第36話 アイアンメイデン〜あの日の君を探して〜前編〜 響介の誤算
今俺は紗夜子さんの家に来ていた。チームKの打ち上げを紗夜子さんちでやるからと、皆んなで買い物して行ったら何も知らなかった紗夜子さんは呆れ顔で渋々上げてくれた、一華のヤツ連絡しないで突撃したんかよ!
「あの、何かすみません、突然押し掛けてしまって。妹が、来愛がいつもお世話になっております」
そう言った後優璃愛さんは鋭い眼光を一華に向けた。
「さやポンは心が広いんだよ! このくらいなんとも思ってないさ!」
と言いながら俺の後ろに隠れやがって、しかも紅の紗夜子をさやポンなんて恐れ多いわ!
「気にしないでくれ大丈夫だ、今日は何も用はなかったしな。それから来愛は優秀な生徒だよ。学校では沢山の生徒に慕われている」
「はあ!? こんなにゃーにゃーうるさいのに!?」
「お姉タン! 学校では言ってないにゃ!」
「そうね、学校ではお嬢様仕様ですよ、お姉さん」
「そうなんだ花音ちゃん。えっ? お嬢様仕様? へえ、そうなんだ!」
嬉しそうだな、優莉愛さん、なんでだろう。
「ところでチームKって響ちんのKなのかな?」
普通はそう思うよな。
「違うよユリッチ、アタシ達の名前に皆んなKが入ってるんだよ」
「全員? そんなまさか」
「kyousuke、ichika、kanon、kurea、shouko、sayako」
「ホントだ! 良く気づいたね。一華にしては上出来だ」
「失礼だよユリッチ! ユリッチは入れてあげないんだから!」
そもそもが対象外だろ。
その時、意図せず皆んなの視線はある1人に注がれた。
「何だよ! Kが入ってないからってなんだよ!」
「毛が生えてない? ププッ、聡士ってばお子ちゃま」
「テメー、一華! このイカれ脳みそが!」
聡士が襲い掛かるも一華は紗夜子さんの後ろに隠れた。
「やれるものならやってみな! やーい!」
虎の威を借るとは正にこの事だな。
「卑怯だぞ、お前!」
ゴン!
紗夜子さんの鉄槌が一華の能天に炸裂した。
「いったー! 暴力教師!」
「一華、調子に乗り過ぎだ」
「ご、ごみんなさい」
==================
チームKか、いい仲間だね響ちん。
「それにしても高校じゃ、素の自分でいたんだね来愛、良かった、良かった。実はお姉ちゃん心配してたんだよ」
来愛は中学校で周りと上手くやっていけなくなって次第に心を閉ざしていった、そんな来愛にワタシは何もしてあげられなかった。
来愛は控えめで大人しい子だった。でもそれは暗い性格な訳ではなく、自分を主張せず周りを立てる振る舞いをする子だった、母がそうだからその影響だろう。ワタシは残念ながら父親似だけどね。
あの子の繊細さは違和感に敏感で、人の言葉、行動の少しの変化も見逃さない、そして思慮深い性格は観察、考察、推察、洞察の四察を育て、的確に人の心の揺れを見抜く。激昂型のワタシは常に揺れているのだが、その奥の悲しみを見抜く程に。
アレは初めて大きなプロジェクトを任された時だった。高卒なのにスピード出世してるワタシを疎ましく思う連中に足を引っ張られ、思う様に進まない仕事に嫌気が差していた。母と妹の顔を見れば気が晴れると思い久々に実家を訪れた。
《大丈夫? お姉ちゃん!》
ワタシを見るや否や来愛が抱きついてきた。
《な、何が?》
《だって、とっても辛そうだったから嫌な事でもあったのかなって》
気丈に振る舞っているつもりだった。気分転換にと久しぶりに訪れた我が家で誰よりもワタシの異変に気付き心配してくれたのは10歳も離れた妹だったのだ。
そんな来愛に我慢していた涙が耐えきれず頬をつたった。孤独に耐え必死に走り続けていた出口が見えない闇の中に一筋の光が差した気がした。か細い光だったが、力強くそして優しくその光はワタシへと降り注ぐ。
その翌日ワタシはプロジェクトリーダーを降りた。来愛のお陰で自分に素直になれたから。周りからなんて思われようが構わない、足を引っ張った奴らは許さないが、自分の力不足は認めよう。
