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陽だまりのセプテット  作者: ÷90
第2章 風花〜儚く舞い散る雪のように〜

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第25話 新たな1歩


 ——— 花音、素直な心を大事にしろよ ———


 お兄ちゃん! ゆ、夢?


 もう朝か……。


 カーテンを開けると裏庭のお気に入りの風景が今日も元気をくれる、シオりんが愛情一杯注いで育てた花達が朝日を浴びて元気に笑っているように見える。


 久しぶりにお兄ちゃんの夢を見たな。


 アタシには兄がいた、半分しか血が繋がってない、15歳も離れた兄が。その存在を知ったのはアタシが5歳の時だった。


———


 ガシャン!!

「お、お嬢様!?」

大きな音と共に床の上で無残な姿になってしまった花瓶、いつもならすぐ駆けつけてくるお手伝いさん達は誰も近づいて来なかった。幼いアタシでもわかった、アタシがぶつかって落下して割れた壺はとても高価なものだったのだろうと。


 お父様に怒られる気持ちと、誰も近寄ってきてくれない悲しさに耐えられず涙が溢れだす。

「えっぐ、えっぐ、ええーん!」

その時だった、背後からアタシの頭を優しく撫でる人が現れたのは。


「あーあ割っちゃったか、ケガしてないか、花音?」

いきなり現れた男の人にビックリして声が出ず首を振って答えた。


「無事なら良かった。見せびらかす様に廊下に飾ってたけど、どうせ騙されて買ったニセモンだろ? あのジジィは人や物の良し悪しがわかるような人間じゃないからな、だから花音、気にすんなよ」




「何をしている、おまえは勘当したはずだが?」

丁度その時タイミング悪くお父様が帰ってきてしまった。


「そ、その花瓶は……誰だ、割ったやつは! 幾らしたと思っているんだ!」

「ヒッ!」

アタシは恐怖で体が動かなくなった。


「わりぃ、わりぃ、ちょっとぶつかってな。そんな怒るなって、どうせ騙されて買わされた安い壺なんだろ?」

「何を言ってるか貴様! 貴様なんぞに何がわかる!」

「わかってねーのはアンタだよ親父、知り合いの鑑定士に見てもらった事あんだよ、俺の物見てもらうついでにな。したらよ、出せても3万だってよ、笑っちまうよな! 幾らで買わされたんだ、その壺はよ?」

「クッ、そ、そんなはずはないだろ! お前ら見てないでとっとと片付けんか!」

捨て台詞を吐き捨てるようにお父様は去っていった。


「へへッ、さっきの話しはウソだけどな? ホントに高価な壺だったら、ざまぁだぜ、なっ、花音?」


 それが兄と初めて出会った記憶。それから兄はアタシの事を気に掛けてか、たまに外に連れ出してくれた。動物園、水族館、遊園地、兄が連れて行ってくれる所はどこも初めてで楽しかった。そして会う度にアタシはそんな兄の事が好きになっていった。




 そんな兄の訃報が届いたのは中学1年生になった春、長い冬が終わり、待ち望んだ季節は兄の悲しい知らせを運んできた。


「ウソでしょ!? そんなワケない! 何でそんなウソを付くの? お婆様はアタシの事が嫌いなの!?」


「花音、いきなり言われて信じられない気持ちは分かるけど、おばあちゃんがそんなウソを付くと思うの?」


「……」


「待ちなさい、花音! どこへ行くの? 虎! あの子を止めて!」


「離してよ! なんでお兄ちゃんが死ななきゃならなかったの? お父様よ! きっとお父様のせいだわ! お兄ちゃんをこの家から追い出したのも、お兄ちゃんが、死んじゃったのも全部、全部お父様のせいよ!!」


「お嬢! 違うんだ、アイツは病気だったんだよ、でもお嬢には心配掛けたくないから黙ってたんだ、それだけアイツにとってお嬢は大切な存在だったんだよ!」


「な、なんで皆んなでウソを付くの? ホントは生きてるんでしょ? お兄ちゃんはアタシの事会いたくないくらい嫌いになったの?」


「お嬢!! 頼むからわかってくだせぇ、でないとアイツが浮かばれないでさぁ……」


「うぐっ、えっ、えぐっ……痛いよ虎太郎(こたろう)、離して、離してってば……」


 後からお婆様は全部話してくれた。

兄は前妻の子。兄はヤンチャな性格で素行も悪かったらしい。15歳の時、同じ歳の女の子を妊娠させてしまい、その人と生まれて来る子を守りたくてお父様に頭を下げた、自分が結婚できる歳になるまで彼女らも養ってほしいと。


