第1話 1人暮らししてやんよ!
「腹減ったなー」
俺、真壁響介 は迷子の子犬の様に街を彷徨っていた。カッコ良く言えばだが、はい、ただの迷子です。携帯のマップ見ればいいじゃん、はい、持ってません。今時?
そう俺は天涯孤独で砂漠を彷徨う哀れな旅人!
何てふざけてる場合じゃない。金がない、昨日から食糧が尽き水しか飲んでない。
この春から晴れて高校生活がスタートするってのに入学式を2週間前に控えて最早ゲームオーバー……。
———1ヶ月前
「ふざけんなよ、行かねーよアメリカなんて!」
父さんの転勤先がよりによって海外なんて、ただでさえコミュ症でボッチの俺に海外での高校生活なんて死の宣告だろ。
「じゃあ、お兄ちゃんは残って1人暮らしすれば?」
「コラ瑞稀、そんな簡単な事じゃないだろ。お金も掛かるし、ましてや響介に1人暮らしなんて小学生が東大受かるより難しいだろう」
「アハハハ、パパ辛辣ーー! でもホントそうだよねー、極度の上がり症で知らない人だったら全然喋れないお兄ちゃんがどうやって1人で生きて行くのよ?」
3つ下の妹の瑞稀は同じ兄妹とは思えないほど真逆の性格でいわゆる陽キャ、クラスでも人気者でこういう人間がカースト上位に君臨し勝ち組になるのだろう。そんなお前に日陰に隠れて生きてきたアンダーグラウンドの人間の気持ちがわかるか!
「そうよね、響ちゃんの1人暮らしは想像つかないわ。お使いだってたまに違うもの買ってきたりするでしょ、店員さんにチョット聞けばいいのに」
母さんまで敵かよ、だったらなおさら……。
「そこまで言うならやってやるよ、1人暮らし!」
こういう時はっきり言われなくてもわかる事がある、ああ、ここにも俺の居場所はないのか……。
「わかった、ただし幾つか条件がある。それは守ってもらうからな」
自分から煽って置いてよく言うよ。
《まず住む場所は高校のある美咲市だ、交通費削減の為にもな、そして住まいは自分で決める、同時にバイトもだ》
———
「住む場所探せって、不動産に親無しで行っていいのかよ」
どうする、どうする? 漸く辿り着いた不動産屋の入り口でウロウロする事かれこれ10分、勇気ゲージが満タンに貯まるまで待つも一向に貯まる気配がない。このタンク穴でも空いてるのか?
やっぱりお前には無理だろ?
そう言って笑う父さんの顔が目に浮かぶ。
なろー、みてろよ! 俺は最早勢いだけで特攻した、やればできる!
しどろもどろの話し方が悪かったのか、子供だけだから舐められたのか、全く相手してもらえず門前払いだった。
出来ぬものは出来ぬのだ。
《忘れるなよ入学式までに双方決まらなければ強制出国だからな》
出国って俺は難民かよ。
昨日のコンビニの面接なんてその場で不採用なんて言われるものなのか? これじゃ4月からすぐ働くなんて無理だよ。
父さんは俺には出来ないってわかってて言ったんだ。無力さを痛感させ1人暮らしを諦めさせようとしている。
結局俺1人じゃ何も出来ないんだと俺は途方に暮れた。
「うーん、動かないね、困ったわ」
力無くトボトボ歩いてるいると、チョット先でお婆さんが立ち往生していた。
どうやらショッピングカートの車輪が歩道の排水溝の網にはまってしまったようだ。
いつもの俺なら関わらないで素通りしていたが今回は違う、変わらないと、1人で生きていく為に!
海外だって嫌だが1人暮らしだって嫌だ、無理に決まってる、どうせ高校でもボッチで人の顔色伺いながら陰に身をひそめて無難に生きて………。
でも今は流石に危機感を感じる、このままバイト出来なければメシが食えない!
人と話すのは怖くない!勇気を振り絞れ!
これすらできないでバイトが受かるか!
