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追放された無能王女、実は「自分と手を繋いだ相手」と一緒に【セーブ&ロード】する権能を持っていました。  作者: タルタロス


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第44話:白骨の晩餐会

 その朝、私は冷たい重みで目を覚ました。

 視界を埋め尽くす銀色の髪。

 リリアナだ。

 彼女は私の腹部に耳を押し当てるようにして、胎児のように丸まっている。

 規則正しい寝息が、肋骨を通して私の内臓に伝わってくる。

 彼女の体温は高い。

 外気はマイナス20度を下回っているはずだが、彼女の身体だけは暖炉の熾火おきびのように熱を帯びている。

 それは彼女が、私の体温を貪ることで生きている寄生植物だからだ。


「……重いわよ」


 私はかすれた声で呟き、彼女の頭を無造作に押しのけた。

 リリアナは不満げなうめき声を上げ、のろのろと身を起こした。

 すみれ色の瞳が、まだ焦点の定まらないまま私を映す。

 その瞳に、一瞬だけ恐怖の色が走る。

 私がまだそこにいるか、まだ温かいかを確認する恐怖だ。

 彼女は私の手首を掴み、脈拍を確認するように親指を食い込ませた。


「……おはようございます、エリーゼ様。今日も、心臓は動いておられますね」

「当たり前よ。私が勝手に死ぬとでも?」

「いいえ。ですが、この寒さは人を簡単に壊しますから」


 リリアナは私の指先に口づけを落とし、ベッドから這い出した。

 彼女の足音はしない。

 まるで猫のように、あるいは幽霊のように、音もなく床を滑る。


 私は窓の外に目を向けた。

 吹雪はさらに激しさを増している。

 窓ガラスは完全に凍りつき、外の景色は見えない。

 ただ、風の唸り声だけが、石壁の向こうから響いてくる。

 ゴォオオオ、ヒュウウウ。

 それは、行き場を失った2000の魂が、救済を求めて泣き叫んでいるようにも聞こえた。


 コン、コン。

 控えめなノックの音がした。

 入室してきたのは、元商人のゲパルトだ。

 彼は昨日よりも一層やつれた顔で、震える手で羊皮紙の束を差し出した。


「……報告です、エリーゼ様。昨夜の『収穫』は、予想以上でした」


 ゲパルトの声は低い。

 商売人特有の軽薄さは消え失せ、代わりに死体処理人のような陰鬱さが漂っている。


「数は?」

「凍死者が5名、衰弱死が2名。……それと、暴動未遂で処刑した者が3名。計10体です」


 私は眉1つ動かさず、報告書を受け取った。

 インクの文字が、まるで血痕のように目に焼き付く。

 10体。

 それは悲劇ではない。資源だ。

 地下の温室を温めるための燃料であり、生き残った者たちの胃袋を満たすための蛋白質だ。


「処理は?」

「既に解体作業に入っております。……骨は砕いて肥料に、肉は……例のスープに」

「皮と髪は?」

「はっ? ……あ、いえ、それは……焼却処分かと」


 ゲパルトは困惑したように瞬きをした。

 私はため息をつき、ペンを走らせた。

 カリカリ、という乾いた音が、部屋の冷気を切り裂く。


「無駄遣いね。皮はなめして防寒具の補修に使いなさい。髪は編んでロープにするか、断熱材として壁の隙間に詰めなさい。……爪の先まで使い切るのよ」


 私は顔を上げ、ゲパルトを射抜いた。

 彼はヒッと喉を鳴らし、青ざめた顔で頷いた。


「しょ、承知いたしました……! 直ちに指示を……」


 彼は逃げるように部屋を出て行った。

 扉が閉まると、再び静寂が戻る。

 私は自分の手を見た。

 白く、細い指。

 この手でペンを走らせるだけで、10人の人間が「モノ」へと変換される。

 罪悪感はない。

 あるのは、帳尻を合わせなければならないという、強迫的な義務感だけだ。

 第312回目のループで、私は食料不足で暴徒と化した民衆に、生きたまま食い殺された。