 しかしお父様は断固として反対したみたい、桐島の人間がそんな出所も分からん女と結婚する事など許さないと。

 でも兄の母親は違った、聡明で情が深い人だったとお婆様が言っていた。

 私が面倒を見ると、断固として許さないお父様と離婚し、兄を連れて出て行ったと話すお婆様の言葉には何処かしらに棘があった。多分、兄を連れて行ったその人が嫌いなのだろう、お婆様は兄を凄く気に入っていたから。素行は悪いが決断力と行動力に優れ、情に深い兄は沢山の人に慕われていたと話してくれた。


 そしてアタシの事も正直に話してくれた。アタシの母がお父様の後妻になる前にアタシを身籠っていたという。

 わかりやすく言えば愛人との間に出来た隠し子、兄の母と離婚したお父様はすぐに再婚した。その後間も無くアタシが生まれたと言う事は、そういう事なのだろう。

 だからお父様はアタシに愛情はなかったのだ、物としてしか見ていなかった理由がわかった気がした。


 母はお父様と結婚出来た事をいい事に旅行三昧で常に遊び歩いている、そんな母もそれを野放しにしているお父様の事もお婆様は嫌いな筈、なのになんでアタシには優しいのだろうと虎太郎に聞いた事がある。


「それはお嬢が不憫だからでさあ、あの父親と愛人の子だもんな。そんな環境に生まれたお嬢に同情してるんだろ、人を色眼鏡で見ない所があの人のいい所さ、だからこんな俺なんかを側に置いてくれてるんだわ」


 アタシは虎太郎の事も信用してる、だって歯に衣を着せぬ、思った事をそのまま言ってしまう人柄だから。



———


 お婆様には感謝しかないわ、ここで暮らしていけるのもお婆様のお陰だから。


 アタシが年上好きな理由はきっとお兄ちゃんを探していたのだろう。優しくて、安心できて、頼れる存在だったから。その影を大人の男の人に求めていたのかもしれない。


 あのね、お兄ちゃん、アタシ好きな人が出来たんだよ。

お兄ちゃんとはタイプが全然違うけど、ちゃんとアタシを見てくれる人なの。

 でもね、今はその人の1番でなくてもいいの、諦める事に慣れてしまった言葉じゃないよ、響介はアタシが初めて手放したくないって思った人だから。

 そんな人だからこそ、ぶっちぎりで1番に選んでほしいんだ。


  アタシはもう諦めない、響介も自分の人生も


 あの家に戻されるまでの時間はまだあるわ、だからそれまでの間に出来る事はやろうと思う。


 自分の生き方は自分で決めたい!


 大丈夫だよ、お兄ちゃん。アタシの側にはね、不器用なクセに諦めが悪くて、どれだけ傷付いても何とかしちゃう男の子がいるから。

 アタシに前に進む力をくれる大切な人がいるから。



      ==================


 

 花音の様子がおかしい。

また? 昨日の一件で距離が縮まったんじゃなかったっけ? 実は、こんな事が起きている。


 あの後危惧したのは皆んなの前でもベタベタしてくる花音を想像してた、しかし、俺のそばに来ないのだ。それ以外は普通に話し掛けてくるし、避けられているわけでもない。

 それに対して拍子抜けしてる自分がいた、何期待してたんだ俺は。


 何にせよ、元の花音に戻ってくれて良かった、それだけでも充分じゃないか、と思っていた。




「ねぇ、この服どう思う? 似合うかな? 可愛い? アタシが着たとこ見たい?」

花音がスマホの画像を俺に見せてくるんだが、その、距離がゼロなのだ。つまりガッツリ密着してる、腕と腕が。ああ、なんか胸が当たりそう。


 そう、周りに人が居なくなった途端、一気に距離を詰めてくるようになった。

 あとは、他愛のない内容だが、やたらメッセが来るようになったし、2人ともアンソレイユに居るのにお互いの部屋で電話で話しをするようになった、内容なんて至って普通なのだが。それと電話でのおやすみコールは最早当たり前になっていた。


