添い遂げることは叶わない。ならばこの黒百合で妹を生き返らせ、二人で暮らせる場所を探しに行こう。
ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ ゲロゲロゲロ
この日、城下では姫の訃報が告げられた。
国王は民に姫は愛する王子の腕の中で眠るように亡くなったと伝えた。
民は美しい姫の死を悼み、王子の姫への愛情の深さに感動し涙を流した。
その後、隣国の王子がどうなったのか。
姫が嫁ぐことなく繋がりが絶たれた民には知る由もない。




