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追放された無能王女、実は「自分と手を繋いだ相手」と一緒に【セーブ&ロード】する権能を持っていました。  作者: タルタロス


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第4話:月下の逃走劇

 石造りの階段を駆け上がると、肺に流れ込む空気の重さが一変した。

 地下の淀んだ静寂は消え、代わりに王城を揺るがす鐘の音が鳴り響いている。

 宝物庫の異変を、地上の「番犬」たちが察知したのだ。


「……あ、はあ……ぁ……っ」


 私の隣で、リリアナの呼吸が乱れていた。

 運動による疲れではない。彼女を縛る死の記憶が、鳴り止まぬ警鐘の音に共鳴し、精神を内側から削っているのだ。

 1,000回のループの中で、この音が止んだ後に訪れるのは、常に私たちの無惨な死だった。


「リリアナ、私を見なさい」


 私は彼女の冷えた手を、これまで以上に強く握りしめた。

 指と指を絡め、血流の熱を共有する。


「貴女が震える必要はないわ。この音は私たちの葬送曲レクイエムじゃない。古い王国の崩壊を告げる祝砲よ」


「エリーゼ……さま……。はい、はい……。貴女がそう仰るなら、これは喜びの音ですね……」


 彼女はうつろな瞳で私を見つめ、陶酔したように頷く。

 私が彼女の「地獄」を「天国」だと定義すれば、彼女の脳はそれを真実として受け入れる。

 壊れてしまった彼女を制御するのは、あまりに容易で、あまりに罪深い。


 私たちは裏門へと続く中庭へ飛び出した。

 そこには既に、白銀の甲冑を纏った「太陽騎士団」の精鋭たちが展開していた。

 かつてリリアナが副団長を務めていた、彼女の元同僚たちだ。


「――そこまでだ、エリーゼ王女! その狂った騎士を放せ!」


 先頭に立つのは、副団長のローラン。

 220回目では私を刺し殺し、850回目ではリリアナを「洗脳されている」と断じて斬り捨てた、救いようのない善人。


「リリアナ! 君ともあろう者が、その無能な王女に唆されて国宝を盗むとは! 今ならまだ間に合う、こちらへ来い!」


 ローランが慈悲深い顔で手を差し伸べる。

 その瞬間、私の隣にいたリリアナの気配が、一瞬で「無」になった。

 感情を焼き切り、ただの殺戮機械へと変貌する、彼女独自の防御本能だ。


「……お黙りなさい、ローラン」


 リリアナの声は、夜風よりも冷たかった。

 彼女は一歩前に出ると、抜刀すらしないまま、ローランを蔑むように見据える。


「その不潔な手を、エリーゼ様へ向けないでいただけますか? 次に指を動かせば、その腕を根元から切り落とします」


「何を言っているんだ! 彼女は君を道具としか思っていないんだぞ!」


「ええ、知っています」


 リリアナは、恍惚とした笑みを浮かべて言い放った。


「道具で結構。私はエリーゼ様の所有物であり、彼女を写す鏡。彼女に必要とされない私には、息を吸う価値もありませんもの」


 ローランが絶句する。

 その隙を、私は逃さなかった。

 懐から、先ほど奪ったばかりの『赤竜の心臓ドラゴン・ハート』を取り出す。


「リリアナ、剣を」


「はい、主様」


 リリアナが細剣『アイリス』を抜き放つ。

 私はその銀色の刀身に、脈打つ深紅の宝石を押し当てた。

 魔力を持たぬ私の手では、宝石はただの石だ。だが、高純度の魔力伝導体であるリリアナの剣を介せば、話は別だ。


「――焼き尽くしなさい」


 ドクン、と宝石が力強く鼓動した。

 リリアナの魔力と宝石のエネルギーが共鳴し、銀色の刀身が猛烈な真紅の炎を纏う。

 古代の魔導具が、1,000年ぶりにその真価を現した瞬間だった。


「なっ……『赤竜の心臓』を起動させただと!? 魔力のない貴様に、どうやって……!」


「私の知略と、彼女の献身。それだけで、神の摂理ルールなんていくらでも捻じ曲げられるわ」


 私はリリアナの腰を抱き、囁いた。


「道を開けて、リリアナ。全力で」


「承知いたしました。……灰すら残しません」


 リリアナが、紅蓮の剣を横一文字に薙いだ。

 熱波が夜の空気を引き裂き、轟音と共に巨大な火の壁が騎士たちを襲う。

 それは魔法ではない。純粋な魔力の暴力だ。


 悲鳴を上げる間もなく、太陽騎士団の精鋭たちは吹き飛ばされ、石畳が真っ赤に溶けていく。

 ローランたちが盾を構えて防戦一方になっている間に、私たちは大きく開いた裏門の隙間へと滑り込んだ。


 背後で、王城の一部が崩落する音が響く。

 月光が照らすのは、王都の城壁の外に広がる、深く暗い「死の森」。


「……ハァ、ハァ……。逃げ……切りましたか?」


 リリアナが、炎の消えた剣を鞘に納め、その場に膝を突いた。

 無理もない。宝石の莫大な出力を、自身の肉体を回路にして放出したのだ。常人なら廃人になっていてもおかしくない負荷だ。


「ええ。よく頑張ったわね、リリアナ」


 私は彼女を抱き止め、その青白い額に口づけを落とした。

 彼女の冷たい肌が、私の体温を貪るように熱を帯びる。


「……ああ、エリーゼ様……。貴女の、貴女の匂いがします……。これだけで、私は……あと1,000回だって死ねる……」


 彼女は私の腕の中で、壊れた人形のように安堵の笑みを浮かべた。

 その依存は、もはや魂の深淵にまで食い込んでいる。


「死なせないわ。これからは、私のためだけに生きるのよ」


 私は彼女を抱き抱えるようにして、暗い森の奥へと足を踏み入れた。

 1,000回のループですべてを焼き尽くし、1,001回目でようやく手に入れた「外の世界」。


 追いかけてくる追っ手、神の修正力、そして自分たちの狂気。

 障害はまだ山積みだが、繋いだ手の熱だけは、何があっても離さない。


 追放王女と執着騎士の、地獄のようなハッピーエンドへの旅が、ここから本格的に幕を開ける。

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