第4話 魔改造
翌日からも朝から鬼軍曹に叩き起こされ、1日中拷問のような日々が続いた。
1週間過ぎた頃限界を感じた俺は朝早く逃げ出したのだ。
行く宛てもない俺は近くの河原で途方に暮れていた。
そこで目にしたのは朝日を浴びながら走る1人の少女だった。
クラウチングスタートから何本もダッシュを繰り返す、ポニーテールの黒い髪を揺らしながら。
その少女と目が合ってしまった、そう一華と。
ヤバッ、気付かれた、逃げろ!
逃げてきたのバレたら何されるかわからんぞ! 入学前に死んでしまう!
まあ入学したところでだが。
ガシッ!
「グェ!」
「何で逃げるのですか?」
捕まった……流石、短距離選手。
「ゲホッ、ゴホッ、う、後から襟掴むなよ、こ、殺す気か!」
「ゴメンなさい、だって逃げるから……」
「だからって、なんで追ってくんだよ」
「逃げるから」
小学生か……。
「珍しいですね、早起きするなんて。いいでしょ、朝の匂い」
逃げてきたらお前に出会したなんて絶対言えない。
「早朝のこの時間って好きなんですよ、まだ起きてる人が少ない時間から走っていると、少しずつ聞こえる音が増えてくるんです。通り過ぎる自転車や車の音、挨拶する人の声、街もゆっくりと起きてきてる感じがして」
「そっか、街も生きてるんだな」
「……」
「何変な顔してんの?」
「へ、変な顔って女の子にそんな事言いますか!? 意外な返答にちょっと驚いただけです!」
「ハハッ、ゴメン、ゴメン、大丈夫だって、キミは誰が見ても可愛いって」
「えっ、な!? な、何を言ってるんですか」
ん? な、何言った? 俺……。
一華が照れて俯いてる。
「ゴメン! 何言ってんだ俺、違うからな! あ、いや、可愛いくない訳じゃなくて、それを否定したのではなくて……」
ああ、上手く言えない。
「もう……意外とキザなんですね。でもそんなに慌てなくても大丈夫ですよ、大分話せるようになってきたようで良かったです」
「そ、そうかな?」
でも何だかんだでさっきのセリフ自然と口から出たな、今までの俺だったら絶対言えない。俺、変わり始めてるのか?
「さっきの言葉いいですね、街も生きてるって! フフ」
初めて女の子と自然に話せた気がする、あの時以来……。
《ずーと、一緒にいようね! ヒビキ!》
何だっけ、何か大切な事を忘れてる気がする、矛盾してるがあの子の事思い出す度にその時の記憶が薄れていく気がする、裏切られた気持ちが忘れさせようとしているのか、あの子と過ごした時間を。
「どうしたのボーとして、着きましたよ」
「ああ」
もういいか、前に進もう。俺もこの街で頑張って生きてみたいと少しだけそう思った。
「ナメック、どこ行ってたの?」
アンソレイユに戻ると玄関で鬼軍曹が仁王立ちしていた。
しまった、普通に戻って来てしまったー!
「あと1週間しかないのに随分と余裕じゃない? 今日はたっぷりシゴいてあげるわ!」
コイツは悪魔か! 人が、感慨に耽ってやる気を出し始めてきた所をー!
「フフ、怖い、怖い」
「笑うなよ」
「ゴメン、ゴメン、ガンバロ!」
———
「ねぇ、花音、アタシの今日の特訓、外でするからチョット半日時間ちょうだい?」
「え? まあ、いいけど、どこ行くの美優姉?」
「デートしよ、響介」
「え、ええー!!」
リビングに一堂の声が響き渡ったのだった。
「ウソでしょ美優姉どこ行くのさ?」
「フフ、ナイショ、響介、着替えたら迎えに行くから部屋で待ってなよ」
「事件にゃ! 不純な匂いがするにゃ」
「ナメックあんた何したのよ? まさか美優姉のエロい写真撮って脅したなー!」
「サイテー、そういう人だったのですか、少しは見直したのに、なんて卑劣な」
一華、ついさっきまでいい感じだったのに、電光石火の手の平返し!
「そ、そんな響介お兄ちゃん逮捕されちゃうの?」
誰も味方いないんかい!
「してねーよ! スマホ持ってないし!」
シーン……。
おい、まて、なんでそんな憐れんだ目で見る。
ヒソヒソ
「今時持ってないとは可哀想だにゃ」
「ほらエロいものばかり見るから、親に取り上げられたのよ」
「気を付けないと、お風呂覗かれるかもしれませんね」
「アタシだって持ってるのに、響介お兄ちゃん可哀想」
おい、おい、聞こえてる! ヒソヒソ話しは小声でしろ!
