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6.再会

 馬車に揺られ、ため息をついた。窓の外を流れる風景は、温かな日差しに照らされて輝いているが、心の中はどこか曇りがちだった。


 今日はアマンダの夫リックの実家であるセロン侯爵家の茶会。姉の結婚によって、エレオノーラもセロン侯爵家のお茶会へ誘われるようになった。いつもなら楽しみで仕方がないのだが、今日はいつまでたっても気持ちが落ち着かない。


 馬車の揺れに合わせて、エレオノーラは自分のドレスに視線を落とした。薄いピンク色の生地は、彼女の肌に柔らかく寄り添い、まるで花びらのように軽やかだ。普段のドレスよりもフリルが多く、ふんわりとした甘い雰囲気で、彼女の好みとはかけ離れていた。せめて、色が落ち着いた若草色や深い青であれば、これほど気にしないのだが。


「お嬢さま、笑顔ですよ」


 カレンに注意されてチラリと向かいに座る彼女を見る。


「おかしくないかしら? 色が明る過ぎて子供っぽく思えるのだけど」

「華奢で儚げに見えます。それにお嬢さまの肌を明るく見せて、とても顔映りが良いですわ」

「……本当に?」


 カレンの褒め言葉に疑いの眼差しを向ける。カレンは真面目な顔をして頷いた。


「いつもは落ち着きのある色ばかりでしたから、こうした華やかな色も素敵です」

「そうかしら?」

「アマンダ様もとても似合っていると褒めていたではありませんか」

「お姉さまはいつだってわたしのことを褒めるもの」


 身内の欲目はあまり信用ならない。そう思うのだけれども、もうあと少しでセロン侯爵家に到着する。今更、着替えることもできない。エレオノーラはカレンの言葉を信じることにした。

 程なくしてセロン侯爵家に到着した。馬車を降りれば、老齢の家令が丁寧にエレオノーラを出迎える。


「エレオノーラ様、お待ちしておりました。ご案内します」


 庭の奥まったところにあるパティオへ案内される。招待客がまだ来ていないのか、とても静かだ。あまりの静けさにエレオノーラは首を傾げた。

 人の気配を感じないことを不思議に思いつつ案内されるまま進めば、セロン侯爵夫人の柔らかな笑い声が聞こえてきた。耳触りの良い男性の声がセロン侯爵夫人へやや不満げに答えている。


「奥様、エレオノーラ様をお連れしました」


 家令がそう声を掛けると、セロン侯爵夫人は会話を中断し、立ち上がった。そして、エレオノーラにいつもと変わらぬ朗らかな笑顔を向ける。


「エレオノーラ、いらっしゃい」

「ご招待、ありがとうございます」

「今日はね、あなたに紹介したい人がいてお呼びしたのよ」


 彼女はにこにこしてエレオノーラを席に案内する。先に来ていた黒髪の男性が立ち上がった。

 濃い灰色のフロックコートに白いシャツ、淡い水色のアスコットタイ。その貴族らしい服装はとても上質なものだ。エレオノーラは彼の顔を見て息を呑んだ。


「こんにちは。コルトー嬢」


 驚きのあまり声も出ないエレオノーラに、彼は悪戯が成功したような笑顔を見せる。先日の孤児院とは違って、表情が柔らかい。


「第二王子殿下の護衛騎士であるヒューバート・エイルよ。彼はわたくしの夫の妹の息子なの」

「よろしく。ヒューバートと呼んでほしい」

「……よろしくお願いします。あの、それではわたしのことはエレオノーラと」


 突然のことで目を白黒させながら、何とか挨拶を返した。席に着くなり、セロン侯爵夫人は面白そうに二人を交互に見る。その眼差しは微笑ましいと伝えていて、エレオノーラは恥ずかしかった。


