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追放された無能王女、実は「自分と手を繋いだ相手」と一緒に【セーブ&ロード】する権能を持っていました。  作者: タルタロス


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第7話:嘆きの沼の虐殺

 湿った泥の匂いに混じり、微かに金属の錆びたような香りが漂い始めた。

 嘆きの沼。

 底なしの泥濘でいねいが広がるこの地は、一度足を取られれば最後、死ぬまで泥を啜り続けることになると言われる森の難所だ。だが、ここにはもう一つ、自然の驚異よりも恐ろしいものが潜んでいる。


「……リリアナ、止まって」


 私は彼女の肩を指先で軽く叩いた。

 それだけで、リリアナは彫像のように動きを止める。

 視線の先、立ち込める霧の向こう側。音もなく、影が動いた。


(389回目。この地点で、私は背後から飛んできた3本の投げナイフに喉を貫かれた)


 私の脳内では、かつての「私」が鮮血を撒き散らして倒れている。

 だが、今は違う。

 私は1,000回分の死を、すべて敵を屠るための座標へと変換しているのだから。


「前方の枯れ木の陰に2人、左の岩の裏に1人、そして――」


 私は頭上の鬱蒼うっそうとした枝を指さした。


「私たちの真上、3メートル右の枝に1人。……父上が飼っている、帝国の『影』たちよ」


「――鼠が」


 リリアナの声から、温度が消えた。

 彼女は私の手をそっと離し、一歩前へ出る。

 その瞬間、霧を切り裂いて4つの影が同時に襲いかかってきた。

 帝国の暗殺者たち。彼らは一切の声を上げず、ただ死を運ぶ機械として、漆黒の刃を突き出してくる。


 だが、リリアナの動きは彼らの認識を遥かに超越していた。


「エリーゼ様に、触れるなと言ったはずです」


 アイリスが鞘を滑り、紅蓮の閃光が円を描いた。

 『赤竜の心臓』から供給される莫大な魔力が、単なる斬撃を物理的な破壊の奔流へと変える。

 金属が砕ける甲高い音が一度だけ響き、次の瞬間には、4人の暗殺者たちは獲物もろとも吹き飛ばされていた。


「ガ、は……ッ!?」


 木々に叩きつけられた彼らは、立ち上がることすらできない。

 リリアナの一撃は、彼らの武器を破壊しただけでなく、その衝撃波で全身の骨を粉砕していた。


「……あり、えない……。あの魔力、は……王家の……」


 泥にまみれた暗殺者の一人が、驚愕に目を見開いたまま声を漏らす。

 私はリリアナの背中に守られながら、ゆっくりとその男に歩み寄った。

 泥濘に沈みゆく彼の顔には、かつて私をなぶり殺した時に浮かべていた卑劣な笑みの面影はない。あるのは、理解不能な怪物に直面した恐怖だけだ。


「あら、意外ね。貴方たちはもっと、絶望に慣れているかと思っていたけれど」


 私は冷たく言い放ち、彼の喉元にリリアナの剣先を誘導するように視線を送った。

 リリアナは、私の意図を寸分の狂いもなく汲み取り、暗殺者の心臓の真上に剣を静止させる。


「え、エリーゼ様……助け、て……。俺たちは、命令、されただけで……」


「助ける? どうして私が、私を殺した人間を助けなきゃいけないの?」


「な……殺した? 何を言って……」


 彼は困惑している。当然だ。

 彼にとって、私を殺したのは「これからの予定」あるいは「別世界の出来事」でしかない。

 だが、私にとっては確定した事実だ。

 彼のナイフが私の喉を裂いた瞬間の、熱くて冷たい感触を、私は今も忘れてはいない。


「いいえ。貴方は私を殺したわ。正確には、これから殺そうとした、けれど」


 私はリリアナの肩に手を置き、その耳元で甘く、残酷に囁いた。


「リリアナ。この男、腕だけ残してあとはバラバラにしてちょうだい。父上への『返礼品』にするから」


「――承知いたしました。私の最高傑作じごくをお見せしましょう」


 リリアナの瞳が、捕食者の歓喜に濡れた。

 彼女は剣を振るうのではない。

 細剣の先端から極細の魔力線を放射し、暗殺者の肉体を「彫刻」するように、精密に、そして執拗に解体し始めた。


 嘆きの沼に、文字通り「嘆き」の絶叫が響き渡る。

 それは音楽のように心地よく、私の1,000回分の復讐心を微かに癒やしていく。


 数分後。

 そこには、命の灯が消える直前の「肉の塊」と、返り血を一滴も浴びていない、清廉なほどに美しい騎士が立っていた。


「……エリーゼ様、お待たせいたしました。掃除は完了です」


 リリアナは私の元へ戻ると、血に濡れた己の手を厭うように、私のドレスの端で拭おうとした。

 だが、途中でハッとしたように手を止め、申し訳なさそうに視線を落とす。


「……いけない。汚れた手で、貴女に触れてしまうところでした」


「構わないわ。貴女が汚れたのは、私のために血を流してくれた証だもの」


 私は彼女の、まだ震えている指を掴み、自分の唇に寄せた。

 鉄の匂いが鼻をつく。

 それは1,000回繰り返した心中の中で、いつも私たちの間に流れていた、愛の香調ノートだ。


「リリアナ、貴女は本当に素晴らしい道具ね。……もっと、私を喜ばせて」


「はい……! ああ、エリーゼ様……! 私を、私を使い潰してください……!」


 リリアナは私の足元に崩れ落ち、私の靴に顔を押し付けて嗚咽した。

 虐殺の興奮と、私への狂おしいまでの忠誠。

 二つの感情が混ざり合い、彼女の精神はさらなる深淵へと加速していく。


 霧が晴れていく。

 沼地を赤く染めた惨劇を置き去りにして、私たちは再び歩き始めた。

 次の死の座標へ。

 そして、その先にある、二人だけの永遠へと。


(さあ、父上。1,000個の絶望を、今度は貴方が味わう番よ)

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