2 ソリアナ、ガイドさんに出会う
「さあ、朝ごはんを食べましょう」
母さんのひと言で、ダイニングにある大きな十人用のテーブルに家族全員が揃いました。ヴェルデ家の食卓は年齢順に座るようになっています。
父さんのスプルースは一番奥の上座、父さんから見て右側の一番奥が母さんのエルム、母さんの向かい側は一番上の兄のプラート、母さんの隣に次の兄サレント、その向かい側に姉シエナ、サレントの隣に次の兄シプロ、その向かい側に次の姉レゼダ、シプロの隣にその次の姉メーラ、その向かい側がソリアナという順番です。
大きなテーブルの上には、カゴに山盛りになった焼きたての丸パン、新鮮な自家製のバター、ベリーのジャム、ゆで卵、白と黄色の薄切りのチーズ、ハムとベーコンの大皿、庭の畑で育った新鮮な生野菜、ミルクの入ったピッチャーなどが所狭しと並べられていました。
家族全員で胸の前で手を合わせると、父さんが食事の前の挨拶をしました。
「ソリアナ、誕生日おめでとう。いただきます」
「いただきます!」
いつも通りの賑やかな食事が始まりました。父さんは丸パンを片手に研究のメモを眺めています。
「スプルース、食事中に研究のメモを見るのはやめてちょうだい」
「……わかった」
いつものように母さんに叱られた父さんは、渋々といった感じでメモをポケットにしまい、ゆで卵の殻をむき始めました。
三人の姉たちは、母さんが作るベリーのジャムが大好きでした。焼きたての丸パンを半分に切って、バターとジャムを挟んで食べるのがお気に入りの食べ方です。今朝も、いそいそとナイフで丸パンを切って半分にすると、ジャムとバターをこんもりと載せました。
身体の大きい兄たちは、たくさんのハムとチーズや、ベーコンと生野菜を挟んだ丸パンをもりもりと食べています。一番下の兄のシプロは、慌てて飲んだミルクが口の周りに髭のようになっていました。
バターの皿やジャムの瓶がリレーのようにテーブルを回り、大皿もかごも全てがきれいに空になりました。食後のデザートは、ソリアナの誕生日のブルーベリーマフィンです。一人ひとつのマフィンがお皿に載せてありました。
「じゃあ、お茶を入れるわね」
一番上の姉のシエナがお茶の用意を始めました。
「お茶が入ったらソリアナの話を聞こう。それから、いい機会だから、私からもみんなに話しておきたいことがあるんだ。今日は家族会議をしようと思う。」
いつになく神妙な表情でそう言った父さんは、自分を納得させるように何度も小さく頷いています。
母さんも何やら考え込んでいる様子でした。
兄たちも姉たちも、何故か全員が覚悟を決めたような表情をしていました。
「さあ、お茶がはいったわよ」
爽やかな香りのハーブのお茶が配られ、ソリアナの話を聞く準備が整いました。
ソリアナはお茶をひと口飲むと、昨日の朝の出来事を話し始めました。
「昨日の朝のことだけど……」
☆
昨日の朝、ソリアナは起きようとしましたが、目が覚めたような覚めないような不思議な感じで起き上がることができませんでした。
姉たちが、いつもの時間に起きてこないソリアナの様子を見にきました。
二番目の姉のレゼダがソリアナの額に手を当てると、少し熱があるようでした。
「あら、熱があるみたいね」
「とりあえずタオルで冷やしましょう。後で何か食べるものを持ってくるわね」
一番上の姉のシエナがソリアナの額に冷たいタオルを載せ声をかけましたが、その頃にはもう、ソリアナは眠っているように見えました。
そのときソリアナは、姉たちが遠くで話しているように感じて、何を言っているのかよくわかりませんでした。
姉たちは、ソリアナが熱を出したことを両親に伝えるため、揃って階段を降りて行きました。
ソリアナはふと眩しさを感じて目を開けました。けれども、目の前が真っ白で何も見えません。
すると突然、誰だかわからない柔らかな声が、どこからか話しかけてきました。
『ソリアナ、十一歳の誕生日おめでとう』
「誰?」
『私たちはあなたの光のガイドです。全ての転生の間、あなたとともに歩んできました』
「光のガイドさん?ですか?」
『はい。私たちからあなたに伝えたいことがあるのです』
「私たち?あなたの他にも誰かいるのですか?」
少しずつ目が見えるようになってきたものの、真っ白な空間には眩しい光が満ちていて、声の主の姿はありませんでした。その声は、頭の中に直接聞こえているようでした。
『私たちは集合意識なのです。そう言ったことも、これから少しずつ説明しますね。今はそこは気にしないで、私たちの話を聴いてくださいね』
「はい、わかりました」
