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第1話 プロローグ

暗く広い魔王城玉座の間。

赤く燃えるような髪を持つ青年は、揺るぎない鋭い碧眼と剣先を、玉座に座る黒い影に向けた。


「魔王!いざ尋常に勝負!」


青年の声が広い部屋に響く。そして、彼の後ろにいた四人の仲間たちは、その合図に応えて己の武器を強く握りしめて構えた。


武闘家は拳を握りしめる。

エルフは全魔力を両手に込める。

魔法使いは魔導書を開く。

タンクは大きな盾を構える。

治癒士はロザリオを握る。

そして勇者は、剣先を魔王の首に向ける。


魔王にはもう逃げ場がない。

盤上遊戯で云うならチェックメイト。


しかし、光と相対していた病みは至って冷静だった。

ゆっくりと組んでいた脚を組み直して、纏っていた闇を脱いで姿を現す。


そこにいたのは、漆黒の髪を持つ美しい青年。

年は大剣を持つ赤髪の青年、勇者・ソルと変わらない。

これまで戦ってきた魔物(バケモノ)とは、全く違う。

自分たちと同じ風貌に、勇者一行はたじろいだ。


その様子を見た魔王は、想像通りの反応だと、ニヒルに笑う。


「尋常に、ねぇ?

 そろそろ気付いたらどうだ?」


魔王は勇者の方を鋭く睨み、ゆっくりと左手を赤髪の剣士に差し出した。


その拍子に放たれた圧倒的な威圧感と魔力に、勇者は一歩後退ったが、首を振って右足を前に出して、剣を構えた。


「どういうことだ?」

 

勇者がそう問うと、魔王は内蔵を震わせるような低く恐ろしい大きな声で答えた。


「お前たちは所詮、俺の掌の上だということだ。」


「何を……」


勇者の額に一粒の汗が伝う。

魔王は伸ばした左手を勇者の横の人物に向けた。


「こちらへ来い。アーテル。」


「はい。魔王様。」


勇者の隣後ろに控えていた人物は柔らかい声で魔王の呼び掛けに応えて1歩ずつ闇に近付いていく。


勇者は目を見開き、唾を飲み込むことしか出来なかった。あまりの衝撃に、その瞳は大きく揺れていた。


「ア、アーテル!?」


なんとか絞り出した声は、戸惑いが隠しきれないほど震えていた。


玉座と続く階段を上り、ゆっくりと魔王の横に控え、振り返ってかつての仲間を見下ろした。

パーティーの中では一番小柄で、慎重で、おどおどしていた少年はもう、そこにはいなかった。


「勇者ソル。そして、お仲間の皆さん。貴方がたとはここでお別れです。」


「裏切ったのか!アーテル!」


咄嗟に声を荒らげて叫んだのは、一行の中で一番理知的でクールな魔法使いだった。


「ええ。元々そのつもりでしたから。」


アーテルは魔法使いの方を目を細めて見つめ、淡々と語った。

笑みを浮かべながら、少年はロザリオを再度握り、いつも一行を癒す声音でこう唱えた。


「《抑制(サプレッション)》」


アーテルの言葉は勇者一行の身体を重くさせ、地面に押し付ける。


「何をした……?」


勇者ソルは、剣を支えに、片膝を付いて重い身体を何とか起き上がらせ、術者と魔王を睨みつける。


「さあ、それは発動してからのお楽しみです。」


アーテルは人差し指を口に当て、ニヤリとほくそ笑んだ。


「クソッ!」


勇者はそう吐き捨てた。絶望して下を向くと、首にかけていた《御守り》が目に入る。

それはキラキラと輝く碧い石。

勇者はその石にある人を重ねていた。


(アスターさん、俺は……)


勇者は碧石を左手でぎゅっと握りしめて、瞼の裏に映る少女に思いを馳せた。


 ***

一方その頃。


冒険者たちは、王国の防衛線にて、溢れた魔物を討伐していた。魔王は勇者に追い込まれ、最終手段として魔物を解き放ったのだ。魔王討伐の命運は勇者一向に託し、王国の冒険者は一丸となって、国の防衛に全てを捧げていた。


