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パラレルスコープ

作者: 川北 詩歩
掲載日:2026/04/07

主人公・鈴木孝晃は、ある日怪しい通販サイトdamasonで『パラレルスコープ』という平行世界を覗けるアイテムを購入した。

スコープの中に見えたものは…?

 俺の名前は鈴木孝晃(すずきたかあき)。二十九歳、職業は「自分探し中」――平たく言えば無職だ。


 日課はネットの海をあてもなく漂流すること。ワンルームの自室には、賞味期限が三日前に切れたヨーグルトが酸っぱい匂いを放ち、飲み干したペットボトルが地雷原のように転がっている。


 そんな俺の「聖地」がある。最近見つけた、あまりに怪しい通販サイト『damason《ダマソン》』だ。


 詐欺臭プンプンの、令和の科学では説明がつかない商品群。以前、ネトゲ仲間がこのサイトの「願いを叶える御札」でひどい目に遭ったという噂を聞いた気がしたが、今の俺には失うものなど何もない。


 そこで見つけたのが、このアイテムだった。

『パラレルスコープ ¥3,480(送料別)』


 説明文にはこうある。

『平行世界の自分を覗き見! 万華鏡を回転させるだけで、あり得たはずの別の人生がフルカラーで丸見え!』


「……平行世界の、俺?」


 レビュー欄は相変わらずカオスだ。「星5:人生観が変わった! 成功者の自分を見てやる気が出た」「星1:ただの万華鏡。目がチカチカして終わった」。

 俺は迷わずカートに入れた。送料千二百円という、足元を見たような金額に軽くイラッとしたが、指先は勝手に購入を確定させていた。




* * * * * * *




 数日後、届いたのは百円ショップの玩具コーナーに転がっていそうな、安っぽいプラスチック製の万華鏡だった。振るとカタカタと乾いた音がする。


「なんだよこれ、やっぱり騙されたか……?」


 毒づきながら説明書を広げると、そこには一行だけ、殴り書きのような指示があった。


≪スコープを覗き、『パラレル!』と叫ぶべし≫


 俺は部屋の電気を消し、カーテンを閉め切った。期待と不安が混ざり合う中、レンズに右目を押し当てて叫んだ。



「…パラレル!」



 その瞬間、スコープの内部が超新星爆発のように発光した。

 幾何学模様の向こう側に浮かび上がったのは……仕立ての良い高級スーツに身を包んだ、俺自身だった。


「うおっ! なんだこれ、映画か!?」


 映像の中の俺は、都心のタワーマンションの最上階オフィスで、部下たちにテキパキと指示を飛ばすCEOだった。高級車の鍵を指先で弄び、隣にはモデル級の美女を侍らせて、自信に満ち溢れた笑みを浮かべている。


「エリートだ……俺、別の世界じゃこんな成功者になれてたのか!」


 それ以来、俺は連夜パラレルスコープの虜になった。


 次に現れたのは「ロックスター孝晃」。モヒカンに革ジャンを纏い、五万人の観衆で埋め尽くされたスタジアムでギターを掻き鳴らし、「ヒャッハー!汚ねぇオトナは消毒だー!」と絶叫する。


「最高だ! カッコよすぎるぜ、俺!」


 さらに「天才シェフ孝晃」「未開の地を征く冒険家孝晃」。

 毎晩「パラレル!」と叫び、キラキラと輝く別の俺に酔いしれた。昼間の惨めな現実は、夜の万華鏡を覗くための長い待機時間に過ぎなくなった。




* * * * * * *



 だが、ある夜、事件は起きた。

 いつものように興奮気味に「パラレル!」と叫び、筒を回した。…だが、レンズの向こうに見えたのは、見慣れた、薄暗い、汚い天井だった。


「……は?」


 そこには、万年床に寝転がり、スマホをいじっている情けない男の姿があった。画面の中の男は「またハローワークで門前払いだよ……」と独り言を漏らし、空っぽの冷蔵庫を開けてため息をついている。


「待て待て待て! これ、今の俺じゃねえか! 平行世界はどうした!?」


 慌ててスコープを振り、何度も叩いてみたが、映像は頑固に俺の現実を映し続ける。説明書の隅をよく見ると、針の穴のような文字でこう書かれていた。


『※たまに現在地を表示。迷子防止のための親切設計です』


「おい、damason! 余計なお世話だよ!」


 俺は叫んだが、無情にもスコープは、カップ麺の残り香が漂う俺の部屋を、鮮明に映し出し続けた。


 翌日、気を取り直して再び覗くと、今度は「大富豪孝晃」が登場した。

 広大な別荘のテラスで、年代物のワインを傾ける姿。「よっしゃ、これだ。これが見たかったんだ」と自分に言い聞かせる。だが、じっと観察していると、ある違和感に気づいた。


