第8話 花音との距離
「ただいま!」
「あら、お帰りなさい、疲れたでしょう。紅茶とケーキ用意するから手洗いしてきてね」
あー、この声と笑顔にどれだけ癒されるだろう。
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
「おお、ただいま、早いねココ」
「はい、お店のお手伝いしようと思って、そしたらお兄ちゃんとも……ゴニョゴニョ」
そうだ今日からいよいよ店の手伝い開始だ、栞さんの役に立つぞー!
———
うーん、俺は力仕事で力尽きてソファーの一部と化していた、こんなに力なかったっけ?
「どしたのエロ介、また何かした?」
「花音か、今日はお前の相手などせん!」
そんな余裕などない、箸も持てないのでは?
「あらお帰りなさい、花音」
「シオりん、響介どしたのさ」
「チョットお店の家具とかの移動で力仕事したから疲れたんでしょう」
「情けな! 側だけ良くなっても男としてどうなの? うん?」
「コラ、突くな、筋肉痛なんだから!」
「聞こえませーん!」
「や、やめてー!」
クソ、花音のやつ、ここぞとばかりにやりやがって!
でも確かに情けないな、明日から鍛えるか!
——— 翌朝
ヨシ! 起きれた、5時だが薄っすら明るくなってきている。
リビングに誰かいる?
「あ、一華、おはよう」
「おはようございます、お早いですね」
「あ、ああ、ジョギングしようと思って」
久しぶりに一華とまともに話したな、あれ以来避けられてたし、学校でもクラスが違うから話す機会などない、まあ、あったとしてもだが。
「アナタもしかして学校使用で走るのですか?」
「ああ、そうだが?」
「はあ、自己紹介しながら走るのですね? ネーム入ってますよ」
「別に気にしないが」
「もう、私が気になります! 今日学校終わったら買いに行きましょう」
「いいよ、金無いし、問題ない!」
ズイッ、一華が目の前に寄ってきた、近い!
「行きますからね」
「は、はい」
——— 放課後
「やったー今日は部活ないどー! カラオケ行こうよ、響介!」
「ゴメン、買い物あるんだ」
「何買いに行くの?」
「んーと、ジョギングセット? かな」
「え、え、響介それって陸女に……」
「入らんわ!」
———
「で、神宮寺さんが何故?」
怖い、今日の一華は何か今までで一番怖い。
「ええー! それはコッチのセリフ! なんで
夢野が!?」
何ではお前だよ玲彩、勝手に着いてきて、しかし一華との事言ってもいいのか? 同じシェアハウスに住んでるとは言わない方がいい、うん、絶対!
「い、一華?」
メッチャ睨むし!
「そう言えば夢野んち、シェアハウスやってるって誰か言ってたなー、ん、んん?」
な、なんだ、変なこと言うなよ玲彩。
「ねぇ、響介。アンタもシェアハウスじゃなかった?」
「あー、うん、沢山あるからねー、シェアハウス、そこらじゅうに……」
「一緒よ」
一華!?
「私と響介は同じシェアハウスですけど何か?」
声を張り上げて言う一華にたじろいでしまった。
「ウソ、それって一つ屋根の下で一緒に住んでるって事!?」
「はい、コレ、ママから!」
パン!
「イテッ!」
ジャージ代と思われる紙幣をオモクソ強く俺の手の平に叩き付けやがった、そして一華はそのまま1人で帰って行った。
何かやらかしたっぽい。
「チョット、あんたねー」
「いいって玲彩、ワリーが買い物付き合ってくれるか? どこで買えばいいかわかんなくて」
「うん、いいよ……」
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「ただいま!」
バタン!
「一華?」
「お姉ちゃん、すぐ部屋に行っちゃった、何か怒ってたみたいだけど」
「響ちゃんと買い物に行くって嬉しそうに話してたのに何かあったのかしら」
何よ、何よ、何よ! ジョギング始めるって言ったから色々教えてあげようと思ったのに、最近気まずかったから一緒に買い物できたらって。
またお花屋さんの時みたいに話せるようになるかもって思ってたのに……。
なんでよりによってあの女なの?
