第3話 勇者パーティー
「……寒い。」
身一つで家をでてしまったため、朝の冷たい風にあたり、そう呟いてしまった。
これからどうしようか。
私はため息を漏らして、空を見上げる。
青い澄んだ空を見て、私は目的地を見つけた。
(川へ、行こう……)
空とは違うが、川もまた美しい青だから。
セレネ様の美しい蒼髪のような、そんな色に染まってなくなりたい。
小さな石造りの橋に着くと、私は身を乗り出して水面を見た。
深呼吸をして私は欄干に足をかける。
その時だった。
「キミは……!」
懐かしい声に私は思わず振り返った。
炎のような短い赤髪、美しい碧い瞳。整った顔立ちに、鍛え上げられた身体。そして、携えている大剣。
「貴方は勇者様……?」
私の問いかけに、彼は笑顔で頷いた。
勇者、ソル・ウィオラ。《剣》のギフトを授かり、代々受け継がれている《勇者の剣》に選ばれた王国最強の戦士。何代もの勇者が辿り着けなかった魔王城に3年という早さで到達し、魔王をあと一歩のところまで追い詰めた万世の希望。
今回は惜しくも討伐を逃したが、彼らは《使命》のため、また一から魔王討伐を目指す。そんな過酷な役目を担う存在。そして、セレネ様の……
「どうしたんだ?こんなところで……」
勇者様が明るい声で話しかけてくる。その声の中には少しの困惑と心配も混ざっていた。
「実は、色々あって、パーティーから抜けまして……。
……働き口を探していました。」
私は欄干にかけていた足を直ぐに戻した。
死のうとしていたなんて勇者様の前で言える訳がない。私はなんとか取り繕って、彼の質問に答えた。
すると、勇者様は目を丸くしてアワアワとした素振りを見せた。
「え?アスターさんが《カファス》を抜けた?!」
私は静かにそれに頷いた。
「嘘、だろ……。そんなの、あに……セレネが認めるはず……いや、でも……」
ボソボソと何かを呟いて、勇者様は自分を落ち着かせるように深呼吸をした。そして、綺麗なお顔を両手でパシンと叩いた。
何か覚悟を決めた様子の勇者様は1歩1歩、私の方に近づいてくる。
私の眼前に立つと、少し顔を赤くしながらある提案した。
それは少し震えの混じった大きな声で。
「な、なら!うちに来ない…?」
その時、強い風が吹いた。これは冷たい風だったのだろうか。
言葉の衝撃が強すぎて、先程まで感じていた冷たさが、感じ取れなかった。そんなことどうでもいいと思うほどに、私はただ、その碧い瞳に釘付けになっていた。
風が止むと私はやっと状況を理解した。
「うちって、勇者様のパーティーにですか?!」
「あ、あぁ。もちろん、キミが良ければの話だけれど……」
勇者様は頭を掻きながら視線を右へ左へ向けつつ、その言葉を付け加える。
「勇者様は、本当にお優しい方ですね。」
心から溢れ出た言葉だった。勇者様はこんな無能力者にも手を差し伸べてくれる。でも、安易に手を取ってセレネ様の様に足を引っ張るなんてことはあってはならない。
彼は、彼らは世界の命運を担う勇者パーティーなのだから。
「でも、それはできません。私は無能力者です。足手まといになるのは目に見えて……」
「違う!」
私の言葉に被せるように勇者様は今までで一番大きい声を出して否定した。
「え?」
その勢いに私は思わず腑抜けた声を漏らしてしまう。
「キミは……一緒にいてくれるだけでいい!」
まさかの言葉に私は思わず首を傾げる。
「それはどういう……?」
勇者様はゴクリと唾を飲んで、私をじっと見つめる。
私の手の方に伸ばそうとした両手を引っ込め、迷子になった手を私の肩に置く。
「俺の、隣にいてくれるだけでいいんだ。」
その碧い瞳に魅せられた。
私が飛び込もうとした青。
この青に飛び込んでも良いのだろうか。
「私で良いんですか……?」
「キミがいいんだ!」
もう一度、もう一度だけ、期待して良いだろうか。
今まで味わった恐怖が、また軽蔑されるやもという不安が私を取り巻く。
でも、彼の真っ直ぐな瞳を見ると。眼下の川よりも、空よりも、目の前にある美しい瞳に飛び込みたい。
