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4.思いがけないところでの再会

 いつものように荷物を持って孤児院を訪れた。孤児院にはすでに訪問の連絡が入っており、何度も通っているためそれほど心配はしていない。


 気楽な様子でエレオノーラは侍女のカレンと共に孤児院の門をくぐったが、すぐに二人の足が止まった。

 いつもと雰囲気が違う。辺りを見まわせば、普段はいない騎士が何人も孤児院の敷地内に立っていた。


「……今日は何かあるのかしら?」

「エレオノーラ様」


 カレンは騎士たちの物々しさを感じ、不安そうにエレオノーラの名前を呼ぶ。

 どうすべきか決まらないうちに、騎士の一人がエレオノーラ達に気が付いてこちらに向かってくる。彼女は騎士が近づいてくるのをじっと見つめ、心の中で不安を抱えながらも冷静さを保とうとした。


 じっとその場で騎士を待つ。エレオノーラは、近衛騎士の紋章を見て驚きと共に不安が募る。近衛騎士は王室に仕える特別な存在であり、彼らが孤児院にいるということは、王族の関係者が来ている。

 この国では、近衛騎士は上位貴族の爵位を継ぐことのない子息が担う。つまり、エレオノーラよりも身分が高い。


「騎士様がこちらに来ます。どうしましょう?」

「大丈夫よ。何も心配いらないわ。わたしが話すから」


 カレンが顔色悪く伺ってくる。彼女は男爵家の息女で、高位貴族との付き合いはほとんどない。狼狽える彼女に後ろへ下がっているように目配せをした。

 目の前に立ち止まった騎士へエレオノーラは丁寧にお辞儀をした。カレンも同じように深々と頭を下げる。


「コルトー子爵家の者です。孤児院への荷物を届けに参りました」

「申し訳ありません。本日は視察のため孤児院への訪問はご遠慮してもらっております」

「まあ」


 視察、と聞いて目を瞬いた。もしかしたら連絡が入っていたのに確認が漏れてしまったのだろうかと思わず考えてしまう。エレオノーラの考えがわかったのか、騎士は申し訳ない様に説明を加えた。


「この視察は抜き打ちで行われているものですから、事前連絡はございません」

「わかりました。では、日を改めます」


 コルトー子爵家に過失がないことにほっとした。面倒なことが何もないうちにこの場を去るのがいいだろう。そう思い、もう一度丁寧に挨拶をしてから、カレンを連れて入口へと引き返す。


「少し待ってもらえないだろうか」


 突然、声をかけられて足を止めた。振り返れば、二人の男性がいる。

 一人は明るい金髪にブルーグレーの瞳、明らかに王家の色を持つ男性だ。彼の姿を見て、エレオノーラは片足を後ろに引き、深く腰を落として頭を下げた。


「ご挨拶申し上げます」

「ああ、今日はお忍びなんだ。畏まらなくていい」


 許しを得て、姿勢を戻す。目の前にいるのは間違いなく第二王子であるオーランドだった。あまり社交界に出ないエレオノーラでも、王族の顔はわかる。緊張で胸がどうしようもなかったが、かろうじて笑みを浮かべることに成功した。


「お初にお目にかかります。コルトー子爵の四女、エレオノーラと申します」

「突然声をかけたから、驚いただろう。実はコルトー嬢を待っていた」


 待っていたと言われて、エレオノーラは困惑した。待たれるようなことは何もない。


「わたしを、ですか?」

「そうだ。少し孤児院について聞きたいことがあってね」


 ますますわからない。孤児院については院長に聞けばいい。エレオノーラは数か月に一度か二度、訪問するだけなのだから。エレオノーラの困惑に、オーランドはうーんと唸る。


「ここでは説明しにくいなぁ。ちょっと中まで来てもらえないだろうか」

「こちらにどうぞ」


 オーランドの後ろに控えていた近衛騎士が近寄り、エレオノーラに手を差し出した。絶対に逃がさないという感じだ。本心は適当に言い訳して逃げてしまいたいのだが、こうなってしまえば従うしかない。


 恐る恐る彼の手に自分のを乗せた。手をそっと握りこまれ、仕方なく彼に寄り添えばふわりと柑橘系の香りを感じた。


 この匂い。

 驚いて顔を上げた。

 黒髪に薄い青い瞳。下から見た彼の顔が夜会の時の彼と重なる。


 エレオノーラの視線に気がついた彼は足を止め、彼女を真正面から見つめた。お互いの視線が絡み合い、あまりの熱い眼差しに息が止まりそうになる。もしかしたら彼もあの夜会の夜のことを覚えているのかもしれない。そんな気持ちがこみ上げてきた。


