第23話 慶太郎
——— 放課後
紗夜子さんに稽古をつけてもらっていた、聡士先輩と一緒にだ。
先輩も強くなりたいらしい、それに紗夜子さんの振る舞いに惚れたと言っていた。
わかるよ、師匠はマジでカッコイイと思う!
でも、今日の稽古いつもよりキツいんだよ、心なしか師匠の言動も厳しい。
「ヨシ、今日はここまでだ、上がっていいぞ聡士」
「あざした、響介帰ろうぜ、クタクタだぜ」
「響介、お前は今日からメニュー追加だ、10分休憩後始めるぞ」
何それ、聞いてないぞ?
「そんじゃお先、響介、ご愁傷様!」
そんなー!
———
「どうした、響介! そんなもんかお前は!」
クソが、何かの八つ当たりかよ、いや、そんな小さい人じゃない。だったら何で今日はこんなに荒れてんだよ紗夜子さん。
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——— 一華シューズ事件の次の日
「あら、紗夜子、昨日はありがとう。今日は何の用かしら?」
「わ、忘れ物をだな」
「何か持って来てたかしら?」
「きょ、響介はいるか」
「学校でしょ、アナタこそ、サボって来たのかしら? アナタはウソ付けない人なんだから単刀直入に言ったらどう?」
「何を隠してる、栞」
「何の事かしら?」
「美優の事はいい、あの施設から引き取ったのだろう。だが、俺が気にしいるのは桐島花音だ! 隠しても無駄だ! 桐島花音はあの家の者なんだろ? なぜ、あの桐島家の者がここにいるんだ? 桐島家と慶太郎は……」
「帰って!」
「栞……慶太郎はもう、居ないんだ、桐島家とは関わるな」
「お願い、帰って」
「栞! 何かあるなら俺に……」
「帰ってって言ってるでしょ、紗夜子」
———
「世知辛いのう、響介。友が隠す涙に気付いているというのに、差し伸べた手を払われる悲しさよ」
「紗夜子さん……」
「こんな事をひと周り以上も違うお前に託すのは気が引けるが、お前しかおらんのだ」
「……」
「側にいるお前に栞を守ってやってほしい、頼む!」
「その理由は何ですか? 何から守ればいいんですか、師匠?」
「そ、それは、すまぬ。今はまだ言えぬ……」
話したいが、知ってしまったら、お前はまた突っ走るだろう。しかし、こんな頼み方はないな、理由も言わずに一方的とは。
「わかりました、師匠! 全力で守ります!」
「響介、俺は理由を話していないんだぞ?」
なぜ、お前は即答できるのだ?
「話せる時がきたら、話して下さい。栞さんを守りたい気持ちは初めて会った時から変わらないんで、大丈夫ですよ」
お前というヤツはホント、似てない様でどこか似てるんだよアイツに。
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「響介、お前にこれをやろう」
紗夜子さんから渡されたのは、龍の刺繍が入ったスカジャンだった。
何でスカジャン? まさか俺の弟子になった証だ、特服みたいなもんだ、これを着て気合い入れろや! みたいな!?
内側になんか書いてるぞ、けーたろー。平仮名? 師匠の子供? いや大人サイズだが?
「それは慶太郎が大事にしてたスカジャンだ、お前が持ってな。」
「慶太郎? 誰ですか?」
「そうか、栞のヤツ、話してなかったのか。アイツの亡くなった旦那だよ」
背筋がゾワッとした。それは怖くてなるものではなく、言葉にするには難しかった。栞さんからならまだしも、紗夜子さんから繋がった慶太郎さんに俺は何かを感じたのかもしれない。
「龍の刺繍、イカしてるだろ? お前にピッタリだ」
「何で俺にピッタリ何ですか?」
龍が俺に?
「龍は天翔る時、深い海の底に身を潜めるらしい、力を蓄える為にな、似てるだろうお前に?」
なんの事を言っているんだ?
