第12話 蘇る記憶
今日は天気も良くお出掛け日和だ、バスで地元まで移動する。俺達はバスの最後列に座って景色を眺めていた、と言っても自然とかではなくフツーに市街地の風景だが、花音とココは色んな物を発見してはしゃいでる、楽しそうだな。
もうすぐだな、あっ、こんなトコにコンビニ出来てたんだ。
そこは実家からさほど離れてはいないが近づかなくなった場所でその変わりように記憶が置いてけぼりされたような感覚になった。
あの事件以来、行かなくなったあの子と出会った公園、あの子の名前すら思い出せないのに、あの時、一緒に過ごした楽しさと切ない気持ちだけが心の奥に残っている。
小学校の時、良く遊んだ公園、お気に入りの遊具と大きな樹とあの子がいた……。
《明日もあの木の下で待ってるよ、ヒビキ!》
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【 8年前 冬 】
——— 不要不急の外出はお控え下さい ———
昨日からの爆弾低気圧は北国の暮らしに多大な影響をもたらした。
降り止まぬ雪と繰り返す雪掻き (除雪)に疲労が積もる。愚痴を溢しても仕方がない、皆同じだと思いながら春の訪れを祈る様に待つしかない切なさ、だってまだ1月だもんな。
「ハァー、しんど。プレゼンの資料も仕上げなきゃならないのに」
「ねぇ、アナタ、響介知らない?」
妻の千香が慌ただしく、玄関から出てきた。
「知らないよ、家の中だろ?」
「それが、どこにも居ないのよ。あの子の長靴が無かったからアナタと雪掻きしてるのかと……」
「どしたの、ママ? お兄ちゃんなら、さっき出て行ったよ、友達と会うんだって」
「え!? 何で止めなかったの瑞稀! 外は吹雪なんだよ! それに昨日からどれだけ雪が積もったと思ってるの? ねぇ!」
「わーん、ママなんで起こるの? 瑞稀悪い子なの? わーん」
「千香、何してるんだ、瑞稀はまだ5才だぞ」
「アナタも外に居たんなら、なんで気付かなかったの!?」
「俺はさっきまで裏庭の方の雪掻きしてたんだよ!
おまえこそ、何で出て行ったの気付かなかったんだ!」
「そんな、私はお昼の準備をしてて、ゴ、ゴメンなさい! 私、私が……ア、ア、アアー!」
千香は精神的に脆い所があった、子育ての疲弊もあるのだろう、わかってはいたが私も仕事に追われ子供の事は任せっきりだった。
「落ち着くんだ千香、すまなかった! 今のは言い過ぎた、響介の行きそうな場所わかるか?」
「わからない、わからないわ!」
しまった、千香を追い込んでしまった、何してるんだ私は。
「落ち着ついて思い出してみよう、最近遊んでる友達はいるか」
「あっ、いる、いるわ、ほら◯◯ちゃん、最近ずっと一緒に遊んでるのよ」
「電話番号か家は知らないのか」
「い、家なら知ってるわ!」
「行くぞ!」
夜からの吹雪は大分勢いが弱まったとはいえ、未だ深々と降り続いている。こんな雪の中、小学2年生の響介が果たして外に出ようと思うのか、あの子を突き動かしたものは一体。
この大雪を見れば見るほど焦る気持ちが増す、しかし俺が焦れば千香は更に取り乱すだろう、しっかりせねば。
———
「突然すいません、ウチの響介来てないですか? この吹雪の中行き先も告げずに出て行ってしまって、もしかしたら、コチラにお邪魔してないかと」
こんな日に何て親だと思われるだろう、しかしそんな体裁気にしてる場合ではない。
「響介くんのお父さんですか、響介くんはウチには来ていませんがどうやら今日、ウチの娘と会う約束をしていたみたいで……娘も行くときかなかったんです。吹雪だから危険だと言っても行くときかなくて、理由を聞いたら響介くんは必ず来るからって。それで妻がもしかしたらと思って今約束した場所へ行きました、そろそろ戻って来ると思うのですが……」
「どうしてこんな時に約束したのよ!!」
「ゴメ、ゴメンなさい、アタシ……うっ、うう」
「千香やめないか!」
ガチャ!