「リビングに居たんだね響介、何だ皆んなともう仲良くなったのかい?」
「美優タン、意味不にゃ」
「誰がこんな全身性器となんか」
「イラつくだけです」
「ア、アタシは響介お兄ちゃんが良ければ……」
ピンキーお前何言ってんのかわかってんのか?
ナメクジの方がマシだよ!
「ほら行くよ響介」
「どこ行くんですか?」
ドン!
えっ!?
まさかの逆壁ドン! 美優さんの手が俺の髪をまさぐる、そして美優さんの顔が近づいてくる。
「ちょ、美優さん、何を? 皆んな見てますよ!」
皆んなは固唾を飲んで見守っている。
止めろや!
美優さんの唇は俺の耳元で止まり囁いた。
「イ・イ・ト・コ」
キャー!!
傍らで卑猥な歓声が上がってるよ。
「じゃあ行ってきまーす」
呆然とした俺を美優さんは手を握り連れ出した。
「どうなってるの? 美優姉!」
「まさかにゃん、美優タンのタイプが響介くんだったなんて」
「ない、ない、ないですよ来愛、だってあんなダサい男に美優さん何て勿体無いです」
「いーなー、美優ちゃん」
———
「着いたよ響介」
ここは美容室!? だからあの時髪を。
「いらっしゃい美優、その子ね、ふーん」
店員さん? スッゲェ見てくるよ。
「オッケー、任せなさい」
ああ、知らないお姉さんが俺の髪を。
あと、めっちゃ近いんですけどー!
———
「はい、終わったよー!」
陰キャDTの俺には過酷な時間だった。
髪を切りながら何か色々話しかけられたけど、緊張しすぎて何話したか覚えてない、相当キョドってただろうな。
「へー、いいじゃん、いいじゃん! やっぱアンタ元は悪くないんだね、この前さ、アンタの前髪をピン止めした時に気付いたんだよ。さっ、次は服買いに行くよ!」
何か美優さん楽しそうだな。
その後美優さんコーデで何着か服を選んでもらった。
「うん、これ位あればとりまいいだろう」
「美優さん、俺お金なくて……」
「いいの、いいの、栞さんと私からの入学祝いだよ」
「そんな、なんで見ず知らずの俺何かに……」
「うーん、折角だからさ、ちょっとはマシになって高校デビューしてほしいかな、中身はさあ、中々変えらんないけど、外観はねすぐにでも変えられるんだよ」
「そりゃ、そうだけど」
「それで、変わった自分を見て少しでも自信ついたらきっと心だって変わっていくよ、ホラ、試着脱ぐ前にちゃんと見て」
美優さんは鏡の方へ俺を向けた、そこには初めて遭遇した自分の姿があった。
誰だ、コレ?
嫌々ながらも訪れた見知らぬ街で、新たに出会った人達の影響で俺は変わり始めていた。
誰かが言ってた、人は出会いで変わるものだと
「ただいまー、お土産のケーキ買ってきたよん」
「お帰りなさいなさいませ、美優ちゃん」
「あら、お帰りなさい、響ちゃんは?」
「逃げた」
「え、なんで?」
「多分変わった自分を見られるのが恥ずかしいんじゃない?」
「どんな感じかな?」
「見てのお楽しみだよ、期待していいよ、折角だからお披露目は皆んな揃ってからに……」
ガチャ。
「えっ!? うわー、うわー!」
何かちっこいのが栞さんの後ろに隠れて足をパタパタさせてる。
「た、ただいま」
パン!