そしてそれまでの責を問われ地方へ左遷となったが、心は既にリベンジに燃えていた。力を付け絶対また本社に戻ると固く誓った。
あの時の来愛の優しさが自分を素直にしてくれたんだ。その後から気にして見る様になったのは人の性格だった。頭の良さ、行動力、コミュニケーション力の高い人間は目立つし評価されやすい、だが目立たなくても細かい仕事が出来る人、気が効く人、言われた事に反発せず素直に仕事をこなす人だって要所で力を発揮する事もある。
性格は才能だ
それに気付いてからは人を上手く使える様になっていった、その性格の根幹になるものが分かれば尚いい。その大事な事を妹から教わったのだ。
そして自分に合う人間がどんなかもわかってきた。
来愛こそ、そばに置きたい人材。これからもあの子は成長するだろう、それを楽しみにする様になっていった。
だが世の中とはそう上手くはいかないもの、中学生に入ってすぐ来愛は不登校になっていた。周りと上手くやれなくなったと聞いたが、父からのプレッシャーも酷かったと母が言っていた。
ワタシの様になれと、小学生の時からマネージメントの本を読まされたりと色々大変だったらしい、なまじワタシが高卒で出世してしまっただけに。そんな事に微塵も気付けなかった自分が悔しかった、あの時来愛に救われたのに。
それからの来愛はアニメに没頭し漫画家を目指す様な事を口にするようになっていった。その時口調の変化に気付いていたのだがアニメのキャラの真似をしているだけだと思っていた。しかし、それが日常的に行われる様になってきた時に危惧を感じ始めていた。
《好きなキャラの真似したいのはわかるけど、ちょっとやり過ぎだよ、もう中学生なんだから》
《なんで? 意味わかんないよ》
あの時は関係が拗れるのが嫌だったからあれ以上言わなかったけど、ちゃんとわかってくれていたんだ。学校ではもう普通の自分でいられるようになったんだね。
「学校ではお嬢様って言われてんの? 小さい時ワタシにお嬢って呼ばれてたもんね」
控えめで言葉使いも綺麗で所作も女らしくてお嬢様みたいだったからそう呼んでいたんだ。
「何言ってるにゃ、お姉タン。学校では″にや″だから」
「″にや″? 何よそれ」
「アタシが説明しよう、ユリッチ! にゃんにゃんパラダイスの主人公木天蓼にやの事だよ。木天蓼家は大富豪でにやはお嬢様なんだよ。その正体を隠して悪と闘う為ににゃー子に変身するのさ! この前来愛と一緒に見たら案外面白かった!」
「そんなアニメのキャラじゃなくてアンタは小さい頃から……」
「わかった様な事言わないで!」
「く、来愛? だって戻ったんでしょ? 中学の時の苦難を乗り越えて、自分を取り戻したんだよね? あの繊細で優しかったあの頃の来愛に。お姉ちゃんは会いたかったんだよ、あの時ワタシを救ってくれた来愛に!」
「うるさいな!! 訳わかんない事言うな! ボクはにやだ! アンタこそ誰の話しをしてるんだよ!」
おおよそ来愛から放たれるはずのない言葉遣いにその場は凍てついた。
「来愛、いい加減にして! いつまでそんな事言ってんの? アニメのキャラになりきるなんて、もう卒業しなさい!」
「そんな事!? あのアニメのモデルはボクなんだよ? 話したよね? あのアニメの制作者の人達が来てボクに打ち明けてくれたって! 勝手にモデルにして申し訳なかったって!」
な、何を言ってるのこの子は……。
「だけどボクは言ったさ、こんなボクが誰かの役に立つなら気にしないとね。ボクが主役のアニメなんだよ? 分かるかな、あんま自慢したくないんだけどボクは認められたんだよ、あの世界にね!」
そんなはずないのに、言い切る来愛に戦慄が走った。
「ボクはにゃー子になれるんだ、誰も助けてくれなくても平気なんだ、にゃー子は強いんだから! そんなボクが羨ましいんだろ? だから嫉妬してボクを困らせる様な事言うんだろ! アンタは。アンタは…………えっ? 誰だっけ? アレ? ボクは今誰に怒って……」
突然の来愛の豹変振りにパニックになりそうだった、アンタこそ誰?