その時だった響介を抱きかかえた奥さんが戻ってきたのだ。
「アナタ、響介くんが! それと何か温める物を……」
「響介!! ウチの子を渡しなさい! 触らないで! こんな日に約束するなんてどうかしてるわ! ああ、響介、響介、こんなに冷たくなって……」
ああ、見つかってよかった、取り敢えずは一安心だが、千香の気持ちは分からんでもないが、これではあまりにも理不尽過ぎる。しかし今の千香はとても諭せる様な状態ではない。
「奥さん、ありがとうございました」
「響介くんのお父さん、意識はありますけど病院へ行かれた方が良いかと」
「約束したのに……」
「響介、響介! ママよ、わかる?」
「何で、来なかったの?……雪いっぱい降ったから、怖い思いしてるんじゃないかって……だから行ったのに」
そうか、響介はあの子を助ける為にその一心で家を出たのか。
「えっ、えぐっ、ヒ、ヒビキ、ゴメンね、ゴメンね、でもアタシも行こうと……」
「ウソツキ! ウソツキ! ウソツキーーーー!! 」
「コラ、響介やめなさい」
この小さな体で待ってるであろう女の子の為に、一生懸命約束の場所に向かったのか。だがそこには誰も居なく、どんなに不安で怖かったのだろうか。でも彼女だって悪くはないんだ、寧ろ彼女の方が適切な判断をしたんだ。
「行くって言ったのに、約束したのに!」
「…… アタシが悪いの?……そうなの?……こんな日に、こんな日に遊べると思ったヒビキが、おかしいのよ!!」
「う、うう」
「……こんなに雪降ってるのに、遊ぶわけないじゃない! ヒビキのバカー!!」
「これ、何て事を!」
「うわーーん! 待ってるって言ったのに、ウソツキーー!!」
「何て酷い事を言うのこの子は! どんな躾をしているのよ! 金輪際、2度と響介に近寄らせないで! わかったわね! アナタ早く病院へ!」
「中へ入ってなさい!」
「パパァ、でも……う、うう、ええーん!」
「さあ、中に入りましょ、アナタあとはお願いします」
「ああ、わかった」
千香は響介を連れて車へ行った。
「本当に申し訳ございませんでした!」
謝るのは、そちらではないでしょうに。
「謝らないないでください、私達がしっかり響介を見ていなかったのがいけなかったんです。響介を見つけてくれて、ありがとうございました! それと妻の無礼、本当に申し訳ありませんでした!」
「響介くんのお父さん、頭を上げて下さい。それよりも早く病院へ」
「本当に申し訳ありませんでした。それでは失礼します」
あの子が心配だ、自分を責めないでほしい。でもあの両親なら大丈夫か、若いのにしっかりしてる。それに比べて私達の何と情けないことか、悪いのはそう、響介をちゃんと見てなかった私達なんだから。
でも無事に見つかって本当に良かった。
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あの時の感情は今でも覚えている。手も、耳も、顔も冷たくて、雪が凄く積もっていて怖かった、でもあの子が待っていると思ったら行かずにはいられなかった。
その後の事は覚えていない。あの子と2度と会う事もなかった。たまたま公園で知り合った違う学校の女の子、意気投合し1年位、ほぼ毎日一緒に遊んでた。何であんなに楽しかったんだろう?
そうかアレが俺の初恋だったのか
母さんの過保護はアレから酷くなった、友達はこの子はダメとか言う様になり、色々と制限もされ俺は次第に外に出なくなった。そしてそんな俺と遊ぶヤツはいなくなり、気付けば友達と呼べる人間は1人も居なくなっていた。
そんな俺の唯一の救いは隣りに住んでいた綾姉だった。久しぶりだな、大分変わってる人だけどね。
そう言えばあの子の名前なんだっけ?
人は忘れる生き物らしい
それは人間の防御本能で辛い記憶を薄れさせてくれるようだ、心が壊れないようにと
でもそれは、その記憶に紐付くあの子との記憶も奪っていった
あの時一緒に遊んだ楽しさと、孤独で寒かった時の
悲しみだけを残して
《名前の漢字ってどう書くの?》
その時俺は、入学式のあの会話を思い出していた。違和感を感じた玲彩の言葉を。
《響介ってもしかして、如月中?》
《名前の漢字ってどう書くの?》
《へー、響くとも読むんだね、いい名前ね》
ドクン! 昂る鼓動。
あの日の違和感は今、忘れかけていた8年前の記憶を
呼び起こそうとしていた。
———
「響介、響介! どうしたの、ボーとして、どこで降りるの?」
「あ、ああ、つ、次だな、次で降りるよ!」
「変なの、もしかして緊張してるの? 色々悪さした事思い出して、フフ」
「それはお互い様だからいいのさ、あの人にはかなり無茶振りされてたからな」
取り敢えず落ち着こう、たまたま中学知ってて、名前が気になっただけだろう。それに玲彩があの子なら、なぜ名乗らない? 会ってすぐ仲良くなったし、まあ一方的に玲彩からだったが。
《ウソツキー!》
名乗る? あんな事言った俺に?
———
「バス楽しかったです!」
「ねー! 普段乗らないからいいよね、こういうの!」
何か2人でずっとはしゃいでたな、風景見ながら。こうして見ると花音も普通の女の子にしか見えんが……。
《だってあの人、2年の桐島花音でしょ、よくない噂色々聞くよ、ねぇあの人とどういう関係?》
玲彩はああ言ってたけど花音は花音だよ。
例え何かあったって詮索するものじゃない。
「ねえ響介、どの位歩くの?」
「うーん、10分位かな。その前にコンビニ寄って何か買ってくか、久しぶりに会うから何かオモロいもの買って驚かそう」
「性格悪っ!」
「あとポップコーンは必須だな」
「?」
「いらっしゃいませ!」
何だろ学校ジャージの女集団がいるな、今日は学校休みだから部活帰りか、そういえばウチはちゃんと部活やってんの一華だけだな。
ドン!