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「なあ2人とも同じ陸上部じゃん、仲悪いの?」
「ストレートだね響介、少しはビブラートに包むものよ」
「オブラートな、つーか今時オブラートって」
「仲は悪いよ、同じ陸上部だけど今は一切話さないし、ライバルみたいな存在だった」
「だった?」
「そう、もうあんな奴ライバルじゃない、だから蹴落としたの! だからもうアイツは無理だよ、辞めればいいのに」
「蹴ったのか?」
「蹴落としたの! あまりにも不甲斐なかったからガッツリ言ってやった、そしてアタシはその大会で記録更新して更に止めを刺してやった。でもまだ走るんだ、未練がましい」
「玲彩……」
これ以上は聞かない方がいい気がした。
「ゴメン響介やっぱ帰る、ゴメンね」
———
「お帰りなさいませ、お兄ちゃん! 何買ってきたの?」
「ただいまココ、ジョギング用のジャージと靴さ」
「大丈夫? 響はセンス壊滅してるからね」
「美優さん、言い過ぎだよ、今の俺は大丈夫だ」
「美優お姉ちゃん、コレって……」
「ああスウェットだね、ふざけてんの響?」
「い、いやデザインがカッコ良くてですね、生地まで見てなかったなー」
「無地だが?」
「……」
「スミマセンでした! 結局1人で買い物できず逃げる様にダッシュで選んで買った結果です」
「アンタ相変わらず側だけね? 何から逃げてんのよ?」
「理解不能にゃん」
花音と来愛もいたのか。
「お兄ちゃん無事に戻ってくれただけでココは嬉しいです」
「ココちゃん!」
「まあまあ話しを聞こうじゃないか」
「見てたらさ店員が笑顔で近づいてくるんだよ」
「フツーじゃん!」
「あの笑顔の裏ではとんでも無い事考えてるに違いない! 気付けば何着も買わされ金がないとわかれば海外に売り飛ばされる!」
「そんなヤバい店日本にないわよ! アンタの思考の方がよっぽどよ!」
「ハハ、最近友達もできて順調過ぎた反動かね?」
「しょうがないわね、レシート持ってる?」
「ははー、花音様、こちらに御座いますれば」
「2階の紳士服売り場ね。明日、放課後一緒に行ってあげるから、玄関で待ってなさい」
——— 放課後
「誰だあの子メッチャ可愛くね」
「ギャル入ってるけどレベル高!」
「確か2年の桐島さんだよ、桐島花音」
「ああ、あの?」
あの? とは、しかしアイツ、モテるんか、皆んなアイツの性格知ってんのかな? でも花音なら猫被る事なんてないか。
「花音、待ったか?」
「待った、超待ったけど? お婆さんになるかと思ったわ」
「もう、ババアだろ」
「痛い、やめろ! カバンでぶつな!」
「何やってんの? アンタ誰よ!」
「玲彩!?」
「あん? アタシに言ってんの?」
ヤバい! コイツら同類だ!
「待て玲彩、この方はな俺がいつも非常にお世話になってる大先輩だ!」
「花音! こちらは俺のクラスメートで特待生で陸上部の期待の星のお方だ!」
何言ってんだろ俺……。
「行くぞ、花音!」
俺は花音の手を握り連れ出した、なんか一触即発状態、コエー。
「待って」
玲彩が花音の手を握ってる俺の右手首を掴んだ。
ヒィーー! 黙って行かせてくれー!
「響介、手、繋がないで」
「は、はい!」
ああー、睨み合ってるよ、火花バチバチか!
「アレ、花音、何してんの? 男いんじゃん、もしかして修羅場?」
「はあ?」
何スイッチ入ってんの玲彩さん!?
「花音待ってて!」
コイツら近づけちゃダメだ!
俺は玲彩の手を握り校舎の中に連れ込んだ。
「争っちゃダメだろ? 何やってんだよ!」
「だってあの人2年の桐島花音でしょ、よくない噂色々聞くよ、ねぇあの人とどういう関係?」
「そっか、玲彩は俺を助けてくれようとしたのか、大丈夫だよ、今度ちゃんと説明するから」
納得はしてないだろうな、でも玲彩には悪いがこれ以上花音を待たせたらロクな目に合わないだろ。しかし玲彩って戦闘民族だったんだな。
「花音、ゴメン!」
まださっきの人いる、友達かな。
「うわ、1年なのに呼び捨て、やっぱ彼氏じゃん、しっぽり楽しんでねー、バーイ!」
思ってはいたが似たような系統の友達だ。
「勘違いしてたがいいのか?」
「いいの、いいの、否定したらしたで面倒だからいっそアンタが彼氏役してくれてもいいんだけど?」
「彼氏いないのかよ」
「いたら頼まないわよ、アンタになんて」
本気なのかどうなのか目を見てもわからん。
でもやっぱダントツ可愛い、フワっと巻いた髪型が良く似合う、って見惚れるんじゃねー。
「お断りだよ」
「今アタシに見惚れたクセに、フフ」
クソーいい返せねー。
——— ショッピングモール
「まずは昨日のコレ返却してと、レジはどこかしら? あそこね」
なんかテキパキしてんな。
「スミマセーン、昨日コレ間違って買っちゃって返却したかったんですけど、あ、これレシートです」
意外ちゃんとしてんな、何かいい、嫁みたいで……はっ違う、違う、違う! 何言った俺!?
