第24話:断罪のワルツ
怒号と共に、大広間の四方から衛兵たちが雪崩れ込んできた。
王家直属の近衛騎士団。金色の鎧に身を包んだ、選りすぐりの精鋭たちだ。彼らは抜剣し、私たちを取り囲むように包囲網を縮めていく。
「反逆者だ! 殺せ! その首を跳ね飛ばせ!」
カイル兄上が、ワインをこぼしながら絶叫する。
その顔は恐怖で歪み、かつての「賢王の器」と呼ばれた面影はどこにもない。
「……うるさいですね。主様のお声が聞こえません」
リリアナが、心底面倒そうにため息をついた。
彼女が一歩、前に踏み出す。
ヒュッ。
風が鳴いた、と思った瞬間には、先頭の騎士5人が吹き飛んでいた。
斬られたのではない。アイリスの側面で鎧の上から殴打され、肋骨とプライドを同時に粉砕されたのだ。
ドミノ倒しのように崩れる騎士たち。悲鳴すら上げられず、彼らは泡を吹いて気絶した。
「え……?」
「早すぎる……目にも止まらぬとは……」
残された騎士たちが足を止める。
リリアナは血振りの動作もせず、ただ冷徹な瞳で彼らを射抜いた。
「次は首です。……試しますか?」
その一言で、勝敗は決した。
恐怖という名の鎖が、最強の騎士団をその場に縫い止める。
「ルミア。……扉を」
私が指を鳴らすと、ルミアが無邪気に笑った。
「はーい。……誰も帰っちゃだめだよ?」
彼女が両手を広げると、大広間の全ての出入り口が、分厚い黄金の光の壁で塞がれた。
聖魔法『聖域結界』。
本来は魔物から都市を守るための絶対防壁が、今は貴族たちを閉じ込める鳥籠として機能している。
「ひっ、出られない!?」
「開けてくれ! 私は関係ない!」
貴族たちがパニックに陥り、扉を叩く。だが、聖女の結界は爪一枚通さない。
私は優雅に歩き出し、ホールの中央――シャンデリアの真下で立ち止まった。
「皆様、どうか落ち着いて。……ダンスはまだ終わっておりませんわ」
私が扇子を閉じると、その音が広間に響き渡り、奇妙な静寂が戻った。
数百人の視線が私に突き刺さる。恐怖、好奇心、そして軽蔑。
「父上。……貴方は先ほど、私が撒いたビラを『妄言』だと仰いましたね?」
私は玉座のグスタフ王を見上げた。
「では、ここにいる『証人』についてはどう説明なさるおつもり?」
私は隣に立つルミアの肩を抱いた。
彼女のドレスの袖を少しだけ捲り上げる。
そこには、かつて「調整」という名目で刻まれた、無数の魔術刻印の痕――古傷が、白磁の肌に痛々しく残っていた。
「……見て。これ、神官様につけられたの」
ルミアが、幼子のような口調で呟く。
「痛かったの。泣いたら、もっと痛くされたの。……王様が『もっと出力を上げろ』って言ったから」
会場が凍りついた。
聖女の肌に残る虐待の痕跡。そして、彼女自身の口から語られる真実。それは、王家の正義を根底から覆す決定的な証拠だった。
「で、でたらめだ! その女は偽物だ! 本物の聖女は……!」
カイル兄上が叫ぶが、誰も同調しない。
目の前にいる少女が放つ圧倒的な魔力と神聖なオーラは、彼女が紛れもない「本物」であることを雄弁に物語っていたからだ。
「まだ認めないのですか? ……往生際が悪いですわね」
私は懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。
ゲパルトから手に入れた「裏帳簿」の一部だ。
「ここには、王家が教会に支払った『聖女調整費用』と、その財源となった『違法奴隷売買』の記録が記されています。……日付も、署名も、全て父上の直筆入りで」
私はその紙を、魔法で空中に投影した。
巨大な文字と数字が、ホールの空中に浮かび上がる。
「な……ッ!?」
貴族たちが息を呑む。
そこに記されていた取引先には、王家だけでなく、この場にいる多くの有力貴族の名も連なっていたからだ。
自分たちも「共犯」であることが暴かれた瞬間、彼らの顔色は恐怖から絶望へと変わった。
「おわかりいただけて? ……この国はもう、芯まで腐っているのよ」
私は扇子で口元を隠し、冷酷に宣告した。
「父上、兄上。……貴方たちは王ではない。ただの寄生虫よ」
「き、貴様ァァァッ!! 殺してやる! 今すぐ殺してやるッ!!」
グスタフ王が理性を失い、腰の剣を引き抜いて玉座から転がり落ちるように駆け出した。
王としての威厳もプライドも捨てた、ただの獣の突進。
「……愚か者」
リリアナが動こうとした。
だが、それよりも早く、ルミアが小さな掌を前に突き出した。
「お姉様を……いじめるな」
ドォォォォンッ!!
目に見えない衝撃波が、グスタフ王を襲った。
彼はボールのように吹き飛び、背後の玉座に激突する。黄金の仮面が砕け散り、豪華な椅子と共に壁にめり込んだ。
「が、はッ……!」
王は血を吐き、白目を剥いてぐったりと崩れ落ちる。
一撃。
大陸最強の兵器の一端が、王国の頂点を物理的に沈黙させた。
「……あーあ。壊れちゃった」
ルミアは興味なさそうに手を下ろす。
シン……と静まり返る大広間。
もはや、誰も声を出せない。王が倒されたことへの驚きよりも、「次は自分が殺されるかもしれない」という原初的な恐怖が、貴族たちを支配していた。
「さあ、皆さん。……音楽が止まってしまいましたわ」
私は倒れた王を一瞥もしないまま、震えるカイル兄上に向き直った。
「兄上。次期国王として、この場をどう収めるおつもり? ……私たちを処刑しますか? それとも、その膝を折って、新しい『秩序』に許しを請いますか?」
カイル兄上の膝がガクガクと震え、床に崩れ落ちた。
失禁のシミが、高価なズボンに広がっていく。
「ひ、ひぃ……助けて……助けてくれぇ……」
決着だ。
私は貴族たちに向かって、優雅にカーテシーをした。
「今宵の舞踏会はこれにてお開きとさせていただきます。……どうぞ、この夜のことを忘れないでくださいませ。アステリア王国の終わりの始まりを」
私はリリアナとルミアを促し、背を向けて歩き出した。
誰も追ってこない。
誰も止められない。
私たちは悠々と、正面玄関から退場する。
王都の夜空には、まだ暴動の煙が立ち上っていた。
だが、その炎よりも熱く、激しい変革の嵐が、今まさに吹き荒れようとしていた。