「来愛、ワタシはアンタの……」
「ダメだ! これ以上は話さない方がいい、来愛の様子がおかしい。今日は解散しよう、花音、一華、来愛を頼む。皆んな家まで送ろう」
「優莉愛さん、大丈夫ですか?」
「響ちん……あのさ、家まで送るから、ちょっと話し聞いてもらえないかな」
立ち直るどころかあらぬ方向へ悪化していた来愛を見て、頭がおかしくなりそうだった。
その後、紗夜子さんに来愛の事をお願いして響ちんとワタシの車に乗った。
「あの子は立ち直ってた訳じゃなかったんだね。好きなキャラになりきって自分を守ってたんだ、本体が傷付かない様に。もしかしたら、もう手遅れかもしれない、だってさっきのは演技だとは到底思えないもの。あの時、口調の変化に気付いていた時、無理矢理にでもやめさせればよかった」
「優莉愛さん、1度病院で診てもらった方が」
《フフ、響ちゃんかな? 直接は聞いてないけど響ちゃんが変えてくれたんだと思う、一華も花音もね》
「ううん、ワタシにはわかる、来愛はきっと居る。まだ必死にもがいてるんだ。だから響ちん、お願い! 来愛を見つけて!」
==================
アンソレイユに帰るとリビングに皆んなが集まっていた。どうやら栞さん達も来愛の事聞いたらしいな。
「ちょっと来愛と話してくるよ」
「響ちゃん、短めにね。今は休ませた方がいいから」
コン、コン。
「来愛入るよ、少しは落ち着いたかい?」
「響介くん……」
「前も2人でこんな風に話したよな」
「うん……」
まずは直球でいけるか試すか。
「アニメの制作者達が来たってホント? ちょっと考えにくい事なんだけどさ」
「え!? 響介くんもボクがウソツキだと思ってるの? あの女に誑かされたの!?」
あの女って、姉ちゃんだろが。本当にどうしてしまったんだ、来愛。
「ボクはにやだよ、どうして信じてくれないの? 皆んなでボクを貶めようとしてるんだ! あの女のせいだな! あの女は悪魔なんだ!」
これが演技じゃなければ来愛は壊れている
今まではにゃー子が好きで真似ているだけだと思っていた。でもこれは違う、そんな類いのものじゃない。
「なあ来愛、にゃー子の真似をするようになったキッカケはなんだい?」
ソフトに聞いていかないとな。
「真似……バ、バカにしてんの響介くん! ボクがにやを守る為ににゃー子になってんだよ? そんな事もわかんないの?」
ダメだこりゃ、コッチの方が頭やられそうだ。なんでこうなった? 急にこうなった理由はあるはずだ。考えろ、攻略の糸口は必ずあるはずだ。
「過去に何があったか知らねーが、現実から目を背けてどうするんだ、心配してくれてる姉ちゃんに悪態までついて」
「うるさい! 悪魔の手下め! ボクは負けないにゃ!」
「この期に及んでまだニャーニャー言うか、気持ち悪いんだよ!」
来愛には悪いが強気で押し切る!
「気持ち悪い?……お前に……お前に何がわかるんだよ!!」
バキッ!
ツッ! コイツ、模擬刀で殴ってきやがった、完全にイカれてやがる。
「お前に……お前なんかに、わかってたまるかーー!!!!」
部屋中の色んな物を片っ端から投げてきやがった。この暴れようは核心に触れた証拠だ、怯むな、踏み込め! 来愛の荊の中に!
「にゃー子になりきらなくたって、ここには助けてくれる人達がいるじゃないか! 自分自身を否定するな! ここでは本当のお前を曝け出しても大丈夫なんだよ!」
「本当の自分?」
「そうだ! ありのままの来愛でいいんだよ!」
よし、もう少しだ。
「俺達はありのままの八神来愛を受け入れるから、何も怖くないから!」
「八神来愛?」
「? そ、そうだ」
「誰だ、それはーー!!!! そんなヤツ知らねーんだよ!! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! お前は消えろ! アアアアアーー!!!!」
突進して来た来愛に押し倒された。
どうして? 何が気に入らないんだよ。
「何してるの来愛!」
馬乗りになって俺を殴る来愛を栞さんが止めに入った。
「誰だ、お前は! 離せ! 離せーー!!」
「響! 一体何があったんだよ、コイツは本当に来愛か?」
美優さんも来たのか。まだだ、まだなんだよ、ここで諦めたら来愛が戻って来れない気がする。
「響介! 血が出てる! 一華、救急箱!」
倒れている俺を抱き抱える様に起こしてくれた花音に俺は力無くもたれた。
なんでだ、さっき荊の向こう側が見えたと思った。なのに伸ばした手の先に触れたのは冷たい壁だった。
「酷い錯乱状態だわ、美優、お水お願い。皆んなは部屋を出て。静かな環境で落ち着かせなきゃ」
《響ちん! お願い、来愛を見つけて!》
ダメだ! ここで終わったら来愛をもう見つけられない様な気がする。居るんだろ、そこに! 本当のお前はその壁の向こう側に居るんだろ!
