21 旅のルート
昨日、馬車と保冷庫が完成して旅の準備が終わり、明日はいよいよ旅に出る日となりました。
旅に出るのが楽しみで仕方がない子どもたちは、旅に持っていくものを用意したり、どんな場所を旅することができるのかと想像したりして、昨夜はいつもより遅くまで起きていました。
今朝も早くに起きて念には念を入れて持ち物を確認し、子どもたちの旅に出る準備は整いました。今日は旅のルートを確認することになっており、朝食の間もその話で盛り上がっていました。
朝食の後、父さんは、明日からの旅についての話をするためにみんなを集めました。
「いよいよ明日は、私たちが旅に出る日だ。子どもたちはみんな、自分の持ち物の準備は終わったようだね。旅のルートを考える前に、みんなに気を付けてほしいことを話しておくよ」
その声はとても穏やかでしたが、芯の通った厳格さのようなものも感じられました。子どもたちはそれぞれ話すのを止めて真面目な表情になると、話を聞くために父さんの方へ身体を向けました。
「まずは、守り石について話しておこう。マージナルの人々はみな、守り石を首から下げているのは知っているね。神殿の神官に怪しまれないように、私たちも同じようなものを身に着けておいた方がいいと思ってね、これを用意してみたんだ」
父さんは長い紐が着いた小さな袋を取り出して、みんなに配りました。袋の中には小石がひとつ入っていました。取り出してみると小石は透明な水晶でした。父さんは、袋に入っていた小さな水晶の石をみんなに見せながら、話を続けました。
「この水晶の小石にはね、身に着けている者の印象を曖昧にする設定をしてあるんだ。水晶は意識の力によって行った設定を増幅してくれる素材だということは、みんな知っているね。この石を身に着けていると、私たちの髪の色や顔立ち、背格好、声といった印象が曖昧になる。だから相手から意識されなくなって、記憶にも残らなくなるよ。ただ、マージナルの人々の持っている守り石は灰色だ。決して水晶の小石を袋から出さないように注意してほしい」
子どもたちは、つるりとした小石を手のひらに載せ、光にかざすと水晶が虹色に見えるのを発見して喜んで眺めていました。けれども、旅の間は袋から出さないようにと父さんが話すと、表情を引き締めて小石を袋に戻し、紐をしっかりと結び直して首にかけました。
父さんは子どもたちの様子を見て肯くと、さらに話を続けました。
「次に、これが一番大切なことだよ。旅の間、私たち家族以外の人がいるところでは意識の力を使わないこと。マージナルの人々は意識の力をうまく使えないんだ。意識の力の存在を信じられなくなってしまった者も多くいる。私たちがいつも通りに意識の力を使っていると、マージナルではとても目立ってしまうんだ。神殿の神官に意識の力を使うところを見られたら、力を悪用しようと考えて捕らえられてしまうかもしれない」
子どもたちはみな、言葉を発することなく神妙な顔で父さんの話を聞いていました。そして、とても真剣な表情の母さんが話を続けました。
「今回の旅を楽しむためには、できるだけ目立たないように細心の注意を払うことが大切よ。旅の最初のうちはマージナルの人々の生活をよく見て、それに合わせられるように練習する必要があるかもしれないわね」
子どもたちは、日々の生活の中でごく自然に意識の力を使っていました。マージナルの人々の生活をよく見て学ぶこと、人々の前で意識の力を使わないよう気を付けることを心に刻んで、それぞれに気を引き締めたのでした。
「さて、旅の間に注意してほしいことについての話はここまでだよ。さあ、今からみんなで旅のルートを考えよう!サレント、マージナルの地図を見せてくれるかい?」
父さんは打って変わって笑顔になると、いつものような明るい声で話し始めました。話題が旅のルートに変わったために、子どもたちも目を輝かせて身を乗り出しました。何となく緊張していた場の雰囲気も和らいで、旅への期待で満ち溢れています。
サレント兄さんは、持っていたスケッチブックを開いてマージナルの地図のページを開けると、父さんに渡しました。父さんは地図を見せながら、マージナルの地形について改めて説明してくれました。
マージナルは海に突き出した半島でした。半島の北側に広大な迷いの森があり、端から端まで東西いっぱいに広がっていました。半島の東、西、南の三方は切り立った崖に囲まれていて、何か所か崖の下に降りられるようになっている場所もありました。しかし、周辺の海は潮の流れがとても複雑で常に荒れているため、船を係留することができる港はありませんでした。
迷いの森の南端から半島の先端までの距離は、百キロメートルほどありました。マージナルの一般的な馬車で縦断するには、四日ほど掛かります。半島の幅は、森のすぐ南側は狭くなっていて五十キロメートルほど、真ん中あたりの一番広くなっているところで百キロメートルほどありました。半島の先へ行くほど幅が狭くなって尖っていて、全体として見るとひし形のような地形をしていました。
「ここが迷いの森で、私たちの家はこの辺りだな」
父さんは、地図の上の方に描かれている迷いの森の、左端の下の方を指差して言いました。森の西の端の方、森の外からは見えない少し奥まったところに、ヴェルデ家はありました。
「そして、森から数キロメートルのところに小さな村がいくつかある。森の近くのこの辺りは旅人も訪れないような寂れた村ばかりだが、少し南へ行くと少し豊かな村もある。まずは村を見て回ろうか」
迷いの森の下の辺りには、いくつかの村が描かれていました。村の周辺には、小さな畑や果樹、牛や馬など牧畜をしている様子も描かれています。
「父さん、森が崖と接しているところ、森が始まるところも見てみたいな」
サレントは今回の旅で、マージナルを隅から隅まで自分の目で見てみたいと思っていました。そして、できることなら、マージナルの詳しい地図を描いてみたいと考えていました。
「そうね、私もマージナルのいろいろなところを見てみたい!」
ソリアナは目を輝かせて手を上げ、サレント兄さんの意見に賛成しました。子どもたちもみんな、口々にあちこちを見てみたいと話し始めました。
「マージナルには遺跡はあるのかな?もし、歴史的な建造物があるなら見てみたいなあ」
プラート兄さんは歴史に興味があり、マージナルの遺跡などの歴史がある場所を見てみたいと思っていました。それを聞いていたレゼダ姉さんも大きくうなずきました。
「私は、その土地のおいしいものがあったら食べてみたいな」
「オレも!おいしい魚料理があったら食べてみたいなあ!」
メーラ姉さんとシプロ兄さんは、二人とも食べることが大好きでおいしいものに目がありません。どんなおいしいものが食べられるだろうとわくわくしていました。
「薬になるような植物やハーブはあるかしら?」
シエナ姉さんは、マージナルの植物やハーブを研究してみようと思っていました。この旅で、自分の知らない植物に出会うことを楽しみにしていました。
「よし、わかった。迷いの森を出たら、まずは西の端の崖まで行ってみよう。そこから森の南を通って村をひとつずつ見て行こう。半島の周辺部を時計回りに一周して崖と街を訪ねて、最後に中央にある大都市に行ってみよう。一年かけてマージナルをすべて回ろうじゃないか!」
「そうね、私とスプルースはマージナルの人々や神殿の様子をしっかり観察できるし、サレントも詳しい地図が描けるわ。そうしましょう」
母さんも笑顔で賛成し、マージナルの旅のルートが決定しました。時計回りに半島を一周して、最後に大都市に滞在するという、一年がかりの旅が明日から始まることになりました。




