第14話:七日間の戦争準備
荒野の廃墟だった『忘れられた城砦』は、わずか3日でその姿を劇的に変貌させていた。
崩れ落ちていた外壁は、セリアをはじめとするエルフたちの土魔法によって修復され、以前よりも高く、鋭利な黒曜石のように輝いている。
城壁の至る所には、複雑な幾何学模様――自動迎撃術式の魔法陣が刻まれ、夜になると蛍のように青白く明滅していた。
それはもはや城ではない。大地に突き刺さった、巨大な墓標であり、要塞だった。
「……セリア。西側の第3塔、魔法陣の角度が2度ずれているわ」
私は城壁の上から、作業中のエルフたちを見下ろして指摘した。
「そこの角度が甘いと、敵の『爆炎槍』を防ぎきれずに塔が半壊する。……やり直しよ」
「は、はいっ! 申し訳ありません!」
セリアが悲鳴に近い声を上げ、慌てて修正作業に戻る。
彼女は不思議に思っているはずだ。なぜ私が、まだ来てもいない敵の魔法の「着弾角度」まで知っているのかを。
(33回目のループ。あの塔が崩れて、私は瓦礫の下敷きになった。……押し潰される瞬間の、骨が砕ける音は今でも耳に残っている)
私は手すりを指でトントンと叩く。
私の指示は、すべて私の死体から得られたデータに基づいている。だからこそ、その防御設計に一ミリの隙もあってはならない。
「……エリーゼ様。少し、休憩なさいませんか?」
背後から、リリアナが冷えた果実水を持ってきた。
彼女はこの数日、私の影のように付き従い、エルフたちを監視し、私が指一本動かす労力さえ惜しんで世話を焼いている。
「ありがとう。でも、時間がないわ」
私はグラスを受け取り、一口だけ口をつけた。
乾いた喉に甘露が染み渡る。
「今日で6日目。……王宮の『第一陣』が到着するのは、明日の正午よ」
「明日の正午……。予言、ですね」
「いいえ、予定よ。父上は几帳面だから、騎士団の進軍速度を計算通りに進める。……来るのは『宮廷魔導師団』の精鋭30名。指揮官は『爆炎のガロン』」
ガロン。その名を聞いただけで、リリアナの眉がピクリと跳ねた。
彼女も覚えているのだ。かつてのループで、私たちを何度も焼き殺した男の名を。
「……あの男ですか。前回の世界で、貴女の髪を焦がした無礼者ですね」
リリアナの声が低く沈み、持っていた銀の盆がミシミシと音を立てて歪んだ。
「今回は、灰にするだけでは生温かい。……四肢を切り落として、城門の飾りにしましょうか」
「ふふ、素敵なアイデアね。でも、彼にはもっと役に立ってもらうわ」
私は城壁の先端に設置された、巨大な水晶のレンズを撫でた。
古代の光学兵器『プリズム・カノン』。太陽光や魔力を収束して発射する対空砲だ。
「彼らの自慢の火力を、この城の防衛システムの『実験台』にするの。……エルフたちが作った結界がどれだけ耐えられるか、実戦データが必要でしょう?」
「……なるほど。実験動物、ですか」
リリアナは歪んだ盆を無造作に放り投げ、私の腰に手を回した。
「ですが、万が一にも結界が破られたら……その時は、私が動きます。光よりも速く、炎よりも熱く。……貴女に火の粉一つ浴びさせません」
彼女の瞳は、城壁の外の地平線を睨みつけている。
そこにはまだ何も見えない。ただの荒涼とした岩肌が続くだけだ。
だが、リリアナの殺気は既に、明日来る敵の喉元に届いているようだった。
「期待しているわ、リリアナ。……さあ、最後の仕上げよ」
私は彼女の手を取り、城の中庭へと降りていく。
そこには、長老たちが怯えながら準備した「歓迎の宴」の支度が整っていた。
もちろん、食事のためではない。
城門を突破しようとする愚か者たちを、確実に葬り去るための、地獄の落とし穴の最終確認だ。
***
そして、運命の7日目が訪れた。
太陽が天頂に昇り、影が最も短くなった刻。
地平線の彼方から、土煙が上がった。
整然と並ぶ真紅のローブ。空中に浮かぶ魔導杖。
アステリア王国が誇る、戦略級の破壊戦力『宮廷魔導師団』。
「……来たわね」
私は塔の最上階、テラス席で優雅に紅茶を傾けながら呟いた。
隣には、抜身の凶器のように研ぎ澄まされたリリアナ。
眼下には、恐怖に震えながらも持ち場につくエルフたち。
かつての私なら、この光景を見ただけで絶望し、逃げ惑っていただろう。
けれど今の私には、彼らが「的」にしか見えない。
「リリアナ、合図を」
「はい、主様」
リリアナが手を掲げる。
それに応えるように、城壁の『プリズム・カノン』が、太陽の光を集めてギラリと輝いた。
1,001回目の戦争が、今ここから始まる。
一方的な、蹂躙劇として。