「ごめんなさい! 前よく見てなくて」
「い、いや、こちらこそ……西川?」
あ、つい声に出してしまった。
ヤバッ! コイツにはいじられっぱなしだったからな、ココと花音がいる前で声かけなきゃよかった。
「えっ、誰? 私アナタの事知らないのだけど」
西川楓、小、中一緒で幼なじみではないが割とクラスが一緒で何かと俺をいじってくるやつだった。
もしかしたら俺だって気付いてない?
「え、もしかしてナンパ? でも名前知ってるし
ストーカー……」
「違う、違う!」
「フフ、冗談よ、キミなら彼女いるでしょうに」
最近わかった、俺を見る目が好意的かどうか、人の目を見れるようになって、栞さんの言った通り目にも感情が映るんだなとわかったから。
しかしここは穏便にすまそう。
「ゴメン、人違いでした」
「待った、待った、名前合ってるのに人違いはないんじゃない?」
そりゃそうだ。
「響介、お土産決めた?」
ヤバ、花音! また修羅場になる予感……。
「ホントゴメンね、じゃあ!」
早く去らねば。
「待って!」
腕を掴まれてしまった。
「響介って、もしかして真壁?」
「いや、あの、はい……」
「ちょっとアンタ何してんのよ!」
グイッ! 花音が俺を西川から引き離し腕を組んできた。
「えっと、真壁だよね? 合ってるかな? 見た目も雰囲気も全く別人なんだけど……高校デビューにしては変わり過ぎだよ、何があったか気になるんですけどお、ちょっと話さない?……」
これは逃げれそうにないな。
「ああ、いいよ」
俺達はコンビニから出て話す事にした。
「ダチはいいのか」
「うん、大丈夫、後からまた会うんだ、何か色々言われそう、アハ」
相変わらず良く笑う子だ、思えばいつも1人でいる俺に何故か絡んでくる変わったヤツだった。何見てんの? 何書いてんの? とか。見てる漫画教えたら次の日見たよってグイグイ絡んで来るやつだった。明るくて元気でクラスの中心にいる女の子だった。
そういえば俺コイツの事嫌いじゃなかったな。
「真壁、酷くない! 何も言わないで引越しなんて、家行っても誰もいないしさ、アンタ携帯持ってないじゃん……それと、1つ聞きたいんだけど」
何だ改まって。
「ああ、いいよ」
「その人、ずっと隣りで話し聞いてる感じかな、ハハ……」
ああ、花音! 腕組んだままだった。
「彼女さん?」
「違う、違う!」
「彼女よ! 響介、これから行くとこあるでしょ!」
花音さん!? 暴走しないでね!
「何かゴメンね、今度ゆっくり話そ、もう流石に携帯持ってるよね、連絡先交換しよ? あの、いいですか、彼女さん? 変わった響介くん、皆んなにも会わせたいし」
「ボッチの響介に会わせる友達なんていないんじゃないの?」
「あ、そこまで知ってるんだ、ホントに彼女さんなんだね」
「花音はちょっと黙ってて!」
「な、何よー!」
「俺の数少ない友達なんだから!」
「え!? 友達って思ってくれてたんだ……嬉しいな!」
俺的にはそう思ってなかったが西川の性格考えたらで
一か八か言ってみて良かった。
まんざらでもなく笑う顔はあの時のままだった。
「お、お兄ちゃん、そろそろ行きませんか?」
「え、何、可愛い! そのちっこい子妹さん?」
「は、はい、妹です!」
違う気がするが言い切ったねココ……。
「それじゃ、またね!」
俺達は連絡先を交換して別れた、変わってないな西川は、何かアイツといると元気になるんだよな。
イテッ!
「今回だけよ、次は許さないからね!」
はぁー!? 何をだよ! てか、ヒールで踏むな!
「鼻の下伸ばしちゃってダラシない、モテ始めたからって調子乗ってたらイタイ目あうんだからね!」
「それはどうかな? この流れだと後日、同窓会でモテまくりかもなー」
「なっ!! アンタキャラ変わり過ぎじゃない!?」
「冗談だよ、冗談、アハハハ!」
「もう、ムカつく! 何がおかしいのよ!」
「花音とこういうやり取りすんの楽しいなって」
西川と全然タイプは違うけど花音と一緒にいると元気になるというかなんか楽しいんだよな。
「案外俺等、相性いいかもな!」
「アンタ、ホントにナメック?」
「花音ちゃん、お兄ちゃんに失礼!」
でも1人暮らしする事になって栞さん達に会わなければ俺は今でもあの頃のままだったのだろう。
けどよく母さんが俺と離れる事を納得したよな。
「さあ、着いたぞキミ達。覚悟はいいか?」
「えっ? そんなヤバい人なの?」
「お兄ちゃん、昨日そんな事言わなかったじゃないですかー」
綾姉、俺だと気付くかな? 楽しみだ!
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