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追放された無能王女、実は「自分と手を繋いだ相手」と一緒に【セーブ&ロード】する権能を持っていました。  作者: タルタロス


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第1話:1,001回目の体温

 首が落ちる音というのは、何度聞いても湿った嫌な響きがする。


 視界が横に滑り、石畳の冷たさが頬に張り付いた。

 目の前には、転がったばかりの銀色の塊がある。ほんの数秒前まで、私の愛しい騎士だったモノだ。

 美しい銀髪は泥と血に塗れ、すみれ色の瞳は虚空を見上げている。その瞳に、私の姿はもう映っていない。


 ああ、1,000回目。

 記念すべき1,000回目の「死」は、こんなにも呆気なく、寒々しい。


「……エリーゼ、様……」


 首だけになっても、彼女の唇が微かに動いた気がした。

 幻聴だ。わかっている。けれど私は這いずり、その冷たくなり始めた指先に、自分の指を絡ませた。


「ごめんね、リリアナ」


 私の声は震えていない。恐怖も、悲しみもない。あるのは、ただ事務的な確認作業チェックだけ。

 今回の死因は「民衆による投石と断頭」。抵抗しなかったのが悪かった。次はもう少し、派手にやろう。


 私は彼女の、氷のように冷え切った指を、爪が食い込むほど強く握りしめた。

 痛みはない。私の痛みは、彼女が1,000回分背負ってくれているから。


「次は、暖かい場所で会おうね」


 カチリ、と。

 世界の裏側で、時計の針がへし折れる音がした。


          ***


 内臓が裏返るような吐き気を伴い、世界が反転する。

 色彩が溶け出し、強烈な光が網膜を焼いた。


「――故に! 魔力を持たぬ無能、王女エリーゼを国外追放とする!」


 鼓膜を打つ、甲高い男の声。

 鼻をつく香水の匂い。足裏に感じる、磨き上げられた大理石の感触。

 そして何より――。


「……っ、あ……ぁ……ッ」


 私の右手を握りしめる、沸騰するような「熱」。


 視線を下ろす。

 そこには、銀髪の騎士――リリアナ・フォン・アステリアが、私の手を両手で包み込み、ガタガタと震えながら跪いていた。

 彼女の瞳孔は開ききり、呼吸は過呼吸気味に浅い。

 無理もない。彼女の神経には今、さっきまで感じていた「首を切断された激痛」が、幻痛ファントム・ペインとして焼き付いているのだから。


(ああ、生きている)


 私は深く息を吸い込む。

 腐った香水の匂いすら、今は愛おしい。

 リリアナの脈拍は、早鐘のように私の掌を叩いている。1秒間に3回。正常値より遥かに速い。


「……エリーゼ、さま……えりーぜ、さま……っ」


 彼女は、私がここにいることを確認するように、親指の腹で私の皮膚を何度も擦っている。

 まるで、そこから酸素を摂取しなければ死んでしまう深海魚のように。


「大丈夫よ、リリアナ」


 私は彼女の耳元で囁く。

 これは、1,001回目の愛の言葉だ。


「貴女は生きている。私が、生かした」


 その言葉が聞こえた瞬間、リリアナの濁った瞳に、すうっと理性の光が宿った。

 菫色の瞳が、私だけを映す鏡になる。


「……はい。貴女がそう仰るなら、ここは私の世界です」


 彼女は涙目で微笑むと、私の指に頬を擦り寄せた。

 周囲の嘲笑も、玉座からの罵声も、彼女には一切聞こえていない。ただ私の体温だけが、彼女をこの世に繋ぎ止めるくさびだった。


「おい! 聞いているのかエリーゼ! 父上も僕も、貴様のそのふてぶてしい態度にはうんざりしているんだ!」


 玉座の上から、金髪の男が唾を飛ばしている。

 第1王子、カイル・フォン・アステリア。

 魔力至上主義の権化であり、私を「電池」としか呼んでこなかった愚兄。


(……342回目では毒殺。678回目では刺客。999回目では聖具による封印)


