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追放された無能王女、実は「自分と手を繋いだ相手」と一緒に【セーブ&ロード】する権能を持っていました。  作者: タルタロス


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第11話:蜜月の傷跡

 白い湯気が、高い天井に吸い込まれていく。

 城の地下に設けられた大浴場は、古代の魔導技術によって常に適温の湯が湧き出るよう設計されていた。磨き上げられた白亜の浴槽は、まるで神殿の祭壇のようだ。


「……失礼いたします、エリーゼ様」


 背後で、濡れた布が肌を滑る感触がした。

 リリアナの指先は、恐ろしいほどに慎重だ。まるで私が薄氷でできた人形で、少しでも力を込めれば砕け散ってしまうと信じ込んでいるかのように。


「リリアナ、もう少し力を入れてもいいのよ。私はそんなに脆くないわ」


「いいえ……できません。貴女の肌は、雪のように白くて……触れるだけで指紋という名の汚れをつけてしまいそうです」


 彼女の声は湿っていた。

 湯の音に紛れて、微かな嗚咽が聞こえる。彼女は私の背中を洗いながら、泣いていた。


「……第440回目のループ。この背中には、拷問官によって焼きごてが当てられました。……第812回目では、毒矢を受けて……紫色の痣が……」


 リリアナの指が、私の背中の何もない空間をなぞる。

 今の私の肉体には、傷一つない。だが、彼女の目には、1,000回分の拷問と処刑の痕跡がありありと見えているのだ。

 それは彼女だけが背負う、愛という名の幻痛ファントム・ペイン


「泣かないで、リリアナ」


 私は湯の中で振り返り、彼女の濡れた頬を両手で包み込んだ。


「見て。傷なんてどこにもないわ。貴女が守ってくれたから、私は今、こうして綺麗なままでいられる」


「……守れた、のでしょうか。私は貴女を1,000回も死なせて……」


「いいえ。貴女は1,000回、私の心を守り抜いた。……貴女が覚えていてくれるから、私の痛みは『無駄』じゃなかったの」


 私は彼女の唇に、自分の唇を重ねた。

 性的な欲望というよりは、酸素を分け与えるような接触。

 リリアナが大きく息を吸い込み、私の体温を肺の奥まで取り込んでいく。


「……はい。……はい、エリーゼ様。貴女の傷も、痛みも、すべて私のものです。誰にも渡しません」


 彼女の瞳に、再び危うい光が宿る。

 それは安らぎではない。独占欲という名の燃料が投下された輝きだ。


          ***


 風呂から上がり、城に残されていた貴族用のローブを身に纏うと、私たちは城砦のテラスに出た。

 荒野の風が、火照った肌に心地よい。

 眼下には、結界の外でうごめく魔物の群れが見えるが、今の私たちには庭先の羽虫と変わらない。


「さて、リリアナ。優雅な休暇バカンスはここまでよ。……これからは仕事の時間」


 私は手すりに寄りかかり、眼下に広がる荒野の地図を脳内で展開する。


「この城は『箱』としては優秀だけど、中身が空っぽだわ。……私たちには『手足』が必要よ」


「手足……ですか? 戦闘も、雑用も、すべて私がこなします。他の誰かがこの城に入り込むなど……考えただけで吐き気が」


 リリアナが不機嫌そうに眉を寄せる。

 彼女にとって、この城は二人だけの聖域。異物の侵入は許容しがたいだろう。


「わかっているわ。でもね、リリアナ。貴女は私の『剣』であって、畑を耕すくわじゃない。……それに、貴女の手を泥仕事で荒らしたくないの」


 私がそう言うと、リリアナは頬を染めて黙り込んだ。

 彼女は「私のため」という言葉に弱い。


「それに、父上はいずれ、この城の結界を破るために大軍を送り込んでくる。……その時、矢避けの・・・・・くらいは必要でしょう?」


「……なるほど。使い捨ての盾、ということですね。それならば納得できます」


 リリアナの声から温度が消え、合理的な騎士の顔に戻る。


「では、どこから調達しますか? 近隣の村を襲って、奴隷にしますか?」


「いいえ。恐怖で縛った奴隷は、いざという時に裏切るわ。……私たちが欲しいのは、自ら進んで命を投げ出す『信者』よ」


 私は荒野の北側、岩山の方角を指差した。


「ここから北へ半日歩いた場所に、隠れ里があるわ。……エルフの生き残りたちが住む『嘆きの谷』よ」


「エルフ……。人間を嫌っている種族ですね」


「ええ。でも、彼らは今、原因不明の流行り病で全滅の危機に瀕している。……第600回目のループで、私は彼らの死体を埋葬したことがあるから知っているわ」


 あの時は、私自身も病に倒れ、リリアナと共に土に還った。

 だが、その「死」のおかげで、私はその病の特効薬の作り方を知っている。


「行きましょう、リリアナ。……彼らに『奇跡』を売りつけに行くの」


「奇跡、ですか」


「そう。絶望している者に手を差し伸べれば、彼らはその手を神の手だと錯覚する。……彼らをこの城に住まわせ、畑を耕させ、私たちのために死ぬことを『名誉』だと思わせるの」


 私は悪戯を思いついた子供のように笑った。

 それは救済ではない。

 最も効率的で、最も残酷な支配の始まり。


「承知いたしました、我がマイ・ロード。……貴女の教義ルールに逆らう異教徒は、このアイリスですべて裁きましょう」


 リリアナが恭しく跪き、私の靴の先に口づけを落とす。

 蜜月は終わり、私たちは再び覇道へと足を踏み出す。

 たった二人から始まる、狂った王国の建国神話が、今ここから動き出した。

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