なんとか勇気を振り絞ってその期待に縋ろうとした私は、恐る恐る頷くのが精一杯だった。
私の小さな素振りを見逃さず、勇者様は満面の笑みで受け入れてくれる。
「良かった!」
太陽みたいな笑顔に釘付けになってしまう。
私もぎこちなくだが、口角を上げて笑って見せた。久しぶりのことだったので、上手く笑えているかは分からないが、せめて勇者様に感謝の意を伝えられれば。
そんな気持ちで取った行動だった。
勇者様はそれに驚いた様子で、私の肩に置いていた手をスっと取って、口元を抑えながら、その碧眼を私から逸らして、今後の動向について説明した。
「と、とにかく、その……俺たちの依頼に付いてきてくれない?口で説明するよりも実際に見てもらった方が早いと思うから……」
勇者様はそう言うと私に手を差し伸べた。
エスコート、というものだろうか。
引っ張られたことはあったけれど……
初めての体験に私の体温は熱くなる。
「わ、私汚いです。」
「何言ってんの、きれーでしょ。」
勇者様はそう言うと、私の右手をぎゅっと握り、私の歩幅に合わせて歩き出した。
***
勇者様に連れられて来た場所は王都の中心地に位置する、勇者パーティーの拠点だった。
《カファス》の拠点よりもこじんまりとしていて、1階の1フロアしか無いようだ。
勇者様が扉をあけると、そこには4人の勇者パーティメンバーが揃っていた。
4人の視線が一気に勇者様に向けられる。私は咄嗟に勇者様の後ろに隠れてしまった。
勇者様はハキハキとした声でメンバーに報告をする。
「今回の討伐には彼女にも参加してもらう。」
勇者様はゆっくりこちらを振り向いて、私の背中を優しく押してくれる。
注がれる視線に緊張しながらも、私は何とか自分の名を告げた。
「ア、アスター・ルークスと申します……。」
「なるほど、ソル。そう来ましたか。」
それを見た黒髪の青年は、眼鏡をクイッとあげ、こう続けた。
「ボクの名前はユダ・プロディディオ。魔法使いです。」
鋭い視線と前述したが、彼の瞼は開いていない。盲目の魔法使いなのか、それともその眼に何か秘めたる力があるのかは分からないが、ただならぬ者だということはその出で立ちから感じ取れる。
「……アタシはミミミ・レレー。近接物理攻撃、要は武闘家ね。」
ユダ様の横からひょこっと出てきた白髪の少女は私と同じくらいの年齢だろうか。綺麗な白髪が高い位置でひとつに結ばれている。髪束がゆらゆらと揺れて、儚い美しさを醸し出しているが、彼女の両手に身に付けている装備は、ガントレット。その小柄な身体からは想像もできない闘い方をするのだろう。
「私はマム。私も魔法使いよ。」
奥の方で壁にもたれかかっていた、エルフのマム様がニコリと微笑んでくれる。私はそのあまりの美しさに体全体が熱っぽくなった。深緑の長髪を緩く横に結び、胸元があいた際どい服は大人の雰囲気をこれでもかというほど醸し出している。
「よろしくお願いします。あと、そちらの方は……?」
私は3人に頭を下げて、彼らの奥にいる大きな熊のような男性の名を尋ねた。
勇者様はハッと、思い出したように紹介してくれる。
「あ、ああ。そうだった。コイツはダイダラ。タンクです。」
「……。」
ダイダラ様は何も言わず、何も動かずただ部屋の奥で、じっと私たちを見つめていた。
私が勇者パーティーに圧倒されていると、横から大きな声で名前を呼ばれた。
「ア、アスターさん!」
「は、はい!」
私はびっくりして、数年ぶりに大きい声で返事をする。
勇者様と目が合って、少し気まずい空気が流れた後、彼は頭を掻きながら申し訳なさそうに口を開いた。
「……早速で悪いんだけど、今から、俺たちの討伐に着いてきて欲しい。」
「私で良ければ……。囮でもなんでもさせていただきます。」
私に断る理由なんてない。
そう言って全力で頭を下げる。すると勇者様は透かさず私の頭を上げさせた。アタフタした私をどうどうと鎮め、勇者様に続いて、メンバー達が拠点を後にする。
「なんでも……ねぇ……」
その言葉は誰にも聞こえない勇者の呟きだった。