「お前も身を潜めているだろう、あの樹の下で」
あっ。
「お前は確かに変わったと思うが、まだ心の芯の部分が怯えている」
この人の……。
「お前は勘違いしている、お前の弱さは人を恐れ人を避けて来た事ではない」
優しさは、なんで……。
「お前の弱さは自分が弱いと決め付けてしまった事だ」
こんなにも、力強いのか。
「小学2年生の小さな子が、あの大雪の中、友を助けに行くだと? そんな事、俺には出来んよ。お前は強い、お前の強さは人の為に動く時、無類の強さを発揮するんだ、一華のシューズを取り返し、聡士を救った時みたいにな」
俺は紗夜子さんに弟子入りを志願した時、自分の過去を話していた、この人から感じていた他の人とは違う何かがそうさせたんだ。それが何かわかったよ。
俺は自分の事がわかってない、近頃の言動に矛盾を感じて自己嫌悪に陥っていた。
「お前は弱くなんかない、あの樹の下で力を蓄えていたんだ」
この人と出会えて良かった。
出会いは人を変える
落ち込んで自己嫌悪したって何も変わりはしない、ならば1歩でも前に進もう。
「お前はもう大丈夫だ。あの樹の下から翔び立て、響介!」
「任せてください! 全部抱えて翔んでみせますよ、師匠!」
——— アンソレイユ
夜になった。俺はベッドに寝転びながら花音の事を考えていた。今日の夕飯も花音はいなかった。朝は朝で起きるのが遅くなった、朝食も皆んなとズラしているかのように。リビングでもその姿を見る事はなくなってしまった、皆んなは何も言わないがどうしてなのか? 美優さんなら話ししてそうだが。
俺には何が出来るだろうか? この前の放課後、すれ違いざまに交わした花音の目は、俺を見ていなかった。ただの真壁響介という物質でも見ているような、そんな目をしていた。また胸がズキンと病む。
【 迷うな、1択だろ? 】
えっ!? 突然聞こえた声にベッドから飛び降りた。
今のは空耳? 男の人の声だった……。
スカジャン……何となく、それを着て外に出てみたくなった。
幸いリビングには誰もいない。
一華が皆んなで買い物行こうと言い出し出掛けたんだったな。一華は今、アンソレイユの中心になりそうなキャラになってきた。
俺も誘われたのだが、宿題があるとウソを付いて断った。もし誰も居ない時に花音が帰ってきたら、一層疎外感が増すような気がして、それを思うと耐え切れなくなったから。
月が明るい、綺麗だな、裏庭へ行こう。
さっきの声は空耳だったのだろうか、それとも、ウジウジ悩む俺を叱咤しようとした自分の心の声? それとも……慶太郎さん?
紗夜子さんは栞さんに何を感じ不安になったのだろう、もし栞さんが何かを抱えていたとしても、そんな栞さんを支えてくれる慶太郎さんはいないんだ。
あの時、偶然見てしまった慶太郎さんの遺影を見つめる、栞さんの悲しい横顔。その時栞さんは何を思っていたのだろうか。
守りたい、栞さんも、花音も、アンソレイユの皆んなも。今あるこの俺は、この人達のお陰なんだから。
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「いやー、買った、買った」
「もう、お姉ちゃん余計な物入れ過ぎなんだから、お兄ちゃんみたい!」
「アハッ、だったら今度は絶対響介も連れてこ!」
「だったらの意味がわからんにゃ」
「そう言えばシーツ取り込んだかしら? 美優手伝って」
「あーい」
ドン!
「ちょっと栞、急に止まらないでよ!」
「慶ちゃん?……」
「何寝ぼけた事言って……」
そこには確かに慶太郎がいた、あのスカジャンを羽織り、月明かりに照らされた慶太郎が。
「ウ、ウソだろ!?」
「慶ちゃん!!」
「待て、栞!!」
「あ、お帰りなさい、どうしたんですか? 2人とも」
えっ、響? なんでアンタがスカジャンを。全く何て紛らわしい。マジで慶太郎が出て来たんかって思ったよ。
「響ちゃん、どうしてスカジャンを?」
「そうだよ、遂に粋っちまったってか? おい」
「貰ったんですよ、紗夜子さんから。えーと、け、慶太郎さんのスカジャンを」
「えっ、慶ちゃんの?」
「何でアイツが持ってんだよ、ちょっと見せろ!」
「なっ、美優さん!?」
そんなまさか、本物か?
スカジャンの内側を見ると私が落書きした”けーたろー”の文字があの頃のまま残されていた。
マジかよ、慶太郎のだ。
響介が、紗夜子から受け取った?