「イタッ! み、美優さん?」
「背筋伸ばして、声は大きく、ね!」
「は、はい!」
「栞さん、美優さん、俺なんかにこんなにしてくれて、ありがとうございます!」
「素敵よ、響ちゃん、ね、ココ?」
「は、はい、とっても素敵です」
「ほら、中入って、入って」
「花音はお友達と遊びに行ったわ。一華は部活ね、ケーキはお夕飯の後にしましょうか」
「ケーキにゃ?」
ソファに寝転んでいた来愛が起き上がった。
「来愛はいつものモンブランだよん」
「あざます、美優タン……にゃーー!!!! なんで殿方がここにいるかにゃ!? 美優タンの彼氏!? お、お通しするなら前もって言って下さいにゃ!」
「プッ、彼氏だって! どうする、付き合っちゃう?」
「ダ、ダメ! ダメですよ、美優ちゃん! 来愛ちゃん、この人は響介お兄ちゃんです!」
「ウソにゃ!? 目が見えない位にボッサボサの髪と陰キャオーラがなくなったらこんなに変わるのかにゃ!? 魔改造レベルにゃん!」
———
「ただいまー!」
「お帰りなさい、花音。さあこれで皆んな揃ったわね、お夕飯にしましょうか」
「て、一華、何入り口で突っ立ってんのよ。えっ、男? 何、皆んなのこの雰囲気? 誰かの彼氏のお披露目会!?」
「違いますよ、花音、あれはナメックよ……」
「ウソ、どこのナメックよ」
「ウチのです……」
「なあにしてんのよ2人とも、早く入んなさいよ」
「はっ! そうか美優姉のドッキリよ一華、騙されちゃダメ、朝一緒に出掛けたのはこの為だったか、別の男と入れ替えるなんて手が込んでるわね!」
「花音、そんな事する意味あるのですか?」
「いや、ないか……」
何だよ皆んなしてジロジロ見やがって、でも昨日までの視線とは何か違う感じがする。
「アンタ、ホントにナメック?」
出たなピンク頭!
「そ、そうだよ。ちょ、ちょっと髪切っただけだろ」
ちょっとではないか、髪も茶髪にしたし、それに服もこんなの着た事ないな。
「あっ、このゴニョゴニョ感やっぱりナメックね」
「ホントですね、喋ったら台無しです」
一華、今朝の2人の時間は何処へ?
「そうね、所詮はナメック、い、いや、きょ、響介。はっ? 勘違いしないでよ!? 美優姉が決めたルールでしょ!? 下の名前で呼ぶって! き、着替えて来る!」
「素直じゃないねー、花音はやっぱイケメンに弱いなー、ハハ」
「き、響介、ちょ、ちょっと変わったからって調子に乗らないで下さいね!」
一華も名前で……。
「いいルールでしょ、次はアンタが名前で呼ぶ番よ、響」
うっ、女子を下の名前で呼ぶのは1人でファミレス入る並にキツイ。
遂に最終奥義を会得するの時が来たのか!
「お、お、お兄ちゃんファイト!」
「お、おおー、ココタン攻めましたにゃ、その照れ感とってもキュンです!」
「い、言わないでくださいよー、来愛ちゃん」
ココちゃん顔真っ赤にして可愛いな。
ヨシ決めた! 俺の正式な妹にしよう!
瑞稀は除外だな!
——— 夕食
「それじゃあ、いただきましょうか」
いただきまーす!
なんかいいな、皆んなで揃って言うのも。
しかしやはりチラチラ視線を感じるのだが
イメチェンしたとはいえ、そんなに変わったかなー、そんなに思わないのだが。
「響、これでいいスタート切れるね、花の高校ライフだよ。でもね、やっぱ人間って中身だから頑張んなよ、もっと自分を出せるようにさ」
自分を出す? 自分らしさって事か、何だろう俺らしさって。
「そうよ、勿体無いわよ、中身がそんなんじゃ、あと1週間でどこまでできるかよ?」
ピンキーお前に中身の事は言われたくない。
「もうすぐね新学期、美優、来愛、花音、ココ、また1年がんばってね、一華と響ちゃんの入学式は行くからね、同じクラスだといいわね!」
「栞さん、同じクラスって? もしや同じ学校……」
「そうよ、4人一緒よ」
4人って事は後の2人は……。
「何よ、嬉しいでしょアタシと同じ学校で、喜びなさいよ!」
何か女王様感あるなこのピンク頭。
「ボクは3年生、学校の事は1番知ってるにゃ、何でも聞いて海、響介くん」
ヒソヒソ
〈また海斗くんって呼びかけたけど、来愛の事だからアニメのキャラよね、知ってる? 一華〉
〈いや、知らないです。でもこの前フツーに海斗くんって呼んでましたよ〉
夕飯が終わると部屋に戻ると思いきや皆リビングで談笑してる、仲いいんだな。
俺は部屋に戻るか、いや手伝いの話、栞さんに確認してなかったな。
どこだっけ栞さんの部屋、あれ? 何だろう、線香の香りがする。この部屋からかな、ドアが少し空いてるな。後ろめたい気持ちはあったが覗いてみた。
その部屋の棚の上に簡易的な仏壇があり旦那さんと思われる遺影があった。
その前に座る栞さんの顔はとても悲しそうに見えた。
あの人がこんな顔するなんて……。
手伝いの話は明日にしよう。




