3 前世の記憶
ソリアナは、懐かしさを覚えながら前世の記憶を辿り、母さんの質問に答えました。
「私は日本に住んでいて、占い師だったよ」
「占い師?」
「最初は、何となくクレアコグニザンスの力で親しいお友だちの相談に乗っていただけだったんだけどね。言われたことが当たってるって、人がたくさん押し寄せるようになってしまったの。だから占い師になって、仕事として相談に乗ることにしたの。予約がいっぱいでとっても忙しかったな……」
「そうだったの。気持ちの優しいソリアナらしい前世ね」
母さんは誇らしそうにソリアナに微笑みかけました。ソリアナは胸に温かいものが広がるのを感じて、母さんに微笑み返しました。
「クレアコグニザンスの力を使うことを仕事にするようになって、高いところとつながってメッセージを下ろすためには自分自身の内側のお掃除が大切だってわかったの。あの頃は朝の瞑想と夜の感謝の祈りを習慣にしていたのを思い出して、今日からまた始めてみたよ」
「ふむ。内側の掃除か。そういうことも、もっと詳しく聞いてみたいね。意識の力のためにいいことは、家族みんなで取り組んでいきたいからね」
父さんはソリアナの話に興味津々で、身を乗り出して聴き入っていました。
兄と姉たちは、考え込んでいたりそわそわしていたり、みんなどこか落ち着かない様子でした。けれども、ソリアナの話を遮ることなく静かに聴いてくれていました。
「……もしかして。みんなも前世の記憶があるんじゃない?」
何となくそう感じたソリアナは、兄と姉たちの顔を見回し、彼らの言葉を待ちました。
一番上の兄プラートは、父さんと母さんの目を交互に見ました。そして、テーブルの全員の顔を見渡してから、ソリアナへ笑顔を見せました。
「どうして分かった?実はそうなんだ。考古学を学ぶ学生だった。エジプトで生まれたよ。地中海周辺のエジプト、ギリシャ、ローマなどの神話と、神話に出てくる古の神々の研究をしていたんだ。ソリアナ、前世のことを話す切っ掛けを作ってくれてありがとう」
プラートは今回の人生でもマージナルの歴史や成り立ちに興味を持ち、彼なりに調べ始めていました。
「……俺はブラバント公国で画家をしてたよ。貴族や教会から依頼された絵を描く仕事をしていたんだ。イタリアへ旅もしたな。頭の中に浮かんでくる世界や風刺的な絵を描いたりもしたけど、最後に全部燃やしてしまった。あの頃は許されない思想だったから」
二番目の兄のサレントも、重い口を開きました。前世の話を終えるとサレントは、どこか遠い目をして斜め上の天井の方を見上げ、思考へと沈んでいきました。サレントは口数が少なく、深く物事を考えることができました。彼のメモにはいつも、わかりやすい絵や図が添えてありました。
「私も覚えてる……ドイツの修道院にいたわ。ハーブとか野菜とか、役に立つ植物を育てて効能を研究していたの。薬も作っていたわ。もしかして、だから今も、ハーブのお茶を淹れるのが好きなのかしらね」
姉シエナは、誰にも言えずに抱えていた前世の記憶について話せたことで、ホッとして肩の力が抜けたようでした。真っ白なハンカチで目元を押さえていますが、その顔は柔らかく微笑んでいました。シエナは、体調に合わせたハーブのお茶をブレンドすることや、アルコールやオイルで植物の成分を抽出して化粧水や塗り薬などを作ることが好きでした。
「オレさ、アイルランドで漁師だったんだ!家には妖精の家があって、妖精を見たこともあるんだ!本当だって!」
三番目の兄シプロは、身振り手振りを交えながら妖精を見たことを隣のシエナに力説しています。よく言えば素直、はっきり言えば単純なシプロは、家族の中で一番、動物に懐かれました。
「妖精を見たことがあるの?シプロがそう言うなら信じられるわ!」
シエナの言葉に、母さんも父さんも、家族みんながシプロを見て大きく頷きました。
「私は、メサっていう台地に生きる、平和を愛する古い部族の一員だったわ。精霊を敬い、自然を愛し、自然とともに生きていたの。予言の書もあったのよ。ねえ、シプロの見た妖精の話、後で詳しく聞きたいわ!」
下から二番目の姉レゼダはキラキラと目を輝かせていました。野に吹く爽やかな風のような人です。歌うことが大好きで、声で自然と会話しているかのようでした。いつも天気の変化を敏感に察して、雨が降り始める前に教えてくれるのでした。
「あたしも覚えてるよ。緑が美しい、アルプスの山々が見える場所だったなあ。牛を育ててミルクを搾って、バターやチーズを作っていたのよ。雪解け水の冷たさと美味しさを、何故か最近、よく思い出していたのよね」
いつも明るく元気な一番下の姉メーラは、母さんを手伝ってバターを作るのが誰よりも得意でした。きっとこれを機にチーズ作りにも挑戦してくれるでしょう。
ソリアナは、前世で大好きだった、クリームチーズと生クリームを使ったレアチーズケーキを思い出し、メーラに絶対クリームチーズを作ってもらおうと心に決めました。
そして、自分だけでなく、父さん、母さん、兄たち、姉たちにも前世の記憶があったことをとても嬉しく感じていました。
「ねえソリアナ、どうして私たちに前世の記憶があるって解ったの?」
シエナは、どうしてソリアナにそれが解ったのだろうかと不思議に感じていました。家族のみんなが、頷きながらソリアナの答えを待っていました。
「なんとなく、そうかなと思ったの。クレアコグニザンスの力が働いてるんだと思う」
「そう、なんとなく解るのね……光のガイドさんに、いつかクレアコグニザンスについて聞いてみたいわ」
「うん、私も光のガイドさんに色々質問してみたいな」
ソリアナはガイドさんと出会ったばかりで、昨日聞いたこともまだよく分かっていませんでしたから、意識の力のことも含めて、光のガイドさんに聞いてみたいことがたくさんありました。
「ヴェルデ家の全員に前世の記憶があるなんて!何だか面白いことになってきたぞ!!」
父さんは驚きを通り越して大興奮しています。母さんは最初こそ目をまん丸にしていましたが、すぐに満面の笑みを浮かべました。
「全員に前世の記憶があるってことは、きっと、私たちの前世の知識が何かに必要だってことよ。スプルース、本当に面白くなってきたわね」
父さんは母さんの言葉に頷くと、表情を引き締めて話し始めました。
「今日はソリアナの十一歳の誕生日だ。マージナルでは、十一歳の誕生日に家族で目標を話し合って、それを守り石に吹き込む。だが、ヴェルデ家では誰も守り石を身に着けていないことは、みんな知っているね?」
「うん。どうして私たちは神殿に行かないの?」
ソリアナたち家族は、神殿での祝福を受けていません。どの村や町にも属しておらず、守り石も貸与されていませんでした。
「今日の家族会議は、マージナルと神殿のことや、ヴェルデ家の担っていることを話すのが目的だったんだ。ソリアナが十一歳になったら、包み隠さずみんなに伝えようと決めていた。なあ、エルム」
「ええ。私たちには役割があるの。ソリアナも十一歳になったし、今までのことを全部あなたたちにも伝えましょう」
父さんと母さんは真剣な表情で頷き合い、全員の顔を見渡しました。