「す、すみません! 何か俺、もらっちゃいけない雰囲気のもの勝手に着ちゃってゴメンなさい! 紗夜子さんは悪くないです、えっと、あのう……」
「いいよ、着てなよ、なっ、栞?」
「うん、とっても似合ってるよ響ちゃん!」
そっか、慶兄は安心しろと伝えたかったのか、色んな事を抱えて生きる栞に。
さっき、響介を慶太郎と見間違えたと気付いた後、何故だか安心したんだよな、ウチには響介がいるじゃんって。アイツは日に日に逞しくなっていく。
栞、もしかしたらさ、響介がアンタを解放してくれるかもな。あんなダサかったヤツが慶太郎のスカジャン着こなしてんじゃねーよ、悔しいが似合ってんよ!
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「響ちゃん、振り向かないでね、チョットだけこのままでいさせて」
栞さんが後ろから抱きついてきた。背中に栞さんの感触と甘い香りが漂う。
「響ちゃん、これからもよろしくね」
「? は、はい、こちらこそ」
「ママ、何してるの?」
「一華、響ちゃんのね、温もりを感じてるの」
し、栞さん。
「離れないと危ないわ、響介エッチィから何されるかわからないよ、ママ」
「なんて事言うんだよ一華! 俺がいつそんな事したよ!」
「アタシのパンツ見たでしょ!」
「あれはだな、お前らが暴れてたからだろ!」
「やっぱ見たんじゃん!」
「あっ……逃げるが勝ち!」
「ちょ、待ちなさい響介、このエロエロ大魔神! 責任取りなさい!」
「やだよ! 不可抗力じゃん!」
「責任取って、アタシをお嫁にしなさーい!」
「よ、嫁!? 何でそうなるの!?」
「そういうものなのよ! 待ちなさい響介! お嫁にしろー!」
「言ってる意味わかってんのかよ!」
はやっ、流石はスプリンター、あっさり捕まった、
「観念しなさいな、セクハラよセクハラ! セクシャルハラスメントよ!」
「お、お前は、お、お嫁ハラスメントだ!」
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「フフ、仲いいわね、あんな風にじゃれあってたら小さい頃を思いだすわ」
「栞、そろそろ教えてやらないのか? 2人はあの時のヒビキとチーだって」
「ダメよ、それは出来ないの」
「なんでだよ! 栞はいつでも皆んなに手を差し伸べてきたじゃないか、何でダメなんだよ!」
「約束なの、言わないでくれって」
「そんな約束を誰とするんだよ」
「響ちゃんのお父さんよ」
「な、なんだって!?」
「私と響ちゃんが出会ったのは偶然じゃないの、響ちゃんのお父さんが仕組んだ事なのよ」
——— 3月
その日は慶ちゃんの、命日で、大好きだったトルドレのチョコレートケーキを買いに行ったの。
「いらっしゃいませ! ご注文お決まりになられましたらお声掛けください」
その時、1人の中年男性のお客さんがお店に入ってきた。
「すみません、予約していた真壁ですが」
「はい、お誕生日ケーキですね、ご用意できております。プレートのお名前は平仮名で“きょうすけ“で間違いございませんか?」
「はい、大丈夫です」
「ありがとうございました! またお越し下さいませ」
まかべ きょうすけ……。私はその名前に背中を押されるようにお店を出た男の人を追いかけていた。
「あ、あのう、す、すみません! 待って下さい真壁さん! 響介くんのお父さんですよね?」
「あ、あなたは、確か、あの大雪の日の……」
「夢野です、その節は大変申し訳ありませんでした!」
「何をおっしゃいますか夢野さん、顔を上げて下さい。謝らなければならないのは、こちらの方です」
そして私達はその後のお互いの出来事を話し合った。
「旦那さんがご病気で……それはお気の毒に、胸中お察し致します。そして今はシェアハウスを営んででらしたのですか」
「はい、当初は主人とペンションをと計画していたのですが、今は訳あってシェアハウスにしました」
「そうですか、シェアハウスですか……夢野さん、いきなりで申し訳ありませんが折り入ってお願いがあります。もし空きがあるのなら、そのシェアハウスの1室を響介に貸してやる事はできないでしょうか?」
「響介くんにですか?」
その時私は、響ちゃんのお父さんの必死さから、何かしらの問題を抱えているのだと思った。
「良ければ理由をお聞かせ願えますか?」