勇者パーティーに次ぐ実力を持つ王国ナンバー2パーティー、《カファス》。

彼らは跋扈する魔物の中で一際大きいモノと相対していた。

禍々しい闇を纏う黒竜の咆哮は大地をも震わす。

しかし、王国トップレベルのパーティーは怯むことはない。ただ真っ直ぐに目の前の敵を睨みつけた。


そして、大きく息を吸って吐いて乗り越えた後、一斉に一歩を踏み出した。


ハンマー使いの巨漢が魔物を弾き飛ばす。

魔法使いの女が魔物の動きを止める。

しかし黒竜は抵抗を見せ、大きく口を開いて闇を吐こうとする。

透かさずタンクの男が大きな盾を構えて、メンバーを護る。

咄嗟の行動だったため、全てを防ぐことは出来ず、黒竜の咆哮はタンク頬を掠めた。傷を負ったタンクを治癒士の少年が瞬時にそれを癒す。パーティー戦の手本のような美しい連携だ。


そして。


「セレネ様、トドメを。」


「ああ。」


魔法使いがそう合図すると、それに呼応するように剣士が魔物に向かって走り込む。

剣士の振った剣は、彼より何倍も大きな図体の脳天を貫いた。それを食らった魔物は直ぐに霧散した。


魔物の討伐を確認した剣士は、ドロドロの魔物の体液が付着した剣を振って汚れを削ぎ落し、鞘に戻す。

強い風が、剣士のマントと短い蒼髪を靡かせる。

そして、彼の翡翠色の瞳は魔王城のある遥か北の方を映した。


「これで残党は片付けたか。ソル…勇者たちがここで魔王を仕留めてくれればいいが。」


カファスの黒竜討伐を最後に、魔王軍の残党討伐を完了した彼らは、世界の命運を勇者パーティーに託して、一足早く帰路に着こうとしていた。

 

「アスター、ボサっとしてんじゃねぇよ。早くついて来い。」


パーティーリーダー、剣士のセレネ・アルバスは、1番後ろで岩陰に隠れていた少女を呼びつけた。


「はい、セレネ様。」


アスターと呼ばれた少女は身体を震わせながら姿を表した。みすぼらしいボロボロの茶色いワンピースを纏い、手入れされていない長い金色の髪の毛は顔を覆う。

少女は召使いのように、セレネの元に走って頭を下げた。


「グズが。」


 そう言い捨てたセレネはアスターの手を強引に手を引っ張り、スタスタと家に向かって行く。


しかし、その彼女の後ろからは、鋭い視線と言葉が投げつけられていた。


「何も出来ない無能が、俺たちの足引っ張んなよ。」

ハンマー使いも。

「いつもいつも立ってるだけ。足手まといが。」

タンクも。

「無能、早く消えればいいのに」

魔法使いも。

「無能は無能らしく、潔く死ねばいい」

治癒士も。


少女の小さな背中でそれらをなんとか受け止めながら、助けを求めようと、自分の手を引っ張る男の方を見た。


男は前ばかり見て、彼女のSOSには気付かない。気付かないふりをしている。


「申し訳ございません。」


少女は声にならない声でそう呟いた。


アスターの中傷で盛り上がる帰り道を経て、一行は共同生活をする豪華な屋敷にたどり着く。セレネは他メンバーを談話室に置いて、アスターの手を握ったまま、2階の自室に連れ込んだ。


