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第一の謎

新しい教室で、レイジは石のように座っていた。目は黒板に向けられていたが、そこに書かれた文字は彼の視界に入っていなかった。数字や公式が頭を占めることはなく、ただ繰り返される始まりへの倦怠感だけが心を満たしていた。新しい学校、新しい顔、そしていつも同じ問い――「今度は、どれくらい続くんだろう?」


「ねえ、レイジ?」


柔らかい声が彼の思考を破った。大きくはなかったが、まっすぐに自分へ届いた声だった。レイジは顔を向けた。


気づけば、隣の席には一人の少女が座っていた。まっすぐな黒髪が肩に落ち、細い瞳からはどこか余裕を含んだ知性が漂っていた。


「私、リアンゼア。よろしくね。」少女は微笑んだ。「ねえ、授業聞いてた? それとも、わかったふり?」


レイジは一瞬言葉を失い、それが友好的な挨拶か、あるいは社会的な罠かを測ろうとした。

「……あ、えっと。はじめまして、リアン……ゼア?」


リアンゼアは軽やかに笑った。その笑いにはからかいはなく、ただ自然な空気があった。

「ゼアって呼んでいいよ。ちなみに――私、この学校の支配者だから。」彼女は半分冗談のように囁いた。「早く馴染みたいなら、手伝ってあげよっか?」


レイジは驚いた。普段なら簡単に返事などしないはずの自分が、なぜか小さくうなずいていた。


「この学校の“野生”を案内してあげる。ここにはね、いろんな社会的な罠があるから。」ゼアは視線を素早く教室中に走らせた。「でも心配しないで。誰を避けるべきか、私は全部知ってる。」


返事をする間もなく、教師の声が鋭く飛んできた。

「リアンゼア、授業に集中しなさい。転校生とおしゃべりしてる場合じゃないわ。」


教室のあちこちから笑い声とひそひそ声が漏れる。それはこの学校の生徒だけが理解できる合図のようだった。しかしゼアは怯まず、軽くうなずいただけだった。

「はい、先生。」

そして再びレイジに顔を向け、小さな声でささやいた。

「――私は君の味方だから。」


その瞬間、レイジは少しだけ、この明るすぎる教室で孤独を忘れた。

彼女はただの生徒ではない。学ぶためではなく、観察するためにここにいるような存在。まるで自分と同じように。――もしかしたら、今年は少し違うのかもしれない。



昼休みのベルが鳴ると、教室は一気に喧騒の場と化した。笑い声と足音が重なり、あちこちで会話が弾む。レイジがまだ席に座っていると、ゼアが彼の腕を引いた。


「行こう、レイ。食堂でランチしよう。」


拒む暇もなく、彼は引っ張られて教室を出た。周囲の生徒たちが視線を向け、軽口を叩いた。


「おーい、リアンゼア、動き早っ!」


ゼアは薄い笑みで受け流す。賛同も否定もせず、ただ中心にいることに慣れきったように。



食堂は広く、長机が隙間なく並び、笑い声や食器の音が入り混じって響いていた。奥の配膳口には長い列ができている。レイジはゼアの後を追いながら、周囲を観察していた。誰がどこに座り、どの集団が支配的で、どの隅が空いているのか。


大きなテーブルでは、朝から騒ぎを起こしていた生徒たちが、エズラ・ウィラタマを中心に陣取っていた。大柄な体格で、座り方ひとつが周囲に無言の圧力を与えていた。だが今度、彼とレイジの視線が交わったとき、空気は違っていた。


挑発的な笑みは消え、代わりに警戒の色が宿っていた。まるで相手の正体を測り直しているかのように。


「彼の態度が変わった……ゼアのせいか? 一体、彼女は何者だ?」


レイジは心に刻んだ。


食事を受け取り、出口近くの席に座ると、ゼアは声を潜めて話し始めた。

「ようこそ、チタ・バンサ高校へ。国際基準で、名門って言われてるけど――実態はちょっと違うのよ。入れるのはね、官僚の子、財閥の子、あるいは天才すぎて例外扱いされた子。」


彼女は周囲を見回し、さらに声を落とした。

「でも人間の原始的な性格までは消せない。自分が一番だと思って、下の者を踏みつける奴らはまだいる。皮肉なことに、本当は“弱い”って言われてる子たちが、この学校の名を支えてるのにね。」


レイジは表情を変えずに聞いていたが、ゼアは構わず続けた。

「男たちはもっと幼稚。筋肉や力を誇示して、群れて騒ぐ。すぐに声をかけてくるはずよ。仲間に入れって。――“ギャング”ってやつ。」


レイジは短く返した。

「でも……イジィ?」


ゼアは一瞬、驚いたように目を見開いた。その呼び名は、ごく親しい者しか使わないはずだった。

「どうして知ってるの?」


レイジは肩をすくめただけだった。

「俺は興味ない。普通に勉強できればそれでいい。」


「は?」ゼアは信じられないように彼を見た。

「マジで? 普通はここに来る子、最初からわかってるんだよ。社会的なゲームを。地位を上げるために来る。」


レイジは淡々とした声で答えた。

「俺は違う。」


ゼアは彼をじっと見つめた。まるで白紙を読むかのように。だがその白紙は、彼女には一切読めなかった。



そのとき、エズラが立ち上がった。彼は無言で一年生たちのテーブルに向かい、平然と皿から料理を取り上げていった。誰も抵抗できず、教師たちも見て見ぬふりをしていた。


「彼の名前はエズラ・ウィラタマ。さっき言ったでしょ? 父親はこの学校の大口寄付者で役人。だから誰も逆らえない。」


ゼアの言葉に、レイジは小さくうなずきながら、料理を奪われても表情を変えないビモという少年を見つめた。――あまりに静かなその顔は、恐怖ではなく、慣れきった諦めの色を示していた。



昼休みが終わり、授業が再開されて一時間が経ったころ。突如、隣の教室「12-A」から叫び声が響いた。


「うわああああっ!! 来るな! 近づくなぁ!!」


声の主は、あのエズラだった。


「化け物! 来るな! 俺は何もしてない! 連れて行くな! いやだあああ!!」


教室は混乱に包まれた。机が倒れ、生徒たちは逃げ惑った。教師も青ざめ、必死に彼を落ち着かせようとしたが――


「やめろ! 連れて行くなあああ!」


エズラの目は虚空の一点を見つめ、そこにしか存在しない“何か”を必死に払いのけていた。


次の瞬間、彼の口から白い泡が溢れ、体が痙攣を起こす。目は白く濁り、喉から人間とは思えない声が漏れた。


「助けて! 誰か!」


教師の悲鳴が廊下に響き渡った。数人の教員が駆けつけ、彼を保健室へ運ぼうとしたが――エズラの体は途中でぐったりと崩れ、動かなくなった。


息は止まり、開いたままの目は、なおも虚空の一点を見つめ続けていた。


――かつて教室を支配していたその少年は、こうして命を落としたのだった。

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