「はい、実はあの大雪の日以来、妻の響介に対する躾と言いますか、監視が酷くなり、次第に響介は外に出る事も少なくなって閉鎖的になってしまったんです。友達もいなく、部屋に篭りっきりになってしまいました。このままでは、更に悪化するのではないかと懸念しておりました。加えて妻も精神的に不安定な事も多くなり、私の転勤を機にこの2人に距離を取らせる方が良いのかと思案しておりました。しかし響介が1人暮らしとなると果たして……」
あの元気で明るかった響ちゃんがそんな事になってるなんて思いもしなかった、一華もあれ以来、あまり笑わなくなっていたけど。そんな2人を会わせて良いものかと思った。でも、今日、慶ちゃんの命日に出会った事が何かの巡り合わせの様な気がしたの、しかも響ちゃんの誕生日でもあったなんて。
「あんな事があったのに手前勝手な申し出、誠に申し訳ないと思っております、勿論、断って頂いても構いません、検討して頂く事は可能でしょうか?」
私なりに思う所も色々あったけど、何かの巡り合わせならばと思ったら迷いは無くなっていたの。
「わかりました、その話しお受け致します。それに、親元離れて一人暮らしとあらば、何かと学校への申請も大変でしょう。幸い響介くんが通われる学校へは融通が効きますのでご安心下さい」
「本当ですか! 良かったです。夢野さん、本当にありがとうございます。お金の方は全てこちらで賄いますのでよろしくお願いします。それと差し出がましいお願いなのですが、そちらのお嬢さんと響介が友達だった事は互いに気付かないのならば内密にして頂けないでしょうか?」
「そうですよね、あんな別れ方をしたら会いたくないかもしれませんものね」
「親バカで申し訳ありませんが、これ以上あの子には傷を負わせたくないのです」
お互いその方がいいのかもしれない。
「最後にもう1つだけよろしいですか? 夢野さん、小芝居を打ってもらえないでしょうか?」
「芝居、ですか?」
「はい、私が段取りしますので、街で響介に偶然会って声を掛ける感じでお願いしたいのです」
「直接シェアハウスに来て頂く分けにはいかないのですか?」
「人は言われてするよりも、自ら動いた方が責任感が増すからです。自分から1人暮らしするとなれば、少しは前向きに頑張ってくれるのではないかと思いまして」
多分苦肉の策なんでしょうね。それでも何かきっかけを与えたいとする気持ちは伝わったわ。
「それで私は何をすれば良いのですか?」
「やって頂けるのですか? 何から何まで申し訳ない、ありがとうございます。では、まず私の方から響介が1人暮らしすると言い出すように仕向けます、不動産に1人で行くも人見知りの響介はなかなか入れなくて立ち往生するでしょう、そこで、夢野さんの方から偶然を装って響介に話かけシェアハウスへ誘って頂けたらと」
そうして響ちゃんと再会したの
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「でも当日は出会うタイミングがズレちゃって慌てたけど、トラブルに巻き込まれた響ちゃんと出会ってウチに誘う事ができたの」
「そんな裏話しがあったのかい、私に言ってよかったのか?」
「うん、今の2人見てたらもう大丈夫そうかもって。
それに美優には皆んなの事見てもらってるからね、色々話しちゃうんだ。だって美優は誰よりも気遣いが出来る子だから」
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あれ? こんな時間に栞さん達が外にいるなんて珍しいな、なんか家に入りにくい。
きっと皆んなアタシの異変に気づいてるよね、早く誰か手助けしてくれる人見つけて出て行かなければ。
でも中々いい出会いはないわ、大人の男の人なら経済力もあって落ち着いた感じならと思っても、大体考えてる事は皆んな同じだわ。あわよくば感が丸見えなのよ。最悪、聖奈か、杏の所に転がり込むしかないかな。
ん? メッセ誰からだろう? 隆幸さん!?
その人は以前出会った人、若くしてIT企業の社長になった人だけど、謙虚でとても誠実な人だった。唯一、この人ならと思えた人。でも、そういう人に限ってすぐ離れて行く。出会って2週間程で海外に行ってしまった。
今度の休みに会いたいって、願ってもない話しだわ。
出て行くって言ったら止められるだろうな。
それなら隆幸さんに連れ出しでもらえばいい。
もう形振り構ってなんていられないの
次回は第1章の最終話です! 一華の変化に戸惑いっぱなしの響介。いよいよアンソレイユを離れようとする花音。それぞれの気持ちはどこへ向かって行くのか。
第24話 あふれる想い 11/11 お昼 更新です!




