第4話 Sleeping pills
桃園さんと二人で歩き続けていると、周囲はさらに閑散とした場所になっている。
雲が厚く垂れ込めた空の下、ほんのりとコーヒーの香りが風に混じっている気がして、僕は少し顔を顰めた。
自分はコーヒーが少し苦手だ。
どうしてもあの苦さが舌に合わない。
しかし、紅茶は小さい頃から飲んでいて、今でも好きな飲み物の一つである。
なので、遅めのアフタヌーンティーと思えば、楽しみになってきたような気がする。
「あそこに看板が見えるでしょ。あれが私が茅森くんと一緒に来たかった場所だよ。」
桃園さんが指を指した場所には、個性的な看板があった。
"喫茶ステラ"と書かれていて、その周りにどこかで見たことのあるキャラクターの進化後の姿…みたいな変な絵が描かれている。
喫茶店の外観とあまりのミスマッチに感じる。
「あの看板が気になるんでしょ。 あそこのマスターが悪ふざけで作っちゃったのよね」
どうやら表情に出ていようで、気付かれてしまったようだ。
でもそれも仕方ないだろう。
それぐらいには、ふざけているように感じた。
そして桃園さんは入口の扉を開けて、喫茶店の中に入るのに続いて僕も入った。
店内は看板とは違い、モダンな震囲気だった。
すでにお客さんも複数人おり、 コーヒーや紅茶などを啜っている。
「マスターいつもの席開いてる?」
このお店のマスターらしき人はお皿を磨いていたが、桃園さんの質問に対して静かに頷く。
「じゃあ座ろうか!」
「うん」
このお店に入った瞬間から他のお客さんから視線を向けられている気がする。
常連さんからすれば、こんな若造 がいきなり来たら気になるのもしょうがないだろう。
そして桃園さんに案内された席はかなり奥の方だった。
隣りにはよく分からない観葉植物が置いていて、オシャレな雰囲気に拍車をかけていた。
「これがメニュー表だよ。品数は多くないけど、どれも美味しいから好きに頼んで良いよ」
メニュー表を見せてもらったのだが、本当に品数が少なかった。
左上からコーヒーや紅茶などのドリンク系や、フレンチトーストなどの軽食類が数種類だけ書いてある。
しかし、ドリンクの細かい種類は豊富にあって、自分の好きなアールグレイだけで3種類もあるので、どれを選べばいいか迷ってしまう。
「う〜ん…」
何度見ても違いが分からない。
生産地や製法が違うらしいが、そんな詳しいことまで知らないので困ってしまった。
「まぁ、最初にこのお店に来ると迷っちゃうよね。それなら私が選んであげるね。君にオススメなのはこれかな」
選ばれたのは、一番下のアールグレイだった。
その名前は"マスターの気まぐれスペシャル"というゲテモノ紛いのメニューだった。
自分の中ではこれだけは無いと思っていたが、まさかこれが選ばれてしまうとは…。
しかし、せっかく選んでもらったので、それを頼むことにした。
「じゃあそれを頼もうかな」
「良かったよ。じゃあマスターを呼ぶね。マスターちょっと」
桃園さんは大きく手を挙げた。
するとマスターはお皿を磨いていた手を止めて、こちらにやってきた。
「ご注文をお取りいたします」
「えっと、このアールグレイと特製ブレンドコーヒーを1つください」
「かしこまりました」
マスターさんはオーダーを受けてから厨房に戻っていった。
それから桃園さんと他愛のない話をしていたら、思いの外早く届いた。
マスターさんの持っているお盆の上には2杯のティーカップが置かれている。
「こちら私の気まぐれスペシャルアールグレイでございます。こちら特製ブレンドコーヒーでございます」
目の前にティーカップが置かれた。
アールグレイの良い香りが鼻腔をくすぐる。
ちょうど喉が渇いていたので、すぐに手が伸びた。
なぜが桃園さんが異様にニコニコしているが、そんなの気にせずに口に入れた。
味は少し不思議で、今までの人生で口にしたことの無い味だった…。
感想を桃園さんに言おうと思ったら、瞳に映る光景がおかしい。
視界が明滅を繰り返していて、ぐちゃぐちゃになっている。
そして体から力が抜けて机に倒れ込んでしまった。
「…ふふふ、マスターはいい仕事をしてくれるよ…」
茅森悠と対面して座っている女性は不敵な笑みをさらに深めていた。
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