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追放された無能王女、実は「自分と手を繋いだ相手」と一緒に【セーブ&ロード】する権能を持っていました。  作者: タルタロス


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第28話:皇帝の激昂と求愛

 ヴォルガ帝国、帝城『黒鉄くろがねの城』。

 その謁見の間は、年中溶けない氷で作られたかのような冷徹な静寂に支配されていた。

 並び立つのは、白銀の鎧に身を包んだ近衛騎士たち。彼らは石像のように微動だにせず、ただ玉座の主の言葉を待っている。


 玉座の前には、ボロ雑巾のようにやつれた男――『影狼』のガイルが、額を床に擦り付けていた。

 顎は治癒魔法で強引に塞がれているが、その瞳からは生気が失われ、恐怖の色だけが焼き付いている。


「……ほう。失敗したか」


 玉座に座る皇帝、ヴァレリウス・ヴォルガが、ワイングラスを片手に呟く。

 怒声ではない。だが、その低いバリトンボイスは、広間の温度を数度下げるほどの圧力を孕んでいた。


「申し訳、ございません……陛下。あの城は、異常です。……化け物が、棲んでおります」


 ガイルが震える声で弁明する。

 帝国最強の隠密部隊が、手も足も出ずに全滅した事実。そして、自分だけが生かされた屈辱。


「化け物、か。……それで、その化け物からの伝言は?」


「は、はい……。『私は貴方の側室にはならない。……この城が欲しければ、貴方自身が首を差し出しに来なさい』……と」


 広間に緊張が走る。

 皇帝に対して「首を差し出せ」などと、正気の沙汰ではない。近衛騎士たちが殺気立ち、一斉に剣の柄に手をかけた。


 だが。

 次の瞬間、広間に響いたのは、乾いた笑い声だった。


「クク……ハハハハハッ!」


 ヴァレリウスが笑っている。

 侮蔑の笑いではない。狩人が、手強い獲物を見つけた時の歓喜の笑いだ。


「愉快だ。実に愉快だぞ、エリーゼ!」


 彼は立ち上がり、純白のマントを翻した。


「アステリアの豚どもは、どいつもこいつも命乞いばかりで退屈だった。……だが、あの小娘は違う。余の首を欲するか!」


 ヴァレリウスの脳裏に、奇妙な既視感デジャヴぎる。

 会ったことはないはずだ。だが、彼の魂の奥底に残る微かな記憶が告げている。かつて、自分の喉元に刃を突きつけようとした、気高い女がいたような気がすると。


「ガイルよ。貴様の役目は終わった」


「へ、陛下……慈悲を……!」


「下がらぬか。……余の視界に、敗北者の背中を入れるな」


 ヴァレリウスが一瞥いちべつすると、ガイルは絶望に顔を歪めながら、騎士たちに引きずられていった。

 彼に処刑の命は下されなかったが、プライドの高い帝国軍において「敗北者」の烙印を押されることは、死よりも辛い末路を意味する。


「総員、聞け!」


 ヴァレリウスが大剣を引き抜き、高々と掲げた。


「余はこれより、北の荒野へ『行幸』する。……ただの視察ではない。アステリアを飲み込み、大陸を統一するための最初の一手だ」


 オオオオオッ!!

 騎士たちが雄叫びを上げ、槍を床に打ち鳴らす。

 その振動は地鳴りのように響き、城全体を震わせた。


「待っていろ、魔女エリーゼ。……その強情な唇が、余の足に口づけをして命乞いをするまで、徹底的に蹂躙あいしてやる」


          ***


 数日後。エリュシオン、城砦のテラス。

 

 私は北の地平線を見つめていた。

 そこには、黒い雲のような塊が、ゆっくりと、しかし確実にこちらへ近づいてくるのが見える。

 雲ではない。

 数千騎の「重装甲機兵団」が巻き上げる土煙だ。


「……来ましたね、害獣の群れが」


 私の背後で、リリアナが心底不愉快そうに呟いた。

 彼女は私の腰に腕を回し、背中から抱きついている。彼女の体温が、ドレス越しに私の冷えた肌を温める。

 その手は、ただ触れているのではない。私の肋骨の形を確かめるように、指先を食い込ませている。


「随分と早かったわね。……さすがはヴァレリウス。欲しいものはすぐに手に入れないと気が済まない性格らしいわ」


 私はリリアナの手に自分の手を重ねた。

 1,000回のループの中で、彼が私に見せた執着。それは愛ではなく、所有欲だった。

 彼は私を「美しい調度品」としてコレクションしようとしたのだ。


「エリーゼ様。……あの方角に、最大火力の『プリズム・カノン』を撃ち込みましょうか? 先頭の馬車ごと、皇帝を消し炭にできます」


 リリアナの瞳には、嫉妬と殺意の炎が燃え盛っている。

 彼女にとって、私に「執着」を向ける男は、全員が殺すべきライバルなのだ。


「いいえ、待ちなさい。……まだ『交渉』の余地はあるわ」


「交渉、ですか? 奴隷になるか死ぬかしか選ばせない相手と?」


「ええ。ただし、主導権はこちらが握る」


 私は振り返り、リリアナの頬に手を添えた。

 彼女はうっとりと目を細め、私のてのひらに唇を寄せる。


「彼らは『力』こそが正義の国。……だからこそ、見せてあげるのよ。私たちの力が、彼らの常識を遥かに凌駕していることを」


 私は指を鳴らした。

 城壁に配置されたエルフたちが、一斉に魔力を展開する。

 そして、中庭ではヴォルフ率いる獣人部隊が、獰猛な唸り声を上げて臨戦態勢に入った。


「準備はいい、リリアナ? ……今回の貴女の役目は、騎士ではないわ」


「では、何を?」


「『魔王』の演義よ。……向こうが皇帝エンペラーなら、こちらはそれ以上の絶望モンスターとして振る舞いなさい」


 リリアナの口元に、凶悪で、とろけるような笑みが浮かぶ。

 彼女はアイリスを抜き放ち、その切っ先を天に向けた。


「承知いたしました、我がマイ・クイーン。……貴女の威光を汚す愚か者たちに、地獄のしつけをして差し上げます」


 地平線を埋め尽くす帝国の軍勢。

 対するは、たった一城の独立国家。

 常識で考えれば勝負にならない。

 だが、この城には、1,000回の敗北から生まれた「勝利の方程式コード」が眠っている。


(さあ、始めましょうヴァレリウス。……貴方が愛するのは私か、それとも私の首か。確かめてあげるわ)

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