 あの時の、自分の肉が引きちぎられる痛みと、咀嚼そしゃくされる音は、今でも鮮明に思い出せる。

 食われる側になるくらいなら、食わせる側になる。

 それが、この地獄での唯一の正義だ。


「……エリーゼ様」


 リリアナが、背後から私を抱きしめた。

 彼女の腕が、私の首に巻きつく。

 甘い、ベルガモットの香り。

 だが、その奥底には、微かに鉄錆の匂いが混じっている。

 彼女は毎晩、地下の見回りをしている。反乱分子の芽を摘むために。

 その手は、私がペンで殺した数よりも多くの人間を、直接葬っているのだ。


「ゲパルトは怯えていましたね。……貴女の合理性が、凡人には理解できないのでしょう」

「理解など求めていないわ。……彼らに必要なのは、理解ある王ではなく、明日を生き延びさせてくれる飼い主よ」

「ええ。……彼らは幸せです。貴女の所有物になれたのですから」


 リリアナは恍惚とした声で囁き、私の耳朶じだを甘噛みした。

 彼女にとって、私に管理されることは至上の喜びなのだ。

 たとえそれが、死後に骨まで利用される運命だとしても。


 私は立ち上がり、執務机の引き出しを開けた。

 中には、1本の小瓶が入っている。

 琥珀色の液体。

 ヴィクトールが精製した、強力な鎮痛剤だ。

 これをカイルに投与しなければならない。

 彼は今も地下のボイラー室で、生きながら焼かれる苦痛に耐え続けているはずだ。


「行くわよ、リリアナ。……『燃料』の様子を見に」


 私たちは廊下に出た。

 石造りの床は、氷のように冷たい。

 地下への階段を降りるにつれて、気温が上がり、湿度が濃くなっていく。

 そして、あの臭いが漂ってくる。

 煮込まれた肉の匂いと、排泄物の発酵臭、そして焦げた何かの臭い。


 ボイラー室の扉を開ける。

 熱風が顔を叩いた。

 ゴーッ、という低い駆動音。

 その中心で、カイル・アステリアは吊るされていた。

 昨日の彼とは、まるで別人のようだった。

 皮膚はさらに白く、半透明になり、血管が黒いつたのように全身を這っている。

 髪は抜け落ち、眼球は白濁し、口からは絶え間なく泡を吹いている。

 だが、彼の指の指輪だけは、心臓のように強く脈打っていた。


「……兄上」


 私が呼びかけると、カイルの頭が微かに動いた。

 焦点の合わない目が、虚空を彷徨さまよい、やがて私を捉える。


「あ……あ……」


 言葉にならない呻き声。

 喉が焼けているのだ。

 彼は私を見ると、条件反射のように身体を震わせ、涙を流した。

 恐怖。

 純粋な、原初的な恐怖。

 かつて私を見下していた傲慢な王子の姿は、そこにはない。


「いい子ね。……よく燃えているわ」


 私は彼の干からびた唇に、小瓶の液体を垂らした。

 彼は貪るようにそれを啜った。

 痛みを消してくれる魔法の薬。

 だがそれは同時に、彼の意識を混濁させ、死ぬことさえ忘れさせる猛毒でもある。


「う……あ……あり……がと……」


 カイルは掠れた声で礼を言った。

 自分を拷問にかけている相手に、感謝の言葉を吐く。

 極限の苦痛と依存が、彼の精神を完全に破壊し、再構築していた。

 彼はもう、私なしでは生きられない。

 痛みを与えるのも私なら、痛みを取り除くのも私だからだ。


「どういたしまして。……さあ、もっと働きなさい。貴方の命が尽きるまで」


 私は彼の頬を撫でた。

 ザラリとした、死人のような肌触り。

 その感触に、私は微かな快感を覚えた。

 これは復讐ではない。

 慈悲だ。

 無能な彼に、国を支えるという役割を与えてあげたのだから。


 背後で、リリアナがクスクスと笑った。

 その笑い声は、ボイラーの轟音に混じって、地下室に不気味に響き渡った。

 

 外では、まだ吹雪が続いている。

 私たちの歪んだ晩餐会は、まだ終わらない。

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