 脳内のデータベースが、彼に殺された記憶を高速で弾き出す。

 1,000回殺された相手だ。今更、怒りなど湧きようもない。

 ただ、目の前に「処理すべきバグ」があるだけだ。


「聞こえていますよ、兄上」


 私はリリアナの手を握ったまま、一歩前に進み出た。

 リリアナが、影のように私に追従する。指先一本、離れることはない。


「追放、結構です。この国にはもう飽きていましたから」


「な……飽きていた、だと? 魔力ゼロのゴミが、負け惜しみを!」


 カイルが顔を真っ赤にして立ち上がる。

 その動き。右足に重心をかけ、左手で剣の柄に触れる癖。

 1,000回見た。

 彼はあと3秒後に「衛兵、こいつをつまみ出せ」と叫び、5秒後に私が抵抗すると見せかけて抜刀し、リリアナの肩を斬る。


(今回は、その右腕は不要ね)


 私は冷え切った紅茶を啜るように、淡々と言葉を紡いだ。


「ところで兄上。帝国ヴォルガとの『密約』は、もう結ばれましたか?」


 ピタリ、と。

 カイルの動きが止まった。

 玉座の間を支配していた嘲笑の空気が、瞬時に凍りつく。


「な……何を、言って」


「ご存じない? 帝国の宰相に宛てた、国防騎士団の配置図と、王城の結界の抜け穴を記した羊皮紙のことです」


 私はリリアナの手を、あやすように優しく撫でながら続ける。


「兄上の寝室。暖炉の右側、下から3番目のレンガの裏。……そこに隠してある『裏帳簿』と一緒に、今頃は父上の机の上にある頃かしら」


 カイルの顔から、血の気が引いていく。

 それはそうだろう。彼自身、まだ隠したばかりで、誰にも――神にさえ話していない秘密なのだから。

 だが、私は知っている。

 第789回のループで、彼自身が私に自慢げに話しながら、私の首を絞めたのだから。


「き、きさ、貴様ァァァァッ!!」


 カイルが絶叫し、腰の剣を抜き放った。

「殺せ! この嘘つき女を切り刻めぇッ!!」


 周囲の近衛騎士たちが、一斉に殺気を放つ。

 剣呑な金属音が響き渡り、数十本の切っ先が私に向けられた。


 本来なら、ここで私は恐怖に震え、リリアナが私を庇って傷つく。

 それが、神が書いた「運命」だ。


 けれど。

 1,001回目の私たちは、もう脚本通りには踊らない。


「――うるさい」


 私の隣で、鈴が鳴るような声がした。

 次の瞬間。


 ヒュンッ――。


 風切り音すら置き去りにする、神速の一閃。

 誰も動いていないように見えた。リリアナさえ、私の手を握ったまま、一歩も動いていないように見えた。


 けれど、カキン、カキン、と硬質な音が連続して響く。

 床に落ちたのは、数十本の「剣の先端」。

 近衛騎士たちが構えていた剣が、すべて根元から切断されていた。


「ッ!?」


 遅れて、騎士たちが悲鳴を上げる。

 彼らの喉元、皮膚一枚だけの薄皮に、赤い線が刻まれていたからだ。

 あと1ミリ深く踏み込んでいれば、全員の首が飛んでいたという「警告」。


 リリアナは、抜いたはずの細剣『アイリス』を既に鞘に収め、うっとりとした表情で私の肩に額を押し付けていた。

 その瞳は、周囲の敵など見ていない。

 ただ、私の反応だけを、飢えたように求めている。


「……エリーゼ様。……不快な音を立てる虫を、黙らせました。……褒めて、いただけますか?」


 彼女の体は、まだ小刻みに震えている。

 人を斬る恐怖ではない。私の許可なく剣を抜いたことで、私に嫌われることを恐れているのだ。


 私は彼女の銀髪に指を通し、その震えを唇で吸い取るように、耳元で囁いた。


「ええ、いい子ね、リリアナ。……愛しています」


 その一言で、彼女の表情が溶けた。

 戦場に咲く花のような、残酷で、どうしようもなく美しい笑顔。


「はい……私も、私も、貴女の骨の髄まで愛しています、エリーゼ様」


 玉座の前で、私たちは抱擁する。

 周囲には、剣を折られて腰を抜かす騎士たちと、秘密を暴かれて泡を吹いて倒れる兄。

 ああ、なんて静かで、清々しい朝なのだろう。


 これが、私たちの「1,001回目の心中」の始まりだ。

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