 映像の中の俺は、一言も喋らない。広すぎる屋敷に、話し相手は無機質な執事ロボットだけ。大富豪の俺の瞳は、驚くほど虚ろで、孤独に蝕まれていた。


「……金があっても、こんなに寂しいのかよ」



 次に見たのは「幸せな家庭人孝晃」。

 優しそうな妻と二人の子供に囲まれ、公園で笑い合っている。俺が一番憧れていた光景だ。しかし、映像が切り替わると、彼は夜、居間で家計簿とにらめっこをしていた。「今月のボーナスまで、あと三千円か……」と、頭を抱えて呟く姿。

「普通も悪くねえけど、これはこれで、地味に胃が痛そうだな……」



 さらにスコープは加速した。

「忍者孝晃」「宇宙パイロット孝晃」といった荒唐無稽な自分から、果ては「引きこもりを二十年続けて老いた親に号泣しながら説教される孝晃」という最悪の未来まで、スコープは容赦なく俺に見せつけ、突きつけた。


 ある夜、俺は疲れ果ててスコープを畳の上に放り出した。

 どの世界の俺も、キラキラしているようで、どこか欠けている。成功すれば孤独になり、安定すれば自由を失い、夢を追えば破滅する。


「……結局、どの孝晃も俺なんだな。成功しても、失敗しても、そこにいるのは俺自身なんだ」


 ふと、独り言が漏れた。

 すると、放置していたパラレルスコープが、電池も入っていないのに不気味な光を放ち始めた。内部の幾何学模様が組み合わさり、文字を形作る。


『お前、気づいたな。合格だ!』


「はあ!?」


 驚きで飛び上がった俺の前で、スコープが勝手に空中に映像を投影した。


 そこに映ったのは、これまで見たどの俺よりも地味な姿だった。

 近所のスーパーで深夜の品出しバイトをこなし、帰宅後の薄暗い部屋で、難解な資格試験の参考書と戦っている男。


 その男は、ふとした拍子に鏡を見て、情けなくも少しだけ、前向きな苦笑いを浮かべていた。


「……あ」


 それは、未来の俺かもしれないし、明日からの俺かもしれない姿だった。

 一番地味で、一番苦労しそうで、けれど、自分の足で踏ん張って立っている俺。


 気がつくと、パラレルスコープはただの安っぽいプラスチックの筒に戻っていた。何度「パラレル!」と叫んでも、もう何も映らない。


 俺は、そのスコープを机の一番下の引き出しに、丁寧にしまった。



 冷蔵庫を開ける。相変わらず中身は空っぽだ。

 けれど、俺は賞味期限の切れたヨーグルトをゴミ箱に捨て、窓を開けて淀んだ空気を入れ替えた。


 どの世界の俺も、精一杯生きて、精一杯悩んでいた。

 だったら、この世界の「無職の孝晃()」だって、少しはマシな明日に向かって動けるはずだ。


「……まあ、今の俺でも、なんとかなるか」


 俺は自分にそう言い聞かせ、久しぶりに履歴書を買いに行くために、部屋のドアを開けた。




【終】

『パラレルスコープ』をご一読いただき、ありがとうございました。


今回お届けしたのは、怪しい通販サイト『damason』シリーズの少し不思議で、少し身につまされる物語です。


前作の「御札」が、願望が歪んだ形で叶ってしまう呪いの物語だったのに対し、今作の「スコープ」は、可能性の断片を見せることで持ち主の現実に揺さぶりをかける、いわば鏡のような物語として執筆しました。


「もしあの時、別の選択をしていたら」


「もし自分に別の才能があったら」


そんな風に、あり得たはずの「輝かしい自分」を夢想することは、誰しも経験があるかと思います。ですが、いざその完璧な成功を覗き見てみると、そこにはその世界なりの痛みや孤独、そして代償がある……。鈴木孝晃という、少し不器用な男の目線を通して、そんな隣の芝生の裏側を描いてみました。


最終的に彼が「合格」と言われたのは、どの世界の自分も自分であると受け入れ、今この足元にある現実を一歩踏み出す覚悟を決めたからかもしれません。


便利すぎる世の中ですが、たまにはスマートフォンの画面ではなく、自分自身の内側を映し出す「スコープ」を覗いてみるのも悪くない。……もっとも、それが『damason』製でないことを祈るばかりですが。



少しでも皆様の心の箸休めになれば幸いです。

また別の「奇妙な商品」が届いた頃に、お会いしましょう。


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