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追放された無能王女、実は「自分と手を繋いだ相手」と一緒に【セーブ&ロード】する権能を持っていました。  作者: タルタロス


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第20話:壊れた聖域

 翌日の正午。

 荒野の陽炎かげろうの向こうから、それはやってきた。


 軍隊ではない。たった一人の少女だ。

 純白の法衣を風になびかせ、地面から数センチ浮遊しながら滑るように近づいてくる。

 その背後には、まるで蜃気楼のように巨大な光の翼が揺らめいていた。


 聖女ルミア。

 アステリア教会の象徴であり、意思を持った戦略級魔導兵器。


「……綺麗ですね。吐き気がするほど」


 城壁の上で、リリアナが嫌悪感を露わにして呟く。

 彼女の目には、ルミアが放つ神聖なオーラが、毒々しい汚泥のように見えているのだろう。獣人のヴォルフやエルフたちに至っては、本能的な恐怖で身動きすら取れずにいる。


「リリアナ、貴女は下がっていなさい。……彼女と剣で語り合っては駄目よ。会話が成立しないから」


 私は日傘を差し、城門の前へと降り立った。

 護衛はつけない。私一人だ。


 ルミアは私に気づくと、無邪気な笑顔で空中で停止した。


「こんにちは! 貴女が『シミ』ですね?」


 鈴を転がすような声。そこには殺意も敵意もない。

 あるのは、庭の雑草を見つけた時のような、純粋な義務感だけだ。


「初めまして、ルミア様。……私はエリーゼ。貴女が消そうとしている城の主です」


「エリーゼさん? ふふ、変な名前。……でも、すぐに消えちゃうから覚える必要はないですね!」


 ルミアは小首を傾げ、右手を天にかざした。

 刹那、上空の雲が渦を巻き、太陽をも凌駕する黄金の光球が出現する。

 聖魔法『天上の裁き(ヘブンズ・ジャッジメント)』。

 都市一つをクレーターに変える、規格外の浄化魔法だ。


「神様が言っていました。汚いものは消毒しなさいって。……だから、バイバイ!」


 彼女が手を振り下ろそうとした、その瞬間。


「――強制執行オーバーライド。識別コード『9901・創世記ジェネシス』」


 私が淡々と紡いだ言葉に、ルミアの動きがピタリと止まった。


「……え?」


 彼女のサファイアのような瞳が、焦点を見失って揺れ動く。

 振り上げた手は空中で凍りつき、上空の光球もその膨張を停止した。


「な、なに……? 今の言葉、は……」


 ルミアが頭を押さえて呻く。

 当然だ。今のはただの言葉ではない。

 彼女の精神深層に埋め込まれた、教会最高位の神官しか知り得ない「緊急停止コード」だ。


(第700回目のループ。私は教会の地下書庫に潜入し、聖女の製造記録を読んだ。……彼女は神の使いなどではない。孤児を素体に、魔力回路を埋め込んで洗脳した人造兵器)


 教会は、兵器が暴走した時のために、裏口バックドアを用意していた。

 私はその鍵を、1,000回の記憶の中から引き出しただけだ。


「ルミア。……貴女の『神様』は、今、何と言っているのかしら?」


 私は一歩、彼女に近づく。


「『殺せ』と言っている? それとも『止まれ』と言っている?」


「あ、うぅ……。神様の声が、聞こえない……。ノイズが、頭の中で……!」


 彼女は錯乱し、空中に浮かんでいられなくなって地面に膝をついた。

 停止コードは、彼女の脳内で鳴り響く「神の声(洗脳命令)」を一時的に遮断する。

 今、彼女は生まれて初めて、命令のない静寂の中に放り出されたのだ。


「可哀想なルミア。貴女が聞いているのは神の声じゃないわ。……大司教が魔導具で送っている、ただの『ラジオ放送』よ」


「ち、違う! 私は聖女! 神様に愛された、特別な……!」


「特別? ええ、そうね。貴女は特別に頑丈に作られた『部品』だもの」


 私は彼女の目前まで歩み寄り、震えるその肩に手を置いた。

 リリアナなら即座に斬り殺す距離。だが、今のルミアにその判断力はない。


「教えてあげる。貴女が『穢れ』だと思って消してきたもの。……それは全部、王家にとって都合の悪い人間たちよ」


「うそ……嘘だ……! 私は、世界を綺麗にするために……!」


「いいえ。貴女は、王家のゴミ処理係。……真っ白な服を着せられて、血の海を歩かされているだけの操り人形」


 私は彼女の耳元で、甘い毒のように囁く。


「ねえ、ルミア。……貴女、自分の『お母さん』の顔を覚えている?」


 その問いは、彼女の精神防壁ロジックに致命的な亀裂を入れた。

 洗脳によって消去されたはずの記憶。だが、欠落しているという違和感だけは残る。


「お母、さん……? 私は、神殿で生まれたから、お母さんは……いな、い……はず……」


「いるわよ。……貴女はスラムの貧民街でさらわれて、その才能を見出されて改造された。お母さんは、貴女を探して教会の門を叩き続け……そして、邪魔だと殺された」


 第700回目。地下牢で見つけた記録には、そこまで記されていた。


「あ、あぁ……ッ!!」


 ルミアが絶叫する。

 頭上の光球が形を維持できなくなり、霧散していく。

 彼女の瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。それは聖女の慈愛の涙ではない。迷子の子供が流す、恐怖と孤独の涙だ。


「痛い、痛いよぉ……! 何これ、胸が苦しい……! 神様、助けて、聞こえないよぉ……!」


 幼児退行。

 強固な洗脳が解けた反動で、彼女の精神は崩壊寸前まで追い込まれている。


「大丈夫よ、ルミア。……私が新しい『声』になってあげる」


 私は彼女の涙を指で拭い、優しく微笑んだ。

 かつて、彼女の無邪気な魔法で焼き殺された記憶を、その笑顔の下に隠して。


「貴女を騙し、お母さんを奪った『本当の穢れ』はどこにいると思う?」


 ルミアの虚ろな瞳が、私を見上げる。

 そこに映るのは、もう聖女としての使命感ではない。

 行き場のない怒りと、依存先を求める渇望。


「……おう、と……」


「そう。王都よ。……あそこの教会にいる大人たちが、貴女をこんな風にしたの」


 私は彼女の手を取り、立ち上がらせた。


「復讐しましょう、ルミア。……貴女のその力は、掃除のためじゃない。自分を守るために使うのよ」


「復讐……。私が、やってもいいの……?」


「ええ、神様わたしが許すわ」


 その瞬間、ルミアの瞳からサファイアの輝きが消え、深く暗い、濁った青色へと変質した。

 堕ちた聖女。

 最も純粋な爆弾の、起爆スイッチが切り替わった瞬間だった。


「……うん。私、綺麗にする。……嘘つきな大人たちを、全員」


 彼女は私の手を強く握り返してきた。

 その手は熱い。憎悪という名の炎が、彼女の魔力炉を暴走させている証拠だ。


 城壁の上で、リリアナが呆れたようにため息をつくのが見えた。

 最強の敵が、最凶の手駒に変わった瞬間。

 私のコレクションに、また一つ、危険すぎる硝子細工が加わった。

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