「来愛、逃げんなよ! 本当のお前を待ってる人がいるんだよ! 苦しくても向き合え! 進むん……」
ドカッ!!
壁に穴が空いた。来愛が俺に投げてきたのは何かで表彰されたと思われるガラスの盾だった。コイツ殺す気か?
「死ね! 死んでしまえ! お前なんか殺してやる!!!!」
「響ちゃん、早く出て行って! 来愛をこれ以上刺激しないで!」
「クソが、まだなんだよ、まだ俺は来愛に辿り着いてねえ。わかってんだよ、その先に居るんだろ来愛! だから必死に守るんだよな、″にや″だか、にゃー子だか知らねえがよ、邪魔すんじゃねえ!!」
俺は来愛に飛び掛かった、もう少しなんだ、そんな壁俺がぶっ壊してやんよ!!
「いつまで隠れてやがる! そんなんじゃ何も変わんねえんだよ! とっとと出てきやがれ!」
「あ、ああ、ああー!! やめて! やめて! やめてーー!!」
パシーン!
「響ちゃん、いい加減にしなさい!!」
ぶたれた!? 栞さんに?
「響! 見るに耐えらんねえよ! やり過ぎなんだよお前は!! 色々やれる様になってきたからって調子に乗ってんじゃねえよ!」
俺は美優さんに襟元を掴まれ壁に押し付けられた。
「ハハ、俺の事海斗くんって呼んでたクセによ、心開いてくれねえんだな、来愛」
「黙ってろ響! これ以上刺激するな!」
「か、海斗くん?」
反応した?
「そうだ、お前の好きな夏グラだ!」
「黙ってろって言ったろが!」
「うるせえんだよ、どけ! 美優!」
俺は美優を突き飛ばし来愛の元へ向かった。
「夏グラ……」
「そうだ! 小梅と海斗だ! なんだっけ? ハリウッド女優になって最後は駄菓子屋だっけ? なんか変わったゲームだよな」
よし、何かわからんが持ち直したか?
「駄菓子屋……ラムネ……ビー玉」
なんだ? 連想してんのか?
「ビー……玉?」
「ビー玉ビー玉ビー玉ビー玉ビー玉ビー玉ビー玉ビー玉ビー玉ビー玉ビー玉ビー玉ビー玉ビー玉ビー玉ビー玉ビー玉ビー玉ビー玉ビー玉ビー玉ビー玉ビー玉!!」
な、なんかヤバいぞ?
「アアアアアーーーー!!!!!!!!」
「響ちゃん! 出て行って! もうやめて!!」
な、なんで? な、なんなんだよ一体!?
「来愛?」
「触らないで! 出て行ってって言ったでしょ! アナタはもうアンソレイユから出て行きなさい!!」
えっ?
「おら、行けよ! 2度とツラ出すな!」
俺は美優さんに襟首を掴まれ部屋の外に放り出された。
「美優姉! やり過ぎだよ!」
「やり過ぎたのはコイツだ花音! なんでも出来る様になったって思い上がったか? 来愛をこんなに追い込みやがって、このバカヤローが!」
「だったらアタシも出て行く!」
「は? 何絆されてんだ、花音!」
「アタシも出て行くからね、ママ!」
「アナタ達何言ってるかわかっているの!?」
「一華、お前までバカヤローか!」
「バカバカうるさいんだよ、バカ美優!」
「なんだとお前!」
「美優姉、やめなって!」
「やめてー!!!! お願いだからケンカしないで!! いつもみたいに仲良くしようよ!」
「ココ……」
「響介! しっかりして!」
「あ、ああ」
「荷物持ってきて、急いでね。早く出よ!」
「花音、一華。後で泣きついてきても助けないからな」
「頼まねーし! ベーだ!」
俺は2人に支えられながら外に出た。
ふと気が付いた、にゃー子がもし、過大なストレスから自分自身を守る為に作り上げたものだとしても、それが現実世界に定着してしまったらそれが主人格になってしまうのではないのかと。
だとしたら、あそこまで必死に抵抗する気持ちはわかる、自分のアイデンティティを否定されたのだから。
荊の先に触れた冷たい壁は単に行き止まりだったのか? あの向こうに来愛がいるだろうなんて、俺の思い上がりだったのか?
もしかして俺は取り返しのつかない事をしてしまったのだろうか。
優莉愛の言葉を信じ本当の来愛を見つける為、響介は八神家を訪れる。そこで来愛の母から不登校となった真実を聞かされる。
第37話 アイアンメイデン〜あの日の君を探して〜中編〜 砕かれた恋心 1/17 お昼に更新します!




