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追放された無能王女、実は「自分と手を繋いだ相手」と一緒に【セーブ&ロード】する権能を持っていました。  作者: タルタロス


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第8話:灰色の再会

 嘆きの沼を抜けると、空気の粘度がわずかに下がった。

 腐敗した泥の臭いに代わり、鼻を突くのは湿った薪が燃えるような、生活の残り香だ。死の森の出口――そこに、岩壁にへばりつくようにして存在する小さな集落「灰壁はいへきの村」がある。


「……エリーゼ様、あそこに。煙が見えます」


 リリアナが私の手を引いたまま、森の影から村の入り口を指差した。

 彼女の警戒心は、先ほど暗殺者を解体した時よりも鋭敏になっている。1,001回目の彼女にとって、人間の気配がする場所は、魔物の巣窟よりも遥かに危険な戦場なのだ。


「ええ。懐かしいわね、リリアナ。……ここは、私たちが初めて『人間』の底意地を知った場所よ」


 私は目を細め、粗末な柵に囲まれた村を眺めた。

 記憶が濁流となって押し寄せる。


(215回目のループ。私たちは王都を脱出し、飢えと疲労の果てにこの村に辿り着いた。……村長は私たちを温かく迎え入れ、温かいスープを出してくれたわ。その中に、強力な睡眠薬が入っているとも知らずに)


 あの時、私たちは数枚の金貨と引き換えに、追っ手の騎士団に売り渡された。

 村長が金貨を数えながら、「王女様を売るなんて罰当たりだが、村の冬を越すためだ」と、涙を流しながら笑っていた光景を、私は一生忘れない。


「……思い出しました。私、この村の男たちに……貴女を奪われて……」


 リリアナの指先に力がこもり、私の掌に鋭い痛みが走る。

 彼女のすみれ色の瞳には、憎悪を通り越した漆黒の殺意が宿っていた。彼女にとっても、この村は最悪の記憶の断片ピースなのだ。


「いいのよ、リリアナ。今回は、売り渡される前にこちらから買い叩いてあげましょう」


 私は彼女の指を一本ずつ解き、自分の体温を分け与えるように握り直した。

 私たちは堂々と、村の入り口へと歩みを進める。


 村の広場に出ると、数人の男たちがこちらに気づき、動きを止めた。

 粗末な衣服、泥に汚れた顔。一見すれば善良な農民に見えるが、その目は飢えた獣のように、私たちの身なり――特にリリアナの持つ美しい銀の細剣や、私のドレスの質を値踏みしている。


「……おや、これはこれは。こんな森の奥に、お貴族様が何のご用で?」


 奥から現れたのは、記憶通りの中年男。村長のバシュだ。

 彼は揉み手をしながら、顔いっぱいに貼り付けたような笑みを浮かべて近づいてきた。


「道に迷ってしまいまして。一晩、宿を貸していただけないかしら。……もちろん、お礼はします」


 私は懐から、宝物庫から持ち出した小粒の宝石を取り出し、彼に見せた。

 バシュの目が、一瞬で卑しく光る。その瞳に映っているのは、私たちの「不幸」への同情ではなく、手に入る「富」への執着だ。


「これはこれは、ご丁寧に! 宿などと言わず、私の家を空けましょう。さあさあ、こちらへ!」


 バシュが案内する背中を見ながら、リリアナが私の耳元で、消え入りそうな声で囁いた。


「……エリーゼ様。今、斬ってしまってもよろしいですか? あの男、貴女の宝石を見た瞬間、頭の中で貴女をどう切り刻むか計算していました」


「待ちなさい、リリアナ。死ぬより辛いのは、希望を見せてから奪われることよ」


 私は彼女を宥め、バシュの後に続いた。

 家の中に入ると、215回目と同じように、木のテーブルの上に湯気を立てるスープが並べられた。

 毒々しいほどに白い湯気。

 私はその器を手に取り、鼻を近づけて香りを確かめる。


(ああ、やっぱり。前回と同じ、北方の魔草を使った麻痺薬ね)


「さあ、召し上がってください。田舎の粗末な料理ですが、味だけは自信がありますんで」


 バシュが戸棚の陰で、仲間と目配せをする。

 外では既に、数人の男たちがくわや斧を手に、家の周囲を囲み始めているのが気配でわかった。


「……バシュさん。このスープ、とてもいい香りがするわ。でも、一つだけ足りないものがあるの」


「へ? 足りないもの、ですかい?」


 私はスープの器を、ゆっくりと床にぶちまけた。

 ジュッ、と音がして、床の木材が微かに変色する。


「誠実さよ」


 私が微笑むと同時に、リリアナが音もなく立ち上がった。

 彼女の全身から、抑えきれない紅蓮の魔力が溢れ出し、家全体の温度を一気に上昇させる。


「な、何だ!? てめえら、何を――」


「バシュ、貴方が今、村の若者を隣町の騎士団駐屯所に走らせたことも、知っているわ。私たちの首にかかった賞金を目当てにね」


 私は椅子の背もたれに深く寄りかかり、震え始めた男を見据えた。


「1,000回分の知識があれば、貴方の思考なんて透けて見えるの。……さて、リリアナ」


「はい、エリーゼ様」


「この村、明日の朝には地図から消しておいて。……ただし、村長さんだけは生かしておいてね。彼には、自分が売ろうとした宝石が『爆発する呪具』だったことを、一生かけて後悔してもらわないといけないから」


「――喜んで」


 リリアナがアイリスを抜き放つ。

 その銀光が、恐怖で顔を歪めるバシュの視界を埋め尽くした。


 夜の村に、絶叫と崩壊の音が響き始める。

 1,001回目の復讐。

 私たちは、最初の「裏切りの地」を、紅蓮の炎で焼き払い始めた。

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