 だが、彼の熱はすぐに消えた。それが残念で、エレオノーラは思わず声をかけた。


「あの」

「心配しなくても大丈夫です。殿下はご令嬢のお話を聞きたいだけですので」


 躊躇いがちに声を掛けたのを、現状の不安からだと判断された。その礼儀正しい態度に、エレオノーラは彼が自分のことを覚えているというのが自分の勘違いだと悟った。


 あの夜会では助けてもらったが、二人を照らす灯りは弱くお互いにきちんと顔を合わせていない。エレオノーラがはっきりわかるのは彼の使っている香水の匂いと髪の色だけ。

 たったそれだけの繋がり。名乗ってもいないエレオノーラと会ってもわかるはずないのに、特別な出会いのように感じて記憶しているなんて。


 ちくちくした胸の痛みを抱えて彼にエスコートされて孤児院に入っていった。促されるまま応接室の席に座ると、向かいの席にオーランドと院長が座る。二人の気安い関係に、目を見張った。


「実は院長は僕の大叔母なんだ。それで今回、我儘を通してもらった」

「エレオノーラ様、ごめんなさいね。突然で驚いたでしょう。わたくし、オーランド殿下と普段あまり交流はないのよ。でも今回どうしてもと申し入れがあったの」


 院長はおっとりとした口調で謝罪してきた。


「いえ、大丈夫ですわ。それで、わたしに聞きたいこととはなんでしょう?」

「どんなものを孤児院に差し入れているのかを知りたかったんだ」

「差し入れですか?」


 それを知りたいと思う理由がよくわからず、首を傾げた。オーランドは真面目な顔をして頷いた。


「そうだ。ここの孤児院はとても経営状態がいい。帳簿も見せてもらったが、収入は他の孤児院と大差ないのにどうしてこう明るいというのか、なんといっていいのか……」


 言葉にならない何かがあるらしい。エレオノーラもよくわからず、助けを求めるように院長へと視線を向けた。彼女はとても優しい顔をしてにこにこしている。


「ここの子供たちはとても満たされている顔をしているのよ」

「そうなのですか?」


 他の孤児院のことなど知らないので、そうなのか、としか言いようがなかった。だが褒められたところで理由がわかるわけもなく、曖昧な笑みを浮かべる。内心困ったと思いながら、今日の訪問を引き受けてしまった不運を嘆いた。コルトー子爵夫人もしくはアマンダだったら、オーランドの知りたいことを十分に伝えられただろう。


「どんなものを差し入れしていますか?」


 戸惑ったような顔をするエレオノーラに助け舟を出してくれたのは、オーランドの後ろに控えていた彼だった。思わず顔を上げてそちらに視線を向けた。彼は特に表情を変えるわけでもなく、こちらをじっと見ていた。


「……今日は刺繍用の布と糸を持ってきました」

「寄付金ではないのか?」


 寄付金、とオーランドに言われて思わず苦笑が浮かぶ。確かに金の寄付もしているが、コルトー家の寄付金は本当に少ない。高級とまではいかないが、庶民が持つには十分上質な布と糸を主に差し入れている。もちろんこれだけではなく、他にも日用品なども定期的に持ってきていた。


「これはコルトー家としての両親の方針なのですが、女の子たちには刺繍を習わせて大人になっても食べていけるだけの技術を身に付けてもらいたいと刺繍用の布と糸にしております」

「ほう」


 感心したようにオーランドが頷いた。気分を害したようではなかったのでほっとした。


「先ほど孤児院を拝見した時に黒板などもありましたが……もしかしてコルトー嬢が子供たちに文字などを教えているのですか?」


 オーランドの後ろに控えている彼から、思わぬことを言われてぱっと顔を上げた。こちらをじっと見ていた彼と視線が合う。彼はほんのわずかだけ表情を崩して柔らかな笑みを見せた。励ます眼差しに気がついて、頬が熱くなる。慌てて落ち着こうと息を吸うが、上手くいっている気がしない。


「え、ええ、そうです」

「エレオノーラ様はこちらにいらっしゃると、子供たちに文字と計算を教えてくださいます。男の子たちは最低限の知識を身に付けているので、奉公先でも可愛がられていますよ」


 補足するように院長が説明した。


「ああ、なるほど。コルトー子爵家の方針が子供たちには生きる技術になっているのだな」

「はい。孤児は何もできないと思われておりますが、身に付ける機会があれば十分生きていけます」


 院長が嬉しそうに頷いた。褒められて少しだけ居心地が悪く、目を伏せた。その後も色々と聞かれ、わかる範囲で答えていく。そうしているうちに、時間はあっという間に過ぎて行った。


「殿下、そろそろ戻るお時間です」

「もうそんな時間か」


 オーランドは頷くと、立ち上がった。同じようにエレオノーラも腰を上げる。


「とても参考になった。話を聞かせてもらえて感謝する」


 エレオノーラと院長はそろって頭を下げた。オーランドは護衛騎士たちと共に部屋を出て行った。彼らの気配が遠くなったことを確認してから頭を上げる。


「エレオノーラ様、突然こんなことになってごめんなさいね」

「いいえ。これから子供たちに会ってきます」


 緊張からは解放されたエレオノーラはようやく柔らかな笑みを見せた。そして、院長に挨拶をすると応接室を出る。


 意外なところで彼と出会えて胸が未だにドキドキする。初めにエスコートされたときには気がついていないと思っていたけど、今は気がついていると確信していた。それほどまで優しい目だったのだ。


「ふふ」


 嬉しくてつい笑みがこぼれた。

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