「ヒューバートに顔合わせを申し込まれたときは驚いたけど、顔見知りだったのね」

「ええ。先月、殿下が孤児院を視察された時にお会いしました」


 ヒューバートはくつろいだ感じでお茶を飲みながら、セロン侯爵夫人へよどみなく説明する。セロン侯爵夫人は目を輝かせた。


「まあ、そうだったの。あの孤児院に視察が入るなんて珍しい。何年ぶりかしら?」

「とても状況がいいので、殿下が不思議に思われたのです。コルトー子爵家の皆様が頻繁に訪問してくれることを院長から教えられました」


 孤児院で質問されたことを思い出し、なるほどと頷いた。エレオノーラが思っている以上にオーランドは孤児院のことを色々聞いているようだ。


「孤児院で出会って、気になってしまったのね」

「ええ。きちんとした考えを持っている、それがとても好ましく思いました」

「ふふ。あなたを追いかける令嬢たちは外見だけしか見ませんからね」


 二人の会話に耳を傾けながら、それもそうだろうと心で頷いた。

 鍛えられた体に、少し癖のある黒髪の短髪。何よりも印象的にしているのは、冷たく見えるアイスブルーの瞳だ。その目に見つめられたいと思う女性は多いだろう。


「セロン侯爵夫人には感謝していますよ。保護されなければ、私はきっと生きていない」

「保護?」


 大げさな言い方に、思わず疑問を口にした。セロン侯爵夫人はそうなのよ、と困ったように笑う。


「この子を追いかける令嬢はどういうわけか、思い込みの激しい女性が多くて。いつも犯罪すれすれ。何かある度に、我が家に避難していたのよ」


 どんなことがあったのだろうと好奇心に駆られたが、苦々しい顔をしているヒューバートを見てやめた。

 セロン侯爵夫人は気分を変えるように、手を叩いた。


「そうそう、この季節はバラの花が満開で美しいのよ。是非、エレオノーラも楽しんでちょうだい」


 突然の話の切り替わりに良く呑み込めず目を瞬けば、ヒューバートは立ち上がった。そして、エレオノーラに手を差し出す。

 座ったまま、彼の顔を見れば柔らかな笑みを浮かべている。


「お手をどうぞ」

「ありがとうございます」


 迷いながらも彼の手を取れば、そっと立ち上がらせた。

 彼に連れられるままバラの咲く庭へと向かう。迷うことのない足取りに、本当にこの屋敷で過ごしていた時間が長いのだと感じた。

 無言で歩いていると、ヒューバートが立ち止まった。自然とエレオノーラの足も止まる。


「よく理解していないという顔をしている」

「……その通りです」


 困ったように返せば、彼は笑った。


「夜会の後、君の名前を聞いておけばよかったと思ったんだ」

「本当に?」


 孤児院ではエレオノーラを気にした様子を見せなかった。だから名前を知りたかったと言われても、信じられない。ヒューバートはばつの悪そうな顔をする。


「殿下に気にしていると思われたら、根掘り葉掘り聞かれることになるから」


 屈託ないオーランドを思い出し、そうだろうなとも思った。第二王子という気楽な立場だからなのか、とても接しやすい人柄だった。うっかりと、いらないことまで白状させられそうだ。そうなると、当然、夜会の庭での話をしないわけにはいかなくなる。それを避けてくれたのだろう。


「エレオノーラ嬢」


 名前を呼ばれて彼を見上げた。背の高い彼は静かな眼差しでエレオノーラを見つめていた。その真剣な眼差しに息が詰まりそうになる。綺麗な薄青色の瞳から目が逸らせない。


「結婚前提で付き合ってもらえないだろうか」

「結婚、ですか?」

「本当はまず先にコルトー子爵へ申し込むべきなんだろうが、俺は伯爵家の出自であっても、受け継ぐ爵位はない。持っているのは、近衛騎士の職だけだ」


 じっと彼の顔を見つめていれば、彼は言葉を続ける。


「政略でもない。だから、まず俺の気持ちを先に伝えたかった」

「ヒューバート様」


 声が震えた。心臓の音が煩いほどだ。跳ねる胸に息が苦しい。

 ヒューバートの熱い視線を意識した途端、恥ずかしさがこみあげてきた。逃げるように少しだけ視線を落とす。

 彼の瞳から飾りボタンへずらせば、夜会で助けてもらった時の記憶が戻ってきた。あの夜、優しく抱きしめられていた。細身なのにやはり男の人の力は強くて、押しのけようとしてもびくともしなかった。意識がすべて彼に向いてしまって、胸が苦しいぐらいにドキドキする。


「これほど気になった人は初めてなんだ。突然すぎるだろうが、逃げずにいてもらえないだろうか」

「逃げるなんて……しないわ」

「本当に?」


 彼の目を見ないまま頷く。ヒューバートは一歩エレオノーラの方へと近づいて、彼女の手を取った。何だろうと、不思議に思っているうちに手が持ち上げられ手のひらに触れるかどうかのキスされる。その意味に気が付いて、頭の中が真っ白になった。


「可愛い。顔が真っ赤だ」


 ヒューバートとその後、何を話したかあまり覚えていない。

 彼の行動は早く、その日のうちに婚約前提のお付き合いをすることになった。家族の嬉しい悲鳴だけが印象的だった。

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