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追放された無能王女、実は「自分と手を繋いだ相手」と一緒に【セーブ&ロード】する権能を持っていました。  作者: タルタロス


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第3話:王家の心臓を盗む

 王城の地下深くに広がるその通路は、墓場のように静まり返っていた。

 湿った空気が肌にまとわりつく。壁に埋め込まれた魔石の灯りは、寿命が近いのか、頼りなく点滅を繰り返していた。


「……エリーゼ様、足元にお気をつけて」


 リリアナが私の手を引き、過保護なほどに周囲を警戒している。

 彼女の靴音はしない。暗殺者のように音を殺して歩くその技術は、騎士学校で習ったものではない。

 700回目のループ以降、私を背負って逃げるために彼女が独自に編み出した「生存術」だ。


「ありがとう、リリアナ。でも、警戒はいらないわ」


 私は迷いなく、薄暗い石畳を進んでいく。


「ここから3メートル先、右側の壁の窪みに感知式の毒矢。そのさらに5メートル先、床のタイルが沈んで溶解液が噴き出すわ」


 私は歌うように罠の配置を口にする。

 すべて、私の体で「検証済み」の罠たちだ。


(54回目は毒矢で即死。128回目は溶解液で足を失って失血死。……懐かしいわね)


 脳裏に浮かぶ激痛の記憶を、私は冷めた紅茶のように飲み下す。

 私の足取りがあまりに軽快なので、リリアナは戸惑いながらも、ぴったりと私の背中に張り付いてくる。


「……さすがです、エリーゼ様。まるで、この通路をご自分で設計されたかのようです」


「まさか。ただ、死ぬほど通っただけよ」


 比喩ではない言葉に、リリアナの肩がビクリと震えた。

 握った手から、彼女の恐怖が伝わってくる。

 彼女は思い出しているのだ。私たちがこの通路で、泥と汚物にまみれて死んだ数多の夜を。


「……申し訳ありません。私がもっと強ければ、貴女にそのような記憶を……」


「謝らないで。貴女が弱いんじゃない。敵が卑怯だっただけ」


 私は立ち止まり、通路の突き当たりにある巨大な扉を見上げた。

 王家の宝物庫。

 高さ5メートルはある黒鉄の扉には、複雑怪奇な魔法陣が刻まれている。

 アステリア王国の全財産と、国家機密級の魔道具が眠る場所。


 そして、その扉の前には――巨大な影が鎮座していた。


 グオオォォォ……。


 低い唸り声と共に、岩塊が組み合わさった巨人が立ち上がる。

 宝物庫の番人、ミスリル製のゴーレムだ。

 物理攻撃を弾き返し、侵入者を粉砕する殺戮兵器。第1王子カイルが自慢していた「絶対防御」の一角。


「――下がっていてください、エリーゼ様」


 リリアナの声から、甘えの色が消えた。

 彼女が前に出る。

 細剣『アイリス』が鞘走る音さえさせずに引き抜かれ、薄暗い通路に銀色の軌跡を描く。


「汚らわしい土塊風情が。……その無粋な巨躯で、主の視界を遮らないでいただけますか?」


 彼女の声は氷点下だった。

 ゴーレムが巨大な拳を振り上げる。風圧だけで壁がひび割れるほどの威力。

 だが。


 カッ、と銀光が閃いた。


 それは一撃ではなかった。

 1秒の間に繰り出された、16連撃の刺突。

 ゴーレムの関節、魔力核、視覚センサー。そのすべてを同時に貫く、神速の剣舞。


 ズズ……ンッ。


 拳が振り下ろされることはなかった。

 巨体は音もなく崩れ落ち、ただの瓦礫の山へと変わった。


「……ふぅ。お待たせいたしました」


 リリアナは剣についた油汚れをハンカチで拭い、何事もなかったかのように私に微笑みかけた。


「邪魔なゴミを片付けました。……あ、でも、少し埃が立ってしまいましたね。エリーゼ様のドレスが汚れていないか心配です」


 彼女にとって、国宝級のゴーレムは「埃の立つゴミ」でしかないらしい。

 私は苦笑しながら、彼女の頬に飛び散った油汚れを指で拭った。


「十分よ。素晴らしい剣技だったわ」


「! ……あ、ありがたき幸せ……っ」


 私が触れただけで、彼女は頬を染めて身をくねらせる。

 さっきまでの殺戮者と同じ人物とは到底思えない。


 私は瓦礫をまたぎ、黒鉄の扉に手を触れた。

 ここには厳重な魔法錠がかかっている。王族の魔力認証と、32桁のパスワードが必要なはずだが――。


(890回目のループ。父上は認知症を患い、うわ言のようにこのパスワードを繰り返していた)


 私は扉の魔力回路に、自分の「魔力ゼロ」の手を押し当てる。

 本来なら弾かれるはずだが、私の特異体質アンチ・マジックは、回路の接触不良ショートを引き起こす。


 バチバチッ、という音と共に魔法陣が火花を散らし、数秒後。

 ゴゴゴゴゴ……と重々しい音を立てて、扉が開き始めた。


「……開いた」


 中から漏れ出す黄金の輝き。

 山のように積まれた金貨、宝石、そして古代の武具たち。

 国の予算の10年分に相当する富が、そこにあった。


「すごいです、エリーゼ様! これだけの資金があれば、隣国でも遊んで暮らせます!」


「金貨なんてどうでもいいわ。重いだけよ」


 私は金銀財宝には目もくれず、宝物庫の最奥へと進む。

 目当ては一つだけ。

 埃を被ったガラスケースの中に鎮座する、拳大の深紅の宝石。


 ――古代魔導具『赤竜の心臓ドラゴン・ハート』。

 周囲の魔力を無限に吸収し、増幅して放出する魔力炉だ。


「これさえあれば、魔力のない私でも『都市一つ分の結界』を張ることができる」


 私はケースを割り、宝石を手に取る。

 ずしりと重い。その熱は、まるで生き物の心臓のように脈打っている。


「……それが、私たちの新しい国の礎になるのですね」


 リリアナが、うっとりとした目で私と宝石を見つめている。


「ええ。父上はこれを『飾り』だと思っていたようだけど、私たちが有効活用してあげましょう」


 私は宝石を懐にしまい、リリアナの手を握り直した。


「行きましょう。そろそろ、上の騒ぎに気づいた魔導師たちが駆けつけてくる頃よ」


「はい。……来るなら来ればいい。貴女の行く手を阻むものは、人間だろうと運命だろうと、私がすべて斬り捨てますから」


 リリアナの瞳に、昏い光が宿る。

 それは忠誠心というよりは、所有物を守る猛獣の目だった。


 私たちは宝物庫を後にする。

 背後には、空になったケースと、破壊された最強の番人。

 これ以上ないほどの「置き土産」を残して。


 地上への階段を駆け上がる。

 その先には、私たちが生きるべき残酷で美しい世界と、1,000回目までは見ることのできなかった「自由」が待っている。


(さあ、追いかけていらっしゃい、お父様)


 私は心の中で、かつて父だった男に別れを告げた。

 ここから先は、もう貴方の脚本シナリオ通りにはいかない。


 これは、私とリリアナだけの物語なのだから。

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