「あ、あの、そ、その、んと、お、お、おば
おば、おばば、ンガッ」
どもった上に噛んだー!
「はっ? ババア!?」
「ち、ちが、違くて……」
ダメだ気圧される、しかもババア何て言ってないし。喋ったらダメだ、こうなったら実力行使! カートを引き抜けばわかってもらえるはず!
俺は慣れない事をしてテンパっていたのだろう、おもむろにカートの取手を奪い力づくでカートを揺らして引っこ抜く、それが、惨事を招いた。
「ど、泥棒ー!!」
へっ!? 何言って……。
「引ったくりー! 助けてー!」
血の気が引いた、そんな、俺は助けようとしただけ……。
ドン!
婆さんに体当たりされ俺は地べたに手を付いた。
「フン、まだまだ若いモンにゃ負けないよ! 逃げるんじゃないよ、今警察呼ぶからね!」
婆さんは携帯を取り出した。
「あ、あ、ああ」
「チョットお待ちを」
突然現れた女性は婆さんの携帯を軽く握った。
「彼は泥棒ではないでしょう?」
甘く優しい香りを漂わせ現れたその人は長く艶やかな黒い髪を靡かせ優しい口調でそう諭した。
20代後半位だろうかスラリとした細身の身体は姿勢もよく品の良さも伺える。
「あ、あんた見てたんじゃないの!? コイツがねアタシのカートを奪おうとしたのさ!」
身振り手振りで必死に説明する婆さん。
「確かに強引にカートを揺らしてましたね」
「そうだろ、そうだろ、この泥棒め!」
何だ、この人も味方じゃないのか、そうだよなそう思えた人何て今までたった1人、幼い時に生涯で唯一できた友達だった。
《ヒビキは悪くない、アタシはずーっとヒビキの味方だからね!》
どこで覚えたのか聞いたのか俺の漢字の別の
読み方知って得意がってたっけ。
《アタシだけだよこの呼び方、特別ね!》
そう言ってたあの子だって結局‥‥‥
あの日から俺は人を信じられくなった
顔に優しい香りの黒い髪が触れた。
顔を上げると女の人は俺に手を差し伸べていた。
白くて綺麗な長い指と優しい笑顔に見惚れてしまった。
「んっ」
掴まってという事だろう、でもそんな恥ずかしい事ができるか! それもこんな綺麗な人の手を握るなんて……。
「んっ!」
あっ、なんか怒ってる? DT丸出しな態度の俺だが人の顔色をすぐ伺ってしまう気質で咄嗟に手を掴んでしまった。
「んしょ、あら軽いのね、キミ。ちゃんとご飯食べてる?」
何だろう、その優しい声と笑顔に気が緩んだのか不覚にも涙が頬を伝った。
「お婆さん、彼はやっぱりハマったカートを取り出してくれただけですよ、勘違いです」
「そ、そうかい、そりゃ親切にどうも」
勘違いしたのが恥ずかしかったのか婆さんは
罰が悪そうにそそくさと去っていった。
「もう大丈夫よ真壁響介くん。それじゃ聞かせてくれるかな、その涙の訳を」
「えっ? なんで俺の名前を……」
知らない街で出会った綺麗な人。初めて会ったはずなのにその人は俺の名前を知っていた。
——— 5 years later
「響介、響介、大丈夫? うなされてたよ」
心配そうに俺の顔を覗き込む彼女。
「ん? あ、ああ、何だかキミと出会う前の夢を見ていたよ……。親父の転勤先に一緒に行くのが嫌でね、1人暮らししようとしたんだけど何も出来なくてさ。でもあの時の馬鹿げた行動があったからあの後キミに出会えたんだな。今思えば波乱に満ちた高校生活だったよな」
ベッドの上で体を伸ばす俺に彼女は抱きついてきた。
「響介、見つけてくれてありがとう」
俺は彼女の頭をそっと撫でた。
全てはあの出会いから始まったんだ
お読み頂きありがとうございます! 夜に第2話更新しますので良かったらまた、お付き合い下さい!