セレネはソファに座るやいなや、アスター命令する。


「アスター、飯。」


「はい。ただいま。」


アスターはただただ従順に了承する。

彼女はセレネに一礼した後、階段を駆け下りてキッチンへ向かう。


談話室に戻れば、パーティーメンバーが蔑んだ瞳でアスターに絡む。


「おい、出来損ない。これもやっとけ。」


「はい。」


タンクのレオは、汚れた防具や服をアスターに投げつけ、洗濯を命令する。少女の身体よりも大きい衣類の束を抱えながら、洗濯場に持っていく。


セレネの命令が最優先のため、一旦これらは後にして、またキッチンに戻ろうと、また談話室を通る。できるだけ、身を小さくして、静かに向かおうとしたがそれは不可能だった。


「おい、無能。」


アスターはその声に反射的に振り向いた。

そこには治癒士の少年のユリアスがニヤニヤと微笑みながら、談話室のソファに仰け反りながら腕を組んで座っていた。


「お前、何も出来ねぇんだから、これくらいしろよ。」


「……え?」


ユリアスは右足を差し出す。


「今、ここで洗え。」


蔑んだ目で先の戦いでドロドロに汚れたの靴を履いた右足を差し出して、そう言ったのだ。

アスターは戸惑いながらも彼の足元に跪き、両手でゆっくりと右足を掴む。そして、手で丁寧に汚れを拭いとっていく。タンクのレオも、それを横目に愉快に笑う。


「お前、いいこと提案するじゃねぇか!俺も」


その様子を見ていたハンマー使いの巨漢・ゴメトスはユリアスの提案に乗っかろうとする。


「ほんと、セレネ様はなんでコイツをここに置くのかしら。」


魔法使いのレリアナは辱めを受けるアスターの足をヒールで踏みつけた。


***


アスターが彼らから解放されて、セレネの元に料理を運べたのは、命令から一刻ほど後だった。


扉の奥にいたのはソファの上で足と腕を組み、怒り心頭のパーティーリーダーの姿だった。


「遅せぇんだよ。何してた?」


「申し訳ございません。少し、ドジをしてしまって。」


「お前のソレはいつになったら治るんだよ。

 本当にどうしようもねぇな。」


「申し訳ございません。」


アスターは身体を震わせながら、持ち寄った手製のスープとオムライスを提供する。


セレネはため息をついた後、まずはスープを口に運ぶ。

そして一言。


「今日もクソマズだな。」


アスターはその言葉を聞くと思わず胸を押えてセレネから目を逸らしてしまう。


セレネが口を開けば、料理の不満ばかり。アスターはそんなセレネの言葉に対し、ただ謝罪の言葉を述べるだけ。


そんな奇妙な夕食を過ごす。


ふと、セレネが不満以外の言葉を口にする。


「おい、アスター。」


「……はい」


「勇者が魔王を倒せば、世界は平和になり冒険者も必要なくなる。そこで…お前に話が……」


セレネが話を切り出した時。それに重なるように、セレネがピアスとして身につけていた伝言用の魔法石が光り、音声が流れる。


《緊急信号です。勇者様が、魔王の討伐に失敗しました。》


「何だと?ソルが……勇者が負けた?」


《各パーティーリーダーは今後の対応の為、至急、王宮に参上してください。》


「チッ。何やってんだよ、勇者(アイツ)。」


セレネが机を大きく叩くと、カトラリーが大きな音を鳴らす。その拍子に口をつけていたスープが少し溢れた。


「おい、アスター!俺が帰ってくるまでここから出るな。」


「承知しました。」


セレネはアスターにそう命令して、屋敷の階段を駆け下りた。


***

「勇者が負けた。緊急招集で王宮に行ってくる。」


談話室を通ったセレネは、屯っているメンバーの4人に単刀直入に訳を話して、直ぐに屋敷を後にした。


「え、勇者パーティーが?!」

「嘘でしょ!?」

「マジかよ」

「い、行ってらっしゃいませ、セレネ様!」


セレネの背中を見送った後、四人は顔を合わせて話し合う。


「今がチャンスじゃないか?」

「そうだ!セレネ様がいらっしゃらない今なら!」

「良いサプライズになりそうね。」

「セレネ様もお喜びになるだろうな!あんな無能、とっとと追い出すべきなんだ。」

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