「終わったよ、何ボーとしてんのよ、折角だからアタシも服見ていい?」
「ああ、付き合ってもらってるし、断る理由はないさ」
「やったあ、じゃ早く響介の買っちゃお、アタシ選んだげるよ」
んー調子狂うなー、何かデートしてるみたいで。
「あ、最後あそこ行きたい!」
はあ、何件目? でも楽しんでるしいいか。
「ね、ね、どっちがいいかな?」
またか
「そうだな、えっと……し、下着じゃん!」
女の人ばっか!
「ね、どっち履いてほしい?」
「履いて!? し、知らんわ!」
耐えられーん!
「あん、逃げちゃった。童貞クンはからかったら楽しーー!」
はあー、花音に振り回されてんな、凶暴じゃなければ、普通に賑やかな可愛い女の子じゃん。
「あ、いたいた、こんなとこまで逃げてたの? 最後に行きたいとこあるんだ、付き合って! ホラ!」
「何回目の最後だよー、最後の意味知ってる?」
「ホントにホントの最後だってば! ここよ、今、期間限定のケーキとアイスやってて食べたかったんだー、フフ」
「時間的にまずくないか? 夕飯食べられる? 栞さんに断るにしても遅いからもう作っちゃってるだろうし」
栞さんは穏やかだが連絡や報告を怠るとヤバい時があるらしい。ご飯は別にアンソレイユで食べなくても良いがいらないと事前に報告しないといけない。嘗てその掟を破った花音の食事にはどの料理にも嫌いな椎茸が暫く混入され続けたという都市伝説があるらしい。
「大丈夫よ、デザートは別腹なんだから!」
———
「たっだいまー!」
「あら2人揃ってお帰りなさい、ご機嫌ね花音」
「そうなのいい買い物ができたの、それに期間限定の……」
「期間限定?」
ゾワッ? 何んだ? 一瞬氷河期が訪れたのかと
思う位謎の冷気が……ココちゃんも震えてる?
「期間限定の、なあに? 花音」
「え、いや、言ったかなーそんな事? ねー響介!」
俺を巻き込むな!
「へぇ、響ちゃんも」
絶対バレてるでしょ!
——— 夕飯
いただきまーす!
「うん、ママのハンバーグ美味しい!」
「ウフ、ありがとココ」
おいおい花音箸が止まってるぞ? 冷や汗ダラダラじゃん、何がデザートは別腹だ、別腹も埋まってんじゃねーか。しょうがねーな!
「美味しいなー、栞さんのハンバーグ、誰かの貰っちゃおうかな?」
気付け、花音!
「し、仕方ないなー、じゃあアタシの……」
ドン!
「あら嬉しいお替わり作ってたの食べて」
何すかこの大きさ? 普通ハンバーグ置いた時ドン! て効果音しないから!
あっ、花音泣きそう……。
ここが見せ場だ! 男見せて散れ!
「た、足りないなー、花音のももーらい! バクバク、美味い美味い! 永遠に食えるぜ!」
もう、ヤケだ!
———
ううっ、気持ちわりー、何か途中から記憶ねー。朧げに覚えているのは俺の暴食にドン引きしてた皆んなの顔だ。
コンコン。
誰だよ、今はほっといてくれ。
ガチャ
マジかよ、不法侵入してきやがった。
「お腹大丈夫? 響介」
花音か、珍しくしおらしい声だしやがって流石に気にしてんのか、クソが、らしくねーんだよ。
俺はうずくまって背中を向けたまま、最後の力を振り絞り、大丈夫だと親指を突き出した。
「気にすんな、栞さんのハンバーグ美味すぎてつい、食い過ぎちまっただけだ」
さあもう帰ってくれ。
えっ、ベッドに座った?
「お薬持ってきたけど飲めるかな?」
「ゴメン、無理……」
あ、頭撫でられてる。
「ありがとね、アタシの為に頑張ってくれて、正直無理だと思ったのに根性あるじゃん。それとね、今日楽しかった。一緒に色んなとこ見たり、食べたり、アタシ結構友達と遊んでるのにさ、何でだろう今日が凄く楽しかったよ。もしかして以外にアタシ達相性いいのかな? なんて……あっ、寝ちゃったか。おやすみ、響介。」
———
ああー寝たな、もう朝か、何か腹が復活してるぜ、地獄からの生還だな!
そう言うば昨日部屋に花音が来て……。
何か記憶ない、確か頭撫でられて気持ち良くて寝ちゃったのか、ああ当分ハンバーグは見たくないな。
それは皆んな思ってたらしく、アンソレイユの食卓から一時ハンバーグが消えたのだった。




