第17話:異端者たちの聖域
宮廷魔導師団が「光の雨」に焼かれてから、2週間が経過した。
荒野の廃墟だった『忘れられた城砦』は、今や大陸で最も奇妙で、美しい場所へと変貌を遂げていた。
セリアたちエルフの魔法によって、岩肌だった中庭には豊かな黒土が運び込まれ、季節外れの野菜が青々と葉を広げている。
地下から汲み上げられた水は水路を巡り、乾いた空気を潤す。
夜になれば、城壁のルーン文字が蛍火のように輝き、魔物はおろか、正規軍ですら近づけない絶対不可侵の領域を主張していた。
「……虫が増えましたね」
城壁の上で、リリアナが不機嫌そうに眼下を睨みつけた。
彼女の視線の先――結界の外には、ボロ布を纏った薄汚い集団が数十人ほど、ゾンビのように身を寄せ合っている。
噂を聞きつけた難民たちだ。
「荒野の魔女は、王家に見捨てられた者を救う」
そんな尾ひれがついた噂が、風に乗ってスラム街や犯罪者の隠れ家にまで届いているらしい。
「追い払いますか? それとも、肥料にしますか?」
リリアナの手が、条件反射のように剣の柄にかかる。
彼女にとって、私以外の人間は「資源」か「ゴミ」の二択しかない。
「待って。……今日は『選別』の日よ」
私は日傘を差し、優雅に城門へと降りていく。
門が開くと、難民たちがどよめき、一斉に押し寄せようとした。
「下がれッ! 汚らわしい!」
リリアナが一喝し、足元の地面を剣風で切り裂く。
物理的な境界線を引かれ、彼らは凍りついたように足を止めた。
「……慈悲深い魔女様とお見受けする! 俺たちは食い詰め者だ、働かせてくれ!」
「病気の娘がいるんだ! 薬を……薬をくれぇ!」
叫ぶ男たち、泣き叫ぶ女たち。
その中には、強盗崩れや、国を追われた異教徒、そして鎖を引きちぎって逃げてきた亜人奴隷も混じっている。
私は冷徹な目で、彼らの顔を一人ひとりスキャンしていく。
同情などない。私が照合しているのは、脳内の「死のデータベース」だ。
(右端の男。第88回目のループで、食料庫を荒らして逃げた裏切り者。……左の老婆。第400回目で、疫病を持ち込んで城を全滅させたキャリア)
記憶と照らし合わせ、私は指先で彼らを振り分けていく。
「貴方と、貴方。……それからそこの家族連れは入りなさい」
選ばれたのは、全体のわずか3割。
残された者たちが、絶望と怒りを露わにする。
「な、なんで俺は駄目なんだ! 俺の方が力はあるぞ!」
「ふざけるな! 魔女なら全員救えよ!」
一人の大男が隠し持っていたナイフを抜き、私に向かって飛びかかろうとした。
その瞬間。
ヒュッ。
銀色の閃光が走り、男の首が胴体からさよならを告げた。
鮮血が舞うより早く、リリアナは既に納刀し、ゴミを見る目で男の死体を蹴り飛ばす。
「……私の主の御前で、武器を抜く許可など出していませんよ」
圧倒的な暴力と死。
暴徒化しかけていた群衆が、悲鳴すら上げられずに沈黙する。
「勘違いしないでちょうだい」
私は死体を跨ぎ、震える群衆を見渡した。
「ここは孤児院じゃない。役に立つ『道具』と、無害な『信者』だけが入れる箱庭よ。……選ばれなかったゴミは、魔物の餌になる前に消えなさい」
私の言葉は絶対だ。
選ばれなかった者たちは、リリアナの殺気に背中を押され、蜘蛛の子を散らすように荒野へと逃げ去っていく。彼らの運命は、夜になれば徘徊する魔狼の胃袋の中だ。
「……さて。拾った中にも、面白そうなのが一匹混じっていたわね」
私は城内に招き入れた集団の最後尾、フードを目深に被った巨漢に歩み寄った。
獣のような臭い。
ボロ布の隙間から、銀色の体毛と鋭い爪が覗いている。
「顔を見せなさい、ヴォルフ」
私が名を呼ぶと、巨漢がビクリと肩を震わせた。
観念したようにフードを取ると、そこに現れたのは狼の耳を持つ獣人。
片目に深い傷跡があり、首には奴隷の証である鉄の首輪が嵌められている。
「……なぜ、俺の名を。俺は地下闘技場の『名無し』のはずだ」
低い、唸るような声。
彼は王国貴族が道楽で運営する、違法賭博闘技場の元チャンピオンだ。
第650回目のループ。私は彼に助けられ、そして彼が私の盾となって全身に矢を受けて死ぬのを見た。
「知っているわ。貴方がかつて、たった一人で王国の騎士団一個小隊を素手で壊滅させたこともね」
私はリリアナに目配せをする。
彼女は心得たようにアイリスを抜き、ヴォルフの首輪に刃を当てた。
「動くな。……首を刎ねるより、その鉄屑を切る方が簡単だ」
キンッ!
甲高い音と共に、分厚い魔封じの首輪が真っ二つに割れて地面に落ちた。
ヴォルフが驚愕に目を見開く。
首輪による拘束から解き放たれ、本来の強大な魔力が全身を巡り始める。
「な……自由、に……?」
「ただの自由じゃないわ。……貴方には、私の『牙』になってもらう」
私は彼を見上げ、不敵に微笑んだ。
「その爪で、貴方を奴隷にした飼い主たちの喉笛を食い破りたくはない? ……私に従えば、その機会をあげる」
ヴォルフの黄金色の瞳が揺れる。
やがて、彼はゆっくりと膝を突き、私の前に頭を垂れた。
「……俺の命は、闘技場の砂に捨てたはずのもの。……あんたが新しい飼い主なら、この牙が砕けるまで従おう」
忠誠の誓い。
これで、魔導部隊に続き、強力な近接部隊(獣人)の核を手に入れた。
「エリーゼ様……。また、私の仕事が減ってしまいます」
リリアナが頬を膨らませ、少しだけ不満げに呟く。
「心配しないで。貴女はいつだって私の『一番』よ。……彼らはあくまで量産品。貴女の代わりなんて、1,000回探してもいなかったもの」
私が囁くと、彼女は瞬時に機嫌を直し、ヴォルフに向かって先輩風を吹かせ始めた。
「聞いたか、駄犬。お前は精々、私が手を汚すまでもない雑魚を処理しろ。……主様の半径3メートル以内に近づいたら、その毛皮を剥いで敷物にするからな」
こうして、城砦には人間、エルフ、獣人が入り混じる、混沌とした、しかし強固なヒエラルキーが完成しつつあった。
カイル兄上が次の手をこまねいている間に、私の軍団は着々と膨れ上がっていく。