ソリアナは素直に頷くと、見えないガイドさんが話し始めるのを待ちました。
『ソリアナ、あなたは何千回もの人生を経て、魂が十分に浄化されました。今回が最後の転生です』
「何千回もの人生?最後の転生ですか?」
『そうです。あなた方の全ての転生の記憶はとても膨大で、人間の物理的な脳の機能では処理することができません。あなたは、それらが記録されているアカシックレコードに接続できるようになりました。これからは、いつでも必要なときにアカシックレコードの情報を参照し利用することができます』
「アカシックレコード??あの、あの、初めて聞くことばかりで、ひとつも覚えられなかったのですが……」
ソリアナは少しもじもじとしながらも、正直にそう言いました。
『あなたに伝える情報は、全てパッケージにしてあなたのブループリントに送りますから、覚えようとしなくても大丈夫ですよ。ブループリントとは何かということについても、今後詳しく伝える機会があるでしょう。それから、私たちは今までもこれからもずっとあなたとともに在ります。あなたのどんな質問にも答える用意がありますよ』
光のガイドさんは更に続けて言いました。
『今から、あなたの一番最近の転生の記憶を完全に思い出せるよう、制限を解除します。前世のあなたが使いこなしていたクレアコグニザンスという能力も、また使えるようになります』
(クレアコグニザンス???)
『情報に直接アクセスできるようになり、それを目にしたり耳にしたりして知る前に、”解る”ようになる能力です。記憶が戻れば、それがどんな能力か自然にわかるでしょう。それ以外のすべてのクレアの能力も徐々に開いていくでしょう』
「えっ?声に出してないのに返事が来た?」
『私たちにはテレパシーの能力があります。声に出しても声に出さずに話しかけても、それは私たちに届きます。あなたの前世の記憶がしっかりと戻ったら、どうして今回の人生が最後の転生なのかについてもお伝えします。では、今から記憶の制限を解除しますよ』
(うわっ!)
ソリアナの頭の中に、ひとつ前の前世の記憶の全ての情報が一気に押し寄せてきました。
そして、自分の内側にスペースがあること、そのスペースが広がったことを感覚で理解しました。
『突然のことで疲れたでしょうから、今日はここまでにしましょう。ゆっくり休んでください。一度にたくさんのことをお伝えしましたから、きっと疑問もあるでしょう。あなたが呼べば、私たちはいつでも答える準備ができています。そのことを忘れないでください』
ソリアナはそのまま眠りに落ち、次の朝まで眠り続けました。
目が覚めたときにはすっかり熱も下がっていて、いつもよりも元気なくらいに体調が回復していました。
昨日制限が解除された前世の記憶は、現在の記憶と自然に馴染んでいました。ソリアナは、ひとつ前の人生の全てを思い出したのでした。
☆
「……というわけで、何千回も転生してきて、魂が浄化されて、今回が最後の転生ですって。ひとつ前の前世のことを全部思い出したの。光のガイドさんが何でも質問してって言ってくれたから、これから色々教えてもらおうと思っているの」
ソリアナが話しを終えると、父さんはキラキラと目を輝かせて言いました。
「最後の転生か、それはすごいな!意識の力のことについても、ソリアナのガイドさんに色々と聞いてみたいものだ!しかし、まずは話を整理しよう。ソリアナも地球から転生してきたのだね?」
「も? ってことは、父さんもなの?」
「実はそうだ。私から話しておきたいことのひとつはそれなんだ。私も地球での前世の記憶を持っている。イギリスという国で、お姫様や妖精やゴブリンが出てくる物語を書いていたよ」
「………私もよ」
「エルム!?」
母さんが静かに言うと、父さんはひどく驚いて立ち上がり、母さんを見つめて固まってしまいました。
「私も前世を覚えているわ。イギリスのロンドンに住んでいて、コレラという病気で早くに亡くなってしまったの」
落ち着いて話す母さんに対して、父さんはとても興奮した様子でした。
「私はスコットランドで生まれたが、最後はロンドンに住んでいた!なんてことだ、ロンドンのどこかですれ違っていたかもしれないよ。エルム、どうして今まで話してくれなかったんだい?」
「前世の記憶があるのは私だけだと思っていたから……。スプルースの思い付くことはこの世界の範ちゅうを超えていたから、何となく、この人も前世の記憶があるのかしら?とは思っていたんだけどね、本当にそうだったなんてね!ふふふっ」
母さんは、いたずらっ子のような顔で父さんに笑いかけました。
「ねえ、ソリアナは前世どこに住んでいたの?」