 何か秘密の関係みたいでアンソレイユの皆んなに気が引けるが、でもこのどこか背徳感を感じる関係は嫌ではなかった。

 俺の中で間違いなく花音は特別な人になってきていたから。


 でも俺は自分から踏み込む事を拒んでいる、どんなに仲が良くても人は裏切る、あの大雪の日の事はあの子が悪いわけじゃない、頭の中ではわかっているはずなのに、心は怯えている、あの日からずっと。


 あの日から変わってしまった景色は色を失ったモノクロの世界。それは刺激もなく、孤独な世界だった。何に対しても興味が湧かず、人の目に怯え、接する事を避けてきた。色は感情なんだ、喜怒哀楽こそ自分の世界に色を与えるんだ、失ってそう気が付いた。だから自分を否定し続ける俺の世界に色はない、あの子と過ごした時間はとても綺麗だったのに。眩しかったあの子の笑顔をボンヤリとだが思い出す、その時だけは切ないくらいに明るくて胸が苦しくなった。


 未だに後1歩が踏み出せない、踏み出した瞬間に地面が崩れ落ちる夢を何度も見た、アンソレイユに来る前はこんな夢見た事ないのにな。


 もうすぐ夏休みだな、今はなるべく考えないようにしよう、意識しちゃダメだ、今年の夏は楽しみたいから。




 リビングに行くと美優さんと来愛と花音の3人が何かやってる、着物?

「お、響じゃん、響は甚平だよ」

何の事だ? アレは浴衣か、とくれば祭りだな、でも祭りは秋じゃなかったっけ?


「何の話し?」

「来週の土曜日、花火大会があるにゃん、それの準備なのだ」

花火大会か、今までは全く興味なかった行事だ。しかしウチのメンツ全員で行ったらかなり目立ちそうだが大丈夫かな? 花火より注目されそうな気がするが。


「何エロい目してんの響? いやらしい事想像してる目だな」

「な、何言ってんだよ美優さん! 心配してただけだよ!」

「心配? なんの?」

「い、いや、女の人ばかりじゃん、ウチは。だから、その、ナ、ナンパされたりとかさ……」

「響介がいるから大丈夫でしょ」

花音はサラリと言った。


「は? 何しおらしい事言って。アンタは睨み付けて毒舌吐くじゃないか、ナンパしてきた男共がドン引きするくらいにさ」

「何の事かしら? アタシはか弱い乙女だもの、響介に守ってもらわないとね」

「ボクの事も守ってにゃん!」


 ウチの女性陣は戦闘力高そうだよな、ナンパして来る奴らなんて一蹴しそうでちょっと安心した。

 皆んなで花火大会か楽しそうだな、ちゃんと綺麗に見えるだろうか、まだモノクロの世界から抜けきれてない俺に。

 いつか色が戻る時が来るのかな、それは誰かを好きになった時なのだろうか、そう思うと萎縮してしまう自分がいる。だったら好きにならなきゃいい、そしたら裏切られる事はないのだから。


「あー、浴衣出してる! アタシ次はこれ着たいな、ね、どうかな響介?」

「あ、一華、お帰り。うん、似合うと思うよ」

「なんかテキトー、気持ちがこもってないんですけど?」

「うん、込めてないからね」

「ガーン! 酷いよ響介、だったら花火の日は響介はウチでお留守番なんだから」

「えっ? 俺だけ除け者扱い」

「しょ、しょうがないからアタシも残ってあげる、2人でお庭で花火でもしよ?」

一華は周りに人がいようがお構いなしに攻めてくるよな、何か空気がピリついてるよ。


「あー、ボクもお庭で花火がいいかも、人混み苦手だし」

「そうね、今回はそれでいいかもね、響介が迷子になったら困るもの」

おいおい、俺はお子様じゃないんだぞ。


 今の一華に皆んな慣れてきたな、花音も今まで通りの花音に戻ってくれたし、改めて新しいアンソレイユの生活がスタートする感じがした。


 俺もこのままではいけない、託された想いもあるのに。あの日と決別できてこそ、変われたと言えるんじゃないのか。頑張ってみようかな、いつか誰かを好きになれるように。






花火大会ではぐれた花音を見つけた響介。2人で歩いていると花音に元気が無い理由を聞かれる。響介は8年前に負った心の傷の原因になった出来事を花音に話すと決意した。


第26話 初めて知る痛み  11/23 お昼に更新です!

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